5.戒めの鎖

「さぁ、どんどん食べるとよかよ!」

今日は特別ったい、いっぱい作ったけんね。
先程とは違い、白いシャツと短パンに淡桃色のエプロンをかけた少女が元気そうに声を張り上げた。
目の前の木製の机には豪快な料理が所狭しと並べられている。
といってもそれは量のことであり、料理自身は至極簡単なものばかりだった。
野菜と肉を一緒に炊いたスープ、肉の丸焼き、炒め物、それに切っただけの森の果物。
どれも繊細さのかけらもないものばかりだが、こんな森の中でこれだけの物を食べられる事はある意味幸運だろう。
元より食べ物に関しては好き嫌いがないのだから、これ幸いだということだ。

「さあさルビー君、好きなだけ食べていいからね。」
「あっ…ありがとうございます。」
「はい、ずず。あんたはこれを食べるとよかよ。」
「ず〜」

少女は肉をミンチ状にしたものに小さく切った果物を交ぜた(ごはん)を蒼い獣に差し出した。
ZUZUは尾を振りながら微笑み、美味しそうにそれを食べ始める。

「違うって、"ずず"じゃなくって"ZUZU"だってさっきから言ってるだろ?」
「そんなんどっちでもよかとでしょ?ね〜ずず?」
「ず〜」

ほら、どうね? 少女はにた〜っと嬉しそうに笑う。
ZUZUはすっかり彼女に懐いてしまったようで、これまた憎らしい程にこにこと笑っている。
少年はなんだかいたたまれないような錯覚に陥ってしまう。
元々"彼"がそういった細かい事に執着しない性質(たち)なのは知ってはいたが、 こうも顕著に意思表示されると今までの自分の苦労はなんだったのかと自虐してしまう。
まぁ、今更そんな事を言っても何も始まらないので、少年はそれは仕方のない事だと肩を落とすことにする。
それから、いくらかの時を経て、いつもより人数の多い食事は会話も弾んで盛り上がり、そして終わった。
といっても、話していたのは少女とその父親が殆どで、招かれた少年はその会話に耳を傾け頷きながら、 自分は極静かに平静を装っていた。
そんな少年の様子に親子は不審な点を感じはしたものの、それが常の彼なのだろうと割り切ってしまったのだ。
それが、彼がわざと深い関わりを持たないように仕向けたものとも知らずに。


食事が終わり、オダマキはまた自分の仕事に戻っていった。
娘であるサファイアは、自分の相棒(パートナー)を引き連れて先程何処かへ行ってしまった。
その為、少年は広い庭先で一人ぽつんと佇んでいるしかなかった。
空はよく晴れていて黄金に輝く月の光が、眩しいくらいに辺り一面を照らしている。
その姿を少年はじっと見ていた。
先程まで傍らにいた相棒(パートナー)は少女の後についていってしまったので此処にはいない。
よほど彼女の事が気に入ったのだろう。

『まぁ…当然と言えばそうか。』

魔獣であるZUZUは人に嫌われてしまい、"ボクら"以外の人間と触れ合うことは滅多にない。
久しぶりに自分を可愛がってくれる人に巡り逢えたのだから懐くのも当然だろう。
だが、少年には危惧している事がある。
彼は、ZUZUは少年の相棒(パートナー)であると同時に、その半身たる魔力を持つ化身でもあった。
もしZUZUが彼女の人柄ではなく"彼女の魔力"に惹かれているとしたら…

「あんた、こんなとこで何しとっとう?」

森の向こうからお供を引き連れた少女が現れたのは、正にその時であった。
顔はほんのり色づいていて、亜麻色の髪は湿り気を帯びている。

「温泉気持ちよかよ、あんたも入ってきたらどうと?」

相も変わらず綺麗な笑みを作って話す少女()だな。
少年は澄ました表情で、少女の元から駆けてきたミズゴロウを招き入れ、ひょいと膝の上へと乗せた。

「せっかくだけど、ボクは遠慮するよ。」
「なして?今日は森の中ば走り回って汚れたとでしょ?疲れも取れるったいよ?
 あっ、外やからって気にせんでよかよ。森の中の温泉ったい、誰か覗きにくる心配なんかいらんと。」
「…いや、そういう問題じゃないんだ。」
「…じゃあ一体どういう問題とね。」

勧めても一行に動こうとしない少年に訝しげに尋ねる。
少し間があった後、彼は口を開いた。

「魔術師というのは単に魔力を使って術を発動させるだけじゃない。
 呪術を行使するための呪符や宝具、神器、その他色々な術式を記した物を管理したりするのも魔術師の役目なんだ。
 その為に多くの魔術師は、自分の身につける物にも自身を守る為の宝具や術式を描いたものを身につけていたりするんだよ。」

