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何?一体何が起こったんだ?
とても力などありそうもないこのおじいさんが現れただけで、空気が変わったのだ。 目の前に居た男たちは慌ててその人に媚びへつらっている。 どうやらこの人が統領のようだ。 だが、その老人の人相からすると、この集団に対して感じていた事が全く似つかわないものに思えてくる。 どう考えても、どこぞの裏組織の幹部といった感じがしない。 もしかしてただの思い過ごしだったのか… そういえば、この建物を凄く立派で、暗躍の為の隠れ家 掛け布 じゃあ何なんだこの人たち。 いや、善人の皮を被ってる人だという可能性だってありえるではないか。 でも、しかし…… 「ねぇ…何がどうなってるの?」 傍らにいた少女が聞いてきた。 そんな事こっちが聞きたいくらいなんだけど。 同じ瞳で言葉なき会話を交わすが、これは一体どうしたものか。 そんな時、中心にいたあの老人がこちらに振り向いた。 「いやあ、すまなかったね、君たち。」 えっ? 「穏便に事を運ぶようにと命じたのだが、どうやら部下が勘違いしてしまったようでね。」 えっ…? 「部下の失態とはいえ、手荒な扱いをしてしまって本当にすまなかった。」 コトッ 「おぉ、すまないね。ありがとう、もう下がっていいぞ。」 「はい。」 女の人が机に硝子 何が一体、どうして俺はこんな所に座っているんだ? 少年は心の中で叫んだ。 アンティークといえばしっくりくるだろう、 このだだっ広い部屋の中央にある小さな机には先程運ばれてきた硝子 その周りには大きな長椅子 扉に近いほうに少年と少女が、行き場がないという感じで、小さく縮こまって座っている。 そして反対側にはあの老人が、にこにこという擬態語がつく位にやわらかい笑みを見せて座っている。 何なんだ、この雰囲気と待遇の違いは。 「うわぁ、綺麗な容器 「ん?君は見るの初めてかね。」 「はい。だってこの辺りじゃこんなのないんだもの。すごく綺麗。」 「はっはっは。だったら一つ持っていくかね。」 「えっ?!いいんですか?」 だから何でそんな簡単に馴染んでるんだ、妹よ。 そりゃ彼女にとって、ここでの初めてのもてなしなんだから仕方ないのかもしれないけどさ。 普通そういう態度をとるか? …いや、ここで自分がしっかりしなければ。 「あの…」 「なんだね?」 「話が…全然見えてこないのですが。」 「おぉ、そうだった。肝心の君たちに、まだ話してなかったのぅ。」 またこの老人は笑みを浮かべている。 なんなのだ、この変わりばえは。 「いやのぅ、わしはただ、クロゼラス家の嫡子殿をわしの所へ連れてきてくれ。 そう部下に命じたのじゃが、それは本人の任意の上で護送してくるようにという意味でな。」 「ごっ…護送?!」 ちょっと待て、あれだけ散々追いまわされたのに、その目的は護送だったと言うのか。 「いや、君がそう思うのも無理はない。 部下の事だから、それくらい分かっておるだろうと思ってな、連れてこいとだけ言ったんじゃ。 そしてこの行動は隠密にせよと言ったのがいけなかったんじゃな。奴ら、何かの作戦か何かと思ったんじゃろうなぁ。 いや、本当にすまなかった。この通り、わしからも謝るよ。」 「ちょっ…ちょっと待ってください!じゃあ一体何のために僕を此処へ連れてきたんですか。」 「それに…おじいさんが誰なのか、まだ聞いてないわ。」 同じ瞳を持つ黒髪の子たちは老人を見つめた。 「おぉ、こりゃあすまんかった。」 大げさに驚いた素振りを見せる老人は、装飾布 仕事の顔だ。 「紹介が遅れてすまなかった。わしはこういう者でな。」 そう言って胸元から一枚の小さな四角い紙を取り出した。 どうやら名刺のようだ。 出されたそれを丁寧に受け取る。 大小二種の文字で何かかかれている。 「文部省…国家付属民族・文化保護復興推進委員会、『ファントム・マイヤー』民族管理長官!?」 