Stubbornly Mind - 18

夏が近付き、爽やかだった朝も日を追う毎に体感温度が上がり汗ばむようになりはじめてきた頃。
亜麻色の髪を靡かせながら、少女が一人だだっ広い部屋で忙しなく右往左往していた。
朝食の準備が整った頃を見計らって、既に着替えを済ませた少年が席へと足を運ぶ。
その気配を感じ、少々焦りを感じながらも急いで食卓へと膳を並べていく。
それというのも予想より早く主である彼が早起きしたものだから、更に慌てて朝食の準備を始めた為、 いつもよりバタバタと慌ただしくなってしまったのだ。
何とかヘマをする事なく準備を終えると、軽く片付けをして少年と同じく席に腰を下ろす。
新聞に目を通していた少年は、その気配を感じて机の片隅にそれを追いやり、漸く視線を食事へと向けた。

「終わった?」
「あっ…うん、終わったとよ。」
「じゃあ、頂きます。」
「…頂きますったい。」

わざわざ待っていてくれたようで、幾分申し訳なさを感じながらサファイアも朝食を摂りはじめた。
普段は己が起きる前、或は朝礼(ミーティング)までは居たとしても、 終わる頃には既に出掛けてしまっているので、彼と朝食を摂るのはこれが初めてだった。
だが、時々共にする夕食の時も、彼は己が席に着くまでいつも待っていてくれるのだ。
相変わらず何を考えているのか分からない節があるが、そういう所は律儀だなと常々思う。
口を開けば嫌みの一つや二つは当然のように出てくるのだが、 それは言わば彼なりの精神的圧力(ストレス)発散方法であり、 己を罵倒したり暴力を奮って来たことは初めて会った時以来ないのだ。
それ故、何だかんだと彼の事は憎めないままなのである。

食卓に並ぶのはベーコンエッグと炒めたウインナーに添え物の野菜、 昨日作ったミネストローネの残りとフレンチトースト、 それと朝礼(ミーティング)後、食堂に立ち寄った際に頂戴してきたクロワッサンだ。
今日は熱量(カロリー)消費が多い一日だろうからご飯も炊いているが、 洋食の中に混ぜ込むのも些か均衡(バランス)が悪いので、 後でおにぎりを作ろうと準備している。

「査定は十時からやのに随分と早起きったいね。折角やからもう少しくらい寝てても良かとやのに。」
「まぁ習慣的に目が覚めちゃうし、ダラダラしてたら返って引き締まらないしね。
 それに準備運動(ウォーミングアップ)の時間も必要だから丁度良いんだよ。」
準備運動(ウォーミングアップ)?」
「運動らしい運動するのは半年ぶりくらいだからね。
 基礎練習はなるべく欠かさずにしてきたけど、競技となると感覚取り戻す為に少し時間が必要だから。」

…今彼からとんでもない言葉が出なかったか?
あの多忙な日々で基礎練習を怠ることなく続けていたというのか。
己の知らぬ所での彼の努力に目を瞬かせるしかない少女は、目の前の少年を凝視するしかなかった。

「査定時間まで準備運動(ウォーミングアップ)や慣らしがしたいから、 後で訓練室を一部屋借りておいてくれない?
 どうしても無理そうだったら、査定部屋を押さえといて。」
「わっ分かったったい!」

という事はゆっくりしている場合ではない。
とりあえず早々に食事を済ませて部屋の貸出管理を調べなくては。
片付けやおにぎり作りは後回しだ。
サファイアは急いで食事を掻き込み始めた。