少年は自分の身につけていた黒衣(ローブ)の裾を開け、 内側に縫い付けたそれを彼女に見せた。
魔術は主に古語であるので少女には何と書いてあるのかは分からなかったが、 それは間違いなく魔力を帯びている言語(ことば)である事だけは肌で感じた。

「ボクの場合はその上に自分の力を制御するための封印具も付けている。
 だから外にいる時にむやみに衣装を崩したらいけないんだ。それに…」

そう言った少年は袖口から右手を出すと、指を打ち鳴らした。
その軽く軽快な音が響いた瞬間、少年の身体を紅い炎が包み込んだ。

「…っ?!ちょっ…!!あん…っ!!」

少女は目の前でいきなり起こった事態(こと)に驚いて、慌てて少年の方へと駆け寄ったが、 あと一歩というところで炎は粉を舞い散らかせて消えた。
そこには何事も無かったかのように佇んでいる少年の姿があった。

「えっ…なん…っ!」
「今のは"清めの炎"だ。これを使えばたいていの汚れは浄化される。」

だからそんな躍起にならなくてもいいんだよ。
軽く微笑んだ後、少年は相棒(パートナー)を抱えて立ち上がる。

「さ、そろそろ家の中に入ろう。君もそんなとこにいたら風邪ひいちゃうよ?」

少年は白い帽子と黒い衣服をはためかせながら奥へと消えていった。
少女はただその様子を呆然と見ていることしか出来なかった。



少年は歩きながら胸を撫で下ろした。
相手は魔術師について何も知らない少女とはいえ、彼女はとても勘の良い子だという事は何となく分かっていた。
だから、"真実"を隠し通す自信がなかったのだが、どうやらそれは回避出来たらしい。

「ボクは"あの日"から、この服装を崩した事はないんだ。変えているのはこの衣服と黒衣(ローブ)だけ。」

お風呂なんて、一体何時入ったんだろうな…もう覚えてないや。
それもこれも、この忌ま忌ましい封印のせいさ。
少年は改めて自分の姿を見下ろした。
首に掛けた"十字架"は、『魔力を安定させる為』。
指にはめた"指輪"は『魔力の制御能力を高める為』。
右耳にはめた"二つのピアス"は、それぞれ『一定の魔力を放出させる為』と『一定以上の魔力を放出させない為』。
そして、頭に被っている"帽子"は、『己の魔力の最大値を下げる為』。
この五つの均衡(バランス)一度(ひとたび)崩せば、何が起こるか分からない。
そんな生活をもう人生の半分も続けているのだから、"当たり前"の事すらもう分からないのだ。
少年は改めて、自分の存在を身に染めて感じ取っていた。


「昨日はありがとうございました。」
「いやいや、引き止めたのは私の方だ。お構いなく。」

まだ空が明るくなった頃に親子も、そして少年も目覚めた。
三人にとってはこれが日常であったのだが、 親子からすれば少年がこの時間に起きてくるとは思いもしなかったのだろう。
些か驚きをあらわにしていた。
朝食の席。
しかし外はまだ朝もやに包まれていて、この部屋の明かりがぼんやりと空間に浮いているような感じであった。

「霧が晴れたら出発します。それでお昼過ぎには帰れると思いますので。」
「あぁ、気をつけてね。」
「あんた…もう帰ると?」

少女は視線を向け、どこか寂しそうな声で尋ねる。
少年は一度それを見遣ってから再び視線を手元に戻し、食事を続ける。

「仕事もあるからね。魔物たちの世話だってあるし。」
「魔物たちの…世話?」
「保護してるんだよ。魔力で治癒をかけても治らない病気や怪我だってあるから。それに、COCOやNANAの傷の手当もしてないし…」
「あの子ら怪我ばしよっとか?」
「多分かすり傷か打ち身くらいだと思うけど、昨日はそれどころじゃなかったしね。」
「呼び出したらいいんじゃなかとか?昨日みたかに。」
「もし傷を負ってたら、召喚時に身体に負担をかけてしまう。状態が分からない以上、一度帰ってから処置する方が適切だ。
 それにもし大怪我をしていたとしたら、父さんが気付いて治してくれてるよ。」

少年は淡々と応えながら食事を運んでいく。
何を言っても引き止めることは出来そうにないようだ。

『ってあたし、何ば考えとると!!』

思わず力を込めた拳をテーブルにガンッと振り下ろしてしまった。
その少女の様子を、父親は驚きたじろきながら見ていて、少年は何事もなかったかのように食事を続けていた。



