Stubbornly Mind - 21

静寂しきった板間の空間に緊張が張りつめていた。
そこに人が居ない訳ではない。
ただ個々がその息を潜め、じっと成り行きを見守っているからだ。
夏を感じさせるような陽気の日から始まった査定もいよいよ十日目。
いつの間にか季節の変わり目を示す長雨の時期に差し掛かっており、空気が湿り気を帯びている。
肌が湿気に当てられてどうしても不快感が拭えないなと思いながら、サファイアは部屋の端にその身を置いていた。
八日目からは剣術系の選手(マスター)達の査定に入り、初日は戦闘形式の剣技で一刀流、若しくは二刀流で分かれて。
二日目は演舞形式と"フェンシング"と呼ばれる西洋の剣術の試合形式が行われた。
剣術三日目の今日は、一番数が多い"剣道"と呼ばれる東洋の剣術の試合形式のみの日である。

『剣道ば初めて見よるけど、凄か暑そうったいね。』

面・胴・籠手と呼ばれる防具を身に纏う為、見た目は物凄く暑苦しい。
実際査定を終えて面を外した選手(マスター)を見れば、額は汗で滲んで顔も火照っている。
その剣技を表現するならば、正に一触即発。
相手に竹刀を向けた状態で睨み合い、互いに間合いを探りながら足を運ぶ。
防具を着けた各所の何れかに、竹刀で一撃を与えることが出来れば勝利となる。
しかし防具をしているにしろ、あんなもので叩かれれば多少は痛いに決まっている。
勝利する為にも打たれる前に打て、となる訳である。
本日の査定対象者は四人。
勿論ルビーが直々に一人一人と一戦を交えるのだ。
既に二人が終了しているが、彼は休むことなくそのまま試合場に立ち続けている。
部屋の空調は機能させてはいるが、防具の中までそれが及ぶほど強力なものではない。
現に湿度の高さから常日頃の格好でいるはずの自分ですら、暑いと感じるほどの状態だ。
当然の事ながら彼に至っては己が発する熱気も相まって相当暑いに違いないのに。
華麗に一本を決めて此度の試合も双方の礼によって終息した。
もはやこの瞬間しかない、と思い立ったサファイアをは声を上げた。

「じゃあ次、ミスリル。立ち位置につい…」
「ストップ!ストップとよ!!一旦休憩を入れるったい!!」
「いきなり何だい?別に休憩なんて必要な…」
「駄目ったい!!こげに暑か日に水分も取らんと試合ばしよったら、幾らアンタでも脱水症状起こすとよ!!
 五分で良か、きちんと水分補給ばしてからにするったい!!」

お願いやから…
竹刀を持つ彼の右腕を両手で押さえ込むように握り締め、面で隠れて見えない彼の瞳に訴えかけるように懇願する。
彼女が真剣で一歩も引く様子がないことから、少年は少し思案した後溜め息を溢した。

「…分かったよ。ミスリル、少し待っててくれないかい?」
「わっ分かりました。」

突然の事に少し戸惑いつつも承諾する他ない。
言葉を受けたミスリルは己もその間楽に待つため面を外し、銀鼠(シルバーグレイ)の髪を振り乱した。
ルビーも面を外してサファイアが手にしていた水の入ったボトルを受け取り、口に含んだ。
常温よりは低く、しかし冷たすぎないように保たれている。
少し味がする所から、ミネラルも補給出来るように色々混ぜているのだろう。
水分補給に適したちょうごうが成されている事に感銘を受け、ふと少女を見遣ると安心した面持ちで此方を見ていた視線とかち合った。
すると罰が悪いのか少し戸惑ったような表情で視線を乱し、その後恐る恐る此方を伺うように目線を向けてきた。
目が合うとは全く思っていなかったのだろうが、そこまで驚くほどではないだろうに。
何故か無性に笑いが込み上げてきて、思わず笑みを溢してしまう。
すると更に目の前の少女は驚き、今度はオロオロし始めるのだ。

「あっ…えっと、アタシやっぱり余計な事ばしよったと??」
「いや、そんなことないよ。今のは単にキミの反応が面白かっただけ。」
「なっ!!面白かったってどういう事と!?」
「そうそう、キミはいつもそうやって負けん気全快でいれば良いんだよ。」
「何ねその言い種ば!アタシはアンタの事ば心配して…!!」
「分かってるよ。」

ずいっと目の前に差し出されたボトルに怯んで言葉を飲み込んでしまったが、確かに彼は今"分かった"と言った。
驚きを隠せないまま反射的に彼からボトルを受け取り、再び視線を彼に向けると既に面を被り直して準備を始めていた。
ボトルにはまだ半分ほど残ってはいたが、逆にまだ試合を控えている中で半分も飲んでくれたという事だ。

