Stubbornly Mind - 14

春も中頃になり新緑の季節がやってきた為、日差しも心なしか強く感じられるようになってきた頃。
各々の能力(ちから)を生かし高める為に作られた辺境の館には、 今日も切磋琢磨している選手(マスター)達の姿が見える。
お昼を過ぎ午後の鍛練の時間となっている為、 それぞれの訓練室には多くの選手(マスター)とその補佐者(サポーター)の姿が見える。
その中に混じって一人の少女がその光景を備に観察していた。
この館で一番多忙な生活を送っているだろう館の主人である少年の補佐者(サポーター)として、 苦肉も配属を決定されてしまったサファイアその人である。
今日彼女が此処に来たのは、世話役の任についている先輩の少女から声を掛けられたからだ。
昼食の時間にばったりと鉢合わせたのは、黄色のポニーテールの少女、イエローだった。

『サファイアさん。今日これから練習試合があるんですけど、よければご覧になりますか?
 まだ一度も試合ご覧になったことないですよね?』

かくして黄色の少女の誘いを受け、初めての試合観戦に訪れたのである。
対戦はイエローの選手(マスター)である赤い瞳の少年―― 名をレッドいう――と、ブルーの選手(マスター)であるグリーンである。
だがそこにブルーの姿は無かった。
――補佐者長(サポーターリーダー)を勤めている彼女は何かと多忙らしく、 他の組のように常に行動を共にしていない場合が多いらしい。――
既に選手(マスター)は二人共試合の為にコートに入って準備運動をしている。
レッドの手には刃渡り20cmと40cmの小刀二本、グリーンの手には刃渡り1mはあるだろう長刀が握られている。
勿論試合用に作られた模擬刀であるので肉体に刺さったり皮膚を鋭利に切り刻む事は出来ないが、 金属で出来ている為回避し損ねると打ち身や擦り傷を作る事は容易に想像出来る。
今回の試合形式は"剣術式"で、勝敗については先に相手の急所に当たる部位――動脈の通っている首筋や命の要である心臓――への攻撃命中、 その他移動手段である脚や攻撃手段である腕等への損傷度の度合い等で判定するらしい。
この館に来たときにイエローから借りたルールマニュアルにそのような記載があった事を思い出した。

「時間です。それではこれより、本日の練習試合を始めます。両者、前へ!」

歯切れの良い明瞭とした声が響く。
普段の何処かほわほわとした雰囲気を醸し出す彼女から、このような切れのある声が出るなんて…
今まで感じたことが無かった張り詰めた緊張感に身が締まる。
促された二人が落ち着いた動作で立ち位置に付き、視線を交わす。

「………構え。」

互いの武器がゆっくりと戦闘の準備体制へと変わる。
待機の姿勢から開始の合図までの間が、妙に重くそして長く感じられた。
苦しくて息が詰まりそうだ。

「………始め!!」

張り詰めた空気が凪いだのは一瞬だった。
寸分の隙もなく武器同士がカチンッとかちあう。
近距離戦に持ち込めば短刀を所持するレッドが有利に、逆に中距離戦に持ち込めば長刀を所持するグリーンが有利になる。
その微妙な間合いを両者一歩も譲らず、刃物がかち合う鋭い音が引っ切りなしに奏でられる。
勿論彼の二人が互いに向ける視線は鋭利で今にも突き刺さりそうな様相だ。
自分に向けられたものではないことを理解していても、一度かち合うとまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなるだろう。
それ程の強い力が彼等の眼に漲っているのだ。
こんな眼を前に見たことがある。

『そうと……あの時のルビーの眼たい。』

最初の出会い頭に組み敷かれたあの時に自分に向けられた、あの強い瞳だ。
本当にあの時は身が竦んで動けなかった。
"蛇に睨まれた蛙"だとはよく言ったものだ、だがあれはそれ以上だったんじゃないかと思う。
彼が忌み事とはいえ言葉を投げかけてくれたからこそ、 喉の奥で(つか)えていた静止の言葉を紡げたのだ。
あの視線だけを向けられたままでは、動く事など到底出来なかった。
それほどに覇気のある様相だったのだ。
今この試合に立ち会う中で、それに良く似た空気を感じる。
昔は彼の少年も同じく戦士だったと以前聞いたことがある。
相手を怯ませるだけの覇気を(たぎ)らせる、 一人の選手(マスター)としての能力(ちから)は未だ健在だったということだ。

