8.惨劇は繰り返される

「後悔はしない、という事だね。…いいだろう、話そうじゃないか。」
「あなた…」
「…いずれは知らなければいけない事だ。我が家の一員になるのなら猶の事だろう。」

男はそう言って女の言葉を制した。
そして、少女の方へと向き直り、話を続けた。

「もし術師の側に+の存在(アプリフィア)が居れば、干渉によって術師の魔力が格段に増幅される。
 これは波や音波を二つ重ねた時に生ずる"重ね合わせの原理"とよく似ている。」
「…重ね合わせの原理?なんね?それ。」
「一つの波にもう一つの波がぶつかる事によって、二つの波が合わさり、大きな波になることだよ。
 干渉によって魔術師は、本来自分が持つ以上の魔力(ちから)を得ることが出来る。
 最も、そんな単純な法則では説明出来ない部分もある。+の存在(アプリフィア)の中で"例外"と称される者がいるからね。」
「…それが、"フェイター"やって言うんやね?」
「…そうだ。」

女はもはや何も言わず、夫の言う事に耳を傾けていた。
反対側に座っていた来客の男も、娘と親友の会話にひたすら耳を傾ける事だけに挺した。
話は更に事の中核へと進んでいく。

「"運命の人(フェイター)"による干渉は全くの別物だ。
 史記にも記されている伝説では、魔術師の本来持つ魔力を何倍にも何十倍にも増幅させると言われている。
 干渉というよりは増幅器と言った方が正しいだろう。」
「なっ…何十倍……。」
「そうだ。だが世の中増やせばいいっていう問題じゃない。
 本来持つ魔力以上の力を得るということは、同時にそれを制御(コントロール)しなければならないという事だ。
 でなければ、増幅した魔力が逆に牙を剥いて襲ってくる、という事に成り兼ねないからね。
 自分の意思で増やす訳じゃないのだから、何と言っても勝手が違う。
 老練(ベテラン)と言われる魔術師でも制御(コントロール)仕切れない事もあるくらいだからね。
 さて、ここで問題だ。もしまだ修業中の魔術師が"運命の人(フェイター)"に出会ってしまえばどうなるか…」
「………自分の魔力ば制御(コントロール)仕切れんようになって、自滅するいうことやね?」
「…そういう事だ。」

無表情を装った男の顔を見ながら、少女は思う。
魔力がどういう物かはよく分からないが、先日彼が見せた物がその一端であることは間違いないだろう。
そこであの時の事を思い出す。

「…じゃあ、あん時ルビーが倒れたんはあたしのせいやったんやろうか。」
「それは多分違うだろう。そういえばまだ話してなかったね。"あいつの事"について。」

男は目を細め、唇を引き結ぶ。
眉間にはシワが寄って、苦の情が滲み出ていた。

「ルビーは他の魔術師とはちょっと……いや、随分違うんだ。」
「…どういうこととね?」

確か本人も"自分は訳あり"だとか言っていた気がする。
"訳あり"だから"封印具"を身に付けているのだと。

「あいつは産まれた時から強い魔力を持って生まれてきた。それも並大抵のものではない。
 魔力だけでいうなら、私はまだ片言しか話せない息子に追い抜かれてしまったからな。」
「…っ!パパさんって、このホウエンでも有数の魔術師やとでしよ?魔力ば普通の"魔術師(ひと)"より強いんじゃなかったとか?」
「……それだけあいつが凄い存在だったというわけだよ。」

少女の言葉に確信を得させるような返答はしなかったが、言外には肯定の意を含ませていた。
少女は言葉に窮してしまい、ただ目の前の、あの少年に似通った紅い瞳を見つめていた。
彼は自分の事を話すとき、確かにこんな悲しそうな目をしていた気がする。

「数百年に一度現れると言われている強力な魔力の持ち主、それが自分の息子だなんて思いもしなかったよ。
 そして、その魔力の強さがルビーの生涯を分ける物になってしまったのも、また事実だ。」

思考は眠る記憶の中へと堕ちる。
あの日の惨劇がまるで昨日の事のように蘇って来る。
胸を締め付けるような苦しい思いが、取り巻いていく。

「魔力は生命力に由来するものだから、心身の成長と同じく成長していく。つまり、修業をしなくともある程度の成長を見せる物なんだ。
 だが勿論、自然の成り行き程度で育つ魔力ではとてもじゃないが術を行使し、それを自然に干渉させる事なんて成し得ない事だ。
 だからこそ魔術師たるものには修業が必要なんだよ。」

