Stubbornly Mind - 22

閉ざされた扉を前に立ち尽くす亜麻色の髪の少女は、言葉を無くしていた。
部屋の気温が一気に下がったかのようで、酷く空気が冷たく感じられた。
居合わせた選手(マスター)補佐者(サポーター)達も突然の出来事に開いた口が塞がらない。
変わらなかったのは穏やかに流れる時間だけだ。

「サファイア。」

背後から声をかけられハッと振り替えると、精悍な緑の瞳とかち合った。
察しているのか表情や声音に大きな惑いはない。

「大丈夫か?」
「えっ……はい、大丈夫と。」
「顔が強張っているぞ。」

頭をポンポンと叩き、少しだが柔らかい表情で言葉をかける。
その言葉と行為に先程までの呆然とした虚無感は徐々に薄れていく。
安堵の息が零れると頭に置いていた手を下ろし、グリーンは改めて少女に向き直った。

「余り気に病むな。今のあいつには常日頃の余裕がなくて苛立ちやすくなっている。
毎年あんな感じで機嫌がすぐ悪くなるんだ。」
「せやけど…」
「今年はまだ癇癪を起こしてないだけマシなくらいだ。お前が支えた分、アイツの心は幾らか穏やかだったのは間違いないさ。」

ルビーとはアイツが此処に初めて来た頃からの付き合いだ、俺が言うんだから間違いない。
そう少女に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
優しい言葉を受けても、サファイアの脳裏からあの冷たい眼差しが離れようとしてくれず、衝撃は未だ身体に残ったまま変わらない。
陰りが消えないその表情から、少女の心境を察してグリーンは溜め息を漏らした。

「ルビーの事は、どうか許してやってほしい。」
「えっ?」
「アイツは物心つく頃にはこの館に身を置き、誰よりも早く鍛錬を積んできた。
当主のセンリさんの息子という立場もあって、訓練そのものも厳しいものだった。
だから誰かに頼った事も無ければ甘えたことすらないんだ。」

自分が優しくされてこなかった分、人に対して優しくする事に酷く不器用であるが、きちんと仕事をこなす者や己を支えようとしてくれる者に対して邪険にすることなどない。

「今は何よりも疲労の重なりで自身の制御(コントロール)が難しくなっているだけだ。決してお前を嫌った訳じゃないから安心しろ。」
「グリーンさん…」
「アイツを、宜しくな。」

再び少女の頭をポンポンと叩くと、グリーンは静かに去っていった。
サファイアはその後ろ姿を追いかけるように視線を向け、静かに見送った。



いよいよ査定最終日となった。
今日は剣以外の道具を使った戦闘方式の選手(マスター)の日である。
此処に属する者も少数で、薙刀やヌンチャク、双棒(トンファ)等様々だ。
選手は全部で五人。
これで本当に館全員の査定が終了する。

『お願いやから、なにも起こらんで…』

昨日の今日で、ルビーとはあれからまともに話せていない。
しかし、彼の思いも汲み取ればその猛りは容易に想像も付く。
今はただ黙って彼のしたいようにさせようと決めた。
決めたのだが何故だか不安ばかりが募っていく。
恐らくそれは彼の現在(いま)の姿のせいだろう。
査定の初日と比べると所作が随分鈍いように思う。
普通の人間からみればほんの些細な違いだ、気付いていない者も多いに違いない。
だけど少女には分かっていたのだ。
何時、事が起こってもおかしくないのだと。
それはずっと側で彼の姿を見続けた彼女だからこそ分かったことだ。
しかし心の内には靄が立ち込めている為、怖くて仕方がない。
もし彼が自分の事を見限っていたら…
今はただただグリーンの言葉を信じる他なかった。

「どうしたよ?んな難しい顔しやがって。」

ハッと気が付き、少女は弾かれたように横を向いた。
其処には金色の双眸が此方へと向いていた。

「ごっ、ゴールドさん!」
「よっ天下のゴールド様だぜ。久しぶりだな。」

ニカッと何時もの軽い笑みで挨拶代わりにピッと二本指を立てる。
手には既に査定で使う為の戦闘用の長棒――薙刀のようになってはいるが、それよりも太くて短くなっている。――を手にしていた。
目の前では四人目の双棒(トンファ)――東洋の武術で用いられる、トの形をしている棒の事――の使い手、ペリドットが相対している為、彼の番ももう直ぐだった。

「ったくよぉ、今年に限って何で俺様が一番最後なんだっつーの!待ちくたびれたぜ。」
「あぁ、それは…ルビーが日程ば詰めてくれち言いよるから、日程弄ったらそうなったとよ。」
「それは理由だろ?そういうんじゃなくでだな…」
「じゃあ、どういう事ったい?」
「だからよぉ、時期が時期だからアイツが100%の状態じゃねぇだろ?戦ってもなんつーか、やり甲斐がないっつーか…」
「それは僕に勝ってから言って欲しい台詞なんだけどね。」

