Stubbornly Mind - 10

昼下がりで僅かに西日の差し込む廊下を、一人の少女が歩いていた。
その足取りは何処か迷いを含んでいて、歩みはたどたどしい。
それも明らかに視線が右へ左へ泳いでいる。
しばらくその姿を追ってみると、壁に張り付いて扉向こうの様子を恐る恐る伺っていたり、 はたまたいきなり廊下を駆けていき更に奇怪な動きをしたかと思うと、その場で愕然と崩れて少女は座り込んだ。
その素振りは挙動不振で、(こうべ)を垂れた姿はうちひしがれたと言うべきか。
姿を見留た男には、どう考えてもその光景は迷い子の戸惑いという風にしか見えなかった。
しかし彼女の身の成りからするとこの館の補佐者(サポーター)の一人に見える。
館の者は皆内部の構造(つくり)や経路を熟知している筈である。
思い当たるとすれば、自分の記憶に当て嵌まらない少女の誰かだということ。
その中で心当たりのある補佐者(サポーター)の存在は…

「…おい、こんな所で一体何をやっている。」
「…っ!!えっ…と……たははは〜」

男に声を掛けられ、ハッと気が付いた少女は声の主を視界に捕らえる。
一瞬口をパクパクさせ驚愕の表情を浮かべたが、直ぐにその瞳には希望の光りが宿る。
しかし答えるのが些か恥ずかしいのか、少女は痛々しい苦笑いを浮かべる。
このような振る舞いをする人間では、心当たりのある者から一人しか浮かばない。
男の緑色の瞳には、バツの悪そうに顔を引き攣らせている少女の姿が映っている。
藍色の瞳を左右に泳がせ、至極申し訳なさそうに背中を丸めながら少年を見上げた。

「すまんち、初めて会う人にこげなこと言うのも迷惑やけど…迷ったったい。」
「………。」

予想通りの言葉を返され、男は半ば呆れ顔にならざるを得なかった。



「本当にすまんち、わざわざ案内してもろて。」
「別にいい。丁度訓練室に戻ろうと思っていた所だ。」
「この建物って思ったより複雑ったいね。甘く見とったと。」
「初めての奴は大体目的地が分からなくなる。…迷子になる奴は少ないと思うが。」
「〜〜〜〜〜っ。(ダバーッ)」
「……分かった、分かったから泣くな。」

とにもかくにも男の先導により、サファイアは何とか混乱(パニック)から立ち直ることが出来た。
それというのも、エメラルド達と別れてからかれこれ三十分近くも館内をさ迷っていたのだ。
勿論、館が想像以上の広さであったこともそうであるが、根本的な建物の造りを少女が失念していた為なのだが。

何故少女が館内をさ迷うことになったかと言うと、実は二階と三階の間に中二階が存在していた事を把握していなかったからだ。
ニ階にあると思っていた大浴場とシャワー室が、実は此処にあったのだ。
これは二階の訓練室と三階の戦闘場とプールの両側から、この大浴場へと流れ込む事が出来るようになっている為だという。
――選手達にとってその方が都合が良いだろうという配慮から、このような構造になったそうだ――
そもそも訓練室の数がかなり沢山あり、中庭を取り囲むようにそれが連なっている。
訓練室の入口はどれも同じような造りになっていて、部屋の造りもほぼ同じである。
似たような廊下がひたすら長く続いていると思ったら、いつの間にか元の場所に戻って来てしまい、 途中にある中二階への道を見失ってしまう為訓練室の並びから抜け出せなくなってしまう。
更にサファイアは中二階への階段を三階へ行く階段と勘違いをしてしまい、何故三階に大浴場があるのか、 自分は今何処にいるのかと思考を巡らせる内に分からなくなってしまったのだ。
大浴場へと続く廊下でへたりこんでいる所へ、シャワー室から出てきた彼が通り掛かって今に至る、というわけだ。

「変な所に階段がある思うたら、階と階の間があったとやね。」
「ややこしいのは此処くらいだ。上は戦闘場とプールぐらいしかないしな。」
「…そうとね?ならもう心配いらなか。本当に助かったったい、ありがとうとね。…えっと、名前ば何と言うとね?」
「…グリーンだ。」
「グリーンさんとね、うん、覚えたったい。本当にありがとうとね。」

メモ帳に中二階の事と"グリーン"の事を書き、少女はうんうんと何度も頷く。
一方少年の方はあまり面と向かってお礼を言われることに慣れていないのか、バツの悪そうな微妙な表情で視線を反らしてしまった。
そこにタイミング良く明瞭な声音が響く。