人々の為に、世界の為に魔術師は立つ。
自然と言われる全ての事象(ことがら)、その中に存在する要素と要素を繋ぐ架け橋になるのが"彼ら"なのだ。
容易なことでそれを勤める事は出来ないし、そもそもその術を学ばなければ力を持っていたって何もする事が出来ない。
寧ろ使い道の分からないような持て余す程の力が、いつ何時暴走し出すか分からない。
だから、魔術には"師"があり、そして後に生まれ来る者が統べる術を代々受け継いできたのだ。

「しかし、ルビーの魔力の増大ぶりははっきり言って私の目からみても異常だった。
 元々持ち得ていた魔力が大きかったからだろう。その増加量は凄まじい物だったよ。
 さっき言ったね?魔力が制御(コントロール)出来る範囲を越えたらどうなるのか…」
「…っ。」

魔力が手中に収められる範囲を超えた瞬間、その魔力(ちから)は対象者はおろか、それを操る術者にも牙を剥く。
それは+の存在(アプリフィア)による外部からの影響だけとは限らない。
"内側"からでも、それは同じ事なのだ。

「そういう事だ。だから、私は早くからルビーに修業をつける事にした。まだ言葉を覚え始めた頃だったからいくらか苦労をしたけどね。
 …だが、やはり予期していた恐ろしい事が起こってしまった。」
「…恐ろしい、事?」
「そうだ。ルビーが必要以上に他人との距離を置くようになった、そして自身の保有する魔力(ちから)の真の恐ろしさを知った瞬間だ。」

記憶はあの日が起こった八年前に遡る。
少年の心も、運命さえも変えた、あの惨劇が起こった日に…


一面が淡い新緑の草原。
トウカシティの外れ、もう少し北に向かえば、魔物達が蔓延る奥深き"トウカの森"がある所だった。
季節は夏も終わりの頃。
空には薄い鱗雲が時折かかるようになり、秋の兆が見え始めていた頃だ。
そこに、まだ足元が覚束ないように見える幼い少年がいた。
色褪せた黒衣(ローブ)を纏っているが、その開いた胸元には装飾の少ない、 朱い宝石(いし)が中央に嵌め込まれた十字架を付けている。
まだ幼く小さい手には黄金に輝く鎖状の腕輪(ブレスレット)のようなものを持ち、 その円らな瞳でじっと目の前に立っている男を見つめていた。
男の名前はセンリ。
この少年の父親だった。
少年と同じような黒衣(ローブ)を身に纏っているが、こちらのは若干碧みがかっている。
男は常日頃から自他共に厳しい男であったが、息子に対しては特に気を払っていた。

「さぁ、ルビー。昨日言った通りにやってみるんだ。」
「はい、父さん。」

少年は無垢な笑顔で答える。
いつも厳しくて直ぐに怒られたりするのだが、少年は父親の事が嫌いではなかった。
それよりも寧ろ母親以上の好意を抱いていた。
一人の父親として、一人の魔術師として彼を尊敬の眼差しで見つめていたのだ。
少年が今から行おうとしているのは、"自然"との同化であった。
己の魔力を周囲の環境に干渉させ、その辺り一帯を自分の支配下に置く事が出来てこそ、 魔術師たる所以の本来の力を発揮出来る。
これは魔術師になる為には必要不可欠の術であった。
昨日言われた事を何度も何度も頭の中で復唱する。
自主練でCOCOやNANAに手伝って貰った時の事を思い出す。
大丈夫だ、出来る。
少年は幼い顔立ちを引き締め、瞳を閉じた。
目の奥が熱くなり、額に力が篭る。
自身の身体から溢れる魔力(ちから)を辺りに満遍なく張り巡らせるように、薄く平らな想像(イメージ)を形作る。
大気、命脈、そして魔力、全ての流れが自分を中心に渦巻いたと悟った瞬間、支配する力を及ぼす術が発動する。
そして、次の瞬間大地に紅い閃光がほとばしった。

辺り一帯にはこの世とは何処か違う異邦の空間が広がっていた。
心に湧き出る浮遊感。
まだ未熟ながらも、大地を統べる術は発動していたのだ。
少年の顔色が喜の色に変化し、傍らにいた父親を見上げる。
男も黙ったまま口元を緩め、小さく頷いた。

