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荷馬車は道が悪い為、激しく揺れる。
座席が固い板なので腰が痛くなった上に、乗り慣れてないせいで気持ち悪い。 多分乗り物酔いなのだろう。 中央から船でこちらにやって来るときはずっと寝ていた為気にならなかったので、 こういうことが起こるだろうと予測していなかった。 日が地平線へと落ち込んでいた。 地平線が見える、ということは俺は今海の見えるところに居るのか。 この様子だと、港に着く頃には夜の帳が下りているに違いない。 空の彼方に広がる夜の色…まるで、あの少女の綺麗な髪のようだ。 単一に染まっていて、決して煌びやかに光るわけではないが、 絹糸を思わせるようななめらかで艶々に光るそれを思い浮かべる。 「セナ…」 少年の小さな呟きは、砂利道を走る車輪のけたたましい音の中に消えた。 この灰色の瞳は親から受け継いだもの。 その親は更にその上、そして… そう、わがクロゼラス一族の者だけが有する色なのだ。 そして絶滅の道を辿っているこの一族の者は今この世に二人だけ。 自分と妹だけなのだ。 あの様子だと全然気付いていなかったんだろうな。 それは当たり前なのかもしれない。 妹と聞けば誰だってその者より年下だと思うだろう。 それに双子だなんて言わなくたって、クロゼラス一族の特徴なんてそう簡単に消せないし、 世界中探してもこれに類似するものなんて滅多にない。 そう思い込んでいたからこそ、その事実を口にしなかったのだ。 でも、まさか一番最初に会っていたなんてね。 誰が想像できるんだよ、そんな事。 少し日に焼けた肌、活発的で明るく、そして瞳の色は暗かった。 幼い記憶に残る少女とまるで違うその性格と容姿。 歳月は人を変えるものだとよく言うが、彼女の場合は環境による物が大きかった。 記憶の残っていない少女はすくすく育ち、この地で第二の人生を送っていた。 それは少し寂しい気もしたが、同時にまた嬉しいものだった。 もうあの少女には自分の世界がある。 だからこちらのことを背負わせる必要などなくなったのだ。 ――勿論、初めからその気はなかったのだが―― この地で幸せに暮らしてほしい。 一族の事など思い出さなくていい。 あの腕輪に――恐らく――仕掛けてある細工にも気付かなくていい。 彼女が幸せであればそれでいいのだ。 しかし目に焼き付いているのは、少女の笑顔ではなかった。 泣き顔だ。 最後の言葉すらかけられなかった。 走り出した荷馬車、そこから見えた少女の悲痛な顔。 遠くからでもその表情は手にとるように分かった。 崩れ落ちてひざまづく瞬間を見たとき、胸がひどく締め付けられた。 もしかして後悔しているのだろうか。 何も言わず、何も話さずに出てきてしまったことに。 だが、こうするほかに仕方がなかった。 彼女が妹だと確信してしまったあの時から、自分には会わせる顔がなかったのだ。 どうやって声をかけたらいいのか、分からなくなった。 少し前の自分なら、もっと柔らかに別れの時を迎えられただろう。 隣町へ妹を探しに行くふりをして、最後の言葉も言えたはずだった。 でも何食わぬ顔をしてやり過ごす事が出来なかった。 気付いてしまったからだ、自分の気持ちに。 彼女を目の前にして本心を隠し通す自信がなくなってしまったのだ。 彼女の優しさに、笑顔に、仕草に、心に…惹かれてしまった。 それは彼女が肉親だと知ったぐらいでは到底拭いきれない想いだったのだ。 だからもう一度彼女に会う事が出来なかった。 会ってしまえば、きっとその手を離すことが出来なくなる、そんな気がしたからだ。 でも、その想いを捨てなければ、この一軒に彼女を深く巻き込み、最悪の場合足枷をつけてしまうことになってしまう。 そんな事、絶対にしてはいけない。 だから捨てたのに…捨てたと思っていたのに… まだ…こんなに残ってる。 