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少女が泣いていた。
身を縮こませ、涙を必死で押さえ込もうとしていた。 手を伸ばしてみるが、何故か届かない。 伏せた顔の造りも、その身体の温もりも手に取る事が出来ないのだ。 誰なのだろうか、この少女は。 分かることは、自分がその子のことを知っているはずだということだけ。 黒髪が揺れる。 もしかしてあの少女なのだろうか。 …いいや、もっと小さくてもっと幼い。 触れると今にも壊れてしまうのではないか。 それほど目の前のあの子は華奢な身体つきだ。 …自分が誰かの名を呼んだ。 誰だ…今何と言ったのだ? その時少女が顔を上げた。 白い肌が紅く染まり、涙に濡れたその瞳は… 「…クレア!!」 急に光が眼前を覆った。 一面に白く染まった視界が次に捕らえたのは、朝の日差しと見慣れない部屋。 そこで初めて、自分が覚醒したのだと分かった。 「…夢?」 体中が汗ばんでいて、心地が悪かった。 別にこの部屋の風通しは悪くはなく、ましてや蒸し暑かったわけでもない。 それだけ自分がうなされていたのだ。 「……馬鹿だな、俺も。」 あの少女が自分を追ってくるわけがないじゃないか。 クレアはもう、居ないのだから。 「起きたのか?」 扉の向こうから男の声が聞こえた。 金属の擦れる音も混じって聞こえ、次の瞬間に扉が開いた。 「飯だ。しっかり食っておけ。」 そう言って食材らしきものが乗っている金属盆をそばにあった机の上へ乱暴に置いた。 夕方の便で本土へ戻る、それまで大人しくしておけ。 男はそれだけ言い残し、また扉の向こうへ消えた。 カチャリと言う金属音がして、廊下を歩いていく靴音だけが耳に届いた。 とりあえず今俺をどうこうする気はないみたいだな。 恐らく、親玉 扉と運ばれてきた物を交互に見比べ、安堵の息を洩らす。 それから己の身に手をかける。 汗ばんだ下着を取り払い、掛け布にしていたもので滴るものをふき取った。 昨晩のうちに衣服を脱いでおいてよかった、と少年は改めて思う。 下着は若干着替えがあるが、それ以外の服の替えは無いに等しい。 あの者たちに追われるようになってろくに休めなかったので、洗濯もしていなかったのだ。 一通り身体を拭き終わって、手元を見る。 埃を思った以上に被っていたのだろうか、用済みの布が少し黒ずんでいた。 それは長い旅をしてきた証しであり、旅の終わりを告げる証しでもあった。 だがそのことで別段悲しくもならなかった。 達成感とともに、少年はその心を閉ざし始めていた。 瞳からはもう、強い意志は感じられなかった。 日が傾いてきた頃、男達が部屋へ入ってきた。 立て、とか歩け、とか言われ、何だか騒がしい気がするが特に気にも止めなかった。 腕を捕まれ、引きずるように連れ出された。 木の板が敷き詰められた床がギシギシと鳴っている。 固い足音が狭い通路に響き渡る。 扉を開ける音がする。 風が側を吹き抜ける音がする。 鳥の囀 音というモノだけが少年の身体に染み渡り、馴染んでいった。 だからぼやけた視界の中に見えたものに、すぐに気付かなかった。 くすんだ石灰のような壁面の上にひろがる青い空。 その空に浮かんでいるのは、深緑の葉と暗色の梢。 野鳥の姿 それと、人の影。 …影?一体誰の… 「見つけた…」 影が喋った。 低音だがそれは女の物だと分かる。 この声には、聞き憶えがある。 遠い昔、自分を抱きしめてくれた、あの姿に似ている。 忘れていると思っていたあの日の記憶に重なっていく。 あの人は、もう死んでしまったはずなのに… 風になびく髪は黒、見つめる瞳は… 違う、母ではない。 この世にいない人間が現れるはずがない。 夢を見ているのだろうか。 「だっ…誰だお前!!」 傍らに居た男のその大声で少年は覚醒した。 幻なんかじゃない。 聞こえる音も、感じる匂いも、全て現実だ。 じゃあ今目の前に居るあの人は誰なのだろうか。 何故、どうしてこんなにも胸が高鳴るのか。 「誰かなんて、あなたたちには関係ないでしょう?」 少女は笑う。 この場を楽しむかのように、男たちを見ている。 その緩んだ口元にも、見覚えがある。 そこで雲が晴れ、日光が己の背後から少女の方へ差し込んだ。 照らし出されたその顔を見て、少年は硬直した。 何故、どうして、どうやってここに来たのだ。 その声は高らかに響いた。 「レインは返してもらうわ。」 その瞬間、少女の姿は消えた。 次に聞こえた鈍い音で、上に飛んだ少女が傍らに居た男を蹴り飛ばした事が分かった。 茶色頭の男は、そのまま後方へ飛ばされる。 更に数人の足音がした。 もう一人の黒髪の男と、その部下達が少女の元へと駆けて行くのが見えた。 駄目だ、これだけの人数――しかもどれも屈強な身体つきの男――に囲まれてしまえば、 女である以前に子供である彼女が敵うはずがない。 勿論、自分もそうだ。 長い腕が彼女に届こうとしている。 「逃げろ!!セナ!!」 咄嗟に、そう叫んだ。 だが事は一瞬だった。 