13.輝かしいアシタ

森の入口では人だかりが出来ていた。
スバメに頼んで父親であるセンリに事の次第を伝えて貰い、センリがその報せを受けて警察を呼んだのだ。
それもそのはず。
何故なら、密猟に関しては彼等に取り締まって貰わなければいけないからだ。
黒衣(ローブ)をはためかせながら、 少年は光の当たらない暗闇の森から一歩前へと踏み出した。
陽光(ひかり)が、"彼等"を包み込む。


森から現れた"彼"の姿に、その場にいた者は皆驚きを隠せなかった。
いや、正確には"彼等"だろう。
黒髪を靡かせて歩いて来た少年らしき人影、ソレが纏う空気というべきか雰囲気というべきか。
勿論、一般人には彼の魔力は欠片程しか見ることは出来ない上、 少年はその魔力(ちから)の制御に掛かっていた。
しかし、表に"ソレ"がひしひしと漲っていたことは誰もが感じていたのだ。
それに拍車を掛けたのは、その背後には彼と同等の背丈である蒼い獣が付き添っていたこともあるだろう。
そして更にその後ろには翼を持つ巨大な碧い獣が、その背に亜麻色の髪を持つ少女を乗せ、 大きな口には三人の男達を宙ぶらりんに吊った状態でついて来ていたからであった。
見たこともないような大きなその姿に、警察を始めとした近所の一般人の人々は驚きを隠せずにいた。
いくら天下の魔術師が側に付いているからといっても、それではいそうですかと恐怖を拭えるものではない。
実際、碧色の獣(ボーマンダ)は本来大地の遥か奥地に住まう魔物で、表に出てくる事は極稀だと言ってよい。
普段見かけることのない魔物はすなわち、凶暴で大きな力を持つ"モノ"だ。
人生の中でそう刷り込まれてきた彼等にとっては、恐怖の対象にしか移らないのは当然の沙汰であった。

少年は手で制止と拘束を解くように促し、代わりに魔力を働かせて周囲の木々に絡んであった蔓や蔦を呼び寄せ、 男達の胴体を腕ごと巻き付けていく。
碧い獣の口元から三人の肉体が完全に離れた時には、既に別の拘束がなされていた。
まだ男達が気を失っていることを確認した少年は、踵を返して向き直る。

「警察の方ですか?」
「あっ…はい、そうです。」
「話は父から伺っていると思います。彼等が例の密猟犯です。」
「はっ……はい!!ご協力の程感謝致します!!後は我々が引き受けますので。」

その場にいた数人の警官達は、直ぐに散って拘束された男達へと駆け寄っていく。
そして予め用意しておいた馬車へと運んでいった。
その一連の光景を茫然と見つめていると、傍に誰かが近寄って来た感覚を捕らえた。
顔を見なくても肌で感じる魔力(ちから)で分かる。
振り向いた先には父親である男が驚愕の色を浮かべながら立っていた。

「ルビー…お前……」
「……自分で封印を破りました。沢山魔力を使ったせいか、今は比較的落ち着いてます。」

事務的な口調なのは、この会話が魔術の師弟としての立場で行われているからだ。
しかし、当の父親はそんな事も忘れて心の底から安堵の息を漏らし、普段は見せないような優しげな表情になる。

「…そうか。やっと、乗り越えたんだな。」
「えぇ……彼女のお陰です。」

そう言って、少年は背後にいる少女を見遣った。
少女はZUZUの腕を借りてボーマンダの背からゆっくりと降りている最中だった。
まだ身体中には生々しい切り傷が多数残されていて、一度恐怖で力を失った足腰がまだ震えていた。
覚束ない足取りで地を踏み付けている様は、何とも痛々しい。
少年は表情を崩さずに、その傍へと近寄っていく。
その姿を認めた少女は驚き、その勢いで体勢を崩してその場に座り込んでしまった。

「あっ…!!いっ…痛か……」
「…大丈夫?サファイア。」
「あっ…だっ大丈夫ったい!それよりあんた、あたしの傍ばおって大丈夫と?」

魔力が増幅されるとやろ?
少女は幾分慌てた様子で目の前にいる少年を見つめる。
その心配の眼差しを感じて、少年は改めて彼女の優しさを肌で感じた。
自然と生まれてくる笑みを湛えながら、その右手を少女へと翳す。
少年の掌から紅い光が溢れ出す。
強弱を付けながら波紋を打ち出していく魔力(ちから)は癒しの力となり、少女へと施しを与えていく。
ヒリヒリとした痛みが広がっていた表皮から血の色が失せ、気が付いた時には痛々しかった傷が跡形もなく消えていた。
少女は寸時に彼が自分の怪我を治す為に魔術を使ったことを悟る。

