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それは、少女が一通り此処での生活の仕方や基本的な仕事について聞き終え、正しくその作業に入ろうとしていた矢先の事であった。
腕を捲くり上げ、さぁやるぞと意気込んだ時に、 赤毛の短髪を持つ一人の少女が血相を変えて台所に駆け込んで来たのだ。 その様子が余りに唯ならないもので、息も絶え絶えながら、しかし何故かその顔からは焦りではない色が滲み出ていた。 一体全体何事なのか、全員の意識が彼女に向いた時だった。 息を切らした少女の視線が自分に向けられていることを悟り、少女は藍い瞳を揺らめかせる。 気が付かないうちに、何か悪い事でもしてしまったのだろうか。 だが、掛けられた言葉は意外なモノであった。 「あんたの配属、……ルビー様に決まったんですって。」 その言葉に周囲の者達は一気にざわめいた。 よりにもよって、最初の担当がルビー様ですって。 あの子も気の毒ねぇ。 今度は一体どのくらいもつのかしら。 そんな会話がちらほらと囁かれているのを聞き取った少女は、その"ルビー"という人物が一体何者なのかと思案した。 そもそも、 選手 自分の知識が正しければ、選手 なのに何故"様"付けでその人物が呼ばれているのだろうか。 何も知らない少女はただその突き付けられた事実にただ困惑するのみであった。 そこで湧き出るように思い出したあの言葉が頭を巡った。 分からない事は何でも聞け。 少女はすぐさま呆然と立ち尽くしている二人の元へと歩み寄る。 「クリスさん、イエローさん、一体どういう事とね?"ルビー様"って誰と?」 「…そっか、サファイアは来たばっかりだから知らないのよね。」 「サファイアさん、ごめんなさい…まさか最初にあの人の配属になるなんて思っていなかったので…今から説明します。」 申し訳なさそうな顔をして、黄色の少女は亜麻色の少女に向き直った。 その表情は心なしかいつもよりも引き締まっているように見える。 何かあるのだ、サファイアは直感的にそう感じた。 「ルビーさんは、この屋敷の御曹子、センリ様の一人息子である方です。」 「…御曹子?」 「はい。つまりこの屋敷で二番目に権力のお強い方、ということになります。 といっても、センリさんは普段こちらの屋敷にはいらっしゃらないので、実質的にはルビーさんが此処で一番権力が強い、という事になります。」 だから皆さんは敬語でお話するんですよ。 イエローは最後にそう付け加えた。 その表情は何処か淋しげに見えたのは気のせいだったのだろうか。 「"様"付けの理由は分かったとよ。でもなしてそれが…」 可哀相って言われる理由になると? 一体彼の過去に何があったと言うのだろうか。 そんなサファイアの疑問 「彼の補佐者 「途中で止めさせられた…っ?!なして!!」 「ルビーさんは自他共にとても厳しいお方なんです!!……だから、少しでも不純な点があればすぐに諌められるんです。」 向日葵色の髪が細かく震える。 彼に拒まれて去っていった娘 今でも"あの噂"だけは信じられない。 けれど、突き付けられるのはあれらは全て現実に起こっている"事実"だという事ばかり。 しかし、どうしてもこの少女にそれを打ち明ける事が出来ない。 その矢先だった。 側でその会話を聞いていた黒髪の少女――光の加減で金や銀の光を放つ不思議な色であった―― がいきなり声を張り上げた。 「あんなの諌めなんかじゃないわ!!ただの気まぐれよ!!!」 「パっ…パイラ!!貴女何を…っ!!」 「…だってそうじゃない。じゃなかったらカーネリアはあそこまで追い詰められなかったわ!!!…っあの娘がどれだけ苦しんだか……っ!!」 一通り罵声を浴びせた後、 パイラと呼ばれた少女――その名はパイライトという――は苦渋に満ちた顔を伏せて肩を震わせた。 まずい、このままではとんでもない"あの噂 向日葵色の少女は負けじと声を張り上げた。 「確かにあの人がやった事は許される事じゃないと思います!!……でも、本当は、あの人は優しい人なんです。」 「…そりゃ貴女達はあのお方に気に入られたんですもの。だから平然とそんな事が言えるんだわ! ……サファイア、一番最初の相手があの方だっていうのは凄く気の毒だけど、あの方の所に行くんだったらそれ相応の覚悟をしておいた方がいいわ。」 瞳に大粒の涙を溜めた少女は輝く黒髪を散らしながら、その場を後にした。 が、話を振られた当の本人は何が何だか全く分からず、ただおろおろと視線をさ迷わせるばかりであった。 ルビーという名前が出た瞬間、此処の空気がガラリと変わった。 