その時だった。
間近にあった地面に亀裂が入り、一度だけ大きく大地は揺れ、森が騒ぎ出した。
ただ、少年が展開した"統轄の術"が及んでいる範囲だけが、何事もなかったかのように静かであった。

「わっ!!なっ…何?」
「……あそこか。」

こんな時に厄介な相手が来たな。
男は闘気を漲らせた瞳で、森の方を凝視した。


草むらから勢いよく飛び出して来たのは、サングースという白い魔物だった。
魔物の中ではまだ小柄な方だが、それでも小さな少年よりは遥かに大きく見える。
その身体には赤い文がほとばしっていて、目付きは鋭い。
極め付けなのは、顔の丈よりも長い爪であった。
明らかに気が立っていて、下手に近付けばこちらが危害を加えられるという状態だ。

「あ……っ!」
「気を緩めるな、ルビー。お前の術はまだ安定していない。今の状態を保つ事だけに専念しろ。」

目の前に現れた恐の対象者に臆していた息子に対して、魔術の師としての言葉をかける。
その銘に従って、少年は意識を集中させようと懸命に気を張り詰めらせた。
だが、それも次の衝撃によって徒労に終わる。

辺りに轟いた地響きを起こしたのは、その長く鋭い尾。
黒光りする身体を覆っているのは固い鱗。
この白い獣と長く宿敵の運命を持つ大蛇、ハブネークが現れたのだ。
身体は大人であるセンリよりも遥かに大きい。
胴回りは大木のように太く、大きな口元には朱色の牙が地を剥いている。
眼光はさながら、見た者の動きを凍り付かせるような鋭さだ。
恐らく、この因縁の間柄である二匹が戦闘を続けるさなか、此処までやってきたのだろう。
こちらが敵意を向けなければそのうち姿を消すはずだ。
例えそうでなくても、センリの腕があれば、順に二匹を調伏してこの場を去らせる事も出来たはずだった。

だか、今の状況は非常にまずい。
二匹はとても気が立っているようで、片方を押さえた瞬間にもう片方の牙がこちらに剥くことは間違いない。
つまり、"二匹同時"にその動きを止めなければ危険な事この上なかったのだ。
更に今少年が"統轄の術"を発動していて、この辺り一帯はこの少年の支配下にある。
それはつまり、男が自分の力を存分に発揮出来ない事を意味していた。
野性の魔物の調伏の仕方は既に教えていたが、この緊迫した状況で彼が常の力を発揮出来るほどの技量は、まだない。
心からの震えが、少年の有する過大な魔力を揺るがす。
その膨大な力の渦が、大地を大きく振るわせる。

「あっ……とっ…父さ、ん……っ!!」
「落ち着け!!落ち着くんだルビー!!!」

既に少年は全身をわなわなと震わせて、恐怖に脅えていた。
父親の声など、既に届いていよう筈がなかった。
二匹を凝視した視線が激しく泳ぎ、その瞳は輝かしい色を失う。
頭の中ではこの状況を打開しようと必死に呪文の言の葉が巡るのだが、同時に恐怖から生み出された恐れの言葉がその流れを阻害した。
既に正常な思考が巡る余裕は何処にもない。
ただ意味を失った言葉の羅列が、少年を取り巻いた。
その一方で彼の魔力は大きく動き、制御(コントロール)の域を外れた魔力(ちから)が大地を汚していく。


そしてついに、恐れていた事態が引き起こされてしまった。
手にしていた腕輪(ブレスレット)状の宝具に大きく亀裂が入る。
これは少年の大きすぎる魔力をある程度押さえ、制御を安定させる為のものであった。
それが本来の呪力を失った瞬間、ダムが決壊して大量の水が溢れ出るように、少年の魔力が爆発した。


辺りに紅い血飛沫が舞い上がった。

アンタガアタシヲ遠ザケレバ遠ザケルホドソレガ精一杯ノ優シサヤト思ワサレルトネ

ケレド近ヅケナケレバ近ヅケナイホド、アタシノ心ハトッテモ寂シカヨ…

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なかなか書き直すのも大変ですね…
進むときはどんどん進むんですけど、進まない時は全然進まないので;;
こうやって作品を作るようになって段々その辺りの感覚が分かってきたように思います
しかしよく思うのが、小説サイトってイラストサイトよりも敷居が高く感じられる方が多いなって(笑)
少なくともうちではそんなに高くないはずなんですけどね…管理人がヘボイので(苦笑)