Stubbornly Mind - 15

それぞれ己の練習場に戻るという事になり、サファイアも訓練場を後にすることにした。
元より主がこの館に不在である為、日々を補佐者(サポーター)になる為の勉強に費やし、一つ所に留まる事は少なかった。
他の少女達は皆それぞれの仕事がある為、彼女と行動を共にする者は居ない。
つまり、サファイアはいつも一人だった。
訓練時間である為辺りに人の気配はなく、廊下を歩くと足音があちらこちらに反響する。
歩みを少しずつ鈍らせながら、少女は先程の少年の言葉を思い返していた。

『ルビーの事、頼むな。』

「…一体、どういう意味とね?」

そのままの意ではないかと、黄色の少女は言った。
傍にいて、彼を支えて欲しいという意味だと。
しかし考えれば考えるほど分からなくなってくる。

「大体、アイツに下手な助けとかいらんち。何でもかんでも一人でやってしまうとに。」

調べれば調べるほど、ルビーという存在が如何なる者かを思い知らされる事ばかりだった。
選手としての実力は恐らくこの館の頂点(トップ)だろう。
公式戦に出ていた記録は選手として動いていた三四年くらいだったが、ありとあらゆる部門で一位を総なめにしていた。
更に館の主として動くようになってから、各種機関の代表らとも対等に交渉しているだけでなく、館自身の経理方面にも手を出している。
彼が見れば何処で計算を誤っているのか、またごまかそうとしているのか直ぐに分かってしまうらしい。
数値としては表されていないが、彼の知能は一般のソレと比べて数段格が違うのだろう。
何より一番驚くのが、その類い稀なる頭の回転の速さと記憶量だ。

「…こんなにびっしりと詰まった予定表ば、良くもまぁちゃんと覚えとるとね。」

それはつい三日程前に、漸く彼と鉢合わせ出来た時の事。


『えっ?僕の予定??』

『そうとね。もうすぐ査定の時期ち。ブルーさんに日程ば決めてくれと言われたとよ。
 せやから、アンタの予定ば教えて欲しか。』

『……へぇ、今年はブルーさんじゃなくキミが決める訳だ。』

『何ね?何か不満と?』

『別に。珍しいと思っただけだよ。』

『やったらつべこべ言わずに早よ教えると…ぶっ!』

言葉が遮られたのは、顔面に向かってある物が投げ付けられた為。
それは、肌に自然と馴染む質感を持つ、漆黒の革に覆われた少し厚みのある手帳だった。
何とか床に落とさずに受け取り、一体何事かと手帳を見遣りそして彼の少年へと視線を注ぐ。

『なっ…何ね?これ…』

『何って、僕の手帳。予定知りたいんでしょ?持ってて良いよ。』

『えっ、でもこれって一冊だけやろ?アンタはどうするったいね。一日に複数会談する事もあるとやろ?』

『別に問題ないよ、全部覚えてるし。』

『ふぇ?ぜっ全部!?』

『まっ、キミと違って僕は記憶力が良いしね。』

ルビーはスッと目を細めた後、口許に嫌らしい笑みを湛えてクスッと鼻で笑った。
勿論暗に小馬鹿にされた事を直ぐに悟ったサファイアは、怒りの色で頬を染める事になる。
それすらも楽しそうに眺めながら、少年は灰白の帽子を振り被って部屋を後にしていった。

その後に彼の手帳をマジマジと見つめて、その予定の余りの多さに驚愕したものだ。
毎日のように会談やら謁見やらの予定がひしめいており、それも日に二件三件重なっているのも多々ある。
時間も場所も日々バラバラで、その日の予定だけならまだしもその一ヶ月、いや一週間分を把握しておくのも常人には無理だろう。
内容だって会談や謁見だけじゃない。
他の施設の査察だったり試合観戦だったり、更に新たな選手(マスター)候補探しという遠征まであったりもする。
とてもじゃないが、この施設の代表者としては些か仕事量が多すぎるように思う。
本来ならば代表者といえどもその分野毎に人を設けるべき所であり、全て一緒くたに役割を彼に任せすぎではないのか。
幾ら彼が優秀な人材だとはいえ、これではいずれ身体を壊すに違いない。
それくらい休みもなければ一息つける間も無いのだ。
先日の彼の言葉が蘇り、心が締め付けられるように痛む。
もしかしたらあの嫌みったらしい言葉や態度は、己の怒りや嘆きに満ちた本心を隠す為なのだろうか。