カチャリと音がしたかと思うと突然、少女の回りに渦がかかった。 そしてそれは右腕を一振りしただけで瞬時に散り、空を舞った。 少女の一つ一つの動作に応え、光は曲がり、直進し、辺りの物を薙ぎ払う。 それが金属繊維で編まれた糸に繋がれたセナの探知宝石 辺り一面には、伸びてしまった男たちと銀糸。 とてつもなく長くなったそれは、いとも簡単に元あった腕輪の中へ吸い込まれていく。 流石クロゼラスの技術だ、あんな小さい物にもちゃんと巻き取り式の装置がついてる。 …そうじゃなくて、どうしてそれを彼女が知ってるんだよ。 「ふぅ、これで終わりっと。」 だから何でそんな簡単に使いこなせてるんだよ。 少年の中ではもうそんなことしか浮かばない。 勝ち誇ったような顔で男たちを踏みつけて立っている少女。 その姿は凛々しいと同時に、少年の中にある少女の面影がこれっぽっちも無かった。 唖然とした表情を崩すことが出来ない。 一体何が起こったのか、もう一度説明してほしいくらいだった。 「…セナ?」 「ん?」 俺の呼びかけに、間の抜けたような声で答える。 これだけの事やらかしといて、何だよその態度。 「どうやって此処に…」 「…あぁ。地元の人に聞いたり、調べたりしたのよ。最終的にはダウジングで探したんだけどさ。」 いやいや、そういうことが聞きたいんじゃなくってさぁ。 あっけらかんとしていて、さばさばしていて…って一体何キャラなのさ、君は。 …ってちょっと待て、また謎が増えたぞ。 「ダウジングって…セナ、一体どうやって…」 「ん〜…適当。」 「てっ適当?!」 「だってやり方なんて教わってないし。 レインの真似してこーやってさ。ほら、言ってたじゃない、クロゼラスは皆生まれながらにしてダウザーだって。 したら何かビビビっときたからさ、此処だと思って。」 何だって?やり方を知らないからって、ただ自分の思うままやって当てられるものなのだろうか。 いや、彼女は自分と違って、そっちの方の才能があるみたいだから…てそうじゃなくって。 「だから、どうして追いかけてきたんだよ!!」 俺はお前を巻き込みたくなかったのに… 少年がそう口にしたとたん、少女の顔が歪んだ。 「…だって、置いてっちゃうんだもん。」 「…セナ?」 「私に何も言わないで置いていっちゃうんだもん!!いっつもいっつも、私ばっかり…」 少女は涙を堪えて、こちらを向こうとはしない。 肩かかすかに震えている。 「…置いてかないでよぉ。」 潤いきったその瞳は、あの薄い色。 その姿が幼い頃のあの子の記憶と重なり、胸が熱くなる。 「セナ…。」 明るくて、朗らかで。 いつも笑っていて、とても芯の強い少女だと思っていた。 思っていたのだが、どうやらそれは彼女の一部に過ぎなかったようだ。 弱みの無い人間なんて居ない。 誰よりも強い人間なんて居ない。 一人で生きていける人間なんて居ない。 それと同じ事だ。 少女はただ、会いたくて仕方なくて、置いていかれたのか悲しくて、今再び彼を目の前にして、 体中を駆け巡る思いを抱きしめているのだ。 そこには、年相応の少女が居る。 「ごめん…ごめんな、セナ。」 守りたかったんだ。 君の生活を、君の幸せを。 「ホント、いっつもだよな。女だからって…守られてばっかりじゃ……辛いよな…」 頬を伝わる物が、温かい。 「でも、守りたかったんだ…大切だから……かけがえのないものだったから……」 そっと近づき、その存在に、触れる。 優しく、そっと… 「ごめんな…クレア。」 ありがとう。 少年の言葉が少女の耳に届いた時、何かが外れる音がした。 押さえ込んでいた物が、一気に噴出した。 「…っ!お兄ちゃん!!」 緊 少女は初めて、自分がこの人の妹なのだと感じた。 それは嬉しくもあり、悲しくもあり、くすぐったくもあったが、それが彼と自分をつなぐ物だと、心に刻んだ。 こんなに泣きじゃくった事なんて、今までなかったように思う。 だが自分をあやしてくれるその温もりには憶えがあった。 記憶ではない。 身体が知っていたのだ。 あぁ、これが本当の『私』だったのだ。 「・・・っくっそぉ、やりやがったな、小娘っ…!」 傍らに居た男たちが意識を取り戻し、こちらを凝視していた。 気づいた時には、既に三方を囲まれていた。 咄嗟に身体を彼らと少女の間に滑り込ませる。 彼女には指一本触れさせまい、と思ったその時だ。 「こら、お前たち!!何をしておるんだ!!」 背後から現れたのは、はっきり言ってこの場には決してそぐわない、白い礼服 コノ先僕達ハ一体何処ヘト向カウノダロウカ… 分カラヌママ互イノ手ヲ握リ締メタ back close next
長いね〜すっごく(笑)スクロールが長くて大変だ〜
ノートにこの辺を書いた時にどうしても上手く切ることが出来なかったので続けてみたら、倍の長さになってしまったという落ちです(苦笑) 早くも二人がまた出会っちゃいましたねぇ…もう少し間の移動話書きたかったんですが、文化祭が近くなり時間切れとしてすっ飛ばしました(おい) 何よりネタがなかったですしね〜(言っちゃったよおい)次回で(一応)最終回ですww |