Stubbornly Mind - 24

女子の中で腕力はある方だとはいっても、相手は筋肉質の自分よりも大きい男だ。
全力を出し切っても背中に背負子むのがやっとだった。
そのまま半ば引き摺るようにだが何とか寝台(ベッド)まで運び上げ、細心の注意を払いながら横にならせる。
そこからは速度(スピード)勝負と言わんばかりに手早く動いた。
急いで氷水を拵えて額に冷やしたタオルを当て、未だ戦闘服のままである彼に寝間着(パジャマ)を用意し、着替えさせながらその身体を吹く。
着せ替える間に何度も額のタオルを変えていた為か、漸く掛け布団を掛けて落ち着かせる頃には氷が全て溶けてしまっていた。

「こんな調子で氷ば使ってたら、夜になる前に無くなってしまうとね…」

冷蔵庫に注水した水が氷になるまでどうしても時間が掛かる。
熱が何時下がるか分からない状態を思えば芳しくない。
食堂から備蓄(ストック)の氷を貰ってこようと思い立った少女は、先程より念入りに首筋や脇の下にも冷やしたタオルを仕込むと弾丸のような早さで飛び出していった。

『えっと…確か昨日倉庫に保冷箱(クーラーボックス)をしまったはず…!それを持っていって、それから……
 あぁ!食料や薬も貰ってこんと…!!』

焦る気持ちを何とか落ち着かせようとしながら、必死に思考を巡らせる。
しかし意思に反して感情は先走っていき、冷静さをどんどん欠いていく。
しかも今日は地方で行われる大きな大会にレッドやグリーンが出向いており、必然的に補佐者(サポーター)のイエローや(リーダー)であるブルーも珍しくこの館に居ないのだ。
この数日間はこの二人の次に古株であるクリスタルとオニキスが二人でブルーの代わりに動く事になっている。
が、通常の自分の仕事もしながらの兼任である為何処にいるのかが分からない。
もしかしたらクリスタルはまだ訓練場にいるかもしれないが、ルビーの現在の状態では、悠長に二人を探している場合ではない。
何とか保冷箱(クーラーボックス)を担いで厨房まで走ってきたが、運悪く此処まで誰ともすれ違う事がなく、また焦りが募る。

『こんな時に限って誰もおらんやなんて…!』

勿論厨房には夕飯の準備の為に既に当番達は集まっているだろうが、当然の事ながらこの事態を伝えたところで手当ての者が増える訳がない。
各々の仕事は既に決まっており、彼女達を無理に引っ張ってくれば館全員の食事に関わるからだ。
――それでなくてもサファイアに対して快く思っていない彼女らの事だ、信じてくれるかどうかも分からない。――
頼れる人でなければ、相談する事ですら出来やしない。
悔しい思いを噛み締めながら少女は必死に駆けていく。
長い廊下を走り抜けながら、厨房裏の食糧庫に確か製氷機があったはずだとそちらへと足早に駆け込む。
本当は静かに扉を開閉しなければいけないのだろうが、そんな余裕が無くなっていたサファイアは勢い良く倉庫の扉を開け放つ。
そのまま奥まで走り込み製氷機まで辿り着くと、手にしていた保冷箱(クーラーボックス)の中へ吐き出された氷を注ぎ込んでいく。
元々は食品を冷やすために作られた氷だ、空気を含んでいる為重さは普通の氷と比べると随分軽い。
しかし溶けるのも同時に早くなってしまうから、持てるだけの氷を詰め込まなければならない。

「急がんと…そろそろタオルが温くなってしもうとるとね。」
「誰?そこにいるのは。」

声のする方に振り返ると、そこにはルべライトがいた。
視線の先に居た少女が、誰なのかを認識したが同時に何があったのかを察する事が出来ず、不思議そうに此方を見つめてきた。

「何だ、サファイアじゃない。どうしたの?そんなに沢山の氷抱えて…」
「ルべライトさん!たっ大変とね!ルビーが!ルビーがっ!!」
「ちょっと、落ち着いて!ルビー様がどうしたの?!」
「すっ…凄か高い熱ばだしよって…突然倒れてしもうて、熱も全然下がりそうにないし、意識だって無かよ?!
 せやから…氷ば補給しよう思って…けど薬とか食糧とかも用意せんといかんと!でも時間かけられんとね、急いで戻らんと……」

言葉の最後の方は既に涙目になっていて、それ以上言葉を紡げずに身体を震わせていた。
慌てている中にも際立って焦慮しているようで、彼女のその反応に戸惑いを覚えつつもルべライトは気丈な振る舞いを見せる。