文部省の国家付属委員会って国の中でもかなり高位な官じゃないか!! しかもそこの長官だなんて… 「はっはっは。管理長官といっても名前だけだよ。 仕事をしないときは、ただのおじさんだ。」 いやいやそんなこと言ったって、現にあなたは国のお偉いさんだし、 一般人の俺たちが気安く話しかけられる人じゃないし……あれ? 「じゃあ、俺たちが呼ばれた理由って…」 「その通り。」 あくまで仕事の顔だが、年老いた男は優しく微笑む。 「わしの目的は、君たちを国の管轄内で保護する事だ。」 「保護…?」 「そうだ。我が本部は三年前に保護対象民族としてクロゼラスを認定した。 今現在本土で現存している民族の中で、一族の者が激しく減少しているという報告を受けてな。」 「でも、そんな動きがあったっていう話、俺一度も聞いたことないですよ。」 「それは仕方ない。 その当時この保護委員会はまだ発足したばかりで、世間には全くといっていいほど知られていなかったんじゃからな。 つまり、この話はつい最近のことなんじゃよ。」 「じゃあ、クロゼラスって…」 「そう、保護対象民族の第一号ってわけじゃよ。」 顔を近づけてきて、老人はにっこりと微笑む。 出来たばかりの国の組織、その最初の活動の中に自分たちの一族が絡んでいる。 それはある意味すごく大変な事であり、名誉な事でもある。 よく分からないが、そんな感じだ。 「そういえば、三年前って言えば父さんが死んだ後…俺が旅に出た頃だ。」 「だから連絡も来なかったのね。」 「いやあ、まさか君が居なくなってるなんて思わなかったからね。 つい部下にきつく当たってしまったんだが、それが逆に裏目に出てしまったようじゃな。」 本当にすまなかった。 老人は深々と頭を下げる。 「いっいえ、俺こそごめんなさい。そんなことだったなんて全然知らなくて…」 「いや、君がしたことは正当防衛じゃ。何も間違ったことはしておらんよ。」 非があるのはこちらの方だ。 老人は少年の頭に手をおき、優しく撫でる。 「それに、そのことが逆に良いことも運んだようだしのぅ。」 その視線の先には、少年の横でちょこんと座っている少女が居た。 つい先日までは別の町で、何も知らずに生きてきた少女。 「調べさせた時、純粋なクロゼラスの血を持つ者は君だけだと聞いていたからね。 同じ瞳を持つ女の子が居た時は驚いたよ。君もクロゼラスの血を引いているのだろう?」 灰色の瞳と黒い髪はクロゼラスの大きな特徴だからね。 そう老人は少女に尋ねる。 「はい、クレア・クロゼラスです。」 「…クレア・クロゼラス?じゃあ、君は…」 首をかしげた男は、驚きと感動の眼差しで彼女を見つめる。 「はい。先日、育ての母から、私はクロゼラスの末裔だと聞かされました。」 「ほっ本当かね、それは。ということは、君らは親戚というわけか。」 「いえ、親戚は親戚なんですけど…」 「…?」 「彼が、私の兄だそうです。」 おいおいおい、ちょっと待て、何勝手に話しを進めてるんだよ。 「そうかそうか。いやあ、一時はどうなる事かと思ったが、これでクロゼラスも安泰じゃな。」 勿論来てくれるじゃろ? ひとしきり笑った後、男はそう尋ねた。 ちょっと待って、俺はともかく彼女は… 「あの…」 「はい、ぜひそうさせてもらいます。」 少年の声を遮るように、セナは言葉を発した。 しかもそれは了のものだ。 少年は度肝を抜かれて身体が跳ね上がった。 「そりゃあよかった。 実はな、中央 彼らと君たちを集めて、一つの集落を創らせようと思うとるんじゃよ。」 場所はクロゼラス発祥の地、リオラスなんかどうじゃ? 陽気に微笑む老人はすごく楽しそうだ。 嬉しいのは分かる。 だが、こちらからすればある意味めちゃくちゃだ。 およそ二百五十年前から始まった、血の分散。 多少クロゼラスの血を引いていたって、言ってみれば赤の他人。 いくら保護の為だといっても、それは僕らにその地での生殖を強要するということではないか。 