「るっ…ルビー……あんた…」
「ごめんね、今はこんな事しかしてあげられなくって。」

破られた封印はもう戻らない。
今この莫大な魔力を支えているのは、少年の驚くべきほどの強靭な"意思"と"決意"であった。
だが、この力はそれと同時に何時揺らぐともしれない不安定な力でもある。
その為、"運命の人(フェイター)"である彼女に触れることは出来なかった。

「ううん…そんなことなかとよ。ありがとうったい。…でも、本当に大丈夫と?」
「破ったっていっても、"魔力の最大値を下げる"っていう、封印具の一つだからね。
 まだ他にも封印具はいくつか残ってるから、今は何とか大丈夫だよ。」

そう言って微笑む少年の首元には金色の首飾りが、手元には朱い宝石の輝く指輪が輝いていた。
帽子をしていた間は気が付かなかったが、右耳にもピアスが二つはめられている。
きっと他にもその封印具とやらがあるのだろう。
それらに頼っている間は、彼は"自由"ではない。
まだ、彼には成すべき課題(こと)が山と残されているのだ。
やっと近づいたと思ったのだが、まだ触れられる所にまでは達していなかった。
不意に込み上げる悲しみが、胸を締め付ける。

「そっか…でも、よかったったい。これで一つ乗り越える事が出来たんやけんね。」
「うん。……全部キミのお陰なんだよ?サファイア。ボクに魔力を開放させる事への決意と…勇気をくれた。
 一人だったら、いや、キミじゃなかったら、絶対に出来なかったよ。」
「……ルビー。」

目の前にいる少年の笑顔が、喜色の波を全身に染み渡らせていくのを少女は感じた。
ずっと見たかった、彼の心からの笑みが、今自分に向けられている。

「…といっても、まだ安心は出来ないんだけどね。この魔力(ちから)を完全に制御出来ないと一人前の魔術師として認めて貰えない。
 まだ、ボクには時間が必要なんだ。」

解っている。
彼の止まっていた人生の歯車は今再び巡り始めたのだ。
彼がもう一度自分の脚でこの地に立つ為には、自分が傍にいてはいけないことも、分かっている。
そう自分に言い聞かせた。

「……どれだけ時間がかかるか分からない。分からないけど、ボクはこの魔力を制して、必ず一人前の魔術師になってみせる。
 もう、自分の魔力(ちから)に負けたくはないから。」

そうだ、貴方は此処で終わってはいけない人だ。
もっと高みへと昇っていける人なのだから。
ようやく、新たな一歩を踏み出す決意をしてくれた。
それだけでもう十分だった。
そのはずだった。
そのはずだったのに…。
次に風に乗って運ばれた"音"に、少女は驚愕する。

「だから……それまでキミには、待っていて欲しいんだ。」
「………えっ?」

今、彼は何と言った?
待っていて欲しい、そう聞こえたのは嘘ではないのか?

「……それまで、待っててくれるかな?」

あぁ、嘘ではない。
目の前の少年がじっと自分を見つめながら、確かにそう言った。
待つことを許された、彼を待つことが出来るのだ。
それに掛かる時間なんて、関係なかった。
彼を選ぶ事が出来る、その"事実"だけで充分だった。

「……うん、待ってるったい。ずっと……ずっと…っ!」

最後は涙で言葉にならなかった。
だが、彼との物語が此処から始まったことは紛れも無い真実だった。


空は何事もなかったかのように晴天が広がり、柔らかな陽射しを浴びた大地は淡く輝いていた。
そよぐ風の涼しさは夏を忘れさせるような、秋色の靡きであった。






季節は春になったばかりであった。
花が所狭しと咲き乱れ、それを求めて蝶や蜂達が飛び交い始めた初春。
凩のような寒い風ではない、ほんのりと暖かい空気の流れが、草原を撫でる。
空は何処までも遠く、蒼く澄み渡っていた。