「余計な事は考えないで、今一番しなきゃいけないことをすれば良いの。今一番大事な事は何?」
「るっ…ルビーの熱ば下げる事と。」
「そう、だからまずその氷を急いで持っていきなさい。容態が落ち着くまでは解熱と水分補給に徹する事。
 意識が戻らないと薬や食糧は口に出来ないから、それまでは後回しよ。必要そうな物は、後で私が集めておくから。」
「わっ…分かったとよ。」
「とりあえず今は戻りなさい。クリスタルさんとオニキスさんには後で私から言っておくから。」
「すまんち、ルべライトさん!」

サファイアは手にしていた保冷箱(クーラーボックス)をしっかり抱え込むと、弾丸のように足早に駆けていった。
その必死な姿に何処か胸が締め付けられる思いを感じながら、ルべライトは後ろ姿を見送っていた。


部屋に飛び込むと、ルビーは先程と変わらない姿で眠っていた。
額のタオルは既に熱を帯び始めていて、急いで冷水で濯いで再び額へとかける。
先程よりは落ち着いているようだが依然苦しそうな姿だ。
医者を直ぐにでも呼んで貰おうかとも思ったのだが、この館がそもそも都心からかなり離れていて直ぐには来られない。
それにルビーは病気ではない、あくまで――度を越えすぎた――過労による発熱だ、手当てするにも解熱剤を処方する事しか医者も出来ないだろう。
それにこういう場合は処方したところで効果があるかは分からない。
既に身体のあらゆる機能が麻痺している状態なのだ、薬がまともに作用する訳がない。
しかしこうも苦しそうな彼を目の当たりにすると、やはり駄目元でも呼んでもらうべきだったかと自責の念に駆られる。
離れていたほんの十数分の間に、溢れ出た汗で寝間着(パジャマ)がかなり湿っている。
慌ててその汗を濡れタオルで拭い、身体を清める。

「凄か汗とね…無理もなか、40℃近い熱が出とるったい。」

意識が戻っていないが、このままだと脱水症状が出て返って状態が悪くなるに違いない。
新しい寝間着(パジャマ)を用意して着替えさせる前に身体を清める。
一通り身体を拭き着替えさせた後、サファイアは飲み水を用意することにした。
常温より少し冷たくした水を、水差しを使ってルビーの口に少しずつ含ませる。
上体を少し起こせば、蠕動運動(ぜんどううんどう)によって反射的に水は胃の中に落ちていくが、意識がない為気管に入らないように注意を払う。
何とかコップ一杯分程を飲ませると、起こした身体をしっかりと抱え直す。
触れ合う身体から感じる熱が、少女の胸の内を陰らせる。

「毎年…こげな状態になるまで無理して、一人で耐えとったと?」

彼が故意に人を寄せ付けないような雰囲気(オーラ)を纏わせている事もあるだろうが、それにしてもあまりに不憫過ぎる。
胸が締め付けられる思いで、サファイアは目を覚まさない少年の身体を優しく抱き締めた。

『お願いやから…目を開けて欲しかよ、ルビー。』



時刻は本日の夕刻の夜集会(ミーティング)、夕飯前の午後六時頃だ。
続々と集まってくる補佐者(サポーター)達を確認しながらクリスタルとオニキスが出欠を取っている。

「さぁ、皆揃った?」
「あら?サファイアが居ないわ。」
「……そういえば居ないわね。査定は昼過ぎ位に終わったんじゃなかった?」
「えぇそうよ。ルビー様を追いかけて部屋に戻った筈なんだけど…」
「最終日だし付きっきりなのかもしれないけど…誰かー?聞いてないー?」

集まった補佐者(サポーター)達に問い掛けるも、皆が首を傾げるだけだった。
それもその筈。
皆日中は己の選手(マスター)にほぼほぼ付きっきりな上、離れたとしても各々に振り分けられた担当の仕事に従事している。
彼女とは活動範囲そのものが被らない為、余程言伝てを頼まれない限りは様子を知る余地がない。

「…何かあったのかしら?査定後報告書を纏めたりしなきゃいけないけれど…夜集会(ミーティング)を欠席する程ではないし。」
「後で私が見に行ってみるわ。何かあったとしたら大変だし…」
「あの…!」

そこで声を発したのはルべライトだった。
何やら険しい面持ちであり、直感的に何か知っているのだと悟った。

「さっきサファイアが厨房裏に来て、ルビー様が高熱を出されたって言って…氷を取りに…」
「ルビー様が?!」
「そういえば、去年も査定直後から体調を崩されて、しばらくお部屋から出てこられなかったってブルーさんが言ってたわ。」
「この時期はご多忙だから、それも無理もないわね…ありがとうルべライト。
 でもどうしてさっきの問い掛けで直ぐに言い出さなかったの?」
「それは……」