突然の声に驚いて思わず身体が飛び上がる。
視線を向けると防具を全て外し終えて、次の一戦の身支度を整えたルビーが立っていた。
手にはゴールドが持っている棒と同じ型のものがある。
初日でも見せた戦闘用の衣服に、灰白色の帽子も健在だ。
ついでに言うと、あの鋭くも深みを持った、人を嘲るような目付きも。

「驚かすんじゃねぇっつの!!いきなり沸いてくんじゃねぇよっ。」
「誰が沸いただよ。君たちが勝手に盛り上がって気付かなかっただけでしょ?」
「お前が気配消しすぎなんだろうが、何時もの感じだったら気付いてたっつーの。」
「どうだか。大体気配なんて別に消してないし、例え消していたとしてもそれに気付けないようじゃ、戦士としてまだまだだよね。」

手の内で棒を軽く弄びながら、ニヤリと含みのある笑みで金瞳の少年を見遣った。
言い方はムカつくが正論である為反論することが出来ず、ゴールドは押し黙るしかない。
言葉を詰まらせて奥歯を噛み締める他なかった。
その様子をほくそ笑んで見遣ると、彼らを背に戦闘領域(バトルフィールド)へと数歩足を進める。

「さぁ、最後は君だよゴールド。無駄口叩いてないで、さっさと準備してくれない?」
「良く言うぜ、待ってたのはこっちだっつーの!」

誘われるようにゴールドも後に続き、二人が離れていく。
その二つの背中を見送りながら、サファイアはいよいよこれで最後だと口唇を引き結ぶ。

『この査定ば終われば、しっかり休めるったい。ルビーも前のように笑いかけてくれるとよね…?』

祈るような気持ちで胸元で拳を握り締めるのだった。


道具を使った戦闘方式は初めてではなかったが、このゴールドの"棒術"に関しては今までのものとまた違っていた。
防具を身に纏い、技が決まるかどうかせめぎ合う薙刀とは違い、どちらかというと先日のレッド戦で用いられた方法と似ている。
例えるなら仮想現実感(バーチャルリアリティー)の世界であるような戦闘ゲームに近いのだ。

「何時も通り、先に相手の急所を射止めた方が勝ちね。」
「へっ、直ぐにケリ付けてやらぁ。覚悟しやがれ。」
「どうだか。何時も瞬殺されてるのは誰だっけ?」
「うるせーな!今年の俺様は違うんだぜ?!後で腰抜かしてもしんねーからな!」
「その言葉が嘘でない事を祈るよ。」

口許に笑みを湛えているが目は相変わらず小馬鹿にしたような色だ。
手にした武器で軽く空気を凪いで、立ち位置で軽く構える。
その姿は真剣ではあるものの余裕が見えており、見せ付けられたゴールドが熱り立っているというところか。
しかしゴールドの方も何時ものチャラけた雰囲気と比べると、戦闘形式(バトルモード)なのかかなり集中した面持ちだ。

――そう言えばゴールドさんの戦うとこも初めて見るとね。――

彼独自の戦闘様式(バトルスタイル)という事もあるので、エメラルドの時と同様何が起こるのかが想像の域を出ない。

「あーあ、またはりきっちゃってるわ。しょうがないんだから。」
「クリスさん!何時来よったとね??」
「たった今よ。そろそろ始まるかと思って抜けてきたの。」
「シルバーさんは大丈夫とね?」
「ゴールドよりもずっとしっかりしてるから大丈夫、サボるなんて事も無いしね。」

確かに、ゴールドは放っておくと好き勝手しそうだが、シルバーにはそういう想像(イメージ)がないなと思い、サファイアは成る程と苦笑を滲ませた。

「さぁ、役者は揃ったし始めようか。」
「ちょっと待ちなルビー。今日という今日はその帽子、取ってもらうぜ。今すぐ外しやがれ。」
「ちょっ、ゴールド!?何言い出すの!!」
「帽子…?どういう事と??」
「……それ、本気で言ってるの?ゴールド。」
「当ったりめぇだろ!俺は本気のお前に勝ってやる為に死に物狂いで訓練してきたんだぜ?」

だからその制限(リミッター)外しやがれ。
切っ先をルビーの眼前に突き付け、不敵な笑みでゴールドは挑発する。
一方なんの事だかさっぱり分からないサファイアはゴールドとクリスを交互に見つめ、真意を探ろうとした。
その仕草に気付いたクリスタルは、何時もなら見せないような不安と焦りを浮かべた表情で口を開いた。

