Stubbornly Mind - 25

クリスタルとルべライトがルビーの個室を訪れた時は、彼が意識を失って倒れてから既に四時間近く経っていた。
サファイアの献身的な看病により容態は落ち着いてきていたが、未だ熱が下がり切らず意識も戻っていなかった。
少し落ち着きを取り戻していたのか、出迎えたサファイアの顔は先程駆け込んできた時よりは穏やかになっているなと、ルべライトは感じた。
しかし未だ回復の兆しがはっきりとせず、その表情は陰っていた。

「熱の方はまだ?」
「多分絶頂(ピーク)ば過ぎたとは思うけど、今も38℃位はあるったい。」
「意識が戻らないんじゃあ、薬の処方も出来ないしね。病院に連絡してもこの時間に来て貰うのは難しいでしょうし…
 取り敢えず事情を説明して、明日点滴を打って貰えないかどうか確認するわ。」
「宜しくお願いしますったい。」

医師を呼ぶにも病院に連れていって貰うにしても、現状の容態ではなかなか動いては貰えないだろう。
今のルビーに必要なのは、兎に角安静にすること。
既にそれは満たされており、後は彼の回復次第だ。
意識さえ戻れば何らかの処置のしようもあるが、何れにせよ今はただ時を待つ他なかった。

「これ、食材とティッシュとか消耗費系の備品ね。生野菜だけは余り日保ちがしないから、必要になったら言って頂戴。」
「分かったとよ。ありがとうったい、ルべライトさん…」
「何かあったら言って頂戴ね。ルビー様の事、頼んだわよ。」
「はい、クリスタルさん。頑張るったい。」


部屋を後にして夕日の落ちる橙色に満ちる廊下を歩いていく足音が響く。
状況を把握するといっても結局何かをしてきた訳ではない。
何か出来ればと思ってもどうしようもなかったのが事実だった。

「サファイア…少し落ち着いたようだけど、まだ精神状態は何時もの状態まで戻ってなかったわね…」
「最初に食糧庫で彼女に出会った時はあれ以上に取り乱していましたから…時間が経って冷静さが戻っていた分、今後の対応には
 問題ないかと思います。」
「無理も無いわね。初めて目の前でルビー様が倒れるのを見ちゃったんだもの。驚かない方が不思議だわ。」
「…そんなに、驚いてしまうくらいなんですか?」
「間近で見ていたら凄いわよ。一度見聞きした事は絶対忘れないし、仕事も戦闘(バトル)も何でもこなしちゃう。
 そんな超人人間みたいな人が居るだけでも驚いちゃうのに、あの人の場合どんな不調であっても然るべき時まで決して起こさない
 強い精神力の持ち主だから。
 恐らくその強過ぎる精神力のせいなんでしょうね、毎年この査定が終わるとまるで糸がぷっつり切れちゃったかのようにばったり倒れ
 てしまうらしいわ。」

まぁ、それを実際に見たのは数年前にルビー様を補佐したブルーさんだけだから詳しい事は分からないわ。
後は毎年査定の後はご自室で過ごされてるから、ここ数年どんな風に過ごされていたのか、誰も知らない所だけど。
今日のご様子からしてブルーさんが見た時のように…いえ、それ以上の状況だったんでしょうね。
思い返すかのように思考を巡らせる風に瞳を伏せて、クリスタルは言葉を紡いだ。
ルビーの受け持つ業務は年々その密度や過酷さを増している。
それはこの館に住まう者誰もが感じていることだった。
だが、彼の少年はそれを何事も無くこなしていて――実際は大変な所を全て見せないようにしているのだろう―― 苦労の一端ですら見せることは無い。
だから忘れてしまうのだ。
彼も一人の人間なのだという事を。

「あの子はそれにちゃんと気付いてる。けれどそれが分かっていても、すること成す事あの人の方がずっと上だから。
 支えようにも自分にはどうしようもする事が出来なくて、きっと負い目を感じていたんだと思うわ。」
「そんな事……あの子は誰よりも一生懸命に、ルビー様の力になろうとしていたわ。だってあんなに…」
「そうよ、ルベライト。サファイアは誰よりも、ルビー様の事を思ってる。」

弾かれたように少女の顔へと視線を向けると、水晶のように光る蒼い瞳が優しげに微笑んでいた。

「…だから、サファイアなら大丈夫よ。きっと、ルビー様の心を開いてくれるわ。私、信じてる。」
「………そうですね。」

自分と彼女の間で何が違うのか、何が足りなかったのか。
それを痛感し悔しいと思うと共に羨ましいとも思う。
何時の間にか忘れていた、補佐者(サポーター)として純粋に選手(マスター)に尽くしてきたあの純粋な心を。
人と人を差別化し、壁を作り、どうせ自分はと難癖を付けながら結果諦念に駆られ何かと妥協してしまう日々を送ってしまうようになった。

