Stubbornly Mind - 12

サファイアはブルーと別れてから、その日の午後は主の部屋に入り浸る形で過ごした。
知識の詰め込み作業、それに飽きたら一階の探索――主に大広間付近――をし、クリスから譲り受けた料理集(レシピ)を手に取った。
簡素だがちゃんとしている台所(キッチン)や冷蔵庫はあるものの、 この所の主の多忙さや補佐者(サポーター)の不在が続いた為、 食材と言えるものが殆ど残っていなかったのである。
だが使った形跡や調理器具の整い具合からすると、彼の少年は料理にもその腕が長けているようだった。
ということは、間違っても食べられないような代物を出す訳にはいかない、ということを意味している。
昼食は食堂で食べたが、サファイアは考えた末、夕食は練習も兼ねて自分で作る事にした。
食材は大広間に隣接している厨房から貰ってくる他ない為幾度か往復をしたのだが、食材を手に入れるのに凄く難儀した。
何せ今朝の事があり、自分に不審を持っている者が多い――つまり、自分を敵視している者が多い――為、案の定やることなすこと、 とにかく文句を付けられながらだったのだ。

始めは厨房への入り方からだった。
来たばかりで入口など分かるはずがなく、食堂側の扉から入ろうとした時…

「ちょっと、食事作ってる最中は大広間からの出入りは禁止よ!裏に回って頂戴。」
「あっ、すまんち!裏口があったとやね…。」

そうして頼りない位置感覚で何とか裏側の扉を発見し、前掛け(エプロン)が壁に掛けられた準備室のような所へ辿り着き、 内扉から再び厨房へ入ろうとした時は…

「ちょっと!手は洗ったの!?ちゃんと埃も落としてから入ってきなさいよ、食中毒でも起こったらどうするの!!」
「えっ、あっ…すまんち…別に料理に触るつもりはなかったとに、気ぃ付かんで…」
「言い訳しないの!良いからさっさとしてきなさい、こっちだって暇じゃないんだから。」
「あっ…すっすぐにやってくるとね!」

そうして言われるがまま手を念入りに洗い、準備室に置かれているブラシで丁寧に身にかかっているだろう埃等を払い落とし、 再び厨房に足を向け事の次第を伝えると…

「…食材庫は準備室の奥から行けるわよ。何か食材持って行くんだったら、食材管理係の人に相談してから持って行って。
 じゃないと皆の食事に影響が出て困るんだから。」

と軽くあしらわれて終わってしまった。
厨房をわざわざ経由しないで良いのなら、初めからそう教えてくれればこっちだって余計な手間を掛けさせなかったのに。
そう思いつつも此処は我慢のしどころだと自分に言い聞かせ、御礼を言ってその場を後にした。
当番表に掛かれている食材管理係の担当者の名前を見ると、そこには"ルベライト"と描かれていた。
まだ館中の住人の顔と名前が一致してないサファイアだが、この名前には聞き覚えがあった。
確か昨日自分に向かって配属の通知を行った、あの赤毛の少女だ。
今朝の朝集会(ミーティング)でそう名乗っていた筈である。
その名前を見た瞬間、喉の奥に嫌な唾が溜まっていくのを感じた。
自分の事を憐れむ一方で、今朝の事件で怪しんでいる側の人間だ。
そして恐らく、こちらの事を確実に敵視している。
サファイアの"長らく周囲の人間を気にして育った"直感がそう叫んでいた。
しかしそこで逃げていては相手の思う壷だ。
ゴクリと息を呑むと、両手で己の頬を叩いて気合いを入れる。

「怯んでる場合じゃなかとね。しっかりするったいアタシ!」

既に時は夕刻に近づき、少女が此処に現れるのも時間の問題だった。
クリスから貰った料理集(レシピ)を開き、使える食材で作れるものを判断出来るようにと、 食材と出来上がる料理を確認し始める。
赤毛の姿が見えたのは少女がレシピっを開いて半刻が経とうかという頃。
足音に感づき、視線を上げたその先に彼女はいた。

自分の姿を視界に捕らえたらしい彼女は、一瞬凍り付いたかのようにその場で足を止めた。
つい昨日までは運のない可哀相な娘と思っていたら次の日にはこ憎たらしい同業敵になり、正直どう接してよいものか分からなくなっていた相手が、 今自分の目の前に立っていたのだ。
これで驚くなと言う方が無茶だろう。
大衆の心理というものからすれば、彼女は嫉むべき存在といっても良い。
それだからといって意地悪をしていいという訳でもないだろうし、だが"それ"をしなければ今度は自分が周りから省られるということになる。
こういうややこしい事には正直首を突っ込みたくない。
関わることによって厄介な事に巻き込まれるなんて御免だ。
だから会いたくなかったのに…

