Stubbornly Mind - 13

帰路についた少年は自らの領域内(テリトリー)で起こっていた出来事に目を見張るしかなかった。
一瞬自分の視界に映るものを疑ったものだが、視覚以外の感覚――聴覚や嗅覚――がそれが現実だとしっかり訴えていた。
酸味の効いた臭いは恐らくトマト、そこに妙に重量感を感じる臭い――恐らく肉の類――が混じっている。
耳に届いてくるのは、何かを煮込んでいると思われるグツグツとした鈍い音。
作られている物が何なのかはこの要素だけで絞り込むことが出来るが、問題は目の前に広がる光景だ。

初めは二日目という段階で早くも料理に着手していた彼女に、少しばかりだが感心していたのだが、 いざキッチンに足を踏み入れてみるとそこは見るも無惨な光景だった。
玉葱らしき野菜の残骸やトマトを刻んだ時に出たであろう果汁や皮の破片。
その中には挽き肉とおぼしき塊も混じっているように見える。
更にツマミを曲げて引くだけの缶詰に何故か刺さっている缶切りに、そこから溢れたであろう汁が周りに零れている。
それらを吸ったのであろう布巾は赤や茶のシミだらけでシンク上に放置されていた。
煮込んでいる鍋の周りには点々と吹きこぼれた後があり、赤い液体がまるで血溜まりを作っているように見える。
今朝まではピカピカだったはずのキッチンが、悲しきかな汚れが目立つ光景に変わっていた。

幸いキッチンには抗菌加工や防水加工がされている為、汚れを拭き取り残骸は生ゴミとして処理してしまえば問題はないだろうし、 汚れた布巾は漂白してしまえば跡にはならない。
ただ少年の記憶の中で、この場所をこれまでにした人間は今までに居なかった為唖然とするより他なかっただけだ。
"何でも卒なくこなしてしまう事が出来る"彼にとって、明らかにその一連の作業に不具合が生じた事を示している現場に遭遇する事は 、正に予期せぬ出来事というわけだ。
荒れた台所という空間の中心に居た少女は、自分の方を覗き見ている少年の気配にやっと気付いたようで一瞬目の色を変えて飛び上がった。

「あっ!かっ、帰ってきてたとか!…やっ、……その、これは…慣れてなか事ばいっ色々、あったとに…
 その……何と言うか…、かっ片付けば後でちゃんとやろう思ってたとよ?
 せやから……あの………すまんち。」

最後の方は殆ど言葉にならず、少女はただただ申し訳なさそうにうなだれていた。
既に現場を見て呆れ返っていた為、今更怒りの感情など沸き上がる事はなく、はてさてどう対処して良いものかと少年は首を捻る。
困ったなとその光景を改めて見遣り、恐らく出来上がりつつあるのだろう"ソレ"に目を止めた。
漂ってくる匂いからして、出来具合はまずまずといった所だろう。
少なくとも焦がして失敗した、というオチではなさそうだった。
勿論それがこの惨劇に対してせめてもの救い、となるだけで現実は一向に変わる訳はないのだが。

「…まぁ今更過ぎたことをとやかく言うつもりは無いけど。それ、もしかしてミートソース?」
「あっ、そっそうと。良く分かったとね。スープやったら何度か作った事あるち、煮込み物やったら何とかなるかなと思うて。
 …とろみがあるだけでこんなに跳ねるとは知らんかったけど。」

料理慣れしていない人間が仕出かす典型的な(パターン)だな。
ふとそう思い、この少女が此処に来て間もない事をふと思い返した。
最も、それが料理の出来不出来と関係がある訳ではないが。
少年は溜息を一つ落としたところで、ふと隣にあるはずの物が無いことに気付いた。

「…まぁ、後でちゃんと片付けてくれれば別に良いけど。ところで、パスタはどうしたの?」
「へっ?………あぁぁぁっ!!!!」

少年に問われて、肝心の麺を調理するのを忘れていた事に気付いたらしい。
盛大に叫び声を上げて少女は頭を垂れて崩れ落ちた。
当然此処まで来ればそれなりに読めたところで、溜息が更に増えるくらいだったが。

「…まぁ、準備が出来たら呼んでくれれば良いよ。僕は先に汗を流してくるから。」
「へっ!?あんたも食べるとね?!!」
「…そのつもりで用意してくれてたんじゃないの?」
「いや、あの…だってアタシ、まともに料理したことなかとね、初めて作ったもんばいきなりアンタに食べさせるんは…ちょっと……」
「君が先に毒味でもしてくれれば問題無いんじゃない?」
「どっ毒味てあんたっ、そげな恐ろしかもんは作ってなかよ!!」
「じゃあ、食べても大丈夫でしょ?」
「うっ……」