自分で自分の存在を浅ましく感じた。 自分の中にあるその想いに触れる度、頬が染まり、少女の姿が映る。 馬鹿だな。 自分で断ち切った鎖なのに。 少女にわざわざ悲しみが残るように別れてきたくせに… そうまでして自分の存在を彼女に刻みたかったのだろうか。 我ながら、男という生き物は、人間という生き物はどれだけ愚かで浅はかなのだろうか。 自分が存在していたというその証しを残さなければ、生きる価値を見失ってしまう、すぐにそう考える生き物だ。 知恵を身に付けたからこそ得てしまった感覚。 それが今自分の中にある。 この想いがある限り、自分はいつか壊れてしまうだろう。 少年は心に誓った。 心を捨てよう。 何も考えずに、今を生きよう。 それで朽ちてしまうのなら、所詮それまでの人間だった、という事だ。 明日を夢見なければ、思いを馳せなければ、苦しむ事もないだろう。 これで全てが丸く収まる。 小窓から空を見上げると、そこに薄赤の小鳥が追いかけるように側を飛んでいた。 あぁ、どうかあの少女に伝えてくれ。 泣かせてしまってすまないと、置いていってしまってすまないと。 そして幸せになってくれ、と。 小鳥はそれを聞き遂げたかのように、大空を旋回し、また飛んでいった。 夕の色に染まった景色は、少年の瞳に映るだけで、何も残さなかった。 車輪と馬の脚が奏でる音だけが、むなしく響き渡っている。 小さな白光が一つ、空に瞬いた。 「あっ…一番星。」 暗くなってきたなぁ、とふと空を見上げたらそ こにあった光。 じきに日が暮れて夜になるだろう。 この辺りは町や村がなく、人が少ない。 日の光がなくなれば辺り一面が闇となってしまう為、夜になると動けなくなってしまう。 「夜になる前に次の村に行かないとまずいわね。 野宿するのはいいんだけど、朝一の定期便に間に合わないもの。」 港町『コレイア』へと向かう馬車の便。 今少女が目指している村『スレイト』まで行けばそれがあるのだ。 朝一のそれに乗れば、昼前にはコレイアに着くことが出来る。 探すための時間が多ければ多いほど、こちらが有利になる。 その為にはこの足を速めざるを得ないのだ。 靴擦れをおこしてはいないものの、かなり浮腫 硬く張り詰めていて、触れると痛みを伴う。 しかし休むわけには行かないのだ。 「もう少し…もう少しよ。」 眼前に広がってきたのは、人の居る証しである光。 何があってもあそこに辿り着かなければいけないのだ。 重い足を引きずるように、少女は駆けて行った。 その足取りは、なぜか次第に軽くなっていく。 日中あれだけ駆けずり回っていたにも関わらず、どうしてそこまでの力を発揮できるのか。 答えは一つ。 この少女の一途な思いなのだ。 レイン、待っててよ。 絶対、一人じゃ行かせないから。 日が地平線に差し掛かり、あっという間に暗くなってしまったが、少女は足を止めなかった。 足元すら殆ど見えないような暗闇の中、彼方の光を目指して進んでいく。 わき目もふらずに、真っ直ぐ見つめているその瞳には変化が起こっていた。 あれほど濃く染まっていた色が見事に抜け、薄茶の色になっている。 背中にある荷の中には、黄緑の玉が一つ。 それが彼女を本来あるべき姿へと戻すための鍵だ。 光が飲み込まれていき、全てが溶け込んでいく。 最後までその姿を留めていたのは、一番初めに消えてしまうと思われていた、あの漆黒の絹糸だった。 闇の空間が広がり、少女の姿が…落ちる。 君ニ出逢エタ事ハ、決シテ 無駄ナコトデハナカッタンダ… back close next
少年は少女を守るために自ら旅立ちました。
行ってしまった少年を追って少女は旅立ちました。 互いを感じている二人の思いは同じはずなのに何処か違う、そんな感じが出ているでしょうか…? レインは現実主義でネガティブ思考が目立ちますが、セナは理想主義でポジティブ思考が目立ちます。 双子のくせに全く正反対だなお前ら…(笑) |