「サファイアは、まだルビー様の帽子の中、見たことがないのね?」
「うっ…うん。そう言えば人前ではずっと外さんち、何でなんかと思うちょったけど…」
「……額にね、大きな傷痕があるの。」
「傷痕…?」
「その傷を受けた頃の事は詳しく分からないんだけど、塞がった痕もかなり生々しくってね。
 センリ様譲りのあの紅い瞳とつり上がった目と相俟って、対戦相手が皆戦意を喪失してしまう位迫力があるの。
 ルビー様本人も帽子で傷を隠している間は幾許か気を沈めているみたいなんだけど、外している時抑止力がなくなっちゃうのか…
 本来の実力が現れてしまうみたいで、尚更というか…」
「ちょっと待つったい、じゃあ今までの対戦はルビーの本来の実力じゃなかったって事と?!」

確かに査定期間中は服装は変えてもあの頭部を全て覆い隠す帽子は外す事がなく――最も査定期間以外でもサファイアの前では如何なる時でも外していなかったのだが――胴着や面を着用するときも一人その場を外し決して人前では着替えようとしていなかった事を、サファイアは思い返した。
面を外した時ですら、頭部にはタオルを巻いていてそれを取ったところは見たことがない。
余程人には見せたくない何かがあるのではないかと思った事もあったが、まさかそれが彼の本当の能力(ちから)を制限する為の物だったとは思いもしなかった。

「……本当、喧嘩っ早い所は全然変わらないよねゴールドは。別に構わないけどさ。知らないよ?後悔しても。」

本当に手加減出来なくなるかもしれないよ?
細められた目には冷たい光が宿っており、口許の笑みすらも消えている。

「…けっ、後悔なんかするかよ。寧ろせいせいするね!」

さぁ、おっ始めようぜ!!
至極楽しそうに微笑み、ゴールドは好戦的な言葉を放つ。
その言葉を受けて、ルビーはおもむろに帽子に左手を伸ばす。
掴んだ帽子はそのまま部屋の隅に投げ付けるように脱ぎ捨て、軽く髪を振り乱す。
現れた姿を見留て、サファイアは思わず息を飲んだ。
センリ譲りの黒髪が艶やかに光る中、右寄りの額の生え際に鎮座していた、生々しい傷痕。
それも何かに抉り取られたのか、傷痕も大きく鋭い。
極め付けは帽子を外したルビーの目だ。
瞳は燃え上がる焔のような紅色なのに、温度が感じられない冷たい輝きを放っている。
視線を当てられるだけでも息が詰まりそうだ。
感情の抜け落ちた表情で、言葉を放つ。

「さぁ…始めようか。」
「おうよ、何時でも良いぜ…。」

待ってましたとばかりに不敵な笑みを見せてゴールドは応える。
両者の準備が整ったと判断した審判役のパイライトが、怖じ気付きながらも何とか開始の合図を送る為に手を二人の間に翳す。

「たっ、只今より、本日の最終試合を開始します!!両者前へ!!」

掛け声を受け、双方はスッと立ち位置まで歩を進める。
一連の動作がまるで世界の時間が歩みを止めたかのように、酷く遅い動き(スローモーション)だ。
どうしよう、息が苦しい。

「………構え!!」

両者が武器を構えて体勢を低く取り始める。
ゴールドは武器を前に構えて、何時でも力強い一撃を与えられるように。
ルビーは身体の右側から切っ先を己の眼前に宛がうように左手を添えて、攻防共に直ぐに応じる事が出来るように。
そして、"始まり"が二人の間を駆け抜けた。

「……………始め!!」

振り上げられた手の合図で、最後の攻防が始まった。
木製の武器がかち合った甲高い音が空間に響き渡り、少女は己の身体の硬直が一瞬で解かれ意識が引き戻された。
一世一代の大勝負が、その幕を上げた。

コウシテコノ傷ガ(クウ)ニ触レルダケデ、鮮明ニ思イ出サレルンダ

記憶カラ決シテ消エル事ノナイ、コノ身ニ受ケタアノ日ノ衝撃ガ…

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五番手というか最終打は金色の奴でした(笑)実は彼だけは位置づけが最初から決まっていました。
最初を少し趣向を変えて始めたら試合開始直前で文章が終わりを告げましたwww本当無計画すぎる^q^
当初より1話伸びそうですねこれは、査定編に区切りをつけるまであと数話要しますので…25か26くらい?
しかし細かく1話でどれくらい進もうとかがこの先決め切れてないので…(またか)
流れは決まってるので、なるべくスムーズに行きたいところです^^;
さぁ、試合の結果は如何に…!!