6.衝撃の宴会

あれから一週間が経った頃だろうか。
春特有のポカポカと暖かった気候が、いつの間にかうっとおしい程の熱気に変わり始めていた。
ボクは今、人生の転機になろう"その日"を迎えようとしている。


ママは朝から凄くウキウキしながら、せっせかせっせかと"その準備"をしていた。
掃除された部屋が飾りで埋め尽くされていく様を、ボクはただじっと見つめているだけだった。
どうしてそこまで明るくいられるのかという疑問と、それはそれで仕方のない事だという思念を抱いて。

「…嬉しそうだね。」
「何言ってるの、当たり前じゃない。明日はあなたの十四歳の誕生日なのよ?」

交じり気のない、純粋な喜びを表した笑みで女は答えた。
手にした布飾り(リボン)をこれでもかっていうくらいに見せびらかしている。
恐らく手づくりの物なのだろう、数日前布切れやら何やらが大量に購入されていた事を知っているからだ。
しかし、少年の方は逆に喜ばしくないことであるかのような振る舞いであった。
それは、常日頃から抱えている不安が、いよいよ現実のものとなり始めたから。
そう、彼の十四回目の誕生日がやってきたということはすなわち、彼にはもう"あまり時間がない"ということなのだ。
母親である女は多少魔力は持つものの、一般人であることに変わりはない。
いくら息子の事を信じているとはいえ、事の重大さには気付いていないのかもしれない。
そんな思いばかりが頭の中を駆け巡る。

「そうそう、今日はお客様がいらっしゃるからね。」
「お客?いつもはそんなの呼ばないのに?」
「だって一人前の魔術師として認められるのは十四歳からなのよ?ルビーは優秀だから試験なんてす〜ぐにパスしちゃうでしょ?
 だったらもうなったも同然。皆でお祝いしなきゃ。」

更にテンションを上げて喜ぶ母親の姿を見て、少年は複雑な胸中になる。
期待してくれる事は嬉しい事だが、それにちゃんと答えられるような結果を残す自信などこれっぽっちもないのだ。

「ちゃんと一人前に…なれたら……ね。」

今の自分の状態では一人前どころか、一人の魔術師としてこの世に存在出来るかどうかすら分からないのだから。
この背負った"爆弾"を荷から降ろさない限り、少年に未来はない。
その思いを感じ取ったのか、女は一瞬顔を強張らせた。
しかし彼を励ますようにすぐに明るい声をかける。

「だっ…大丈夫よルビー。あなただったらきっと…いいえ、絶対出来るわ。」

父さんと母さんの子供だもの。
女は息子の視線に合わせるように身を屈めてじっとその瞳を見つめる。
その優しげな表情を前にし、昔のように母に触れたいと願うも、それは叶わない事実である。
今の自分には己を制御することで精一杯なのだ。
父と母に最後に触れたのはいつの事だったか…。
息子のそんな思いを知ってか知らずか、女はまたにこりと微笑む。

「さぁ、お客様が来る前に飾り付け終わっておかなきゃ。」

すっと立ち上がるとまたさっきの続きを始める為に持ち場へと戻っていく母親を、少年は静かに見つめていた。
もしかしたら、もうあの後姿を見ることが出来ないんじゃないか。
いや、この事を考えるのはもう止めよう。
考えたって仕方のないことなんだから。
気持ちを切り替え、少年は先程疑問に思った事を尋ねる。

「そういえば誰なの?お客様って。」
「うふふ、すぐに分かるわよ。」

何かを企んでいるような笑いで答えた女を訝しげに凝視する。
一体何を考えているんだ?
こんな日に誰を呼んだのだろうか。

その答えはすぐに出た。 お昼を過ぎてまだ夕刻を迎える前だったか。
普段はあまり使われないノックの固い音が響いた。

「ルビー、出てくれない?」
「…分かった。」

重い身体を持ち上げ、静かに戸口へと近寄る。
隙間から漂ってくる僅かな魔力(ちから)には覚えがあった。
その相手の顔が脳裏に一瞬よぎる。
まさかという思いとやはりという思いが互いに交じりあう。
その可能性を信じたくない、しかし、そんな彼の期待は裏切られたのだった。