「あっ、ムッツリグリーンが女の子連れてる、めっずらし〜vv」
「…っ、誰がムッツリだ誰がっ(怒)」
「キャハハハ、冗談じゃないの冗談。まっあながちそうも見えない態度してたけどね。」
「ブルーさん!」
「はぁいサファイア。もう館には慣れた?」

後ろから覚えのある声が聞こえたと思えば、そこに居たのは栗色の長髪を靡かせたブルーだった。
相変わらず飄々とした雰囲気で満面の笑みを浮かべている。
喜の色を浮かべるサファイアに対し、隣にいたグリーンは苦虫を噛み砕いたかのような渋い表情を浮かべた。
その真意を知ってか知らずか、手には書類らしき物が挟まっているファイルを幾つか抱え、栗色の女は軽い足取りでこちらに向かってくる。

「まっ、察するに迷子の迷子の子猫ちゃんを助けてあげましたっていう感じなんでしょうけど。」
「……たははは〜、やっぱブルーさんには敵わんたい。」
「そりゃあ補佐者(サポーター)歴六年の意地があるもの、そう簡単に負けてたまるもんですか。 ねぇ?犬のお巡りさん?」
「誰が犬だ、誰が。」
「あら、迷子の子猫ちゃんを助けるのは犬のお巡りさんに決まってるでしょ?」

まぁ実際は助けようとして助けられないっていうオチなんだけど。
緑色の瞳に揺らぎを見せ、男は返す言葉が思い付かないのかそのまま押し黙る。
一方話の流れと真意が分からないのか、サファイアは首を傾げていたのだが。
そんな二人の様子を見つめて楽しげに微笑みながら、栗色の女は手元の書類の中から一枚の紙を取り出した。
数種数十枚のその中から、目的のそれを取り出すまでの時間はほんの僅かであった。

「それはそうと、私の目的はそんなことじゃないのよね。…はい、グリーン。これ今週の予定表ね。よろしく。」
「…あぁ、分かった。」
「へっ?ブルーさんってもしかしてグリーンさんの補佐者(サポーター)とね!?」
「そうよ、知らなかった?」

そういえば今朝のミーティングでそんなことを言っていたような気がする。
最も、初日でしかも思いっきり躓いてしまった為、他人の言っていたことなど殆ど耳に入っていなかったのだが。
皆を束ねる補佐者長(サポーターリーダー)も勤めていながら、 自身も一人の補佐者である彼女の力量は計り知れない。
自分はこんなにも劣等生なのに。

「何か今朝はバタバタしとったし、あんまり頭に入っとらんかったとね。
 誰が誰の補佐者(サポーター)なんか特にややこしいし…」
「ん〜まぁ最初はなかなか難しいわよねぇ。でも、コツさえ掴んでしまえば簡単よ。」
「コツ…とね?そげなもんがあると?」
「そんなに難しい事じゃないわよ。得に此処に置いてはね。
 一つはこの館の住人の顔と名前を全て覚えること。まずこれが基本ね。
 流石にこれをやらないとまず人を呼べないし。」
「まぁ、それはそうやね。…頑張るち。」
「よろしい。素直な子には特別に教えてあげましょう。もう一つはね、腕章をしっかり見ることよ。」
「わんしょう?腕に付けよる輪っかみたいなのの事ったいか?」
「そうよ。この館では皆違う腕章を付けているの。これが"誰かの補佐者(サポーター)である証"になるのよ。」

そう言って栗色の女は、自分の左腕の上腕に付けてあるそれを指差した。
そこには緑葉の刺繍が施されている緑色の腕章があった。
葉の紋様が映えるように、刺繍糸は下地の緑よりも若干黄みがかった物が使われている。
紋様の下には同じ糸で『Green』という文字が刺繍されている。

「正確には選手一人一人に自分の商標(トレードマーク)があって、 それを腕章にしたものを自分の補佐者(サポーター)に付けさせている制度なの。
 だから同じ腕章は絶対にないし、その人の個性が出ている物だからすぐに誰の腕章か分かるようになっているの。
 大体の物には名前も刺繍してあるし、色で大体が判別出来るようにもなっているしね。」
「ふぇ〜なるほど…ブルーさんの腕章が緑なんは、グリーンさんが選手(マスター)やからとね。」
「そういうこと。今度から腕章を目印にするといいわ。
 大体の子は色系か宝石系でコードネームが付けられているから分かりやすいしね。」

