Stubbornly Mind - 1

一面を白で統一された洋の空間。
飾られた品々はどれもきらびやかで、名高い高級品で揃えられているのだろう事は容易に想像出来た。
コツコツと響く足音は、大理石の床から放たれた反発音。
首を擡げるような背高い天井から帰ってくる反響音は低く、鼓膜をじんわりと震わせていく。


亜麻色の少女は今一人の女性に連れられて廊下を歩いていた。
女性といっても、少女よりいくらか年上だろう年端であり、端正な顔付きの中にまだ幼さを残していた。
栗色の長髪を靡かせた彼女の名前はブルー。
水色とクリーム色で統一されたメイド服のような衣装に身を包んでいた。
膝を隠す程の、地に真っ直ぐ伸びたスカートからは白いフリルが顔を覗かせていて、 白い脚には綺麗な刺繍とレースで配われたソックスを履いている。
その表情は晴れやかで、自信に満ち溢れている。
その名の通りである青の瞳が、傍らにいた少女を映し出した。

「あなた、確かサファイアだったわね。どう?気分は。」
「あっ…大丈夫でございます。」
「やだ、何よそよそしくしてるの。センリ様ならともかく、あんたとあたしはただの先輩後輩。普通にしてなさい。」
「あっ…でも……」
「本当に家主へのケジメを付けたいなら尚更。尊敬語と丁寧語の区別くらいつけなさい。あんたにはこれからビシバシ働いて貰わなきゃいけないんだから。」

変な所でストレス溜めて貰っちゃ困るしね。
栗色の髪を靡かせながら、少女は薄く笑みを讃えた顔で傍らの少女を見遣った。
要は、これから苦労を共にする仲間、余計な気遣いは無用だと言いたいのだろう。
それに、彼女はとても気さくで朗らかな性格のようだ。
きっと自然体で接していった方が、これからの生活で余計な苦労をせずに済むのだろうな。
少女は自身の藍い瞳で改めて彼女の目を見つめ、硬くなっていた表情を崩して答えた。

「……分かったと。よろしくお願いしますったい、ブルーさん。」
「分かればよろしい。」

フフンと鼻を鳴らしながらブルーは微笑んだ。
彼女のそんな姿を見ていたら、何だか今まで考えていた不安が一気に拭い去られるような気がした。
これからこの場所で彼女達と生きていく。
ただ生きるだけじゃない、補佐者(サポーター)としての職務を背負って、 その志の元ありとあらゆることを成し遂げていかなければいけないのだ。
まだ年端もいかない幼い少女にとって、不安にならざるを得ない過酷な状況。
当然言い知れない恐怖と不安が身の内をのた打ち回る感覚を覚えてしまう。
そんな心境である自分に彼女のような温かくも諭したような言葉は、至極ありがたいことだった。
誰しも不安を感じてしまう。
だが、決して一人ではないのだということ。
その澄ました様で自信に満ちた笑顔を見ると、 強張っていた心身(からだ)からふっと力が抜けていく。
サファイアの顔にも、自然と笑みが浮かんだ。
そうこうしているうちに、長い外廊下を渡り切って、大きな扉のある部屋の前までやってきてしまっていた。
まるで歴史絵画に描かれているような、細かな彫刻の施された大扉には、鉄製の輪状の取っ手がついている。
栗色の少女はその輪に手を掛け、軽く打ち鳴らした後扉を手前に引いた。

「此処が中央の大広間、食事の準備とか打ち合わせとかは全部此処でやるわ。」

開け放たれた先に広がっていたのは、開放感溢れる硝子窓がずらりと壁を埋め尽くした光の部屋。
そこには十数人は座れるであろう長く大きいテーブルがあり、既にそこには少女達が集っていた。
誰もが皆色やデザインは異なるものの、世話係として最も適当であるメイド服のような物を身に纏っている。
何対もの瞳が、こちらに向けられ、亜麻色の少女はその視線の多さにドキリとしてしまい、たじろいでしまった。

『あっ……何かあたし、場違いなとこばおるんやなかとと?』

自分と年端の変わらないはずなのに、彼女達はまるで別世界の人間のように見える。

世界を相手に己の能力(つよさ)を発揮する為に訓練を受けている選手達。
そんな彼らの"身の回りの世話から訓練の指導"までの全てを担っているのが、 彼女達"補佐者(サポーター)"なのだ。
果たして、今まで普通の暮らしをしていた自分なんかに、そんな大役が務まるのだろうか。
輝かしい姿をした彼女達を前にして、サファイアは急にとてつもない不安に襲われてしまったのだ。

「はい、皆注目〜!今日は最初に新入りを紹介するわ。"サファイア"よ。皆仲良くしてあげてね。」
「あっ…よっよろしくお願いしますったい!」

ブルーにいきなり紹介された事に驚き、挙動不審な様で深々と頭を下げてしまった事に少し後悔しながら、 サファイアは周りの反応を伺っていた。
声はない。
恐る恐る伏せた顔を上げてみると、ただこちらをじっと見ている凛々しい面々がずらりと並んでいるだけだった。
そういえば聞いたことがある。
此処は選手の養成だけでなく、補佐者(サポーター)の養成も兼ねて行っていて、 優秀な者は担当の選手と共に、または単独で派遣されたりする。
しかし、適任職だと認めて貰えなければ辞めさせられていく所だと。
つまり、普段からこのような出入りは日常茶飯事起こっている事であり、 自分のような者がやってくる事は特別珍しい事ではない。
要は此処で一人前としてやっていけるかどうか、それだけが問題なのだ。