『本当に…凄い子。』

廊下を歩いていく二人の足音が静かに反響を繰り返し、虚空に消えていった。


二人が部屋を去り、静寂が再び訪れる。
微かに聞こえるのは未だ苦しそうに息を紡ぐルビーの吐息。
心なしかまた頬が紅潮してきているようで、先程より息が荒い気がする。
急いで桶の水を冷たいものに変え、額のタオルを取り替える。

「まだ熱ば上がりようとね…?意識も戻ってなかね、こんな調子やと本当に身体が持たんとよ。」

心配事は山程募るがこれ以上少女に成す術はない。
少年が目覚めたときの為に、先を読んで準備をしておくことしか出来ないだろう。
様子を伺いつつ備品の貯蓄に問題が無いかを確認し、目覚めたときに飲食に困らぬよう作りおきを用意することにした。


記憶に残るのは己を優しく抱き締めてくれた柔らかな温もり。
穏やかな声だった印象は残っているものの、もはや記憶の中にその声色は朧気だ。
母と過ごした日々は僅か七年程。
丁度物心ついた頃合いで、漸く過去の記憶として今の己に僅かだが残り始めた時期だ。
幾ら記憶力が良い方だと言っても、人生の半分以上も遡れば流石にそれほど鮮明には残っていない。
そして訪れた決別。
父親の指導の元、選手として訓練を受け始めると実家の方には殆ど足を運ばなくなってしまった。
時々父親は様子を見に戻っているようだが、選手を辞めて経営側で動き始めてからも自分はこの館を離れる事はなかった。
年に一度もない稀な彼女の訪問を待ちわびようとも、館に留まっていることの方が珍しくなってしまった現状では彼女の姿を見たいという願いも叶うこともなく。
結果諦める方が早かった。
独りで生きていかねばならない状況に立たされ、反抗する間もなく現状を甘んじて受け入れる他なかったからなのだが。
だから当の昔に忘れてしまっていると思っていた。
その温もりを感じた所で、何も懐古することなど無いと。
己を厳しく制し続けてきたお陰で、直ぐにそれが当たり前の生活になった為、これから先も何も思うこともあるまいと思っていた。
しかし、今感じている微かな温もりは何だろう。
己の直ぐ側に、何かを感じる。
優しい光を放っている、全身を包み込むようなおおらかな何かを。
しかしそれを認識する間もなく、己の肉体に降りかかっている異変に意識が旋回する。
そして唐突に覚醒した。

身体の震えが止まらず、たまらず呻き声が漏れる。
寝台(ベッド)に頭を預ける形で浅い眠りについていたサファイアは、その声に弾かれたように身体を起こし目を覚ました。

「ふぁっ……ルビー?どうかしよっ…Σっ!!ルビー!!?」

少年が己の身体を抱き込むように蹲り身体を震わせていた。
奥歯がカチカチと唸りを上げており、咄嗟に肉体に手を伸ばしてその温度を確認する。

寝間着(パジャマ)が汗でグショグショになっとう時に熱が下がりすぎたとね!』

時刻は既に真夜中であり、日中からあたふたと忙しなくしていた為疲労もあった事は間違いない。
しかし余談を許さない状況の時に意識が遠退いてしまった。
己の気の緩みが、今の現状の根幹たる要因だ。
だが、苦虫を噛み潰して自責の念に駆られている場合ではない。

「大丈夫とよ?!ルビー!!とっ、兎に角寝間着(パジャマ)ばこのまま着とったらいかんち!」

大急ぎで彼の身体から濡れた衣服を剥ぎ取る。
乾いたタオルで表面からも水分を拭いとり、様子を伺う。
幾分か症状が和らいだように見受けられるが、既に下がりきっていた体温が直ぐに戻る訳がない。
意識が戻ったように見えても未だ正常とは言えない。
先程まで身体の機能が麻痺して高熱を発していたくらいだ、直ぐに順応出来るとも思えない。
新しい寝間着(パジャマ)を着せようと袖に腕を通したところで、サファイアは巡らせた思考によりその手を止める。
今の彼が自力でその体温を取り戻す事が非常に困難であろうこと。
そしてこのままでは肉体に掛かる負担を減らすところか反って増やしてしまう。
意を決した少女は少年の衣服に掛けていた手を徐に離し、己の襟元へと伸ばす。

『人の肌ば常に体内で生み出した熱を発しとるとね。』

生憎布団の中に仕込む事が出来るような暖房器具がこの部屋には無い。
ならば己の身体をその代わりにする他ないだろう。
特に冷えきった身体にはその温もりが程よく心地良いものだ。
前掛け(エプロン)の紐を解き、首巻き(タイ)を引き抜く。
胸下までボタンを外すとワンピース状になっているメイド服を、重力に任せるように地へと落とす。
元々引き締まった細身(スレンダー)な肉体だ、肩さえ抜いてしまえば衣服はいとも簡単に滑り落ちる。
そのまま少年が身を縮めている布団の中へ入り、その腕の中へと己の身体を潜り込ませる。
鍛える鍛えてない以前に男女の差がある為、どうしても相手の方が体格が大きい。
ならば抱き枕の要領で己から暖を取って貰うしかない。
腕の中に少年の頭を抱き込むようにし、自身へと引き寄せる。

