Stubbornly Mind - 17

小型電算機(コンピューター)入力機械(キーボード)からカタカタと 周期的律動(リズミカル)な音が奏でられ、八畳程の執務室に響き渡っている。
少女の細く長い指が、慣れた手つきで文字を叩いてる音だ。
書類と出力画面(モニター)の間を視線が頻繁に行き交う為、その様子は忙しなく見える。
一通り事柄を入力し終えたようで、その手の動きが止まって更にほんの少し経ったその時だ。
扉を軽く叩く音が彼女の耳に届いたのは。

「はぁい、どなた?」
「サファイアとよ。」
「あら、どぉぞ?」」

カチャリと扉が開く音がし、内側に押し出されたそこから亜麻色の少女が姿を現した。
視線を目の前の書類から彼女に移し、青い瞳がその姿を捕らえる。

「いらっしゃい、ご用件は何かしら?」
「えと…例の査定の日程ば組めたち、確認して欲しくて来たとよ。」
「あら、早かったのね。感心感心。見せて頂戴?」

サファイアは恐る恐る歩を彼女の机の前まで進め、手にしていた日程表を差し出した。
栗色の髪を左手で少し掻きあげながら、ブルーは右手でそれを受け取った。
そこに記されている日付と査定時間、そして受ける人員(メンバー)を順番に目で追い確認する。

「あら、なかなか良く出来てるじゃない?配分も申し分ない感じだけど…良く上手く組めたわね。」
「…実は昨日、明日ブルーさんに見せようち思ってアタシが作った仮の奴ば、 運悪く帰ってきたルビーに見付かってしもうて…」
「成る程、先に訂正されたって事ね。」
「……そうったい。」

そういう事ならば、一覧は既に主好みの配分になっていてもおかしくない訳だ。
先程感じた違和感の正体が分かって、少女は笑みを浮かべた。
何でも出来ると言われる天才ではあるが、やはり彼の少年にも"好み"というのもはある。
特に彼の場合は競技よりも選手(マスター)のえり好みが激しいので、 幾ら競技が同じでも絶対同じ日に査定したくないという組み合わせがある。
それも一つや二つではないから面倒な事この上ない。
何の情報もなくそれを全て避けて日程を組むことは不可能だろう。
彼が既に内容を確認済みなのであれば合点がいく。

「…やけんどアイツ、変える理由ば個人的過ぎったい。
 どうしてもって言うち、仕方なく変更ばしよったけど、やっぱり何か納得いかんとよ。」
「あら、言い合いにでもなったの?」
「そこまではしとらんと。ただアイツの言い分に呆れて物が言えんくなってしもうて、仕方なくそうしたったい。」

今思い出しても胃がムカムカする。
昨夜の事をつい今し方あった出来事であったかのように脳裏に浮かべて、 藍色の瞳の少女は唇を真一文字に引き結んだ。


「……よし、とりあえず出来たったい。後はアタシ一人が考えても分からんち、 ブルーさんに見て貰うとよ。」

部屋の片隅に置かれている執務机の上には消し滓が散乱している。
手にしている用紙の格子状になっている枠組みの中には、来月半ばから始まる査定の予定が書かれていた。
今年の日程調整を任されたサファイアは、先日のゴールドとシルバーからの競技の指南を受けた後、 各選手(マスター)達の個別日程と睨めっこを繰り返した。
なるべく多くの選手(マスター)の負担にならぬよう、 そして釈ではあるが査定人であるルビーの予定も踏まえ、多忙な彼に少しでも休みが取れるようにも配分したつもりだ。
間に小休止を数日盛り込み、その後も少し休めるようにと。

「どれどれ?」

背後から声がしたかと思ったら、手にあった用紙が一瞬で頭上に消えた。
驚いて振り返ると、そこには眼鏡をかけているルビーが居た。
その視線は先程己の手から奪取された査定日程の用紙に注がれている。

「いっ、いつの間に帰ってきたと!?ていうかそれはまだアンタに見せれる状態になってなか!!」

返してくれとばかりに手を伸ばして叫んでみても、ひょいと簡単に躱されてしまう。
右から、左から、後ろからと何処から仕掛けても全てだ。

「ふーん、成る程ね。最初にしては良く考えたんじゃない?」
「せやから早ぅ返すとよ!…っ、コラッ逃げるんじゃなか!」
「良く出来てる…とは思うんだけど、僕好みじゃないんだよねぇ。此処と、此処と…あと此処と…」
「あ゛ーっ!!何勝手に弄っとるとね?!とっ、とにかくアタシがやるったい、返すとよ!!」
「口で言う方が面倒だろ?どうせ紙は一枚しかないんだし。…はい、出来たっと。これでよろしく。」