打ち合う金属音が更に激しく鳴り響く。
鋭く甲高い唸りを全身に感じ、意識が現実に一気に引き戻された。
それが最後だった。
空を切る刃の音が次第に近くなり、そして地に落ちた。
乾いた音が響き渡り、勝敗が決したのだと悟った。
転がっていたのは短剣。
降り抜かれた長剣は横一文字に虚空を割き、凪いでいた。

「そこまで!……勝者、グリーン!!」

両者の荒い吐息が張り詰めていた空気の中に木霊した。
寸分の隙も無かった攻防だったのだ、無理も無いだろう。
肩を上下させ大きな息をしていた彼らは、やがてその場にすっと背筋を伸ばす。
射抜くような視線はもはやなく、互いの姿をその瞳に映し出している。

「両者前へ!………礼。」
「「ありがとうございました。」」

その礼が試合の終わりを告げる最後の合図なのだと、サファイアは漸く悟った。
殺気に満ちていた空間がガラリと変わり、いつの間にか普段の訓練室の様相が戻っていた。
知らぬ間に試合が織り成す威圧感と焦燥感に飲まれていたのだ。
無意識に息を詰めていたせいか、己の鼓動を常のそれよりも強くまた早く感じる。
互いの死力を尽くしての攻防を目の当たりにし、ただただその結末を見届けるしかなかった。

「これが……試合……。」

言葉では全て聞いていたが、実際に体験して初めて理解をした。
武器や戦意を奪い、己の勝利を得るというそんな単純なものではない。
正に命と命を掛け合うが如く、己の全てを以って立ち向かう真剣勝負だった。

「ありがとうグリーン。お陰で良い稽古になったよ。」
「剣の扱い方は相変わらずだな。」
「しょうがないだろ?人間向き不向きってのがあるんだから。」
「お前がもう少し器用だったら、剣術でも頂点(トップ)を狙えただろうがな。」
「いや、それでもグリーンには敵わないぜ。武器の中でも刀って特別だし。」
「そんなことなかよ!どっちも凄か腕前やったとね!」

声のする方に振り返ってみれば、そこには目を爛々と輝かせた少女の姿があった。
長く此処に居る者は皆見慣れた光景であるため、此処まで心時めかせ輝いているものなどついぞ見ない。

「…ありがとな。けどそう言われると何だか恥ずかしいな。」

言われたこちらが何だか照れが混じってしまい、試合の時とは打って変わって苦笑混じりにはにかんでしまった。

「サファイアだっけ?初めての試合観戦どうだった?」
「凄かったとよ!こんなに迫力のあるものやったと思わんかったったい。」
「言っておくが、こんなのはまだ序の口だぞ。剣以外の武器も沢山あるし、素手による格闘技もある。
 こんな事で一々驚いていたんじゃ仕事にならんぞ。」
「!!そやったとね……すまんち。」
「おいおい、初めて見た試合なんだからそんなに過敏にならなくても良いだろ。
 追い追い慣れていけば自ずとシャキッとしてくるさ。」

なっ?
向けられてくる笑みは柔らかく、優顔の彼に良く似合っていた。
幾分救われた心地がし、少女は安堵の息を吐く。
一方でグリーンの言うことも正しい事は良く分かっている。
こんな事で一喜一憂している立場ではないのだ。
それは彼女が補佐者(サポーター)であるから、 また彼女がこの館の主である彼の少年の補佐者(サポーター)であるから。
これはまだ序の口だ。

「お二人の対決、凄かったでしょう?二人ともこの館では一二を争う強さの持ち主ですから。」
「一二とね?!そげな凄か戦い見せて貰ったと!!?」
「おいおい、そんな大袈裟な。確かに剣ではグリーンの右に出るものは居ないけどさ。」
「いや、真に強者であるのはレッド、お前だろう。剣術では俺が勝ってはいるが、総合格闘技では全国レベルでトップクラスだからな。」
「それを言うならお前もだろ?グリーン。俺お前から一本取った奴なんて試合じゃ見たことないし。」
「………もしかしてアタシとんでもない試合見せて貰ったとね??」
「ねっ?良い機会だったでしょう?」

全国的にこの館の存在は名の通った所であり、必然的にそこに住まう者達は有名である事は聞いていたが、 よもや頂点を取りうる者達の攻防戦をこの目で見られるとは思っていなかった。
それもこの場所はまだ専門家(プロ)になる前の 好事家(アマチュア)の選手ばかりを集めた養成所だ。
卒業生まで含めるとどれだけ有名な選手達が所属しているのだろうか。
誠に気が遠くなる話である。