言葉には出していないが、恐らくはそういう事だ。 それを隣の少女は分かっているのか。 「クロゼラスは国の歴史の中でも重要な役割を果たしてくれた民族じゃ。 貴金属や宝石の生成、加工技術による装飾。測量術、放射探知法による町の建設や都市の開発。 そして、今となっては皮肉な事じゃが、先の大戦で錬金術を用いて造り出した様々な武器は、 大いに役に立ったんじゃよ。」 国の歴史に強い関わりをもった民族、その一つがクロゼラスなのだ。 国民として我らにその力を貸してくれた偉大な者たちの子孫。 彼らがその滅亡の波に乗り、いずれ路頭に迷う事になってしまう、そう思った。 「だから一刻も早く、この計画 「マイヤーさん…」 少女は目の前の老人をじっと見つめている。 だが少年はまだ納得がいかないようだ。 確かに、恩を返さなければならない、そういう考えでこのような動きを見せた事は別にどうこう言うつもりはない。 しかし、それは当人である僕らの気持ちを無視しているのではないのか。 そりゃあ反の意を彼女が示そうとしないし、させてくれないのでどうしようもないのだが。 「ありがとうございます。私たちのためにそこまでして下さって。」 「いやいや、当然の事だよ。本当に君たちには一族の者として生きてほしいからね。」 ほらほら、セナ、賛同の意なんて示すから話がどんどん進んでややこしくなり始めてるじゃないか。 ていうか、これはお前に取ってかなり重大な事なんだぞ? 下手したら人生丸つぶれじゃないか。 駄目だ、こんな話、受け入れるわけにいかない。 レインは男の方に向き直ってその反の意を示す言葉をかけようとした。 その時だ。 ぐいと引き寄せられて、言葉を飲み込んでしまった。 隣の少女が裾を引っ張って、少年を後ろに押し込んだのだ。 まるで彼が口を挟むのを拒むかのように。 それからは本当に話しが淡々と進んでいってしまい、 そのタイミングを失ってしまった少年はその様子を呆然と見ていた。 そして話は明日の便で本土へ戻って国の本部で一度身柄を預かり、 その後保護区であるリオラスへと向かうと言うことで終わってしまったのだ。 「おい!セナ!!」 少年が少女の肩に手を置き、叱咤する。 「何?お兄ちゃん。」 何か変な意味を込めたような口調で、少女は答えた。 少年はその様子に焦りと苛立ちを覚える。 「何、じゃないだろ?分かってるのか?滅びかけた一族を興すのは並大抵の事じゃないんだぞ!」 「分かってるわよ、そのくらい。」 「分かってない!!」 少年はぐいと引き寄せ、両肩をしっかり掴んで少女に強く言い聞かせる。 「お前には、この土地での…ルークラトでの生活がある。 一族の為だからといってその生活を捨てる義務なんてないんだ。 今ならまだ間に合う。このまま村に帰るんだ!」 「…何よ、それ。」 少女の低い声が耳に届く。 「私が居ちゃいけないっていうの?」 「そうじゃない!!」 少年の強い否定に目もくれない少女は、顔をこちらに向けようとはしない。 「一族を復活させると言うことは、その数を増やすという事だ。 いくら国が援助してくれたって、産むのは女であるお前自身だ。 それに、少しでも一族の血を引いている者たちを集めるっていったって…顔も、名前も知らない他人ばかりだ。 その中で純潔なのは、言われるのは俺たち二人だけ。 分かるだろ?口では簡単に言えるけど、そんな中で一族の代表としてどれだけの子を成さなくてはいけないのか… 男の俺ならともかく…女のお前に、この状況は苦しすぎる。」 一族が落ち着いていくまでこの連鎖は続いていくが、 これからのクロゼラスの始祖とならなければならないこの少年と少女は、肉体の限界まで、 その身体を張らなければならないかもしれない。 どう転んだって平穏な暮らしなど望めない。 安らかにその一生を終えることが出来ないかもしれないのだ。 そんな苛酷な環境の中に少女を置く事なんて、出来ない。 