「もし、そうやったとしたら……」

レッドが言ったあの言葉。
激務に追われる彼の為に、少しでも彼の負担を軽くしてくれという事なのかもしれない。

「…ってなるとアタシ、どんだけ頑張ったらええとね…?」

それこそ気の遠くなる話だ。
彼の右腕になろうものなら、ブルー並みの采配と効率性の良さを持ちつつ更にその上にいかなければならないという事だ。
何せ主である少年の力量が常人の十数倍になろう者なのだ。
とてもじゃないが自分にそう簡単に追いつけるどころか、ましてや足元にいく事すら叶わないのではないだろうか。
元々持っている己が才能では、どう足掻いたところで何とかなるものではない。
考えれば考えるほど絶望感が押し寄せるばかりだった。

「じゃあ…アタシに、どうしろっていうとね……?」

虚空に消える問いに応えるかのように、再び黄色の少女の言葉が蘇った。


『レッドさんは、サファイアさんにルビー様の傍にいて欲しいと思ってるんです。きっと。』


「…アイツの……傍に…?」

居るだけで良いとは思えないが、しかしあの言葉の意味するところは己が彼の隣に居ることを望むものだろう。
頭も特別良いわけではないし、体力と力が取り得のような自分ではそんなことしか出来ない事なぞ分かっている。
それに甘んじるつもりはないが、赤眼の少年が意図する所を成し遂げる事もまた何か意味があるのではないだろうか。
答えなどまだ出る筈もなく何が正解なのかさっぱり分からない。
だが、こうなってくると自分の出来る事を一つ一つやり遂げる他ないだろう。

「やってみる、しかなかとよね。意地でもアイツにしがみついてやるったい。」

意を決した少女の瞳は強い輝きに満ちていた。



数ある鍛錬場の中で最も広いのが第三・第四鍛錬場である。
練習試合や特殊訓練を控えていない者は、基本的には鍛錬場にやってきて日々を過ごす。
補佐者(サポーター)が用意した鍛錬メニューに勤しむ者、己の弱点を克服すべく仲間内で組み手をする者。
基礎体力を維持する為に縄跳びやスタートダッシュを掛けたりと身体を頻繁に動かす者など実に様々だが、 要は訓練室や戦闘場は基本的に予約制となっている為、そこにある訓練用の機材やら広間を使えるのは極限られた者だけなのだ。
その為、必然的に多くの者は此処に集まる事となる。
其処に普段は見かけない――殆どは初めてお目にかかった者ばかりだからだ――姿があり、少々辺りはざわめいていた。
誰もが横目に、己が視界の中に一人の少女を捉えつつ、しかしそれを見ないふりをしている。
その空気を感じているのかいないのか、 彼の少女は鍛錬に勤しむ選手(マスター)一人一人を(つぶさ)に観察していた。
悲しい事に彼女のことを知っているのは、そ知らぬ顔で業務に勤しんでいる補佐者(サポーター)達だけ。
当然敵視している少女の事を助けようとする者など居るはずもなく、 彼女の事を噂でしか知らない選手(マスター)達は訝しげに思うばかりである。

『どうせまたアタシの事ば変な目で見とうとやろ。』

此処に来てもう二週間以上経っているが、相も変わらず自分は余所者扱いだ。
最初が最初だったからそれも致し方ないのだろうが、それを嘆いていても何も始まらない。
元より味方がいつも居ると思うからこそ、いざ反感を持たれた時に絶望を感じてしまうのだ。
周りは常に敵だらけと思わなければ、己を守れるはずも無い。
だからこんな状況でも自分は耐えうる事が出来るのだ。
気にした方が負けだ。

サファイアは此処にきた訳は唯一つ。
それぞれの選手(マスター)達の顔と名前、そしてその能力を把握する為だ。
査定の日程を決定しなければいけない期日はそう遠くない。
補佐者長(サポーターリーダー)のブルーと、 主であるあの"いけ好かない男"の両方の了承を取らなければいけないということを踏まえれば、今週中に一度案を出さなければならないだろう。
残念ながら既に週は折り返しに来ており、あと数日しかないのだ。
昨日までで漸くこの館に所属している選手(マスター)補佐者(サポーター)の組み合わせと、 それぞれの選手(マスター)の能力は把握できた。
しかし経験の浅い自分には、字面で見るだけではどんな競技なのか、またどんな能力なのかがさっぱり分からない。
そこで、顔と名前を覚えることも序だと現地に足を運んだのだ。
傍に居る補佐者(サポーター)から、必然とその選手(マスター)が分かる。
後は実際にその能力がどんなものなのかをその目で確認する事だ。