「ありがとうサファイア。行ってくる。」

面の奥に隠れてしまいその表情は見えないが、聞こえてきたその声はとても穏やかだった。
常日頃は冷たい物言いばかりで、刺々しい言葉ばかり放つ彼から、そんな声が聞けるなど思ってなかった少女は思わず赤面する。

「あっ…いってらっしゃいったい。」

少しは自分の思いが伝わったのだろうか。
最初の頃から比べると少しずつではあるが、彼が心を開いていってくれているのかもしれない。
試合場へと赴く背中を見送り、少女は思わず手にしていたボトルを強く握り締めた。



鮮やかに一本が決まり、部屋中に竹刀から放たれる甲高い音が鳴り響く。
互いの礼によって試合が終了し、選手(マスター)が場を後にしたその後ろ。
正座し精神を集中させている一人の青年の姿が視界に入った。
瞳はまだ固く閉じられており、気配を消しているのか余りに物静かで今の今まで全然気が付かなかった。

『次はいよいよグリーンさんったいね。』

先日の練習試合で既にその力の一端を見ているだけに、緊張が走る。
レッドとの試合以上に互いの隙を探り合う、正に一触即発の戦いとなるに違いない。
通常の戦闘形体と違い、剣道というものはどちらが先に技を決めるかを競うものだから攻防自体は穏やかであろうが…

『逆に嫌な汗ばかく焦れったい試合になりそうとね…。』

双方その持ちうる強さから想像するに、試合も長引くに違いない。
既に場を満たしている緊張感が、先程までとはうって変わって冷たく張り詰めている。
静かに両者が向き合って礼を交わす。
審判を務める補佐者(サポーター)のラピスラズリが、試合開始の合図を送り、始まった。

摺り足で互いの間合いを探り合いながら、剣先を相手へと向けて構える。
時折物打が交わり、竹が放つ独特の乾いた音が響き渡る。
双方面をしていることで外野からはその表情を伺うことは出来ないが、放たれる殺気が二人の凄まじい剣幕を感じさせる。
全身の毛穴が異様に引き締まり、心が落ち着かない。
足は軽やかに動いているように見えるのだが、緊張の為か両者の残像が視界に残り姿が定まらない。
頭がボーッとして、クラクラする。

『このままじゃいかんち。目ば凄か眩みよる…』

しかし視線を外すことが出来ず、まるで金縛りに掛かってしまったように身体が言うことを聞かない。
恐らくこの閉めきった空間で選手(マスター)達が発する熱でかなり室温も上がっているのだろう。
鳥肌が立っている為錯覚しがちだが、これは熱中症の症状に近いものがある。
先程の休憩の間に空気の入れ替えもしておくべきだった。
後悔先に後を立たず。
無情にも試合は時間が経つに連れて激しさを増していた。
時折強く打ち込みながら相手に詰め寄る為に激しくぶつかり合う。
その度に竹刀がかち合う甲高い音ばかりが響き渡るのだ。
殆どの者は打ち込むときに――己を勢い付け、また相手を怯ませる効果を狙って――掛け声を上げるのだが、この二人は日頃が寡黙である為か、ソレが全くない。
その状態で既に十分近く打ち合いをしている。
お陰で他の者よりも声を張り上げない分静かな攻防だが、放たれる覇気が尋常ではない為返って身に感じる危機感が強いのだ。

仕掛けたのはグリーンだった。
何かを見極めたのか、今までより大胆に強く踏み込んでいった。
そのまま竹刀ごと面に打ち付けるかの如く、激しく一撃が打ち込まれルビーが咄嗟に身構えた。
何とか防いだようだが、上から押し付けられるように降り下ろされており、その力を受け止めるのが精一杯のようだ。
双方日頃から鍛え上げている分、力はほぼ互角といって良いだろう。
ならば攻めている側に部があるに決まっている。
暫く耐えていたが、縦に降り下ろした竹刀を一瞬で横凪ぎに太刀筋を変えたグリーンが、その胴を射止める結果になった。
竹を割ったような、乾いた甲高い音が部屋中を駆け巡るように鳴り響く。
避けきれない事を悟っていたのか、ルビーは直ぐ様身を整え、グリーンの方に向き直った。
双方が審判の合図を受け、礼を交わす事により試合は終了したのだった。


ほんの一瞬だった。
元より相手の姿の見え方なぞ、数日前からそうは変わっていない。
だから休憩を挟んだ事やこの部屋の熱気に当てられた訳ではないだろう。
ないはずと分かっていながら思うように動かなかった己が肉体に、言い表せない憤りを感じた。
それも、いつもなら少なくとも目で追えていた筈だ。
身体だって万全の状態であれば直ぐに相手の攻撃に対して防御を取ることも、そこから直ぐに反撃する事も出来た筈。
しかし幾ら後悔しても思い直しても、勝負の世界は結果が全てだ。
出来なかったのであれば、それが己の実力だ。
一番やるせないのは、何が起こったのか分からなかった事だ。
言葉で言えば、記憶がないという事。
気が付いた時にはグリーンが己に向かって竹刀を降り下ろしていたのだ。
一体何が起こったのか。