サファイアが必死に奪おうと何度も手を伸ばしていたにも関わらず、いとも簡単に修正はなされてしまったようだ。
修正とは言うが、彼がこうして欲しいというメモ書きが幾つか書き足されていただけだが。

「個別の調整は任せるから、それでよろしく。」
「えっ、ちょっ!折角休みば間に設けたとに、それ全部詰めるとね!?
 しかも25日と2日の組み合わせを変えて欲しいち、どういう事とよ?!」
「間に休みが入ると、返って気が抜けるから。
 ネイビーとトパーズは仲が悪いから一緒にされるとこっちが迷惑だし、 パープルとメノウは僕が嫌いだから同じ日に二人の顔を見たく
 ないの。Do you understand?」

貼付けたような薄い笑みでこちらを見遣る少年のその言葉に、何を言っているんだと言わんばかりに少女は目を瞬かせた。
最初の件はともかく、後半二件は明らかに個人的な都合ではないか。

「さっき言ったように、日程は詰めて欲しいんだよね。休みは纏めて取る主義だからさ。
 だから同じ日に組み合わせて欲しくない人を先に言っておくから、今から直して。」
「えっ、今からと!?」
「明日ブルーさんに見せに行くんでしょ?ほら、早くメモの用意して。それとも口頭でペラペラと喋っても良いの?」
「ちょっ、ちょっと待つったい!………えと、とりあえず良かよ。」
「レッドさんとグリーンさんは別の日に、なるべく日も離して欲しいかな。
 あの二人は別格だから相手すると結構疲れちゃうんだよねぇ。
 特殊訓練室を使う人達は少々一日の査定時間が伸びても良いから、なるべく纏めて欲しいのと…
 あとシルバーは弓道と拳銃が訓練室別々になっちゃうから、それば同じ項目を査定する日に振り分けちゃって。
 間違っても補佐者(サポーター)が一緒だからってゴールドと同じ日にしないでね。それと…」

そう、延々と十分程変更点とその理由を述べられ、 更に突っ込む余地を与えてくれないものだから、淡々とそれをメモに落としていく事が精一杯で。
理由の大方が私情で――勿論事情が分からなくもない事もあったのだが――、 そんな事の為に変えるのかと最後に言葉を上げたら、返ってきた言葉が…

「当たり前だろ?僕が査定する側なんだから、自分のやりたいようにやらせて貰うのが筋ってものだろ?」

もはや腹黒い笑みにしか見えない満面の笑顔で返され、 これ以上何を言っても変わらないだろうと直感したサファイアだった。


「…あれやこれやとやたら言われたち、直すんに一時間も掛かったとね。」
「あらあら、それは大変だったわね。」
「…ブルーさん、思いっきり人事のようったいね。」
「あら、分かっちゃった?まぁまぁ無事出来上がったんだから良いじゃないの。
 各マスターとの予定さえ被ってなければ、これで良いと思うわよ。」

後でチェックしておくわね。
そう言って机上にある"未チェック"と書かれた貼付紙片(ラベル)の貼られた棚の中に 受け取った日程表を入れた。

「けど…本当に大丈夫やろか?
 アイツ、査定期間の前日までずっと予定ば詰まっとって、アタシが知ってるだけでも丸々二ヶ月半休んでなかと。
 幾らアイツが凄い言うても、流石に心配ったい…」
「……サファイアは優しいわね。ルビーから普段何だかんだ嫌みも言われてるだろうから、 嫌ってるんじゃないかと思ってたんだけど。」
「あれはアイツが捻くれてるだけったい、それはそれって割り切ってるつもりとよ。
 …何となくその理由ば分かるち、多少は受け流してやらんとアイツが持たんと。」

アタシが我慢してアイツの我が儘ば聞いてあげて、少しでも気晴らしになるんやったら、 よっぽどの無茶でもなかとなら聞いてやりたいば思っとるとね。
藍色の瞳に憂いの色を浮かばせているその姿を、ブルーは真摯に受け止めていた。
――サファイアなら、本当にやってくれるかもしれないわね。――
此処に来て一ヶ月以上経っているが、彼女の瞳には一向にこの館の主人(マスター)に対して畏怖や嫌悪の色は見られない。
――どちらかと言うと、世話の焼ける奴だと思っている節があるようだが――
そして主が忙しすぎる事もあるのだろうが、未だに補佐者(サポーター)を辞めさせられることもなくその位置に居る。
曇り無き眼で真っすぐに彼を見てくれている事に、自然と笑みが浮かぶ。
それを悟られないようになのか、先程の少女の疑問に答え始める。

