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春が過ぎ去り初夏の気候と共に訪れた長雨の最中、突如訪れた快晴。
もうじき本格的な夏が到来するのだというお告げのような日だった。 地の泥濘は既に収まり、辺り一面は新緑の翠で覆われていた。 まだ空気には湿り気が残っているが、夏が訪れれば時期に適度な流れとなるであろう。 日が高くなってきた頃、森の外れに一人の少女の姿があった。 亜麻色の髪を束ね、ほんのりと日に焼けた黄褐色の肌が地に垂直に立っている。 身に纏う衣装は上品で落ち着いた雰囲気をかもし出す代物であった。 生成りの上着 それは日頃の彼女であれば考えられぬほど女の子らしい姿である。 少女は戸惑っていた。 父親の使いで町まで下りていく機会を与えられ、つい此処までやってきてしまったのだ。 "彼"に会うのはまだ早い。 そんな事は百も承知だったはずなのに。 『あんな手紙ば見てしもうたら、しょうがなかとよ…』 藍い瞳を瞬かせながら、少女は必死に自分の気持ちを肯定のものにしようとする。 勿論、それが単なる言い訳にしかならないことくらいは自覚しているのだが。 事の発端は少女宛に送られてきた一通の手紙。 月に一度返ってくる"彼"からの返信の手紙の、現段階では最後のものだ。 あの事件の後、彼 彼が体内に秘めている莫大な魔力、それを完全に制御し、また自由に行使する為の術を身に付けるためのものだった。 既に少年の実力はそこらの魔術師には劣らないほどの物であったが、 他の者には持ち得ない"彼だけの魔力 その後の経過を知らせる手紙には、父親以外にも名高い魔術師の元に行き、様々な修業を重ねた事も書かれていた。 今日何を覚えたか、昨日何を失敗したのか、明日何をしようと考えているのか。 白磁の紙に書かれた彼の意思を読み取るたびに、少女は浮き立つように心が躍ったものだった。 何とか必死で返事を書こうと、今まで手にしなかった書物を読み文字を覚え、 やっとつい最近彼とまともに"文通"というモノが出来るようになった。 それまでに要した歳月は三年。 勿論、少女は物覚えは早い方だったので一年程で完全に一人で文字の読み書きは出来ていたのだが、 送り主である少年が一つの場所に腰を落ち着けるまでにそれほどの年月を要してしまったのだ。 それからは一年ほど、互いの文字でのやり取りが続いた。 そう、彼と会わなくなってからもう四年も経つのだ。 そんな矢先に届いた一通の手紙に書かれていた事柄。 少女はまず我が目を疑ったものだ。 『実はね、こないだの手紙を送ってから直ぐにこっちに戻ってきたんだ。 師匠が「もうYouには教えることは何もないから」って言うもんだからさ、仕方なくって感じだったんだけど。 急だったもんだからさ、なかなか落ち着かなくって…やっと最近ゆっくり出来るようになって、それで手紙がちょっと遅れちゃったんだ。 ごめんね?本当はもう少し早く知らせたかったんだけど…もう直ぐ魔術師協会からの試験があるんだ。 これに合格できれば、僕は一人前の魔術師と認められる。やっと自由になれるんだ。 ……絶対合格して、君を迎えにいくから。楽しみにしててねvv じゃあね。』 驚いた、それがまず始めに感じたことだった。 今までは遠くで頑張っているのだという事が分かっていたから、 自分も頑張らねばと逆に自身を奮い起こして父親と共にやってきたのだ。 それが突然、戻ってきている、必ず迎えに行くよと言われれば… 「どうしても、会いたくばなってしまうとよ。」 会わない年月がこれほどの焦燥感をもたらすものとは思わなかった。 今はどうしているのか、何処で何をしているのか。 ずっと手紙で知らされてはいたが、それとこれとは訳が違う。 既に気持ちがそこへ傾いてしまっているから。 待っていれば、彼は必ず自分の元を訪れてくれる事など分かっていた。 だが、それすらも待ち遠しくて胸が苦しいのだ。 "会いたい"という思いが、"まだ駄目だ"という思いを押し込め、自らを急かした。 ただそれだけだった。 まだ彼は父親の元で魔術師の一人として働いているらしい。 手紙に書かれていた仕事場の住所だけを頼りに、亜麻色の少女は歩を進めていた。 トウカの外れの森の一端に切り開かれた広大な土地。 生家がある場所よりも更に一つ奥に設けられた小屋が、 魔術師として活動する為に彼等が常日頃から生活している場所であった。 次第に周囲の緑が深くなってくる道すがら、ようやく視線の先に開けた土地が見えてきた。 あの角を曲がれば、もう目の前だ。 遠くからでもいい、一目彼に会いたい…っ! やっと、やっと会える! 自然と早まった脚に任せ、少女は玄関先で途切れている、敷地内に張り巡らせた木の柵に手を掛ける。 