一通り査定に必要な用具を手に、サファイアは主と共に訓練室を訪れていた。
毎年の事なのかそれとも予測していたのか分からないが、予めブルーが査定部屋を朝から押さえてくれていたので、 主が準備運動(ウォーミングアップ)をしている間にこちらの準備も始める事にした。
倉庫に普段仕舞われている折り畳み式の長机(テーブル)やパイプ椅子などを運び込み、そこに記録用紙や筆記具、 査定時間を管理するタイマーと現在時刻を確認する為の置き時計をそれぞれ並べる。
備品室から持ってきた、持ち運びの出来る小さな冷蔵庫を配置し、いつでも冷たい飲料を飲めるようにしたり。
横には保冷箱を用意し、怪我をした時に冷やせるように保冷剤を入れたり。
何度も一階と行き来をして準備を進めている間に、時折少年の様子を横目に観察していた。
柔軟運動、腹筋や背筋などの準備運動を三十分程行い、その後精神統一を兼ねてなのか"構え"を取りはじめた。
今日は柔道や空手を始めとした肉弾戦関連の選手(マスター)達の一日目の日だ。
流派の幅も広い為、道具を使わない体術系の格闘技は計四日間に分かれている。
特に今日は先日その体術の一端を目の当たりにした、あのレッドが査定人員に含まれている。
館内でも首位格(トップクラス)の体術を持つ彼が初日というのもどうなのかと思うのだが、 彼の希望通りに組んだ日程なのだからこれ以上気を病んでも仕方ないだろう。
格闘技の事を殆ど知らない少女にすら、彼の構えのキレ良さは肌で感じられた。
目を奪われるような鮮やかさと素早さに、身がすくみそうな覇気が篭っている。
いつもと同じなのは頭に被っているあの帽子だけで、戦闘用なのか上半身は袖無しの胴衣に二の腕から手の甲を覆う袖を纏い、 下は少しダボついた長ズボンを着用している。
足首の所は絞られている造りだから、動き易さを考慮したものなのだろう。
常日頃は格式(フォーマル)な格好しか見受けられないものだから、その姿が何処か新鮮さを感じる。
知らなかった彼の一面を目の当たりにし、改めて彼の持つ強さを実感したサファイアだった。


空手の選手(マスター)の査定は、 瓦割りなどの枚数の測定や突きや蹴りを実際に受けるという方法だった為、順調に進んだ。
一人一人の力量を見極め、点数を付けていく。
サファイアは彼の終了の合図――相手の動きを封じて弾き飛ばした後、 唐突に名前と点数を告げるという終わりなのだが――を受けて、用紙にそれを記入していった。
柔道の査定に入ると、ルビーは胴着の上着だけを着用した。
柔道において"掴み"はとても重要で、彼のような身体に密着した衣服では対等とは言えないからだ。
勿論柔道の選手(マスター)誰ひとりとして、彼の胸元に手を掛けられないまま終わったのだが。
その余りの鮮やかさと俊敏さに、サファイアはただただ驚く事しか出来なかった。
言葉で聞いていた、いや、それ以上であった彼の強さに感服する他がなく、 時折己の仕事を忘れてしまう程見入ってしまったのだ。

予定人数の五人の内四人が終了し、いよいよ"彼"の出番となった。
ルビー自身も彼には一目置いているのだろう、先程までと明らかに顔付きが引き締まっている。
レッドは軽い足取りで立ち位置までやってきて、スッと背筋を伸ばして立つ。
目を閉じ浅く呼吸をし、開いた目で眼前の相手を捕らえた。

「お久しぶりですね、レッドさん。」
「あぁ。しばらく忙しそうだったみたいだが、身体は大丈夫か?」
「ご心配には及びませんよ。もう十分準備運動(ウォーミングアップ)は出来ましたから。」
「そっか。なら良かった。今年は良い顔をしてるし安心したよ。」

言葉の真意を図りかねるのか、紅目の少年は小首を傾げる。
その姿を微笑ましく思うのかレッドは一瞬薄く笑うと、力の篭った瞳で相手を見据えた。

「じゃあお手合わせ願おうか、主人(マスター)殿。」
「何時でも良いですよ。何処からでもどうぞ?」

まだ余裕があるのか、その表情は柔らかい。
が、その瞳には覇気があり一切気を抜いていない事が分かった。
これから始まるのは、この館で体術系の一番の大勝負だ。
自然と緊張で身体が強張っている事を感じ、サファイアは口唇を噛み締めたのだった。


無差別体術系格闘技という種別(ジャンル)だけあって、 攻撃方法は道具を使わなければ打ち(パンチ)蹴り(キック)何でも有りだ。
勝敗の得点(ポイント)は相手へどれだけ痛手(ダメージ)を与えたか、 客観的に判断して決める。
打ち込まれた攻撃がどの程度相手に痛手(ダメージ)を与えたのか、その等級毎に得点が決まっており、 試合中に加算されていく。
合計10得点(ポイント)を得た時点または相手を圧勝(ノックアウト)させた段階で勝利が決まる、という形式だ。
既に柔道の胴着は脱ぎ捨てられ、ルビーは腕を覆う袖の手元を念入りに確認していた。
中指を支点に肘へと向かって袖が伸びている造りで、しっかりと留まっていなければ腕の動きに支障が出るからだ。
会話の中で確認を終えると、両者はそれぞれの位置に着き、そして構えた。
後は開始の合図だけだ。
気圧されそうな己を落ち着かせる為、目を閉じて静かに一呼吸する。
顎を引き、サファイアは本日最後の掛け声を上げた。