『集中力が、途中で途切れてしまったのか。』

この程度の疲労など毎年の事だ。
今に始まった事ではなく、毎回同じように耐え抜いている。
去年まで無かった事で、今年にあった事。
つまり原因があるとすれば、去年までは決して取ることが無かった試合の間に取った休憩、という事になる。
自分の事を思ってしてくれた事だ。
彼女にそれ以上の他意はないだろうし、非があるわけではない。
だが、今の状態の自分には結果的には逆効果だったという事だ。

『自分ではそれほど重要ではないと思ってたんだけど、やっぱり査定の最中に一瞬でも気を抜くのは駄目みたいだね。』

実のところ、この査定期間に入ってからも睡眠時間に関してはわざと増やしていない。
下手に休息を取ろうとすればそれを火種に決壊するからだ。
寝不足にならない程度、必要最低限の睡眠をもって己の緊張感をずっと保ち続けている。
今崩してはならない。
否、崩れる訳にはいかないのだ。
握り締められた柄革がギギギと鈍い音を立てる。
瞳には先程垣間見せた柔らかい光は何処にも見当たらず、強い意思の篭った憤怒にもに似た激情が灯っていた。

「ルビー。」

背後から声を掛けられ、ハッと意識をそちらに向ける。
そこには面を外したグリーンが真剣な面持ちで立っていた。
恐らく今の僅かな猛りを感じ取ったのだろう。
その視線には咎めの色も見受けられる。

「お見事でした。流石グリーンさん、相変わらず太刀筋に迷いも乱れもなく、鮮やかでした。
やはり普段の鍛錬が足りなかったですね。」

気を沈め、何時もの口調で応える。
彼の強さは本物で、自分の落ち度で負けたのだ。
何度もそう言い聞かせ、頭の中には同じ言葉がグルグルと巡る。

「お前、本当は分かっているんだろう?」

どうしてこのような事態を回避しようとしないのだ。
口数少ない彼ではあるが、館でも長い付き合いだ。
言外にそう言っているのだろう事は感じ取れる。

「…だとしても、どうしようもない事ですから。」

己が全てを決められる訳でもない。
事態を打開するのであれば、制度そのものの改変が必要だ。
しかし、改変をする為にはそれに代わる打開策が必要となる。
残念ながら経営の予算の関係上、外部から査定の人員を調達出来る余裕はない。
また己を欠けば練習と同様各自の自己判断の世界になり、公平な査定とならないばかりか技術(スキル)の低下を招きかねない。
人数が各部門毎に多く揃っていればトーナメント制も取れるが、それぞれ少人数であるため技術向上(スキルアップ)を図る事が難しい。
より強い相手と戦っていくことで皆強くなるのだ、となれば自分以上に適任者など居ないという事になる。
館が今よりも更に大きな育成場という組織となるまでは、己が身を賭する他ない。
分かっているからこそ、どうすることも出来ないのだ。
ある種の憤りを度々感じたとしても、館の発展を己自身も望んでいる限り抑えるしかない。
スタスタとその場を後にしていく後ろ姿を、グリーンは苦々しい面持ちで見送る他なかった。

「あれ?るっ、ルビー??待つったい!」

己に声をかけることもなく立ち去ろうとする主の姿を、慌てて追いかける。
何とか早足で間に合ったものの、彼の視線は此方には向けられない。
何だろう、心がざわざわする。

「行くんやったらちゃんと声ばかけてほしか。まだ汗だって拭いてなかよ?……ルビー?」
「君は後片付けが残っているだろう、さっさと持ち場に戻るんだ。」
「えっ??でも……」
「君に一々世話を焼いてもらわなければいけないほど僕は無能でも何でもない。自分の事くらい自分で出来る。」

そう言い切ってそのまま部屋を出ていってしまった。
ピシャリと目の前で閉じられてしまったドアを、サファイアは呆然と見つめる他なかった。
その場に居合わせた選手(マスター)補佐者(サポーター)達も固唾を飲んで立ち尽くしていた。

折角近付ケタト思ッテイタノニ、今ハソノ背中ガトテモ遠イ

優シイアノ笑顔バ、記憶ノ彼方ニ消エテイキヨッタ

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四番手は予想の範疇だったかな?それとも外れたかしら?なグリーンさんです。
微妙に回を追うごとにスペ主キャラ達の出番が少なくなっている気がしなくもないですが^q^
ちまちまオリキャラというかモブキャラが増えているので、名前の管理が曖昧になってきてますww
今回は他の話とちょっと変えようと試みてます、次回も少し尾を引っ張るよ!(あくまで予定だけど)
しっかしこの話のルビー君は温度差色々激しい上に気分屋かwww
そして遂にやってきましたよ五番手、遂に奴がやってくるんだぜ\(^o^)/