一人の少年が草原を歩いていた。
短い髪は淡い翠色で大気に溶けてしまいそうな程軽く靡いていて、色白の肌を一層引き立たせている。
彼が向かう先には、切り開かれた森の間に出来た草原の真ん中に建てられていた一件の木造の小屋であった。
まだ建てられてから差ほど経っていないのか、見た目はかなり真新しい。
鉄格子のはめられた扉を、少年は恐る恐る、ゆっくりと開いた。

「こんにちは〜。……ごめん下さ〜い?」

中を覗き込みながら返答がないかを確認するが、直ぐに返ってきそうな気配がしなかった。
確かこの時間ならいつもいると言っていたはずなのだけれど。
後ろ手で扉を閉めると、首を延ばして更に奥を覗き込む。
この家は玄関という形の空間がなく、室内の床は外と一繋がりになっている。
手前にあるのは、四五人は座れそうな大きな机と長椅子が手前と奥で二つ。
腰ほどの高さの棚が手前に、壁の向こう側には背丈の高い棚がずらりと並んでいて、 どの棚にも様々な(ケース)や小瓶や書物といったような物で埋め尽くされている。
場所によっては薬草らしき植物が植えられた鉢植えなんてのも置かれていた。
昼間だからか、部屋には明かりのようなものは点灯しておらず、 外から注ぎ込まれてくる陽光の淡い光で床や壁が照らされているだけであった。
と、そこへ一匹の魔獣が部屋の奥の方からとことこと歩いて来た。
黒と灰の毛並みが美しい魔物、グラエナのNANAだ。

「NANA、君か。丁度よかったよ。ルビー君が何処にいるか知らないかい?」

翠色の少年が目線を"彼女"に合わせるようにしゃがみ込んで問い掛ける。
すると、灰色の獣は一声吠えて、駆け足で部屋の奥の方へと走っていってしまった。

「…ついて来いって、言ってるのかな?」

それじゃあお邪魔しま〜す。
小声でそう呟くと、少年は"彼女"の後について部屋の奥の方へと駆け足で入って行った。


そのまま廊下になっている通路を通り抜けると、突き当たりにまた一つ扉があった。
先程まで右手に並んでいた硝子板(まど)とは違い、磨り硝子が上部にはめ込まれている扉。
そこからは橙色の光が漏れていて、少し開かれた隙間からは爽やかな匂いの漂う風がほんのりと入り込んで来ていた。
それが"彼女"の通った跡なのだと悟った彼は、その取っ手に手を掛けて、ゆっくりと開け放った。

光溢れる外の景色。
小さな菜園と池が広がる大地の上、そこには、一つの影があった。
長い黒髪を軽く結わえ、黒衣(ローブ)を着込んだ姿は紛れも無い魔術師のもの。
軽くしゃがみ込んで、灰色の相棒(パートナー)の頭を撫でていた所であった。
少年が近付く間もなく、直ぐに"彼"はこちらを向いて笑みを浮かべた。

「久しぶりだね、ミツル君。」

ごめんね、今手を離せなかったんだよ。
そう言って彼は自ら出迎えに行けなかった事を詫びる。

「ううん、気にしないで。急に訪ねて来た僕が悪いんだから。」

ミツルと呼ばれた少年も、彼に負けないくらいの柔らかい笑みで答えた。

「調子良さそうだね。安心したよ。」
「ルビー君の治療のお陰だよ。もうすっかり良くなって元気過ぎるくらいさ。」
「ははっ、ボクは大した事はしてないよ。キミが自分で乗り越えたんだ。まぁ、そう言って貰えると嬉しいけどね。」

苦笑混じりに紅目の少年は首を竦め、手にしていた灰白色のすり鉢を、すぐ側にあった(テーブル)の上に置いた。
どうやら作っていた薬は既に、手にしている小瓶の中に入れ終えた所だったようだ。
コルク栓で蓋をして、紫色の獣に手渡す。

「COCO、これをボクの机の上に置いてきてくれるかい?」

命令を受けた"彼女"は口で素早くそれを受け取り、家の中へと駆けて行った。
その後姿を見送った後、少年はふと思い出したように彼に問いかける。

「そうだ、サファイアちゃん…いや、もうサファイアさんかな?元気してる?もう六ヵ月だって話だけど…」
「元気過ぎて困ってるくらいさ。何時まで建っても母親になるっていう自覚がないんだよ、あの娘は。
 別に"ちゃん付け"でもいいと思うよ?子供と大して変わんないんだから。」