彼の名はある意味持ち出す事は禁句 過去に一体何があったかは分からないが、"それだけのこと"が起こったのだという事実がこの有様を生み出しているのならば。 少なくとも普通の考えややり方では全く通用しないのだろう。 そんな厄介な相手が、自分の最初の選手 確かに、先が見えないだけあって恐怖はある。 あの悲痛な声を聞けば、正直身が竦む思いに自身がどうしても捕われてしまう。 しかし、そんなその場での感情に流されていては到底補佐者 相手が誰であれ、どんな状況下に置かれても。 己の意志を強く維持するだけの覚悟 ならば、今自分が成すべき事は一つ。 思いを固めた少女は瞳に意志 「クリスさん、イエローさん、お願いがあると。」 「なっ…何?」 「何でしょうか?」 急に声色を変えた少女の言葉に二人はたじろいだ。 何故自分だけそんな目に合わなければならないのか、 という抗議がやってくるのではないかという予感が一瞬過ぎったからだ。 やはり来たばかりの少女には荷が重過ぎるのではないのか。 しかし、帰ってきた言葉は二人にとって意外なものだった。 「そのルビー"様"って人の事、もっと詳しく教えて欲しかよ。」 「「…えっ?!」」 「あたしはセンリさんと……いや、あたし自身と約束したとよ。この場所で、補佐者 だから、此処で逃げる訳にはいかんち。 そう告げた少女は首を擡げた。 その瞬間、亜麻色の髪がふわりと靡く。 藍色の瞳には迷いの色など存在しなかった。 「相手がどんな人物 二人が知ってる事、全部教えて欲しいったい。 少女は真剣な瞳を向け、懇願した。 その時二人は直感的にそういうことかという閃きを感じた。 だから、彼女が選ばれたのだという、ある意味確信に近い物を。 二人の少女は息をすくませて、目の前に立つ亜麻色の少女を見つめていた。 陽も暮れようとしていた午後の夕べ、外にはほんのりと闇が広がり、 あと数十分もすれば帳は完全に落ちてしまうだろうという頃だ。 まだこの時期、夜間時には長袖が手放せないほど寒波に度々襲われる地域であったこの辺り一帯には、 ほんのりと霧が立ち込めてきたかのように霞がかっていた。 亜麻色の少女はとある部屋の窓から空を見上げていた。 置かれている家具は装飾が艶やかな物ばかりで、そこかしこにある調度品も並の物ではない。 置物からテーブルクロス、カーテンに至るまで全て一流品が揃えられている。 更に冷暖房や冷蔵庫、奥には脱衣所と浴槽、 それと簡易だが台所 他の選手の部屋とは明らかに格調が桁違いであるこの場所 ――しかし少女にとっては初めて入った部屋だったので、その差異は分からなかった――に、 肝心の主は居ない。 同じ補佐者 一流の選手でありながら、 それら総てを統轄する主人 父親ほどではないが、こちらに滞在する時間よりも派遣されている時間の方が圧倒的に長い、 という話を聞いて、少女は少し安堵した。 急ぐ必要はない。 着実に自分に与えられた仕事をこなし、準備を持って彼を待ち受ける事が出来るからだ。 既に掃除や洗濯、備品の整理から風呂の準備に至るまで全て終えた。 後は、彼の帰りを待つだけだった。 その対談がどういうもので、一体どのくらいの時間を要するのかは定かではないが、 いずれ帰ってくるであろう事はまず間違いない。 ならば、心の準備さえ済ませておけば、まず相手に引けを取ることはないだろう。 相手も一人の人間だ。 こちらがそれ相応に対応していくことが出来れば、充分勝機はある。 そう違いないはすだ。 何度も何度も自分に言い聞かせるように、思考の中で復唱を重ねる。 ガチャリ。 その時背後に響いた金属音に、少女は身を大きく震わせた。 ドアノブが回り、扉が開く音が響く。 主が帰ってきたのだ。 相手は立場上の威厳と共に相当言論術に長けているという話を、既に彼の二人から聞かされている。 まだ心の準備が出来ていないのに…。 下唇を噛み締め、しかしいつまでもそうやっている訳にはいかないと気を引き締める。 そして、半ば恐る恐る――しかしその態度には決してそんな素振りを見せないように――後方を振り返った。 自分ノ中ノ何カガ叫ンデイタンダ ソノ兆ヲ逃スナトイウ猛リヲ… back next close
このお話の欠点と言えば、登場人物がべらぼうに多いという所です(苦笑)
基本的にスペキャラ以外は全部脇役なので大した動きもなければ影響力もないっちゃないですが(^^;) しばらくは特に覚えておけっていうキャラは出ないはずなので、第三者的なものだと思ってスルーして下さい(えっ) さてさて、次回はいよいよルビー様ご降臨です、が、此処が15禁を貼らざるを得ない原因シーンその1です(…) |