『しかし…幾らアタシが珍しいからって、そげにソワソワせんでもええやろうに…』

こんな事で動揺しているようでは、実際の試合で全力を出せるはずも無いだろう。
所詮己の主に比べれば天と地ほどの差があるという事だ。
彼は少し驚きはしたものの、それはほんの一瞬目が物語っただけだったのだから。

『……あれ?今アタシ……ルビーとこん人らの事、比べたと…?』

何でそんな事…あんなにアイツの事ば、いけ好かん奴やと思うとったのに…
という事は心の何処かで、ルビーという存在が如何に凄い能力(ちから)を持っているのかを認めてしまっているのだろう。
それとこれとは全く別の事柄である事は判っているが、自覚しただけに何だか無性に心がざわついた。

「おっ、何だ何だ?面白いことでもやってんのか?」
「そんな訳ないだろう。いい加減少しは空気を読め。」
「あんだと?このヤロウ。」

その時背後から二人の少年の声が聞こえた。
声のした方を振り返ると、其処には容姿の目立つ少年達が並んでいた。
彼らの持つ、まるで対のような瞳の輝きに一瞬心を奪われる。

「おっ?お前初めて見る顔だな。もしかして噂の野生児ギャルか?」
「やっ…野生児ぎゃる??」
「お前…初対面の相手に何ていう口の利き方を…」
「あん?別に良いじゃねぇか。この館の人間は皆、同じ穴の(むじな)って奴だろ?」

なっ?片目を閉じて茶目っ気たっぷりにウインクを返してきた彼の金色の瞳に、心の奥の何かを強く引き込まれた気がした。
この人懐っこさはある意味途轍もなく恐ろしい"別の"能力ではないだろうか。

「俺ゴールドってんだ、よろしくな。んでもってこっちはシルバー。」
「はっ、初めましてったい。アタシ、サファイアとよ。」
「知っている。俺達の補佐者(サポーター)がやけに肩入れしてたからな。」
「ふぇっ?俺達の…補佐者(サポーター)??」

この館で自分に肩入れしてくれる補佐者(サポーター)など数が知れている。
イエローにはレッドが、ブルーにはグリーンが。
先日仲良くなれたエメラルドにはラティアスが。
あと自分が知っている中で選手(マスター)が誰か分かっていない人物など…
そういえば、"ゴールド"と"シルバー"、この館の中で唯一正規で二人の選手(マスター)を兼任している選手(マスター)は確か…

「狽あぁぁぁ!!もしかしてもしかしなくとも、クリスさんの選手(マスター)さん達とね!?」
「何だ、今頃気ぃ付いたのかよ。おっせーな。」
「…そういうお前は女性に対して失礼すぎるんだ、全く。」
「いーじゃねぇかこんくらい、友達(ダチ)なんだからよ。」
「だっ…友達(ダチ)と?」
「そっ、俺もシルバーもクリスとはこの館に来た時からずっとつるんでる友達(ダチ)な訳。
 お前とクリスもそうだろ?だから、俺達も友達(ダチ)って訳だ。」

彼の言う事は実に"単純明快"だ、その言葉繰りには捻りも何も無い。
だが、今のサファイアにとってその言葉は何より有り難かった。
それは暗に彼らが己の味方であるということだったからだ。

「んで?サファイア。何でこんなトコに居んだ?」
「あっ…実は……」

口ごもりながらも、少女は己の目的を話していく。
それを聞き終えた少年達は合点がいったように少女に笑顔を向ける。

「何だ、そんな事か。おっし、今日の稽古も終わったしいっちょ手伝ってやるか。」
「ほっホントったいか?!」
「クリスが報告から帰ってくるまでしばらく掛かるだろうしな。少なくともそれまでは付き合ってやれる。」

彼らがこの館でどういう位置づけなのかを全く知らない少女は、この救いの言葉がどれだけ強い響きを持っているのかを知る由も無い。
ただただ彼らの無償の協力に感謝の念を抱くばかりだった。

彼ラハマルデ城門ヲ守リ抜ク兵士達ノヨウ

デハソノ主デアル少年ノ強サハ如何ホドナノダロウカ

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段々一話一話に収集が付かなくなってる気がします、リオですwww
とりあえずばら撒いた布石を回収しつつ進んでいるつもりなのですが、 如何せん行き当たりばったりで話を進めている為ストーリーが全然進まないという(苦笑)
「承」の長い部分を如何にコンパクトに纏めるかが話数の鍵を握っているというのに…
とりあえず今年の目標として、2ヶ月に1話分進めたい…と一応思っています(^q^)