Stubbornly Mind - 26

熱が下がった後も、その疲れを癒すため少年は次の日も眠り続けた。
医者による点滴を受けたのは結局やってきたその日だけだった。
ルビーの意識が戻り、一日の大半を眠ってはいたが途中喉の乾きや空腹の訴えにより数回意識を取り戻すようになったからだ。
少しずつ消化の良いものから食べさせれば自然と容態は良くなる筈だ。
そう診断を受けた為、目覚めるその度に少女は甲斐甲斐しく面倒をみた。
少年が身体を自ら起こせるようになったのはそれから三日も後の事だった。
背に挟んだ布団(クッション)に身体を預け、虚ろな目で台所(キッチン)に立つ少女の姿を見やる。
後片付けが終わりその視線に気付いたサファイアは、小首を傾げながら少年の元に向かう。

「どうしたと?ルビー。」

何か物言いたげな風に見えたのは気のせいではないと思う。
しかし尋ねてみても少年は目を伏せるばかりで、一向に口を割ろうとしないのだ。
この数日間で、主であるルビーが己へ向ける視線は随分変わったように思う。
その理由(わけ)も何となくだがある程度の察しはついている。
しかしその言葉を彼は飲み込んでしまってこの有り様だ。
無理もないだろう。
話を聞く限り誰かがこれだけ彼の側に居たこともなければ、世話をしたこともないのだという。
そして少女には何故彼が誰かを側に置こうとしなかったのか、頑なに孤高で有り続けようとしたのか。
その本当の理由(わけ)にも検討がついていた。
表沙汰にしない、然り気無い彼の優しさに気付かなければ。
抱き締めたその腕に対してあれだけ強い戸惑いを見せ付けられなかったら、その答えに辿り着けなかっただろう。

「ルビー。なしてそんなに、怖がっとうとね?」

ハッとしたように伏せていた視線が少女に向けられる。
その問いかけに余程驚いたのか、常ならば決して見られない位目を見開いている。

「無理に言えなんて言わんち。けど、アタシはアンタの言葉でちゃんと聞きたかよ。」
「サファイア……。僕は………」
「アンタが補佐者(サポーター)ば付けずにずっと一人でおったんは、単に一人で何でも出来るからじゃなか。」

あれだけの多忙を極める毎日だ。
幾ら優秀だといっても身体は一つ。
当然負担を軽くする為にも身の回りの世話をしてくれる者をつけるべきなのだ。
現に無理が祟って今回のように倒れる事も一度や二度じゃなかったのだから。

「……自分の運命に"誰か"を縛り付けてしまう。それが怖かったとやろ?」

その問い掛けに少年の身体が驚きの為に僅かに跳ねる。
己の補佐者(サポーター)になると言うことは、この館から一生逃れる事が出来なくなるという事だ。
これが他の選手(マスター)ならば卒業という形で何れこの館を去ることが出来る。
選手(マスター)と共に歩む人生を送る者もいるし、 独立して他の選手(マスター)補佐者(サポーター)として生きる人生だってある。
要は自ら"選べる余地"があるのだ。
ルビーは何れセンリの後を継ぎ、この館の主となる。
つまりそんな自分に就けば、選べる筈だった選択肢が一切無くなってしまう。
生涯をこの館の為に捧げるだけの責務が一緒に課せられるのだ。
逃れられなかった己だけなら兎も角、それを就く補佐者(サポーター)にまで背負わせるなんて…
そう、少年の心にはその思念(おもい)が根底にずっと巣食っていた。
そして己の事を畏怖や畏敬の念に囚われず、一人の人間として接してくれる者がなかなか現れず、居たとしても彼女らの中には既に想いを馳せる人が居た。
自分のように縛られない人生を歩ませてあげたいと、その背中を後押しして見送ってきた。
もう、ずっとだ。
そんな想いも日々の労苦によって幾重にも(フィルター)が掛けられてしまい、ねじ曲がったどす黒い感情ばかりが己を支配するようになっていた。
此処まで荒んでくればもう、あの頃には戻れないだろう。
純朴でただただ一生懸命に館を支えようと奮闘してきた、あの頃には。
そんな時に現れたのが、サファイアだった。

初めて会った時から、彼女には今まで見てきた補佐者(サポーター)達にはない何かを感じてはいた。
此処に住まう者よりも外の生活が長かったからだろうか。
朗らかで快活で。
己が罵倒の言葉や行動を浴びせ、支配しようとしても、彼女だけは勇敢にも歯向かってきた。
畏れの感情とは違う、正義を貫こうという果敢な姿。
それに純粋に興味を持ったのがきっかけだった。
何時からだろう。
直向きなその背中を見て微笑ましく思うようになったのは。
くるくる変わる表情に楽しみを覚えるようになったのは。
仕事に対して真剣なその瞳に感心しながらも、もっと困らせてやったらどうなるだろうという好奇心が表れるようになったのは。
もっと、その笑顔を見ていたいと、思うようになったのは。
今も己を見やる彼女の藍色の瞳に、言い様のない感情が込み上げてくるのは。