なるほど、と納得した少女は大きく頷いた。
そこで端と自身の左腕に何もないことに気が付いた。
確か記憶が正しければクリスもイエローも ――勿論他の補佐者(サポーター)達も――そのような物を付けていた気がする。
そこで気が付くのは、自分の左腕に腕章らしきものが何も付いていない事だ。
昨日の一件が無かったにしろ、それは変わらない事実であった。

「あれ、じゃあアタシの腕に何もないのは、まだ誰の補佐者(サポーター)にはなってないって事になるとね?」
「まぁ、そういう事になるのかしら。腐ってもまだ見習いの域だしね。正式配属はもう少し後になってからになるわ。」
「そやったとか…じゃああたしもいつか誰かの為ば尽くすようになるとよね。」
「何言ってるの、今はルビーの補佐者(サポーター)でしょ?いつかなんて言ってる場合じゃないわよ。」
「けど、あん人ば何処にも隙なんてなかとよ。寧ろこっちが補佐(サポート)してもろうとる気がするくらいったい。
 あたしの入り込む余地なんてそもそも無かね。」

そうだ、昨日の事にしろ今朝の事にしろ、彼は何人たりとも自身の領域に踏み込ませてはくれない。
自身の日程管理も生活管理も全て自分の手で行っているだけじゃなく、 自分のような出来損ないの補佐者(サポーター)にすらその手を及ばせる事が出来るだけの手腕を既に持っている。
下手に手を出すと逆にこっちが迷惑を掛けているくらいである。
あれだけ"出来過ぎている"人の何処に自分が補佐(サポート)する隙があるというのか。
そんな落胆を一掃する言葉が目の前の女から発せられる。

「…さぁ、果たしてそうかしら。」
「…??」

言葉とともに一瞬しかめられた眉に、少女は違和感を覚えた。
肯定の答えが返ってくると思っていたが、今確かに目の前の上司は一瞬だが曖昧な表情をした。
そして今は、もう一度答えを考え直してみたらと言わんばかりの不思議な笑みを浮かべている。
何の意図があるのかさっぱり解らず、サファイアは困惑の表情を浮かべるしかない。
亜麻色の少女の心情を知ってか知らずか、ブルーは何事も無かったかのように何時もの陽気な振る舞いを見せる。

「さて、そろそろお昼の時間ね。食堂に行きましょうか。」

そろそろお昼ご飯の時間だしね。
そういって傍に居た少年に視線を配り、歩を促す。
グリーンの足が歩を進めた時、サファイアはハッと午前中の出来事を思い出した。

「あっ待って欲しかよ。あたしブルーさんに聞きとう事があったと。」
「聞きたいこと?」
「"さてい"って何ね?年に1回あるとか聞いたとやけど、ルビーと何か関係あるとやろ?」
「あら、もうそんなこと聞き付けてきたの?近日教えるつもりだったんだけど。まぁいいわ。じゃあご飯でも食べながら話しましょうか。」
「へっ、そんな軽く話せる事と?」
「…いや、そんな事はないと思うが。」
「だって面倒じゃないの、ご飯食べた後にまた時間合わせるのって。それにこの後は予定が詰まってるもの、纏まった時間なんて今しかないし。」

何より腹が減っては戦は出来ぬって言うしね。
そう言って栗色の髪の少女はニッコリと笑みを称えて答えた。
軽い足取りで傍らに居る二人の間を抜けて、長い栗色の髪を緩やかに靡かせる。

「ほら、二人とも何やってるのよ。早く食堂に行くわよ。」
「えっちょっ、待ってったいブルーさん!」
「…相変わらず気の早い女だ。」

先行く少女の後を亜麻色の少女が追って掛けていく。
その後をぶっきらぼうに手をポケットに突っ込んだ少年が歩いて行く。
三つの姿が廊下の奥に消えたのは、それからまもなくの事であった。

優シキ光ハ行ク先ヲ照ラス

ソノ腕ニ宿ルノハ何色ノ輝キカ

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何かブルーさんが瞬間移動して来たかのように感じてしまいますが、現実的にはちゃんと時間が経っているんですよ?^^;
おおよそ彼女の選手予想は明かすまでも無く読まれていたと思いますがwww別にこの辺は意外性狙ってないもんね!(…)
…しかし相変わらず鈍足ペース、もうこの話何話で終わるのか分からなくなってきた(苦笑)
取り合えず言える事は、ストーリー的にまだ3分の1行ってない気がします(えぇぇ)