「こんにちは、ルビー君。久しぶりだね。」
「…こんにちはったい。」

先日森の中で出会った親子が、小綺麗な余所行きの格好で玄関口に立っていたのだった。


「それじゃあ、一日早いけどルビーの十四歳の誕生日に…」
「「かんぱ〜い。」」

酒の入った小さなグラスとジュースの入った少し大きめなグラスが互いに打ち鳴らされた。
総勢五人の豪華な食事会が始まったのだ。

「これうまかね〜ママさん料理が美味いったい。」
「あらそう?そう言って貰えると嬉しいわ。好きなだけ食べていいからね。」

少女の素直な感想に頬が緩んだ女は笑顔で新たな料理を差し出す。
話はどんどん弾んでいき、時間もあっという間に過ぎていった。
といっても、主に話をしていたのは少年の母親と少女の父親。
そこに少女が入り込み、少年の父親は時たま軽く相槌を打っていただけで、 少年はただ沈黙を保ちながら会話を聞き流していただけだった。

まさか、一番危惧していた事実が現実になってしまうなんて。

食事もあらかた食べ尽くされ、いよいよこの食事会の"本当の目的"に触れようとしていた。
漆黒の短い髪をした男がどの時宜(タイミング)で『それ』を切り出すべきか間合いを謀っているかを知る者は、 当人達に気を使いながら話を弾ませていた。
そんな雰囲気を余所に、少年は未だ口を開かず、じっと自分の席に座っていたのだった。
考えてていたのだ。
明日からの自分、そして未来の自分の行く末を…


「は〜食った食った。ママさん、今日も美味しかったですぞ。」
「あら、オダマキさんたら。」
「本当ったいよ。あたし生まれて初めて、こんな豪華な料理ば…こんな沢山の人と食べたったい。凄く楽しかったとよ。」
「…ありがとう、サファイアちゃん。」

少女の煌めいた瞳をじっと見つめて、女は優しく微笑んだ。
その表情を見た少女は、何処か懐かしい空気を感じた。

『あたしの母ちゃんも…こんなんやったんやろうか…』

幼い頃に母親を亡くした少女にとっては、殆ど得られた事のない温もりであった。
自然と頬が緩み、嬉しい気持ちが込み上げてくる。
と、視線を大人たちからふと反らした時、目の前に座っている少年が視界に入った。
先程から会話に加わっていないと思ったら、難しい顔をしてじっと手元を見つめている。
自分の誕生日を祝われているというのに、何処か嬉しそうではないその様子は、ただ事ではない。

「あんた…どうしたと?さっきからずっと黙っとって…身体の調子悪いんじゃなか?」

少女にいきなり声をかけられたので、少年は驚いて身体を一瞬強張らせた。
注目されないように押し黙っていたことが、逆に違和感を与えてしまったようだ。
何かを悟られてはいけない、少年は視線を合わせないようにして平然を装う。

「いや…何でもないよ。」
「何でもって、あんた…じゃあなしてそげん顔ばしとっと?」

今日はあんたの誕生日祝いやろ?
少女の柔らかい笑みが自分に向けられているのに気付いた彼は、複雑な感情に捕われた。
自分の存在が彼女にどのような影響を与えてしまうのかを、既に悟りきっていたからだ。
だから、彼女には会ってはいけないと思っていた。
親しくなってはいけないと思っていた。
言葉を交わしてはいけないと思っていた。

だが、それは自分が勝手にそうするべきだと思い、決めた事であって、彼女には何の関係もない。
ただ純粋に自分の事を心配してくれた少女の行為を、無下にする理由などなかった。
それは単なる自分の我が儘に過ぎないことだ。
その心はとても素直で綺麗で、純白で…決して悪い気などしなかったのだから。

「…本当に大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから。」
「…そうと?ならよかとやけど。折角のぱーてぃーやけ、楽しまな損たいよ。」