「ルビーは本当に優しかね。言葉には絶対せんかったけん、それにすら誰も気付かんかったやろうけど…」
「………。」

言葉が出なかった。
決して口にしなかった、己の本心。
見透かされていたなど思わなかったが、同時にサファイアだからこそ無意識に伝わってしまったのだろうとも思った。
ありのままのルビーという人間を、澄んだその藍の瞳で見透かしていたからだ。
どんなに威圧をしても怖がりはするものの恐れはしなかった。
立場や権力など眼に見えない"力"に人間は常に振り回されるものだし、どうしても意識してしまうだろう。
しかしこの少女はそれに捕らわれずに、時には補佐者(サポーター)として。
そして一人の少女として時には己を叱りつけ、時には励まし、そして笑いかけてくれたのだ。
胸の高鳴りが一向に収まる気配がない。

「アンタは今まで、ずっと一人で頑張ってきたと。もう充分過ぎるくらい我慢してきたとね。せやからもう…」

誰かを頼っても良かとよ。
優しく微笑むと少年の頬に己の手を添える。
いとおしそうに掌でそっと撫でると、そのまま首の後ろに腕を回して彼の身体を抱き込んだ。
彼が驚きを隠せず息を飲むのを感じる。
ルビーがこんなに己を保てず動揺する姿をこの目で見ることがあるなんて、出会った当初は思っても見なかった事だ。
自然と少女の顔に笑みが浮かぶ。

「アタシはルビーみたいに何でも出来るほど器用じゃなか。
 きっとアンタの仕事に関してはこれからも足を引っ張るやろうけど…
 それでも、こうして側に居て少しでも身の回りの事ば手伝ったり。
 アンタが本当に辛いときに、その胸の内をば全部受け止めてやることくらいは出来るったい。」

せやから一生に一度くらい、我が儘言うてみぃよ。
後頭部に添えた掌で髪を撫でながら少女は少年に言い聞かせるような言の葉を紡ぐ。
これからもルビーは己の本音を飲み込みながら生きていくに違いない。
この館の次世代を担わなければいけない立場に縛られた人生だ、今以上に融通など利かない事だってあるだろう。
だからこそ胸の内で燻り続けているその"欲求"を、全てとはいかないまでも許される範囲であれば何とかしてあげたい。
それが自分に出来ることであるのならば尚更。
この思いが補佐者(サポーター)としての役割を逸脱した、踏み込みすぎている感情であることもサファイア自身気付いていた。
だがそれは彼も同じだと言うことも判っていた。
少女にとっては、彼の為にこれからの己の人生を差し出す事さえ構わない。
そう思っているからこそ出た本心だ。

「アタシから言うてくれちせがむんは変な話とよ。せやから、これ以上は言わせんとって。」
「サファイア……。」

うっすら涙を浮かべて今にも流れ落ちそうな潤んだ紅色の瞳が揺れる。
押さえているつもりでもこの近さだ。
感情に押しやられて身体が震えていることはバレているだろう。
変わらず優しく抱き締めてくれているその温かさが、閉ざしていた扉の錠がそっと外されていく。
力無く垂れ下がっていた腕が、ゆっくりと少女の背に回る。
その身体を強く己に引き寄せて、サファイアの細い首筋に顔を埋める。
微かに耳に届いたその言葉に目を見開き、直ぐに穏やかな笑みを讃えて。
少女はそれに応えるように自身もその首筋に顔を埋めたのだった。


朝日が僅かに差し込み、部屋に一筋の灯りをもたらす。
もう起きなければいけない時間だ。
重い身体を叱咤しながら、緩い束縛をもたらしていた腕の間をすり抜けて寝台(ベッド)に腰掛けた時だ。
背後から再び強い力で引き寄せられる。

「ルビー、起こしてしもうたと?すまんち…」
「ううん、さっきから何となくずっと意識はあったんだ。半分起きてたようなもんだよ。」
「せやったらええけど……あの、アタシ今日こそは朝集会(ミーティング)でんといかんち。」
「…そうだね。もう一週間くらい顔出してないし。」
「分かっとるんやったら……その手、離して欲しかよ?」