くるりと肢体の向きを変え、少年がいるはずであろう母屋を仰ぎ見た。 その時だった。 歓喜に満ちた少女の顔から、次第に笑みが削がれていったのは。 確かに、そこに彼はいた。 玄関先の、薬草や花が沢山植えられた庭を走る白磁の道の上に。 少年は色褪せた黒衣 ――彼の持つ膨大な魔力は行き場を失い、唯一直ぐに体積を増やせる髪に逃げようとするせいで、 何度切っても直ぐに伸びてしまうらしく、常に腰下くらいまでの長さを保っているのだ―― 顔立ちも以前会った時よりも随分凛々しくなっていて、背も大分伸びたように思う。 肉体も精神も共に成長したであろう彼の姿は、まさしく好青年とも言うべきものだ。 しかし、彼が微笑んでいた先には自分ではない別の少女達の姿があった。 所謂ミーハーというべき者達だろう。 四五人の少女達が、少年の回りを囲っていたのだ。 誰も彼も可愛い子ばかりで、自分とは比べ物にならないくらい綺麗な格好をしている。 考えてみれば、端整な造りをした彼は世間で言う美の部類に入るものだ。 己の魔力の制御をほぼ完全なものとして此処に戻って来て、そして誰彼構わずに普通に接することも出来るようになったのだから、 彼の周りに女が集まってくる事も寧ろ必然だった。 名目上は一応自分が婚約者であっても、それはあくまで形だけだ。 もしかしたら、彼が別の少女を選んでしまうのではないか。 そんな予感を起こさせるような光景であった。 こんな想いになるくらいなら、来なければよかった。 何も知らずにただ彼の迎えだけを待っていれば… 不安だったのだ。 彼が嘘を付くような性格ではないと分かってはいたが、 それでも時が人の心を変えてしまう事も十分に考えられるのだという事実を受け入れる事に。 だから、彼に会ってそれが真 それが自分の本心だという事を、少女は悟ってしまった。 駄目だ、こんな自分ではとてもではないが彼に会うことは出来ない。 引き返そう。 そう思って少女がまたくるりと振り返ったその時だった。 少年の視界に少女の姿が映った。 紅い瞳が、亜麻色を捕らえる。 「…っ!サファイア!!」 低く響いた声が自分を呼んだことに気づき、少女は恐る恐る振り返った。 彼が、こちらを見ている。 見つかってしまった… 困惑した表情を浮かべる少女を余所に、少年の顔は逆に喜びに満ちたものになっていく。 「やっぱり…やっぱりサファイアじゃないか!!」 その時、一瞬風が渦巻いたかと思った瞬間、少年の姿が消えた。 己を囲っていた少女達の垣根を跳躍して越えたのだ。 魔力によって得た並外れた身体能力を晒し、少年は一目散に少女の元へと駆けて行く。 一瞬の出来事に周囲が唖然とする中、ルビーは思い慕っていた少女をその手中に捕らえた。 突如現れた温もりに、少女は驚愕する。 「えっ…あっ……///」 「会いたかったよ…サファイア……」 会えずに過ごした四年の歳月を惜しみ、やっとの事で出会えた、何物にも変えられない程大事に思っていた少女。 今彼女が自分の腕の中に居るのだ。 湧き上がる感情を押し込めるかのように、少女を抱きしめる。 あの時触れる事すら許されなかったその身体は、思ったよりも細く、柔らかい。 最初は身動ぎしていた少女も、その体温に安堵したのか次第にその腕に納まった。 短い時を経て、少年はふと沸き起こった疑問に気づき、拘束を緩めて少女の顔を覗き込む。 「……どうしてサファイアが此処に?」 「えっ!……あっ…そっその……///」 「………そっか、手紙見て会いに来てくれたんだね。ありがとうサファイア、すっごく嬉しいよ。」 先程少女達に見せていたものとは比べ物にならない程幸せそうな笑みを向けられ、 サファイアは己の心に湧きあがった高揚に言い知れない戸惑いを感じた。 待っていてと言われたのに。 その"約束"を破って会いに来てしまったのに。 嬉しいと言われた。 自分以外にも彼を慕っている者なんて他にも居るだろうに。 会いに来た自分を見てこんなにも嬉しそうに微笑んでくれている。 先程感じていた不安や迷いは、まるで跡形もないように消え去っていく。 そこに茶々を入れたのは、その場に居合わせた少女達であった。 「ちょっ…るっルビー様?!!」 「誰なんです?その子!!」 今まで自分達と話していたはずなのに、 突如背後から現れた第三者に標的 見かけの割りに気の強そうな彼女達の怒りの言葉に、流石にこのままではマズイと少女が少年の腕から逃れようとしたその時だった。 きょとんとした表情だった少年が、彼女達の云わんとしている事を悟り、ふっと微笑む。 そして、自分から離れようとしていた少女を再び捕らえて、がっちりと手中に納めて、満足気な笑顔で答えた。 「そっか、そういえば君達にはまだ話してなかったよね。