「"気を張る"って分かるかしら?」
「"気を張る"…?緊張してる時の事とね?」
「そうよ。間に休みがある、という事はそこで緩みが生じる。例え自分がそうしようと思っていなくてもね。
 気の緩みがあると、返って仕事に支障をきたしてしまう場合があるの。
 ルビーはそれを良く知っているから、敢えて休みを入れずにしてくれって言ってるのよ。」
「でも、丸々二ヶ月半…査定期間まで入れたら三ヶ月も休み無しとよ?!幾らアイツでも身体が持たん…」
「あら、分かってるじゃない。"だから"、なのよ。」
「…えっ?ブルーさん、それってどういう事ったい??」
「つまり裏を返せば、ルビーは既に自分の身体の限界を察しているの。
 そして休みが間にあれば気が抜けて、今まで緊張を保つ事によって支えていた(たが)が外れて しまえば、身体が保たない事を分かってる
 って事。」
「……っ!!」
「自分の事で館内外の己の仕事に支障をきたす訳にはいかない、だから一句切りを終えるまでは気を休められない、という事。
 それだけルビーの覚悟は強いのよ。」

そして精神力もね。
並外れた能力を持つ彼だからこそ、それを成し得るのかもしれないのだが、本人も無茶を承知で、という事なのだ。
二の句を上げられない少女は突き付けられた現実に目を見開くしかない。

「そんな…そげになるまで無理ばしとるとね?アイツ……」
「恐らくは、だけどね。去年は査定前はもう少し空白が多かったから、数日寝込むだけで済んでるみたいだけど。
 実際の所その時は補佐者(サポーター)が付いてなくて、部屋に篭ったまま出てこなかったから詳しい事は分からないのよね。」

数日姿を見せなかった後、ふと現れた彼の姿は少し窶れた風に見えた事を覚えている。
流石にお腹が空いたから何か食べると言ってすれ違った後、食堂に消えて行ったのだ。
疲労の色は確かに強かったが、それからまた数日も経てば元の彼に戻っていたのだから、本当に過労だったのだろう。

「まぁ、ルビーにとってこれが別に初めてっていう訳ではないから、そこまで心配する必要はないわよ。
 本人がそれで大丈夫だって言ったんでしょう?」
「えっ……うん、そうとよ。」
「なら、彼の言葉を信じなさい。」
「けど…」
「ルビーの仕事も、館の査定も決まっている事よ、今更何を言ってもどうにもならないわ。
 ごちゃごちゃ言う暇があるのなら、少しでも彼の負担にならないようにしっかり補佐(サポート)しなさい。
 それが、貴方の今するべき事よ、サファイア。」

いつもの茶目っ気がまるでない、真剣な瞳に気圧され、亜麻色の少女は言葉を失った。
もう歯車は回りはじめていて、止める術などないのだと、変えようのない現実を突き付けられた事に息を呑む。
己に課せられた使命を全うする事。
そして彼の言葉を信じる事しか、術は残されていないのだと諭されたからだ。
悔しい思いを押し込めるかのように少女は下唇を噛み締めるしかなかった。

「…返事は?」
「……はい。分かったとよ。」

幾ら言葉を並べようとも、もはや暖簾に腕押しだということを悟った少女は、苦々し気に返答する。
主である少年の為に現状の最善を尽くすことが、最終的な彼に対する追い撃ちになることをもっと早く知るべきだったと。
後悔の念に駆られながらも、今成すべき事は己の甘さを捨て、 全力でこの査定に臨むのだとサファイアは決意を強くするのだった。

時は五月も末、主による選手(マスター)への査定期間開始まで残り二週間となっていた。

眼前ニ迫リ来ルハ、運命ヲ左右スル勝負ト決断ノ時

開始ノ鐘ガ鳴ラサレル日マデ、アト僅カ…

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俗に言う章と章の間になるんでしょうかね?繋ぎの部分の話です。
漸く査定の話の前置きにまで漕ぎ着けました、もう17話とかちょっお前ww^q^
査定を何とか6話かそこらで終わらせられれば良いのですが…此処に10話も使っちゃうと、後の決まってる展開からして40話で終われなさそうwww
という訳で完全に試されてますねリオさん、ルビーがカッコよく書けるよう祈るばかりです\(^o^)/