しまった、彼に揚げ足を取られてしまった。
そもそも今朝の段階で彼の予定を把握し損ね、いつ頃戻ってくるのか、日中の食事はどうするのか考えて居なかった為、 まさかこんな事になるとは想像していなかった。
滅多にこちらで夕食を取ることはないと聞いていたから、今日は大丈夫だろうと高を括っていたのに。
というか、何故彼はそんなに自分の作ったものを食べたがっているのかさっぱり理解が出来ない。
――勿論少女が勝手にそう思い込んでいるだけで、彼の本心はいざ知らん所にあるのだが。――
彼の意外な反応に困惑気味の少女は、有効な打開策が浮かばぬまま下唇を噛む他なかった。
そんな少女の思いを知ってか知らずか、少年はベッドの上に上着と外したネクタイを脱ぎ捨てる。
襟元を緩めながらクローゼットからバスローブを取り出し、それじゃよろしくと軽く声を掛けて足早に去っていった。
少女はそんな後ろ姿を呆然と見つめ、もはや余地はないという事を悟らざるを得なかった。

大鍋に大量の水を注ぎ、塩を一抓み加えて火を掛ける。
これだけの水を湯がくのは早々あるものではなく、パスタだからと言えるだろう。
勿論麺は沸騰するまで投入しない為、当然待たなければならない。
その間はとりあえず無残な姿になったこの台所(キッチン)の片付けに当てることにした。
布巾に染みるオレンジ色は紛れも無くトマトの色素を受けた油だ。
色素が強い為あっという間に強い染みになっていく。
その様が異様に目に焼き付き、変な予感が過ぎってしまい何だか怖くなった。
まるで澄んだ蒼い湖が血潮を受けて紅く染まるかのような。
それはつい昨日まで自分が思っていた不安でもあった。
彼と直接出会うまで、心の裏側に潜めてあった、"弱い自分"が生み出した幻想だ。
そうなることも予想は出来ていた。
ただそうならなかったのは、他でもない彼自身がそうしようと最後はしなかったからだ。
多分それは自分が反撃ーと言えたのかは定かではないがーしたからだとは思うが、正直な所彼が本気を出してきたら一たまりもないだろう。
彼の全身から放たれていた殺気はまだ頂点に達していなかったし、あれだけで充分人の意思を阻害するだけの気迫があった。
否、刃向かう意欲を奪うと言った方が正しいか。
それに打ち勝てたのは、一瞬だけ垣間見えた彼の本音があったからである。

『アイツ…まだアタシの事ば"言いなりの補佐者(サポーター)"と思ってるんやろうか…』

もしそうだとしたら、また昨晩と同じ事が繰り返される。
あんな殺気から二度も逃れる自信などない。

「此処は強気で向かっていくしかなかとね、うん。」
「何そんな変な格好(ガッツポーズ)してるのさ。お鍋物凄く噴いてるけど。」
「Σ!!!?なっ、早か!!!もうあがって来たとね?!!」
「シャンプーが切れてたから途中で上がってきたんだよ。全く、補充くらいちゃんとやっといてよね。」

バスローブを身に纏いけだるそうにしたルビーがそこにいた。
中途半端な風呂上がりとはいえ、不自然にもまだあの帽子を被ったままという奇妙な格好で。
キッチン奥の物置場に洗剤や石鹸等の補充の予備が仕舞ってある為、わざわざ出てきたのだ。

「あっ…す、すまんち…。後でやろうと思っとったんやけど…」
「僕がこんなに早く帰って来ると思ってなかった、だろ?…良いよ別に。
 今日の分くらいは何とかなりそうな残量だったし。単に僕が落ち着かなかっただけさ。」

後でしようとすると忘れたりやりたく無くなったりするからね。
そう言って少年は足早に風呂場の方に消えていった。
その後ろ姿が何だか冷めた感じに見えて…いや、冷めたというより寧ろ冷ややかだったと言えば良いか。
感情の篭っていない、ただの言葉が自然と紡がれただけ。
さして興味が無いような、いや、そもそも眼中に無いのか…
ただその声音はどこか…

『何か寂しそうに聞こえたんは…気のせいやった…とかね?』

出会ってまだ二日と経たないが、とかく彼の事は考えれば考えるほど分からなくなる気がする。
鬼のような形相や氷のような声音で向かってきたかと思えば、人をこ馬鹿にして嫌らしい笑みを浮かべて含みを持った声で笑う。
そして先程のように、全く興味が無いかのような感情の色を一切表さない瞳を向けてきたり。
コロコロと様相を変える為、彼の思考が全く読めないのだ。
ああも態度を変えられてはどのように接すれば良いのかよく分からなくなる。
そんなサファイアの戸惑いを余所に、パスタが入れられた鍋はグツグツと鈍い音を立てていた。