この子はサファイア、僕の大事な大事な最愛の婚約者だよvv」 その自信に満ち溢れて堂々とした様を見せ付けられ、その場に居た者は皆呆気に取られてしまった。 取り巻きの少女達が口々に不満を言いながら去って行った後、 その場に残され呆然としていた少女に、事の当事者である少年は「とりあえず中に入りなよ。」と促した。 いや、言われなくても此処でじっとしている訳にもいかないのだからそうするのだが。 勿論このまま帰ってしまっても良かったのだが、 先程の彼女達が何処かで待ち伏せしているのではないかと気が気でなかったのだ。 折角彼に会えたのだから、もう少し側にいたいという気持ちがあったのが大きな要因であったのだけれど。 「…まだ協会からの試験ば受けとらんのやろ?」 「うん、一週間後かな?もう直ぐのことだけどね。」 「そんな悠長な心持で大丈夫とね?」 「あのねぇ、キミ。ボクを誰だと思ってるのさ。」 ボクは勝算のない勝負はしない性質だよ? 不敵な笑みをした少年が、少女の座った座席の向かいに優雅に腰掛けて言う。 確かに、この人は何事にも計算高い人間である事は、この四年間の付き合いで分かってはいたが。 文字だけの文章の中だけで、既に彼の人柄は大体把握出来る。 それだけ素直な文面だと言い切ってしまうのは簡単だが。 「…ていうか、あんた何か最初会った時と随分違うとよね。何ていうか……すっごく腹が据わったいうか首を括ったっていうか…」 「"肝が据わった"と"腹を括った"ね。」 相変わらず言葉不十分だね、なんて楽しそうに微笑む少年の姿は、あの時と比べれば転地雲泥の差である。 歳月は人を変えるとは言うが、此処まで変わってしまうものなのだろうか。 始終にこにこと微笑んでいる少年の姿を見て、少女は呆れるどころか感心の念すら覚えてしまう。 少女の言葉を受け、少年は笑みは絶やさずも少し表情を引き締めて彼女を見つめ返した。 「そうだね、確かに度胸をつけたと言えばそうだ、それは間違いないよ。 決めてたからね、絶対四年で一人前の評価 だから別段迷いもなかったし、真っ直ぐ突き進めたのも確かだ。」 「…でも、なして四年と?あたしはずっと待ってる言うたち、そげに焦らんくてもちゃんとあんたなら待てる思うてたとよ。」 「…いや、これはまぁ…魔術師としての誇り 苦笑交じりに明後日の方向に視線を向けて答えたその解答に、少女は首を傾げる。 そんなに聞きたい?と問われ、とりあえず頷いてみる。 更に困ったような顔付きで、少年は答えた。 「ボクの父さんはね、十八歳の時に一人前の称号を貰ったんだよ。だから、どうしても十八になる前に貰いたくってね。 ね?くだらない理由でしょ?」 「……そうとねww」 だが、ずっと今まで父親の背中ばかり見て育った彼の事だ。 師でもある彼を越えたいと思うのは至極当然の事であろう。 何故だかその微笑ましい関係を感じ、笑みが零れる。 「…あっ、そんなに笑わなくてもいいだろう?!師匠にも言われたんだ、『何だかんだ言ってもYouはまだまだ子供だね』って。 ホント皆してボクを笑いものにするんだから。」 「そっ…そんな事言っとらんとね、ただ…何かよう分からんけど、面白くって…っ!///」 「だからってそんなにお腹抱えて笑うことないだろ?!んもう、だから言いたくなかったんだ…///」 照れて視線を逸らす、そんな姿も絶対人前では見せないのだろう。 誇り高く、人当たりを気にする彼の事だ、常に人前ではポーカーフェイスを保っているに違いない。 そんな彼の本心を垣間見れるのは、自分の存在が彼に受け入れられ、そして認められているからだ。 無性に笑いがこみ上げ、そして嬉しさで涙が溢れる。 次第に嗚咽に変わり始めた声を聞いて少年は疑惑の年を抱き、傍らにまで来て少女の顔を覗き込む。 「……サファイア?」 「…っ、ひっく、……るび…ぃ?」 おかえりなさいったい。 泣きじゃくった瞳で精一杯の笑顔を作り、少女は少年に微笑んだ。 一瞬驚きに満ちた顔をし、そしてやんわりと笑みを作って、少年は再び思い人をその手中に納めた。 寂しい思いをさせてしまってごめんね? でももう大丈夫だよ。 これからはずっと一緒だから… 会エナイ日々ハ辛カッタケド、ソレモ今ハカケガエノナイ思イ出 アタシハイツモ、貴方ノ側ニ… back top close
…甘っ!(笑)ちょっと中盤のシリアスさとは比べ物にならないくらい甘いよ!!(爆)
という事で、もう一つのエンディングと称す番外編をお届けいたしました …最後オチ決まってなかったのによく落ち着いたな(苦笑)←えぇぇぇ 何が書きたかったって、ミーハーに囲まれたルビー見て悲しくなるサファと、堂々とサファを恋人発言するルビーさんがですよ←言ってないって それだけで書いてしまう僕って…orz |