「ルベライトさん、良かったと。待っとったったい。」
「…何?私に何か用?」
「食材が欲しくて貰いにきたとね。持って行くなら食材管理係に聞いてくれって言われたち。
 持って行っても良か食材ばあるとね?」

あぁ、ルビー様の個室に持って行くのね。
彼女は咄嗟に思い返した。
此処三ヶ月はあの場所に行く人が居なかったのですっかり忘れていた。
ルビー様もしばらくは外食ばかりで足を運んでくる事もなかったし。
配属されてまだ間もないというのに彼女がその行動に出たことに対して少しばかり感心の念を覚えるが、同時に何となく憎たらしいとも思ってしまう。
別にだからといって何をするわけでも無いけれど、素直に肯定出来ない気持ちがあるのは事実だった。
この後の予定もあるし、悪戯に時間を費やすのが馬鹿馬鹿しいからだ。
何処かでそう言い聞かせておもむろに口を開く。

「…ちょっと待ってて。確認してくるから。」

それだけ告げて、赤毛の少女は食材庫の方へと姿を消していった。
言われるがまま数分待っていると中から呼び声が聞こえてきたので、恐る恐る食材庫へと足を踏み入れることにする。

「…おっ、お邪魔しますったい。」

扉を開けると、そこには大小様々な段ボールやプラスチック製の箱が並んでいた。
箱の中には常温保存の野菜や、乾物を始めとした食材が種類別に仕分けされている。
更に奥の方には大きな銀色の業務用冷蔵庫が壁沿いに並んでいて、その前にリストらしきものを持ったルベライトが立っていた。
その姿を見つけると亜麻色の少女は扉を閉めて側へと歩いていく。
リストを元に紙片へ幾つかの書き込みをし、書き終えると突っ返すようにその紙片を少女に渡した。

「今週でのおおよその在庫量よ。
 勿論皆が食べるメニューによっては多少変わるとこもあるけど、その辺は入荷処理で次の週には影響しないようにするから。
 その代わり、在庫量から何をどれだけ持って行ったのかをちゃんと記入して私に提出して頂戴。
 特に季節物とかメニュー上で入荷しにくい物は在庫が切れると大変だからね。
 人参とか玉葱とかの常備野菜やワカメとかヒジキとかの乾物、あとは卵とか米は定期的に入荷するものだから大体で良いけど。
 リストはこの食材庫の入口に1週間毎に張替えておくから、これからは使用予定量と追加予定量を見比べて好きなのを持って行きな
 さい。分からなかったら直接聴きにくるといいわ。」

此処に持ち出し食材のリストを入れられるようにしておくから、そう付け足して赤毛の少女は部屋の隅っこに置いてあった空の仕分け箱を机の上に置いた。
手にしていた今週の在庫・入庫予定のリストを台紙ごと壁に立て掛け少女に場所を示すと、その藍色の瞳へと視線を向けた。

「…何か質問はある?」
「……えっ…あっ、大丈夫ったい!」

あまりにテキパキと説明されるものだから、うんうんと頷きながら目でしっかり追うのに必死だったサファイアは、改めて問い返されてハッと我に返った。
書き留める暇がなく、一語一句をしっかり頭の中に叩き込んでいる最中に突然質問があるかという問い掛けが混じっていた為、 そこで説明が大体終わっていた事に気付いたのだ。

「えと、毎日少しずつ…とかでも大丈夫とね?」
「…まぁ慣れるまではそれでも良いけど。結局ルビー様次第だしね。」
「分かったったい、ありがとうとね。」

御礼を告げて、言われたことを急いでメモに書き落としていく。
その真剣な姿を見て、ルベライトは更に複雑な気持ちになった。
よりによって最初の配属が"彼"だったのは、やはり気の毒だという他はないなと、改めて感じたからだ。
それでいて妬ましい気持ちと真摯なひたむきさに何処か後ろめたい感じを覚え、彼女への接っし方にやはり空を掴んでいるような曖昧さが拭いきれない。
昔自分が持っていた、憧れと真剣な心持ちを思い出せば出すほど、目の前の少女と重なっていく。
この輝きも、きっと彼の手によっていつか汚されてしまうのだろう。
そんな冷めた自分の視線に気付き、自分はもうあの日には戻れないのだろうと思いを馳せる。
勝負の世界に生きるものはそんなものだ、と。
と、その時に目の前の少女がふと何かを思い出したかのように言葉を発した。

