Stubbornly Mind - 9

だだっ広い空間の中、(あるじ)の机に向かう少女の姿があった。
机上に所狭しと広げられているのは戦闘(バトル)の種類や方法について書かれた物や、 簡単に作れるレシピ集であり、慣れた筆跡で綴られた文字が浮かんでいる。
それを元に要所要所を纏めたメモらしき紙が散らばっており、見え隠れする机上の隙間を埋めていた。
机に向かってかれこれ三時間程経過している。
凝り固まった身体を伸ばしつつ、少女は溜め息にも似た呻き声を上げた。

「……っ、ああぁぁぁーっ、もう駄目ったい。頭が回らんち。」

人間が一度に出し切れる集中力の限界に達しており、忍耐強い彼女ですら既に身体が限りだと訴えていた。
肩を回すだけでボキボキと嫌な音を立てているのが聞こえる。
流石に休憩無しでこれ以上作業を進めるのは無理だ。
そう結論付ける他無かった。

「どうしよ…けど何もせんのは嫌やし…」

取りあえず机に向かう事以外で今出来る事。
それであれば構わないのだが…

「そうや、屋敷の中ば探索するったい。よう考えたら此所に来て見学も何もしとらんし。」

ついでに良い気分転換にもなるだろう。
亜麻色の髪の少女は一つ大きな伸びをして立ち上がった。
よしっ、行こう!と意気込んで歩き出したが、ふと此所の地図を持っていない事に気付く。

「そいえばブルーさんにそげなもの貰わんかったとね。」

仕方がない、自分の足で一つ一つ確かめるしかない。
分からない事は何でも書き留められるようにとメモ帳とペンを手にし、サファイアは立ち上がった。



思った以上にこの屋敷は広かった。
建物自体は四階建てなのだが、いかんせん広大な敷地に建っている巨大な建物だけに空間が広過ぎるのだ。
一階だけで見ても昨日で自分が踏み入れた場所(スペース)の方が狭く、気分転換どころか普通に迷子になってしまいそうだった。
その長い放浪の末、階段床(フロア)の所に各階の見取り図を発見する事が出来た事が幸いであった。

「良かったとね…これで余計なとこまで回らずに済むったい…。」

隅々まで回っていたのでは本当に日が暮れてしまう。
取りあえず細かい所は後日回る事にして、今日は選手(マスター)にとって主要な所に限定することにした。

この建物のそれぞれの階を大まかに区切って行くと、一階が食堂、大広間、炊事場、補佐者(サポーター)用の浴場・個室、洗濯場などの生活に関する部屋が中心になっている。
それ以外にも補佐者長(サポーターリーダー)であるブルーの執務室や館の主であるルビーの個室もこの階にある。
二階は主に選手(マスター)達の鍛練場になっていて、各種訓練室、機材庫、選手(マスター)用の大浴場、シャワー室などが完備されている。
三階には戦闘場として使われる大広間が四つ程あり、更に水中訓練の為の室内プールも完備してある。
基本的に練習試合なども此処で行われることになる。
四階は選手達の個室になっていて、基本的に補佐者(サポーター)の出入りが行われる事は殆どない。
――最も、選手達の日常生活の管理までをも担っていると、踏み込まない事の方が珍しかったりするのであるが。――

「…つまり、アタシが踏み込む所ってかなり狭か範囲とね。行っても三階くらいったい。」

主人(マスター)である彼には個人用の範囲(スペース)が既に設けられている。
彼が未だ現役選手として活動しているのか定かではないが、少なくとも生活範囲(スペース)に置いては個室で事足りている。

「とりあえず、今日は二階まで回ってみるとね。軽くやったらそれなりに早く終わるったい。」

そう言って少女は見取った図案をノートに板書し、上に続く回廊を昇りはじめた。


回廊を昇り切ると、別の空間が広がっていた。
一階は廊下が中庭に面しているため内壁が殆どなく、柱が幾つも立ち並ぶ開放的な通路になっていた。
当然二階以降は外壁に囲まれているため、壁面の装飾や日光(ひかり)の差し込み具合が違う。
今視界に入っているのは、緑の多い景観ではなく左右に伸びる白磁の壁と象牙色の床だ。
いかにも格調高そうな装飾が施されている石柱がその廊下に点々と建てられていて、 まるで何処かのお城に迷い込んだのではないだろうかという錯覚まで起こしてしまう。
自分が今までに見たことがないほど、豪華で広大な場所であることを改めて実感した。