「これより、本日の最終戦を行います。両者前へ。」

開始の合図と共に、戦闘が始まった。


先日レッドとグリーンが話していた事の意味が、漸く体感し理解出来た。
あの時の攻防も凄かったが、今はそれ以上に迫力があり言葉を失った。
繰り出される打ち(パンチ)蹴り(キック)の速さや威力は目と耳で十二分に感じられ、 回避や受ける所作も素早く的確である。
そして何より、先程までの査定が生温かったのだと悟らざるを得ない事に驚愕する。
この二人の段階(レベル)がそれだけ他の者と比べて高すぎるのだ。
レッドの渾身の足蹴りを悟り、ルビーは軽やかに後ろに反り返るように身体を転じた。
その身のこなしが余りにも鮮やかで素早く、着地も軽やかであり目を奪われる。
先程まで見せていた余裕が消え真剣な面持ちをしていた姿を見て、サファイアは静かに喉を鳴らした。
距離を取って着地した直後、力強く地を蹴り突進(ダッシュ)する。
その勢いを利用して繰り出された拳が、細身ながらも屈強な肉体を持つレッドの身体を押し出した。
受け身を取ってはいたが、あれはかなりの衝撃だろう。
痛みを堪えているのかその表情は少しばかり歪んでいた。

攻防が忙しなく続いてはいるが、 どれも決定的な一撃にはなっておらず痛手点数(ダメージポイント)として計数(カウント)されていない。
時間だけが過ぎていき、解かれない緊張の糸が張り詰めて息苦しい。
背を流れる雫を感じながら、固唾を飲んで見守るしか術がない事がもどかしかった。
何故決定的な一撃が打てないのか、それは互いの実力が高い故に一瞬の隙が命取りになるからだ。
大技はどうしても動作(モーション)が大きくなり、隙が生じやすい。
気を抜けば足元を救われてしまうのだ。
分かってはいるものの、どうしても心は早く決着が付いて欲しいと思ってしまう。

仕掛けたのはルビーだった。
攻撃を避ける為に反り返るように身体を転じた反動を使って上へと飛び上がる。
すかさず身体を前へと転じ、頭上から踵落しを繰り出した。
素早いその一撃をレッドは何とか両手をバネのように使って弾き返す。
体重と遠心力を使った激しい衝撃を何とか返したその時だ。
弾かれたように思われた身体は横方向へと捩られ、鋭い紅い瞳と視線がかちあった。 目を見開いた時には少年のしなやかな腕が、踵落しを弾いた反動で鈍っている腕へと伸びてきて手首をがっちりと掴んでいた。
このままでは腕を持って行かれて肩の間接を痛めてしまう。
本能的な危機を感じ、レッドはルビーが身を捻った方向へと己の身体を同じく転じた。
無理矢理動きを合わせた為、上手く着地を出来ずにレッドは半ば体勢を崩される形で地に足を付いてしまった。
空いた手を添えた為、尻餅を着かなかっただけマシだろう。
だが、これが決め手となってしまった。
目の前には鮮やかに着地を決め、 何時でもその腕を捩曲げられるとばかりにがっちりとレッドの手首を押さえているルビーの姿があった。
既に力が入れ辛いように手の方向は返されている。
彼にこのように捕われてはまともに逃げる術がないであろう。
観念したのか、白旗の代わりにレッドは空いた手を宙に掲げた。

「しょっ、勝負あり!降参(ギブアップ)の為、勝者ルビー!」
「ありがとうございました。」
「…ありがとう、ございました。」
「流石だな、ルビー。まんまとやられたよ。」
「いえ、(パワー)の面ではレッドさんの方が上でしたよ。
 去年よりも更に強くなってますから、下手したら僕の方が押し流されてましたよ。」
「それを補う為に、身軽さを利用して…か。お前は合気道の達人だもんな。まんまと利用されちまった訳だ。」

声を交わし、しばらく見つめ合った後、互いの強さを讃えるように握手した。
激戦に幕を閉じ、査定初日は終了したのだった。

今マデ知ラナカッタ彼ノ姿ハ眩シイクライデ

気付カナカッタノハ眼ヲ背ケテイタカラナノカ、ソレトモ…

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駆け足で進みます"査定編"wwまさかの初っ端がレッドさんって一体どういう展開さね^q^
(完全に気分で彼を選択してしまっただなんてそんなww)
この後の順番とか誰を出すかとか、その都度考えながら書いてます(えぇぇ)
最後だけ奴にしようと思ってはいますがね…?誰ってそりゃあアイツだよ(分からんわ)
今年中に終わるかな"査定編"…(終わらせようという気は無いのかお前)