日が高くなり朝もやが晴れた頃、少年は旅立った。
脇にいた彼の相棒(パートナー)は何度も少女の方を振り返ったが、 少年は見向きもせずにすたすたと森の中へと突き進んで行った。
その後姿を見つめていた少女は、何故だかとてつもない寂しさに襲われた気がした。

「行ってしもうたね…」
「何だサファイア、ルビー君が帰ってしまったのが寂しいのか?」
「なっ!!何ば言うとると父ちゃん!!あっ…あたしは別に…っ!!」

娘のそんな分かりやすい態度に苦笑しつつ、オダマキはその大きな手で少女の頭を掴むように撫でた。

「心配しなくてもすぐにまた彼に会えるさ。」
「ふぇっ?」
「近々センリの家にお邪魔することになったからな。だからルビー君にもちゃんと会えるよ。」

男のその言葉に少女は目を輝かせたようなそぶりを見せる。

「ほ…本当ったいか?」
「あぁ。…しかしよかったよ。」
「…?」
「サファイアがルビー君を気に入ってくれたみたいでな。」
「なっ…何ば言うとるったいか父ちゃん!!あっあたしは別にあんな奴の事何とも…」

『しゅんとなったり喜んだり怒ったり照れたり…忙しい子だな。』

娘の百面相を男は愉しそうに見つめていた。


鬱蒼と繁る森の道をただひたすら歩いていく。
主のそんな様子を窺いながら、ミズゴロウはその短い手足を一生懸命動かしてついて行った。
森が一段と深くなっていた所を抜けた頃、あと一息で抜けきって草原の広がる大地へとたどり着くだろうという所で、 少年は急に立ち止まった。
主のその不審な行動をじっと見上げる蒼色の獣の瞳は、相変わらずきょとんとしている。
少年はその紅い瞳を眼界の端にいた獣へと向け、自分の肩に来るように促す。
ミズゴロウは軽く一飛びして背に張り付き、もう一飛びで彼の左肩に納まった。

「ZUZU…君、あの娘が気に入ったのかい?」
「…ズ?」

小首を傾げて蒼い獣は主を見つめる。

「ズズ?ズ〜ズ?」
「…うん。ちょっと心配な事があってね。」

少年は自分が今来た道を振り返り、これからの未来(こと)に思いを馳せる。
その手は胸元に納めてある宝具をしっかり握り締めていた。

「オダマキさんは父さんの唯一無二の親友だ。これからもあの人に会う機会は充分に考えられる。あの娘にも…」

少年は目を細め、苦しそうに顔を歪めた。
更に拳を強く握り締める。

「あの時ボクは、自分の"限界"に近い魔力を消費していた。だから…"あれだけ"で済んだんだ。」

喉から息を吐き漏らすように細い声で少年は呟く。
その端麗な表情(かお)に浮かんでいるのは、苦渋。
己の力を過信し過ぎた為に注意力が散漫になり、力を無駄に浪費してしまった。
魔術師はいつ何時訪れるか分からない"ありえる事態"に備えるために、日々常に冷静沈着で在らなければならない。
そう何度も教えられてきたはずだったのに。
結果として何事も起こらなかった、いや、起こった事態(こと)が周囲に何の影響も齎さなかったのは、 正に偶然の産物、運が良かったからとしか言いようがない。

あと少しでも遅く彼女が手を離すのが遅れていたら、あと少しでも自分の中に魔力が残っていたら…

相棒(パートナー)であるZUZUは主の言わんとしている事が何となく分かって来たのか、 心配そうな面持ちでじっと見つめていた。

「次に会ったときは…気をつけないとね。最も、あの娘に再び会うのが先か、ボクが"消える"のが先か…正直、分からないけど。」

瞳を閉じた少年はすっと踵を返して、町の方へと歩いて行った。
輝く太陽は既に中天を通り過ごしていて、強い陽射しが二つの陰を照らしていた。
速いはずの足取りは何処かしら重苦しい感じであった。

ボクハコノ時知ッテシマッタンダ

行キ場ノナイ感情トドウシヨウモナイ運命(サダメ)ガ合間見エナイ事ヲ…

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こうしてみると展開早いですね〜(笑)いや、僕のって皆こんな感じだとは思いますけど(苦笑)
今回は感情面を中心に修正を入れてみたのですけど、何かまだ物足りない気がします(^^;)
…やだなぁ、1年後くらいに修正入れてる自分が目に浮かぶ(汗)