「…ねぇ、ルベライトさん。」
「なっ…何?」
「ルビーって、皆と一緒にこっちではもう食べとらんの?」

その発言に、少女は目を見開くしかなかった。
何と言うべきか、この館に染められた者からは決して聞かれないだろう事だったからだ。
誰もが出来るものなら関わりを避けたいと思っているあの方を尚且つ呼び捨てで呼ぶなどと、 この館には彼より年上の選手(マスター)補佐者(サポーター)のブルー以外誰一人として存在する訳がない。
その場に硬直していると、返事が無いことに不信を持ったのか、壁面のリストから視線を外して少女がこちらへと向き直った。

「…ルベライトさん、どげんしよっと?」
「あっ……いや、変な事聞くのねって思って…」
「そうと…?昔は皆と同じ選手やったって聞いたち、やから此処で食べてたんやろうかと思っただけとに。」
「それも随分昔の事よ。アタシが此処に来たのが四年前だけど、ルビー様がセンリ様の代わりに代表として動くようになってもう三年に
 なるわ。もしかしたら選手でいた頃の方が短かったんじゃない?」
「…そやったか、そんな頃から。…アイツも大変やったとね。」

何と言って良いのやら、赤毛の少女には次の言葉が告げられなかった。
自分はあの方の怒りに触れるのが怖くて、なるべく関わりたくない、知りたくないと思っているのに、彼女は彼の事を知ろうとし、 その人生を哀れんでいるのだ。
どこからそんな感情が沸いて来るのか一向に理解出来ず、少女はただ困惑するだけだった。

「…あんた変わってるのね。よりによってあの方を哀れむだなんて。」
「哀れむっていうか…単に大変な人生やったとやなって思っただけったい。」
「…怖くないわけ?噂はもう聞いたでしょ?」
「…それはもう身を持って体験したとね。あれには流石にビックリしたったい。」

苦笑混じりに後ろ手で頭を掻く少女を、数奇な物を見るかのように呆然と見返す。
言葉に出来ない驚きが、ルベライトの思考を奪っていた。
身を持って知ったというのなら、何故今平然と彼の為にそんな動きが出来るのか。
その視界に映る亜麻色の髪が、少女の動きに合わせて揺れる。

「アイツの激しさば、確かに怖か所はあるとよ。けどそれはアイツが持ってる力の一つに過ぎんと。
 昨日一日ではほんのちょっとしかアイツの事ば分からんかったけど、話が通じん猛獣って訳じゃなか事は分かったったい。
 アイツはアイツなりに踏ん張ってるとこがあるって分かったとね。
 やから少しでも力ば付けて、しっかり向き合いたいなって思ったち。
 相手ば理解するためには相手の事知らんといかん、やから少しでも知りたいって考えるのは当たり前ったい。」

やから別に特別なことじゃなかよ。
そう言いながら微笑む少女の笑顔の眩しさに、赤毛の少女は目を細めるしかなかった。
その芯にある"自分にない強さ"を垣間見たような気がして、言葉が喉の奥に引っ込んでしまった。
何故だか、彼女の存在が眩しすぎるのだ。

「…っていかんち、もうこんな時間と!じゃあ此処に書いた分だけ貰っていくとね。ありがとうったい、ルベライトさん!」

そう言い残して、亜麻色の少女は自分が書いたメモを手渡すと、食料庫から手早く食材を手にして足早に去っていった。
赤毛の少女も自分に待ち受けている次の作業を思い出し、いそいそと持ち場に戻っていった。
食材庫から人気がなくなり、慌ただしくなった食堂からの歓声が寂しく響き渡っていた。

今ハ只己ガ信ズル道ヲ真ッ直グニ突キ進メ

試練ニ立チ向カウ者ダケガ、真ノ輝キヲ手ニ入レラレルノダ

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思ったよりも出張ってしまった脇役キャラその2が確定しましたね(笑)(一人目はパイライト)勢いで赤毛にしちゃったので名前決めるのが大変でした^^;
彼女は俗に言う中立と証するイジメ側の人間になります、本当はそんな事したくないけど自分が省られるのが嫌なんです、居ますよねそういう立場の子って。
あまり脇役を増やしたくないので多分このパイライトとルベライト辺りが今後も出張るんじゃなかろうか…(苦笑)しかし予定は未定(おーい)
宝石名ばっかりですね、そろそろ色系の脇役も一人くらい作りたいけど…段々流れが読めなくなってきてるので書いてる本人が分からなくwww