「……っ、はぁっ……さふぁ…い、あ……」
「大丈夫とよルビー、直ぐに温まるったい。温めてやるとよ。せやから…」

少しの辛抱ったいよ。

少年の額に頬を擦り付けるまで強くその身体を抱き込む。
戸惑いを隠せないルビーはしばしどうして良いものかと、思案を巡らせながら固まる。
何故このような事になったのか。
査定が終わったあと部屋に入った所を最後に記憶が途絶えており、そこで漸く己が意識を失って倒れたのだろうということに結論が行き着く。
そして同時に肉体が酷く痙攣しており、酷く冷えきっているのに気が付いた。
抱き締めてくれている少女の身体が余りにも暖かかったからだ。
そこからは本能が彼女を求めていた。 背中に腕を伸ばしてその柔らかな身体を我が身へと引き寄せる。
伝わってくる震えに心が痛み、少女も応えるように彼を強く引き寄せてその後頭部を優しく撫でた。
纏う衣服を脱ぎ捨てたのだ、辛うじて下着は身に付けているがやはり乙女が早々に晒していい姿ではない。
思えばこの館にやって来て初めての少年と顔を合わせたあの日も、主である彼にあられもない姿を晒した。
そして今の姿はその時よりも更にみっともない格好だろう。
しかし羞恥心よりも彼を助けたいという思いが勝ってしまった。

孤高に戦う彼の姿をこの数ヵ月目の当たりにしてきた。 元来持っている能力の差は生半可な物では埋められないほど歴然で、どんなに努力しても彼には到底敵うものではない。
だからずっと探してきたのだ。
こんな自分でも彼の為に"何か"出来ることはないのかと。

『今のアタシには、こんなことしか出来んけど…』

少しでもその震えが無くなるようにと。
祈りにも似た思いを抱きながらその腕に力を込めた。

どれくらいそうしていただろう。 漸く身体の震えが収まってきた頃、錯乱しかけていた意識がはっきりとしてきた。
勢いで彼女にしがみついてしまった為、この後どうすれば良いのだろうか。
取り敢えず束縛からは解放すべきだろうと腕を緩めたら、彼女に返って強く引き寄せられた。

「さっ……サファイア…」
「まだ身体ば冷えとうとね。良いから大人しく寝るったいよ。」
「けど……もう大丈夫だから、後は布団に入っていれば……」
「この期に及んで、まだそんな世迷い言言っとると?!つべこべ言わんでさっさと眠るとよ。」
「でも……」
「アンタは今病人とよ?分かっとると??」

病人は病人らしく甘えとったら良かよ。
強がって無理する必要なんかなか。
額をコツンと合わせてその顔を覗き込んで優しく語りかける。
その優しい笑みに鼓動が高鳴る。
何と慈悲に満ちた表情なのだろうか。

ずっと己を縛り続けていた何かが、今解れたように感じた。
独りで居ることが当たり前だった。
一人で何でもこなせるだけの能力があったから、誰かの力を借りるなどしたこともなかった。
そうやって自分の回りから人を遠ざけてきたのだから当然誰も近付いてこようとはしなかったし、己自身も誰かを必要ともしてこなかった。
己を見やる周りの視線は何時も畏怖か敬意、憧れのどれかだ。
だからこんな優しい目を向けられたことなど初めてだった。
その光に心が甘く軋む。
今まで感じたことがない感覚に戸惑いを隠すことが出来ない。
そんな胸中の感情の揺れを感じたのか、サファイアの表情がより一層柔らかなものに変わる。
再び抱き寄せられてその肩口に顔を埋めることとなる。
暖かな温度と心に包まれて、安堵したその緩みからまた意識を失っていく。
しかしそれは先程とは違う、穏やかで安らいだ眠りへとなっていた。


今ノアタシニハ、コンナ事シカシテアゲラレナイケド

彼ヲ助ケタイト願ウ心ハ正シク本当ノ想イダカラ…

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たい……っへん、お待たせしました!!凄く微妙なところで半年以上間が空いてしまって本当にすみません;;
けど、どうして纏めるのが大変だったか、少しは感じて頂けたでしょうか??このシーン、クソ恥ずかしいんですよww
オマケに書きたいことをつらつら書いてたらめちゃくちゃ区切りが悪くなってしまい、PCに取り込んでから書いた分量を分割して、 更に話の分量のバランスを調整する為に書き足したりする始末…大事な肝なので調整に本当に時間が掛かってしまいました(´Д`*)
この次もまた恥ずかしいシーンが待っていて、非常に難儀してます^q^