9.奏でられる悲劇の鎮魂歌

「私は何度も呼び掛けた。気をしっかり持ってゆっくり術を収めるんだ、と。だが、既に私の声はルビーに届かなくなっていた。」

脳裏に蘇るあの惨劇は、当の少年だけでなく父親であるこの男にも酷く深い傷を与えた。
思い出す度に胸の奥が締め付けられる。

「あいつの魔力(ちから)を抑えていた呪具は全て大きく損傷した。残っていたのは、制御(コントール)を高める為の首飾りだけだった。
 今までに魔力が爆発し衝撃を与えたてた事は何度かあったんだが、あの時のは過去に類を見ないほどのものだったよ。
 あいつの魔力の大元を抑えていた黒帯すらも決壊したのだからな。ルビーもそれが一番のショックだったんだろう。」
「…黒帯?」
「ルビーが被っていた帽子を覚えているだろう?あれがルビーを戒める数ある封印具の中でもかなり大きな役目をしているんだ。
 持ち得る魔力の許容量を大きく下げる、それは扱い切れない程の魔力を抱えてしまったルビーにとって大きな支えになっていた。
 だが、今となってはそれがあいつを苦しめる鎖になってしまっている。」
「……どういう事…とね?」

血の気の引いた顔色の少女が、その藍い瞳で男を見つめる。

「…あの事件の後からのルビーの魔力の増大の仕方は更に凄まじくなった。今の状態では、あいつはあの帽子を外す事は出来ない。
 全ての宝具が常に緊張した状態であいつの魔力を押さえているんだ。
 今あれを外してしまえば、それまでに身の内に秘めていた魔力(ちから)が逆流するかのように体外へと溢れ出る。
 もし、ルビーがその魔力(ちから)を制御出来なければ…」

またあの時の、いやそれ以上の大惨事が巻き起こるだろうな。
男は眉を寄せ、重く口を開く。
平然を装うとしているようだが、瞼は小刻みに震えているのが分かる。
どうにかしたくても、どうしようも出来ないからだ。
その悔しさが彼の身体にほとばしっているようだ。

「もう何年も自分の本来の魔力を遠ざけて生きてきているからな。
 恐らく、君が"運命の人(フェイター)"だと知って、自分の魔力が君に牙を剥かないようにしたかったのだろう。
 あいつは既に、己の魔力の制御に関して、かなり絶望しているみたいだからな。」
「そんなっ……初めて触れた時ば何ともなかったとに…」

少女は思い出す。
あの男達から引き離す為に身をていして体当たりしてくれたエネコ。
そして、その衝撃に耐え切れなくて倒れそうになった自分を、彼は抱えて支えてくれたのだ。
間違いない。
あの時の微かな身体の温もり、彼の匂いは確かに本物であった。

「その時、何らかの術を発動させていたんじゃないかい?」
「術…?」

確かに、その後地面に変な紋様ば浮かび上がっていたように思ったとけど…
少女は首を傾げる。
あの時と今ではっきり違っている事…

「…あっ、魔獣。」
「召喚、されていたんだね?」

そうだ、間違いない。
あの場にはいつも一緒にいる蒼色の獣以外に三匹の姿があった。
少女は男の言葉にこくりと頷いた。

「何か術を発動させているときは必ず、魔力のベクトルが内から外へと向いている。
 その時はこちらにその気がない限り、外部からの干渉をあまり受け付けないんだ。
 しかもその後に"統轄の術"を発動させる為の準備をしていたのだから、まずそうなっていたと見て間違いないだろう。」

だから、あいつも恐らく直ぐにその事実に気付かなかったのだろうな。
男はそう言うと、目を細めて瞳の炎を揺らめかせた。

「…じゃあ、倒れたあいつの側ば行って、触れようとしたときに起こったあれは…」
「……恐らく、君がルビーの運命の人(フェイター)である故に起こった出来事だったんだろうね。」

一瞬視界一杯に走った輝かしい閃光。
それを取り込んだ少年が、先程の苦渋に満ちた顔色から元に戻ったあの一瞬の出来事。
彼は恐らく、その時既に知ってしまったのだ。
自分達の"運命(フェイト)"に。

「…実を言うと、あいつにはあまり時間がないんだ。」

これもいずれ言わなければいけない、いや、今告げておかなければならないだろう。
力のない瞳を擡げて、事実を告げる。

「ルビーの魔力は近年に例を見ないほど強力なものだ。だから、魔術師協会に目を付けられてしまっているんだよ。
 "期日までに魔力を制御せよ"、と通達も来ている。」
「期日…?」
「一般に一人前の称号を押して貰える歳である十四歳までに、つまり明日までにという事だ。」
「あっ明日って…もう殆ど時間がないじゃないか!」