そう毒づきながらもその表情は緩み切っている所からすると、どうやら夫婦仲は円満らしい。
親友のその姿に安堵と幸福を感じながら、少年は…いや、彼と同い年なのだから、 こちらも青年と称した方が良いのだろう。
ただ、まだその顔には若干幼さが残っているからそう見えにくいだけだ。

「会って行く?多分森の方にいると思うよ?」
「まだ森で走り回ってるんだ…そろそろ安静にしなきゃいけない時期じゃなかった?」
「…そのはず、なんだけどね。」

歩を進めながら、二人は森の入口の方へと向かって行った。
家のすぐ裏手には草原が、それを取り囲むようにしてトウカの森の一端がぐるりと取り囲んでいる形なので、 歩けばすぐにたどり着く。
そこで彼等は見てしまった。
木の上によじ登っている人の姿を。

「あっあれ、サファイアちゃん?!」
「あんな所で何やってるんだよあの娘はっ!!」

ルビーは上着を大きく翻しながら物凄い速度で駆け出して行った。
ミツルには見えていなかったのだが、少女は今にも木から落ちてしまいそうな体勢であったのだ。

「わっ…!!あっ!!」
「サファイア!!!」

間一髪、少年は木から落ちてきた少女をしっかりと受け止めることが出来た。
安堵の息を吐きながら、少年は愛しい人を抱えたまま、その場に座り込んでしまう。

「あっ…ルビー……ありがとうったい。」
「『あっ…ルビー……』じゃないよ全く!!あのまま落っこちてたらどうなってたと思うんだよ!」
「……すまんち。あの子をどうしても、巣に返してあげたかったとよ。」

少女の指差した先には、小さなスバメの雛が巣の中からこちらをじっと見つめていた。
小さくキキっと鳴いて、まだ広がり切らない翼をばたつかせる。

「巣から落っこちてしもうたみたいで……こんままやったら母ちゃんや兄弟たちと一緒におれんようになってしまうんじゃなか…
 と思うたら、何か我慢出来んようになって……本当にすまんち。」

心底反省したという風に瞳を潤ませて、顔を伏せて首元に縋ってくるその様を見せられてしまっては、 少年はこれ以上怒る気にはなれなかった。
まだまだ彼女には甘いらしい。

「まぁまぁ、今回は結果オーライってことで。」
「そんな軽々しく言わないでよ、ミツル君。」
「ミツル…来とったとか。すまんち、あんたにも迷惑かけたったいね…」
「本当にそう思うんだったら、もう二度とこんな危ない真似をしないで。…本当に心配だったんだから。」
「分かったったい。あんたに黙ってあげな事するのはもう止めるったい。」
「もうすぐ"お母さん"になるしね。」

心底仲が良さそうな雰囲気を醸し出している二人に向かって、翠色の少年はにっこりと微笑みかけて言った。

「あっ……///」
「改めて言っておくよ。おめでとう、二人共。」

少年は心からの思いを込めて、笑顔で親友とその伴侶を祝う言葉を告げた。
三人の顔が、次第に同じ微笑みに変わるのに、そう時間は掛からなかった。


これは、とある魔術師である少年が、自らの運命を乗り越えて手に入れた、輝かしい未来の一部。
新たな人生を歩み出した彼らには、もはや陰りなどないであろう。
この続きは、貴方の心の中に刻み込んでください。



イメージソングCD:「HEAVEN」(浜○あゆみ)

主題歌:「HEAVEN」
挿入歌:「Will」「alterna」

ボクニ与エラレタ"運命ノ人(ウンメイ)"ハ何ニモ変エガタイタカラモノ

今日モボクハ空ヲ見上ゲテ、想イヲ馳セタ

back   next  


close


…はい、ということで、一応この「The Wizard Of Silence」は終了でございます
これで一応修正は全て終了しました!
此処までお付き合い下さり、ありがとうございました、改めて御礼を申し上げますm(_ _)m
これから"番外編"と称したお話の制作に取り掛かろうとは思いますが、果てさて、何時発表出来るやら…;;
何せ時間の都合上、とっても微妙なので…;;(マジで困ります)

番外編の方はこの次にそのまま続けておりまして、時間軸的にはラストから少し前に戻ります
実はこっちを最終回のラストシーンにしても良かったなぁという感じだったんですが、 エピソードがあまりに長くなってしまったのでお話が1個出来てしまいましたww
というかこの13話並に長いです(笑)