『どうしよ…何か喋った方がええんやろうか…?』

あれから十数分程経った頃に再び彼は出てきた。
ほんのり色付いた頬を見ると、今度はちゃんと浸かって出てきたようだ。
髪はドライヤーで乾かしたのか、行きしなと同じようにあの妙な帽子を再び被っている。
丁度良い具合でパスタが茹で上がり、温め直したミートソースをかけようかと思っていた所だった。
準備が出来たことと今すぐ食べるかどうか尋ね、肯定の意が返ってきた事を見計らい、完成したそれを食事机(ダイニングテーブル)へと置いた。
それからモノの数分…
小鉢が幾つも並び如何にも美味しそうな食卓…になっているはずもなく、サラダすらない大皿のみの夕食。
心ばかしと云わんばかりの麦茶が注ぎ込まれたグラスに浮かぶ氷が、カラリと立てた軽い音が響き渡るだけ。
静か過ぎるほど全く会話のない食卓。
どうしたら良いのかさっぱり分からず、ただ黙々と視線の合わない顔を突き合わせながら食していく。
自分の周りには飛び跳ねたソースが点々と染みを広げているにも関わらず、彼の周りにそれはない。
一流貴族であるかのようにそれはそれは綺麗に食べている彼は、食べ始めから一言も発さずに己の食事に意識を集中している。
少女は今まで父親と此処に来てから知り合ったブルーやクリス、イエローなどの補佐者(サポーター)仲間としか食卓を共にしていないが、 これほど静かで味気の無い食事というのは初めてだった。
こんなのは楽しい夕餉ではない。
しかし目の前の彼がいるだけでどうしたらそうなるのかが全く分からなくなる。
変なことを口にしても彼は素っ気無い反応をするだけで終わってしまうだろうし。
というか今問題にしたいのはそういうことじゃなくて。

「…つかアンタ、人の作ったもん食べときながらウンともスンとも言わんって何と?!
 マズイならマズイって言えば良かとでしょう!!?」

少女はガタンッと激しく食事机(テーブル)に手を突いて前のめりに相手を睨み付けた。
元来ハッキリしなかったり煮え切らなかったりな態度というのが性に合わず、どうしても苛立ってしまう。
そんな激しい彼女の素振りに彼の少年は少し目を見開いたものの、幾分かその闘志滾る姿を見つめるとまた常の表情に戻った。

「別に、美味しいよ。そりゃ一流の料理人のに比べたらレベルは低いけど、こういう庶民的な味結構好きだし。」
「…えっ?//」

面と向かって――どちらかと言えばではあるが――褒め言葉が彼の口から出てくるとは思っておらず、戸惑いから表情が困惑のモノになってしまう。

「……まっ、今度からはもう少し色鮮やかな食卓と綺麗な台所(キッチン)を心掛けてくれると嬉しいけどね。」

これじゃ訓練(トレーニング)明けの選手(マスター)が皆飢え死にしちゃうよ。
薄い笑みを浮かべながら至極楽しそうに目を細めてルビーはこちらを見つめていた。
そうだ、あの嫌らしくも憎ったらしい笑顔だ。
この顔を見ただけで何故か頭に血が上ってしまう。
しかし彼の言う事の正しさに二の句が告げず、何も言い返せないまま唇を噛み締めるしかない自分に歯がゆくて仕方がなかった。

「っ、………あぁ、分かったとね。やってやると。精々首を洗って待ってるが良か。今に目にもの見せてやるとよ。」

此処まで虚仮にしてくれようとは、臨むところじゃないか。
その偉そうな鼻っ面を絶対に圧し折ってやる。

「…何をそんなにムキになってるんだか。まっ、しばらくは退屈しなさそうだからイイケド。
 けど、この僕に余計な仕事増やすような真似したら只じゃおかないからね。」
「はんっ、そんな余裕も今のうちだけとよ。アタシを怒らせたこと、後悔させてやるったい。覚悟しぃね。」

交し合った好戦的な視線。
お互い次が愉しみだと言わんばかりに笑みを湛える二人の姿は、傍から見れば一種異様なものであった。

この先二人にに待ち受けている衝撃的な運命に、この時ばかりは双方気付くはずもなかった。

交ワス視線ハ激シク火花ヲ放ツ

コレカラガ本当ノ戦イダ

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まさかたった2日の出来事に此処まで要してしまうものなのかww
やっとこの二人のこの話での(最初の)立場含めた関係が出来上がりました。
原作の初期の感じに似てますね、好敵手的な感じが。争ってる内容全然違いますけど(笑)
流石にこの部分に時間を掛けすぎたので、次は少し時間をすっ飛ばしたいなと思いますwww
まだまだこの話は続いていきそうです・・・長いよ(´Д`;)