じっと娘と親友の会話を聞いていた男が驚嘆の声をあげた。

「あくまで"期日"というだけだ、表向きでな。
 実際にはそれからいくつかの試験を試みて最終決定を下すことになっているから今すぐっていう訳ではない。
 だが、時間がない事には変わりがないな。」

男はこれまでにない程脱力したような弱い音を吐いた。
自分の息子を信頼していないのではない。
だが、その現実は刻一刻と現実みを帯びながら迫っている。
この運命(さだめ)から逃れられるのかどうか、占術を持ってしても見通す事は出来ない。

「ルビーが自分自身を御し、その魔力を使いこなせれば、あいつは世界一の存在になれるだろう。
 だが、もし最終的に莫大な魔力を持つ危険人物と見なされてしまった場合…」

あいつは地の奥深くに幽閉される事になるだろうな。

男の告げた真実に、空気が凍り付いた。


少女は歩いていた。
丈の短い草が生い茂る原に走っている畦道を。
少女は泣いていた。
彼が背負う運命の重さを感じて。
少女は嘆いていた。
己が彼に何かをしてあげられない事に。
ただひたすらに悲しみを抱き締めながら、歩を進めていた。
男の言葉が蘇る。

『もし、今のルビーの魔力が暴走したらどうなると思うかい?』

自分には全く想像出来ない、少女はそう答えるしかなかった。
そもそも、魔術師が持ちゆる術の破壊力など基準すら分からないのだから。

『私の魔力では、一瞬ではこの広い我が家の敷地を吹き飛ばすくらいの力しか発動出来ない。
 …いや、これでも魔術師としてはかなり強い破壊力ではある。』

センリ一家が住まうこの土地は、野生の魔物達の保護の為にかなり広い敷地を有している。
それを一瞬で吹き飛ばせるのならば、それだけで凄い力なのだという事が分かる。
だがもし、"彼の魔力"が制御を離れ破壊の術を発動させれば…

『恐らく、山一つが跡形も無く消し飛ぶだろう。街中で起これば、地図の上から一つ名前が消える事になる。』

暴発すれば何千人もの命を奪う事に成り兼ねない。
それだけ大きな破壊を齎すものが、彼の身体に宿っているのだ。
あと半年、いや、三ヵ月ほどで結果を出さなければ……そう、彼にはもう時間がないのだ。
魔術師協会は既に彼を危険人物と見なさなければならなくなった時の幽閉措置の準備を始めているのだから。

だが、彼は既に希望の念を失いかけている。
どうにかして支えになりたくとも、自分にはその術がない。
何故なら、自分には彼に触れる事すら許されていないのだから。
近づく術を持たない上に、彼は自分を傷つけないように態と遠ざけている。
所詮自分のこの思いは空回りするだけで、彼には何の役にも立たない。


遠くから聞こえるのは、小鳥の鳴き声。
しかし、少女にはそれを聴く事は出来ても、聞く事が出来なかった。
頬を伝うのは大きな雫。
溢れ出る哀の感情が波のように次々と波紋を広げていく。
力なく降ろされた手は重力に逆らう事なく身体の動きに副う。
脚は地を這うように擦っている。
彼女を取り囲んでいた日光(ひかり)は、その光度を次第に下げていき、 辺りに生い茂っていた草木は段々とその背丈を延ばしていく。
少女がふと我に返った時には、既に森の奥深くにまで入り込んでしまっていた。
そこは、初めて少年と出会った場所に酷似していた。
あの日の出来事がまるで昨日の事のように思える。

『今頃…修行の続きばしとるんかな…』

今朝になっても少年は姿を現さなかった。
今日が彼の誕生日だ。
則ち、これから数十日が彼にとっての地獄の日々になる事だろう。
父親であるあの男も姿を現さなかった所から考えると、きっと二人での修行だ。
時間も掛かるに違いない。


結局、あれから話は一旦終わった事になり、解散という形になったのだが、 それからの事について全くどうなったのかすら分からない状態だ。
彼との婚約話も、あやふやなままだ。
別に嫌な訳ではなかった。
ただ話があまりにも唐突過ぎたから驚いてしまっただけ。
寧ろ自分は彼に少なからずとも好意を抱いていたことは間違いない。
彼の笑顔を見た瞬間、どうしようもない程の喜びを感じた。
胸の鼓動が高まった事も感じた。
あの様子から、彼も自分には心を許してくれたのだろう。
だが、彼は決して首を縦には振らないだろう。
全ては誰も巻き込みたくないから。
全ては…

『あたしを…これ以上傷付けたくなかとやから……』

だからわざとあのようなきつい言葉を言ったのだ。
どうせ傷付けてしまう結果しか生み出さないのが分かっているのだから、初めから拒絶してしまえばいい。
そうすれば、それ以降相手を傷付ける事はなくなってしまうのだから。
少年が下した判断は相手の事を思うが故の事だ、決して間違いだとは言えない。
しかし、互いに傷つく結果を生み出すものが正しいなどとは言えないのもまた事実だ。
一体、どうしてこんな所にまで来てしまったのだろうか。