「こげなのが四階まであるとね…?何か眩暈がしてきよったと。」

この建物が広大であることは、昨日当主であるセンリに連れてこられた時にその目でも認識しているはずだった。
しかし遠目で見たものと実際に見たものの間に生まれる不一致(ギャップ)というものは、比べてみて初めてその差を実感するものだ。
一階の半分は自分が出入りすることがない領域――補佐者(サポーター)の個室だったり、 選手らの為の洗濯や炊事などを行う場所等――だったこともあり、土地そのものの面積を失念していたことあるのだが。
この外に広大な敷地が広がっている事を思い起こせば、とてもじゃないが冷静でいられなくなる。
昨日の今日で慣れろと言われて直ぐに出来るほど自分は出来てはいない。
ただの一般庶民――それも迫害を受けてひっそり細々と暮らしていた人間――なのだから。

取りあえず遠退きかけた意識を集中し、当初の目的に従うことにする。
確か此処を右に行ったら鍛練場があるはずだ。
戦闘(バトル)の知識が乏しい自分にとっては、埋める知識を得るための絶好の場所になるはずだ。
サファイアは歩き出し、 一番手前の「第一鍛練場」と書かれた表札(プレート)が掛かった(ドア)を目指す。
透明板がはめられた木製の臙脂(えんじ)色のそれの前に立ち、ゴクリと一息飲んだ。
緊張で強張った手を延ばしかけたその時だった。
取っ手(ノブ)触れる前に扉が開く。

「ちゃんとやりゃあ良いんだろ?!分かったから何度も言わなく…っんん!!(どふんっ)」

開いた扉から出てきた人物とぶつかり、身体が一瞬反り返る。

「うわっ、すまんち!大丈夫とね??」
「んもぅ!ドアの前で突っ立ってたら危ないだろ!」
「申し訳なか、まさか人が出てくる思わんかったと。」
「ったく、今度からは気をつけてくれよな。…ん?」

相手からの言葉の語尾に疑問詞があることに気付き、少女は動転した意識を目の前の人物に向けた。
両袖が異様に長い衣服を纏い、金髪をワックスで角のように固めた、翠色の瞳をした少年。
一言で表すなら、"奇抜な恰好(ファッション)"という感じである。
背丈も少し自分よりも低く、心なしか自分よりも幼く見える気がする。
少女が抱いた印象は正しく"変わった子"であった。

「お前、見かけない顔だな。……あっ!もしかして昨日来た貧乏クジ引いた奴ってお前の事か?」
「あーっ…た、多分そうったい。ていうか何ね?誰が貧乏クジとよ。」
「駄目よラルド。サファイアさんには何の非もないのだから。」

少年の背後から聞こえた柔らかい声に目を向けると、朱い髪の少女が立っていた。
耳のように少し跳ね上がった髪が髪留帯(カチューシャ)から覗いていて、長い髪は二つ括りで纏められて床へと伸びている。
その表情は穏やかで、しかし何処か堅い印象があるというのが第一印象だった。
確か彼女の名は…

「だから貧乏クジだって言ってんだろ、ラティアス。運がねぇなって慰めてやってんだよ俺は。」
「ラルドったら、少しは言葉を選んで。そんな言い草サファイアさんが可哀相よ。」

そうだ、ラティアスだ。
そして彼女の選手(マスター)であるこの男の子は…

「俺、エメラルドってんだ。よろしくなサファイア。」
「よろしくったい。さっきは本当すまんかったとね。」

敬愛の意を込めて、少女は右手を差し出した。
少年も何気なく自身の右手を差し出し、長い袖から白い手が伸びてくる。
少女はその手を握るまで、それが彼の本来の腕ではないということに気付かなかった。