頭では解っているんだろうが、その腕の力はなかなか緩まない。
昨夜の彼もすがるように己を求めてきた。
今までそんな風に相手に許しを乞うような事が無かったのだろう。
初めて見せるその表情に胸の内が熱くなるのを感じた。
自分だけにしか決して見せないだろう。
彼の弱い部分がこうして見えるようになって、幾ら天才だと持て囃される彼も年頃の少年なのだと実感させられる。
己の手をそっと少年の筋張った手の甲に添えると、その手が僅かながら軋んだ。
離したくても離せない。
理性に対して感情が邪魔をするのだ。
そんな彼の甘える仕草に笑みを溢すと、サファイアは空いている左手を少年の首筋へと絡ませる。

「すぐ戻ってくるったい。勝手にどっか行ったりせんち、心配なかよ。」
「……。」

束縛の力が緩み、少女は寝台(ベッド)から起き上がる。
床に転がっていたメイド服を拾い上げ、少しシワになってしまったかなと溜め息を漏らす。
クローゼットから新しいブラウスを取り出して袖を通していく。
その着替える一連の動作をする度に、昨夜の情事を思い起こさせる痛みが現れる。
思い出している場合でないと、乱れかけた意識を戻そうと頭を振る。
昨日身に纏っていたブラウスを拾い上げると見送っていたルビーの視線とかち合った。
言葉ではない何かを訴えるような瞳に、少女は徐に口を開いた。


六時半を告げる一回きりの鐘。
既に大広間には補佐者達が集まっており、話し声でざわめいている。
何時ものように長である少女の声が響き渡る。

「はーい、時間よ!朝集会(ミーティング)を始めるわよ!」

声を上げたブルーの方に注目が段々と集まり、静けさが蘇る。
一人一人顔を確認しながら全員揃っているかを確認する。

「今日もサファイアは来てないわね…」
「ここ数日ルビー様に掛かりっきりだったから…まだ御加減良くないのかしら。」
「ボクも一昨日洗濯物を出しに来たときに見たっきりなので…その時は順調に回復してきてるって言ってましたけど…」
「詳しい容態までは聞けなかったのね。」
「はい。ボクも急いでいた時でしたし、サファイアさんも世話しない感じで直ぐに消えてしまったので。」

世話役(サポート)として彼女が頼ってきた時には色々教えたりと面倒も見てきたが、彼女が此処に来てからもう半年近く経っている。
基本的な事以外は仕事内容そのものも違うし、己の職務もある為付きっきりという訳にもいかない。
何より自立出来なければ到底勤められないのだから、ある程度までいけば野放し状態にせざるを得ない。
今はもう世話役(サポート)としてほぼ機能していないも同然だった。

「ルビー様が倒れられてからもう一週間近く経つし、後で私が直接覗いてくるわ。
 もうそろそろ身体を起こせるようにはなっている筈だし…」

その時だった。
この時間なら空く筈のない大広間の扉が開いたのは。
既に他の人員(メンバー)は揃っている、だからそれが彼女であることはその場にいた全員が直感的に分かっていた。
分かっていたはずなのに、驚きに苛まれて言うべき言葉を飲み込んでしまった。
そうだ、初めて彼女が来たときも同じ光景であった。
開いた口が塞がらないとは、正にこの事を言うのだろう。
その姿を見止めた者は次々に言葉を失ってしまった。

「サファイア……貴女………。」
「遅れてすまんち。ルビーがなかなか手を離してくれんかったから、走ってきたんやけど間に合わんかったとね。」

少女の左腕には真紅の輝きを放つ腕章があった。
刺繍の色は金糸。
薔薇の華と葉、そしてこの館の門や壁などあらゆる所に象徴として据えられている、創始者自らが掲げた家紋が浮かび上がっている。
今までその腕章を身に付けた者は誰一人として居ない。
だがそれが何を意味するのかは全員解っていた。

「ルビーの容態とか詳しか事ば、全部朝集会(ミーティング)で話すとね。」

せやから早く始めるったい。
穏やかに、厳かに、静かな声で、少女は緩やかに微笑んでいた。


僕ニトッテ君ノ存在ガ、コンナニモ大キクナルナンテ思ッテナカッタケド

今デハソレモ必然ダッタンダナト、心カラ思エルヨ…

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ざっくりしてますが18話から始まった査定編もコレで漸く終了です…!なっ、長かった…(´Д`;)
サファイアが正式にルビーの補佐者として収まるまでの過程になっていたので…
此処は話の肝になる…!と思ってかなり構成等々悩みました。
どのようにルビーに受け入れられるかは最初に決めていたので、そこに持っていく為に要所要所に伏線を…
ちゃんと散りばめられていましたでしょうか?捻くれルビー君にはホトホト困りましたよ^q^
そして間にちまっと挟んだように、二人の過ごした一夜のお話が裏の方に有りますwww
…これも更新が長期に亘って止まってしまった要因の一つだったりとかね!\(^o^)/
表では次から転章部分です、ラストに向かって突き進みたいと思います…!ノシノシ