補佐者(サポーター)達の多くはサファイアに対して未だ快く思っていない。
彼女を庇ったりでもしたら、己が今度はやっかまれてしまう。
だから彼女に進んで関わろうとする者は少ない。
ルべライトも必要最低限の接触しか今までしてこなかった、万が一何かあれば自分が巻き込まれてしまうからだ。
だから始めは、素知らぬ振りをして黙っていようと思っていた。
しかし目の前に再び浮かび上がってきてしまったのだ。
必死に助けを求めるサファイアの姿が。

他の者は関わろうとしないから、知ろうとしないから分からないのだろう。
彼女はとても純粋で、何事にも一生懸命な性分なのだと。
主の性格を考えれば苦労ばかりに違いないし、右も左も分からない状態でいきなり彼の配属になってしまった彼女の大変さは想像に固くない。
けれど決して卑怯な手など使っていない、彼女はいつも真っ直ぐ彼に向かっていた事は、この数ヶ月で何度も感じていた。
極めつけが今日の事件だ。
策を練る(タイプ)ではないが彼女もそれないに頭の回転は早いし且つ努力家だ。
物事には落ち着いて対処し、下準備も割りと細かい。

そんな彼女があれほど取り乱し、助けを求めてくるなど滅多に無いだろう。
現に彼女も周りが己を助けてくれないだろう事は既に悟っている、普段はそんなことなど世話役の二人やブルー以外にはしてこないのだ。
その二人のどちらにも頼れないという不測の事態。
それも主の命の危機を感じる、切羽詰まった状況だ。

これが他の補佐者ならば此処まで取り乱したりはしないだろう。
我が身に災難が降りかからない為には、腫れ物には触れるべからず。
恐らく非難されない程度の対応を取るか、若しくは端から関わらないように手を回すかもしれない。
何れにせよ必死になって助けようとはしないだろう、そう見えるように振る舞う事はあったとしても。 そう、それが彼女と私達の違いだ。
今ならルビーが彼女に服を送った理由(わけ)も納得がいく。
知ってしまった以上、ルべライトにはこれ以上口を噤む事が出来なくなっていた。
閉ざそうとすれば目の前に焼き付いてしまったサファイアの泣き顔が己の胸を締め付けてくるのだ。

「すみません…どう切り出して良いものか迷ってしまって…言い出す時機(タイミング)を逃してしまいました。」
「………そう。」

ほんの数秒だがクリスタルは間を置いて答えた。
彼女が何を思っていたのか、どう感じていたのか。
心境を察すれば自ずと答えは見える。
躊躇いながらも最後に口を開いた少女へ、これ以上の咎めは必要ないと感じた。

「で、ルビー様のご容態は?何か他に聞いている?」
「私が話を聞いたときは、高熱で倒れられてから意識が戻っていないと…
 なかなか熱も下がらなくて不足が予想される氷を前もって用意する為に来たようです。
 ……随分焦っていたのか、酷く取り乱した様子だったので、何とか落ち着かせて戻らせたのですが…
 あれから此方にはやって来ていない為、未だご病状は芳しく無いのかと……」
「意識不明の高熱ね…恐らくこの数ヶ月の疲労からきてるんでしょうけど…一度確認した方が良いわね。
 オニキス、後で私が確認してくるから、そのあとの事頼める?」
「分かったわ。」
「私も行きます!サファイアに、後で必要な物を持っていくと約束したので…」
「そう、じゃあ準備が出来たら声をかけて。」
「はい。」

さぁ、夜集会(ミーティング)を始めるわよ!
オニキスの声が大広間に響き渡り、今日の夜集会(ミーティング)が始まった。
クリスタルとルべライトが連れ立ってルビーの個室へと向かったのはその後である。


ズット一人ダッタ、ズット一人デ生キテキタ、ソレガ僕ノ全テダッタ。

今更何ニ頼レッテ?遠クデ僕ヲ呼ブアノ声ハ、一体誰ナンダ…?

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書けば書くほど、纏めるのが難しいなと思いながら書き進めてます(苦笑)
この辺りはもう少しざっくり進む予定をしてたんですが、いざ書いてみたらそれだと展開が思い切りすぎるなっていうのもあったりで、早速予定が微妙に狂い始めてます^q^
30話に到達する前にこの査定編を何とか切り上げたいですね…じゃないとマジで40話を超えてしまうwww
話数的にはまだ最長にはなってませんが、文字数がこの話多いので既に小説最長記録に達してると思います(ノω`;)今年中に終われるかな…?このペースだと明らか無理だけど!(笑)