「…あれ、これ本当の腕じゃなかとね?」
「あぁ、(わり)(わり)い。  俺隠し武器使いなんだ。これが俺の普段の恰好(スタイル)だからさ。」
「隠し武器?そげなもんまであるとか??」
「サファイアさんはまだこの施設のこと良く知らないのだから無理ないわ。それに、ラルドは"特別"だもの。分からなくて当然よ。」

そう言ってラティアスは微笑んだ。
その笑みが何処か他の少女達と違うものだという事に、亜麻色の少女はハッと気が付いた。
何だろう、何かが違う。

「"特別"ってどういう事ね?何か他の人らと違うとこがあるってこと?」
「まぁ、特別っちゃ特別なのかな?要は俺他の奴らみたく戦闘(バトル)専門じゃないんだよね。」
「えっ、じゃあアンタは何で稼ぎよると?此処って大会とかで自分の(レベル)ば上げながら賞金稼いで訓練する所とやろ?」
「基本的に俺の専門は"魅せる"ことだからな。奇術(マジック)みたいなのをやったりが多いかな?
 時には隠し武器使って用心棒みたいなこともするから、鍛える為に一応戦闘(バトル)もやるけど。あくまで内部でだけだ、大会なんかにゃ出ない。」
「へぇ〜そんな選手(マスター)もおるとか。知らんかったとね。」
「ラルドは内部出身じゃないから、あくまで"仕事"という形でしか動かないの。」
「…内部出身?どういう事とね?」
「"この国生まれ"じゃないってことさ。ラティアスもだけどな。」
「えっ!じゃあ二人とも外人さんって事と!?」

まさか他国の人間が選手(マスター)補佐者(サポーター)に居るなど、少女には思いもよらなかった。
生まれた時から殻に閉じこもったような生活をしていた彼女にとって、他の同年代の少年少女と共にあることすらあまり経験がない。
ましてや外国出身の彼らなど初体験の事だった。

「まっ、だからお前と会ったのはある意味偶然ってわけだな。俺とルビーなんてこの館じゃ年に一回か二回くらいしか顔付き合わさねぇし。」
「そうね。あの方とは年に一度の査定でお会いするくらいだもの。」
「さてい…?何ねそれ。」
「あっ、来たばっかで知らねぇのか。うーん、けど俺達"受ける側"だからなぁ…」
「そのうちブルーさんからご説明があると思うから、詳細は彼女に聞いたら良いわ。私たちじゃ中途半端にしか教えられないから。」
「分かったと、じゃあ後で聞いてくるったい。二人ともありがとうとね。」
「まっ、何か困ったことがあれば尋ねてこいよ。多少は力になってやれるかもだしさ。」
「私達は他の選手(マスター)補佐者(サポーター)と枠が別だし、 他の補佐者(サポーター)のように"色々"気にすることはないから。」
「…ありがとうったい、エメラルドさん、ラティアスさん。」

決して策士には見えない彼女だが、サファイアを取り巻く空気にはどうやら気付いているようだった。
納得の行かない蟠りという、思念の渦が織り成す視線に。

「じゃあ俺達、昼食の時間だから行くな。行こう、ラティアス。」
「えぇ、ラルド。じゃあね、サファイアさん。」
「いってらっしゃいとね。」

そういって二人は部屋を出て行った。
遠ざかる影を見送りながら、少女は何処か淋しげな表情を浮かべていた。

揺ラグ不安(オモイ)トハ裏腹ニ流レル時ハ

無情ニモ少女ヲ激情ノ渦中ヘト落トシメテイク

back   next

close



勢いでエメを出したせいで外人設定になってしまった(うぉい!)骨格以外はかなりアバウトに事進めてるので思った以上に動きますww
そのせいで当初の予定以上にストーリーが進んでいません、これ20話とかそんなレベルじゃ終わらない気がしてきました…
…まぁ自由に書いていこうというのもこのストーリーでの醍醐味だと思うので(ネタ的には色々遊べると思います(笑))
大体査定辺りが真ん中かその前になるかなと思います、時間軸としてはこのお話は半年行くか行かないかの予定です(その時点でアバウトww)