「何か…まるであいつば待っとるみたいとね。馬鹿馬鹿しか…そんな事しても無駄やと分かっとうとに…。」

目尻に溜まった涙を拭おうとした、その時だった。
背後の草むらで何か大きな物が動いた音がした。
肩を大きく震わせて身震いした少女は、咄嗟にそちらの方向へと向き直る。
そこにいたのは…


光溢れる草原に少年は立っていた。
遥か遠くの彼方を見通すかのように、視線を泳がせる。
どこを見つめている訳でもない瞳には、戸惑いの色が浮かんでいた。
今朝は何の用もない癖に足早に家を飛び出してきてしまった。
多分彼女に会いたくなかったからだ。
掛けるべき言葉が何も見付からなかった。
ただこれ以上傷付けたくないだけなのに、突き放すしか彼女を"危機"から救う手立てを見出だせなかった、 ただそれだけだった。
父さんも今朝は何も言わずに見送ってくれた。
今はその好意に甘えているだけ。
魔力の事も、婚約の事も。
全部自分で答えを出さなければいけないはずなのに…

『またボクは、何処かで逃げようとしてるんだな…』

変な哀しさが込み上げてきた。
こんな自分が嫌だから変わりたいのに…
だが、その思いとは裏腹に心の奥に住まっている"恐怖"を拭い去る事が出来ないのだ。


あの時確かに自分は大きな傷を負った。
魔力の暴発により、押さえ込んでいた黒帯は大きく決壊。
その際に受けた衝撃により、額からは鮮血が吹き出した。
自分の瞳の色に似た紅。
舞い散るその空間の中に、己の発した魔力の一端を受け、損傷を負った父親の姿が見えた。
一瞬で頭の中が真っ白になる。
ふと眼下を見下ろせば、黒衣(ローブ)は大きく破れ、胸元の十字架にも大きくヒビが入っていた。
手元に携えていた腕輪(ブレスレット)は原形が分からないほど大きく破損して、大地に転がっていた。
その場所から放射状に貫かれた裂け目が大地を迸っていた。
砂埃が治まった後に訪れた静寂、それが彼の魔力(ちから)を物語っていた。
己の魔力のせいで、自分はおろか父親や魔獣、そして母なる大地までが穢れてしまった。
全ては、自分の制御(コントール)が出来なかったから。
この一連の出来事で本当に大きな傷を負ったのは、身体ではなく心だった。


今再びあのような決壊が起これば、次はどうなるのか分からない。
少なくともこの町の人全員をも巻き込む大惨事を生み出すだろうに違いないことだけだ。
その引き金を握っているのは間違いなく自分だ。
決して彼女ではない。
しかし、彼女の存在はこの引き金に掛けた指に大きく振るえを与える。
だからこそ、彼女を遠ざけたのに…

コンナニモ、ムネガイタイ。

「あっ、こんな所にいたのねルビー。」

草むらのその向こうから、母親である女が駆け足で駆け寄って来た。
わざわざ自分を探していたらしい…何かあったのだろうか。

「サファイアちゃん知らない?さっきから姿が見えないのよ。」

何処行ったのかしら…
困ったようにまた辺りを見回しながら首を傾げる母の言葉に、変な胸騒ぎがした。
自分が一方的に突き放すような結果になってしまった事は、今更どうしようもない事だ。
しかし、彼女がそれで軽薄な行動を取るとも思えない。
何故だろう、嫌な予感がする。
その時だった。
耳に届いたのは聞き覚えのある鳴き声。
慌てて振り返ると、この間自分が助けたスバメがこちらに向かって一目散に飛んできていた。
それも、本来ならば住み処にしないはずの森の方から。
必死に何かを訴えているようだ。
その遠くか細い声に耳を研ぎ澄まして"内容"を聞き取る。
受け取った答えに、少年は驚愕の表情を浮かべる。

「なっ…何だって?!!!」
「どうしたの?!…ちょっ…ルビー!?何処行くの!!」

女の言葉など気にも止めずに、少年は走り出した。
その隣をミズゴロウは地を駆け、スバメは空を翔けていく。

『あの娘が森に…しかもこの間の奴らと鉢合わせしただって?!』

急がなければ…
少年は疾風の如く走り去って行った。

ボクガ恐レテイタノハキット、キミニ嫌ワレル事ジャナク

キミヲ"本当ニ失ウ事"ダッタンダ…

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ついに(この話での)ルビーの真実が明らかになりましたね(笑)
彼が抱えている闇とはこういうことだったんです
どうも私はこういう障害を与えて切ないラヴストーリーを書いてしまう傾向にあるように思えて仕方ありません(苦笑)
…オールマイティーになるためにはまだまだ修業が必要ですね;;