自分を懸命に励まそうとしているまっすぐな声。
相手を思いやる慈悲の心。魔物達が彼女を慕い、寄り添うのも当然のことなのだと感じた。
あぁ、だからこの娘の事を本当に避けることが出来ないんだろうな。
己にこみ上げてきた感情に苦笑し、また自然と強張った頬の筋肉が緩む。

「…うん。」
「…っ!」
「…どうしたの?」
「…あんた、やっと笑ったったい。」

少女はこれまでにないほどの喜びをその顔いっぱいに表した。
その輝かしい微笑みは、深い思考に捕われて身動きが取れなかった少年の心に染み渡った。
笑いがもらたすモノは今自分に欠けている"部分"を補うものなのかもしれない。
此処最近は目の前にぶら下げられた問題の事ばかり考えるようになっていたため、 こんな風に自然体になる事を忘れていたように思う。
本当に、この娘は不思議な存在だな。
それが自然なものとなるまでそう時間はかからなかった。


そんな二人の様子を大人たちは横目で見ていた。
彼らにとって、息子のそんな様子を見たのも、娘のそんな様子を見たのも初めてであった。
それに驚きつつも、それは何処かで予想していた事でもあった。
そして、そうなって欲しいという願望もあった。
つまり、揃えられる役者は全て揃ったのだ。
じっと押し黙りその機会を伺っていた男が唐突に口を開いた。

「ルビー、大事な話がある。」
「…父さん?」

今までずっと話題に沿って相槌しか打たなかった(ちちおや)が、急に自分に話題をふってきた。
厳格な性格ゆえ、殊更大切な事柄にしか自ら触れようとしない彼からの言葉だ。
この状況で一体何を話し始めるつもりなのか。

『そもそも話をするなら明日二人っきりでなんじゃないのか…?』

この時期に彼が自分に対して振り掛ける話といえば十中ハ九この身に宿っている魔力(ちから)の事のはずなのだが…

「あなた…」
「サファイアちゃん、君にも関係する話だ。一緒に聞いて欲しい。」
「あっ…あたしにも…?」

ますます訳が分からない。
何故ここで彼女が出てくるのだ?
少年は訝しげに父親の姿を見遣る。

「センリ…やはり二人には早過ぎないかね…?」
「…お前がそう思うのも無理はない、オダマキ。
 だが、ルビーは明日で十四。力さえ満たしていれば、もう一人前の魔術師として認められる年頃だ。
 寧ろ今までこの事について話さなかったのは遅すぎると言った方がいい。」

一人前、早い、遅すぎる?
何の事を言っているんだ?
何故そこに彼女が関わって…

「…っ!」

そこまで考えてから、少年の頭に一つの可能性が浮かび上がってきた。
一人前に限らず、魔術師なるものには必ず付き纏うであろう、暗黙の了解である禁忌(タブー)
それを"避ける為"にも早くから行わなければならない事。
それは、生涯を共に生きる為の"伴侶"の選定であった。
予感は見事に的中する。

「明日のルビーの誕生日をもって、君達二人の間に婚約の姻を結ばせようと思う。」

少女はその言葉を一瞬鵜呑みにした後、その意味を知り驚愕の顔を浮かべた。
少年は恐れていた事が現実になろうとしている事実を突き付けられ、 自身の心臓に鉄槌を打ち付けられたような錯覚を覚えたのだった。

彼ノ事ハ決シテ嫌イデハナカッタ、寧ロモット知リタイト思イ始メテイタトヨ

ダケドマサカ、イキナリコンナ事バ起コルダナンテ…

back   next

close



この構成にしたら6話にしてセンリさんの爆弾発言になるんですね(笑)何と言うか…
本人達の事を気にしているはずなのに半ば無理やり感があるのは気のせいではないでしょう(笑)
しかしこの話、ルビがこれでもかってくらいに自虐人間ですね(大笑)
ごめんねルビ、でも愛してるんだよ?(笑顔)