「分かってるわよ。そのくらい。」 少女が小さく呟く。 「そんな事分からないほど馬鹿じゃないわ、私。」 少年の手を振り解き、すたすたと歩いていく。 怒っている…? いや、そりゃあ一方的に言ってしまったけど、それはセナのことを思ってだな… そういえば、今目の前にいる少女はセナなのか、それともクレアなのか… どうして先程から、自分はあの少女の事をセナとしか呼ばないのだろうか。 「…やってやろうじゃない。」 「セナ…?」 「十人だろうが二十人だろうが。なんなら三十人だって産んでやるわよ!!それでいいんでしょう!?」 「…っ!セナ!!」 何てこと言うんだ! そんな軽々しく、しかもやけくそにだ。 自分の人生を棒にふる気なのか?! 少年が駆け寄り、こちらを向かせる。 振り向かせたその顔は、歪んでいて弱々しく見えた。 「…側にいちゃいけないの?」 「セナ…」 強気だった少女の声が、弱々しい。 「確かに、私には今までこの地で築いてきた暮らしがあるわ。不満なんてなかった。あそこでの生活は、とても楽しかった…」 「じゃあ、何故…」 「…だって、私の本当の居場所は、ここなんだもん。 私の故郷はイーストリアのルークラトじゃない、セントリアのリオラスなんだもん!!」 だから私は、此処にはいられないの。 少女は小さく言葉を紡ぐ。 今にも泣きそうなその顔を見て、少年は言いようのないほどの切なさと、愛しさを感じる。 「ううん。そんなのは言い訳よ。」 少女の目から光が流れる。 「……れたく…いの。」 「セナ…」 「離れたくないの!!レインと!!」 悲痛な叫びだった。 少女の張り詰めた思いが、ピンと辺りに響く。 「こんなに…」 少女の白い手が、彼の胸元に触れる。 「あなたの事で、こんなにも…いっぱいなのに……」 少女の切なる心が、少年の奥へと染み渡る。 回した手に、力を込める。 一度は押さえようとした感情が、少女の言葉という鍵で紐解かれていく。 もう、今更どうしたって止められる自信がなかった。 「…本当にいいのか?もう後戻り出来なくなるぞ?」 兄妹ではなく、一族の一人として。 男と女として、かの地で生きる。 そして、恐らく二度とそこから出る事は出来ない。 自分に与えられる運命は、そういうものなのだ。 それがどういう事なのか、二人には充分すぎるほど分かっていた。 「…苛酷な運命ね。でも…私は負けないわ。」 だって私にはあなたがいるから。 涙に濡れたその顔には、笑みが浮かんでいた。 もう迷わないという、強い意志と共に、その思いは光り輝く。 少年はその思いを堪えきれず、腕の力を強める。 「言っとくけど……」 「…?」 「俺は、一度手に入れたものは、二度と離すつもりはないぞ。」 角度が角度なのでその顔は見えなかったが、彼の事だ、恐らく赤面しているのだろう。 先程まであれほど自分にガミガミと言っていた彼が、妙に可愛らしい。 何だかおかしな気分だ。 そもそも、今更何を言っているんだろうか。 「…当然でしょ?」 その温かさを感じながら、背に回した腕に力を込めた。 光が舞い、風がなびく。 花が一面に咲き誇り、鳥は空へ登り、獣は地を駆ける。 緑豊かで蒼い空が広がるこの大地。 それが、私たちの居る世界。 始まりの鐘がなった瞬間、風が…止んだ。 僕ラハ再ビ歩ミ始メル ソノ地デ愛ヲ育ム為ニ… back close
こっちの方が断然会話が多かったために、前話よりもスクロールが長くなっちゃった(苦笑)
何はともあれ、これで宝石の導きは終了でございます。いやはや、長い道のりでした…完成に丸三年を費やしてしまいましたヨ… 前半をのんびり書き過ぎたのが原因なんですけどね。 何せおよそ半分を僅か半年くらいで書き上げましたから(笑) もしこの話であなたの心を動かした何かがあったのなら、是非感想をお聞かせ下さい(^^) 何年か後にまた自分の作品を思い出していただけるように、日々精進していきたいと思いますm(_ _)m |