「また都合が付いたら相手してくれよな。」
「…剣術で良ければな。」
「助かるよ。さんきゅ。」
「…ふぇ?レッドさん、なして得意じゃない剣術でわざわざグリーンさんと練習試合せんといかんと?
 体術の選手(マスター)ば他にも居るんじゃなか?」
「確かに他にも居ますけど…レッドさんの練習相手になるほどの強さを持つ人が今この館に居ないんです。」
「……ええぇぇぇぇ!!?」
「いやまぁ…居ない訳でもないんだけどさ、アイツ今それどころじゃないしさ。
 俺は別に苦手な武器を使った戦闘術を鍛えられてるから構わないんだけど…。」
「…それどころじゃない?どういう事とね?」
「お前も良く知ってる奴だ、サファイア。」

アタシが良く知ってる奴?
まだこの館の選手(マスター)とは全員顔合わせを済ませておらんち、知っとる奴いうたら…

「………まさか……」
「多分そのまさか、だと思いますよ?」

苦笑混じりに黄色の少女は答えた。
サファイアの知る人物で格闘技頂点(トップ)の座を誇るだけのレッドを打ち負かせるだけの力を持つ者といえば、 一人しか居るまい。

「…一度も見たことがないから実感が全然沸かんとね。」
「まぁ…そうですよね。」
「けどアイツの強さは桁外れだからなぁ。ルビーくらいじゃないか?グリーンの剣術と互角に戦えるの。」
「Σグリーンさんと互角!?」

つまりこの二人が見せた攻防に勝るとも劣らない戦闘能力を有しているという事になる。
彼の持つ覇気が凄まじいものであった事は肌身で感じたが、実際見たことがないのだから線が一本に繋がらない。
疑ってる訳でないのだが、信じがたいという感情は拭えないものだ。

「そっか。選手(マスター)だった頃のアイツ知ってるのって俺達だけか。」
「…正確には俺とお前とブルーだがな。」
「ボクが入った頃には既に館の主人代理として動きはじめてましたからね。ルビーさんが本気で戦ってる所なんて…」

そういえば見たことがないような気がします。
小首を傾げて記憶を辿る少女の姿を見て、改めて彼の少年の実力が未知数だと思い知る。
査定で見せるだろう姿ですら、彼の本気のモノではないというのだから。
その姿を知っているであろう者もレッドを始めとした、ごく少ない古株に属する者達だけなのだろう。

「サファイア。」
「ふぇ?」
「ルビーの事、頼むな。」
「…レッドさん?それ、どういう……」

頼むと言った男の顔は何処か悲しげで、その裏側に何を思うのかが分からず困惑が広がるばかりだった。
紅い瞳の少年の心の内を、彼は知っているのだろうか。
定まらない焦点を必死に合わせようとしている間に、レッドは片手を上げてその場を去っていってしまった。
グリーンもシャワーを浴びてくる、と言い残し彼の後を追うかのように去っていく。
残された黄色の少女は一瞬その後姿を見止め眼を細めたが、直ぐに後片付けを始めた。
試合に使用した模擬刀を手に取った後、二人の背中を見送っている少女へと近づく。

「今の…どういう事とね?」
「さぁ……僕も良く分かりません。」

思うところが無いわけでもないが、何分クリス達に比べると自分も経験の浅い方だ。
過去に彼の周りで何があったのかは詳しくは分からない。
だが少なくとも、今のルビーがどのような立場に置かれている事だけは分かる。
そこからは想像の範疇に過ぎない。

「けど……多分深い意味は無いと思います。」
「えっ…?」
「レッドさんは、サファイアさんにルビー様の傍にいて欲しいと思ってるんです。きっと。」
「アイツの……傍に?」

今自分は彼の少年の補佐となるべく傍に居ようとしている。
――最も今は補佐者(サポーター)として覚えることが多すぎて完全に別行動になっているが、 元を辿れば全て直ぐ傍にいる(その)為にしているのだ。――
その言葉の成す意味が理解できず、困惑の顔を浮かべながら真意を問う。
しかし返ってくるのは曖昧な笑みだけだった。
裏に隠された真意が分からず、ただ戸惑いの視線を投げかける事しか藍色の瞳の少女は出来なかった。

私ガ彼ラノ想イヲ理解出来ナイノハ

彼ノ過去モ何モカモ知ラナイカラダ

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久々すぎる更新にまず申し訳ない気持ちで一杯です…リオです(´ω`;)
打って変わって話の時系列をすっ飛ばそうとしたけれど、よく考えれば実はものの1週間かそこらしか進んでないと気付いた今日この頃(゜Д゜;)
選んだ話題がいけなかったか…でも今後の展開的にサファイアが一度試合を見ておく必要があったので、 あっじゃあ折角そんな種を撒いてたから拾っちゃおうと…うんこの後どうしようか困った^q^