「じゃあ、あたしはこれから貴女の担当を誰にするか相談してくるから。今日から此処で頑張って頂戴。イエロー、クリス、こっちに来て。」

ブルーが集団の中から呼び出したのは、向日葵色の長髪を高く結い上げた小柄な少女と、 藍色の髪を二つに束ねた、サファイアと同じくらいの少女であった。

「分からない事があったら、全部彼女達に聞くといいわ。」

じゃああたしはこれで。
そういって栗色の髪を靡かせながら青い瞳の少女は去って行った。
今まで自分の"側"に立ってくれていた彼女を失い、サファイアは困惑気な表情で視線を泳がせる。
そこへ穏やかな表情を讃えて、二人はゆっくりと近付いてきた。

「サファイアさん、ですよね?」
「えっ……あっそうとよ!」

最初に声をかけてきたのは向日葵色の少女。
陽の光のように鮮やかで眩しげな長髪をしているのに、 光の加減で鮮やかな翠色の輝きを見せるその漆黒の色は不思議な感覚をもたらしている。
幼顔の少女は晴れやかな笑顔で、亜麻色の少女に話し掛けた。

「僕、イエローっていいます。これからよろしくお願いしますね。」
「私はクリスタル、クリスって呼んでね。」
「よっよろしくったい!」

緊張で少し声が上擦っていたが、 二人の気さくで優しい接し方のお陰でサファイアは明るい声で返事をすることが出来た。
僅かながら笑みを浮かべて。

「分からない事があったら、本当に何でも聞いてくださいね。」
「あっ…うん。でもあたし補佐者(サポーター)になれる自信全然なかとよ…」
「初めは誰でもそうよ。誰だって最初から完璧にこなせる訳じゃないもの。大切なのは、全力を尽くそう、補佐者(サポーター)として選手(マスター)を支えていこうっていう姿勢よ。」

だから、一緒に頑張りましょう?
藍色の髪を揺らせながら、クリスは笑顔で少女の手を取った。
サファイアはその時、彼女の瞳が蒼く、それも硝子玉のように透き通っている事に気がついた。
名が体を現すとはよく言ったものだが、彼女達は正しくそういったもののように感じる。
勿論、自分に与えられたように彼女達の名前も此処での"特別な名前"であるのだが。


「誰の担当になるかで、またやり方とかが変わってきますけど、 とりあえず基本的な食事や掃除の事から始めていきましょう。」
「何処に何があるのかも説明しなくちゃね。大丈夫、すぐに慣れるわ。」
「ありがとったい、イエローさん、クリスさん。」

亜麻色の少女は、不安な気持ちを押し込めて、精一杯の笑顔で応えた。
二人ともとても優しい人だ、自分さえちゃんとしていけばきっと大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせたのだ。
やがて、三人の少女は大広間から姿を消していた。




「現在正式な補佐者(サポーター)が居ないのは、アメシスト、クレアラム、トパーズ、メノウ、それにルビー様ですけど…」

一体誰にするのですか?
長い栗色の髪を無造作に掻き上げながら、少女は書類(リスト)を見遣った。
肘掛け椅子に優雅に座っている様は、正に王者の風格を表しているともいうべきか。

ふと少女が視線を向けたその先に座っているのは、この館の当主である男であった。

両肘を格調高い木彫りの細工が施してある机に付け、手を顔の前で組んでいる。
その様は極険しい物になっていた。
少女には分かっていた。
此処にやってくる選手及び補佐者(サポーター)の事については全てこの男から聞かされている。
それは彼女が此処で暮らす"外部出身者"の中で最も地位の高い位置付けであるからでもあった。
だから勿論、センリの言葉を受けずとも、彼女にはかの少女を誰の配属にするかという決定を下す事が出来るのだ。
それを敢えてせずにいるのは、彼女では少女を"彼"の配属にする為の決定権を持ち合わせていないからだった。
そう、この館の中で立場上唯一逆らう事が出来ない、"内部出身者"。
それはこの男と、その"(むすこ)"であった。

「私には彼に対する事で最終的な決議を下せません。主上がお決めになって下さい。」

私は逆らうつもりはございませんから。
穏やかな表情で少女は手元から書類(リスト)を手放し、視線だけを男に向けた。
もはや何も言うまい。
固く口を閉ざした彼女を見遣り、男は最後の決断を下さねばならなくなった。

「…あの()は大切な親友の娘だ。出来れば無難な道を歩ませてやりたい。…だが、これ以上時を持て余す訳にはいかないんだ。」

彼女に、全てを賭けよう。
苦虫を噛み潰したような苦しげな表情で、男は瞳を伏せた。
まもなく、一枚の書類にとある記述と押印がなされる事となる。

『本日、五月十五日をもって、"サファイア"を"ルビー氏"の配属とすることを此処に証明する。』

今まで幾度となく書かれたこの書類は、全て闇夜へと消え去っていった。

「果たして、この選択が吉と出るか凶と出るか…」

一世一大の見物よね。
一人の少女が青い瞳でその書類を眺めながら、白い廊下を歩き去っていった。

茨ガ生イ茂ッタ険シク過酷ナ道ノリガ

一人ノ少女ノ行ク手ニ憚ロウトシテイタ

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今回の主人公はどちらかというとサファイア視点が凄く多くなりますのでサファイアという事になりますかね?
僕としては結構珍しいパターンかも(笑)でもたまにはいいじゃないですか
一人一人のキャラを上手く使っていけるかどうか、さてお手並み拝見な感じですねww
…てな感じで、とりあえずこの話の世界観を読者にいかにストーリーで分かって貰えるかっていう勝負です(笑)