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一瞬の出来事で何が何だか分からなかった。
ただ残ったのは、彼が何も言わずに行ってしまったという事実と、悄愴の念だけだった。 「くそっ…間に合わんかったけぇ。おい、ルホっ!!お前何しとったんじゃい!アイツ家まで送ったんじゃねぇのか!」 「おっ…送ったわ、ちゃんと!アタシはアイツが家に入るとこ、ちゃんと見て帰ってきたんや!」 「…家?」 放心していた少女が、その単語に反応する。 「それって…どっちの?」 「えっ…どっちも何も、アンタの家は一つやないか。」 「母屋の方ってこと?」 「…当たり前やん。」 だってあっちは小屋やろ? あっこは昔、秘密基地みたいに使うてただけやん。 茶の少女はきょとんとした目で黒髪の少女を見つめた。 「アホか、お前!セナの言うたこと聞いちょらんかったんか!!小屋の方に連れてけって言うたじゃろうが!」 「えっ……はぁ!?だって、真っ直ぐあっこに向かったから、アタシてっきり…」 レインが母屋に…?あそこには何もないし、母さんがいつもいるだけで… …母さん。母さんなら何かっ!! 少女は突然踵を返して走り出した。 「あっ!セナ!!アイツら追わんのか!?」 「追えるわけねえじゃろが!このドアホ!あんな早いもん、どーやって追いつけるんじゃい!!」 「だっ…だってぇ。」 二人のやり取りに目もくれず、少女はひたすら駆けて行った。 行き慣れたあの家へ。 西の丘へ着いた時にはまた日が傾いており、沈んではないものの、空は紅く染まり始めていた。 もうじき日が暮れる。 少女は扉に手をかけ、勢いよく開け放つ。 その音に驚いた女が椅子に腰掛けていた。 晩御飯は済んでいたらしい。 「どうしたのよ、セナ。仕事は?」 この家は大木 少女の表情が分かったのは、彼女がランプの暗い明かりが灯る範囲に入ってきたからだ。 「あの子が…」 ボソッと少女が呟く。 女は何事かと疑問符を浮かべる。 「レインが此処に来たんでしょ!?」 その言葉に女が目を見開く。 セナは母親のその些細な変化を見逃さなかった。 「何か…知ってるんでしょう?」 女は視線を反らし、顔を向けない。 「レインがあいつらに捕まるようなヘマ、するはずないもの。」 あんなに妹に会いたがっていたのに。 「ルホがここに来たって教えてくれたの。」 女は顔を下に向けてじっと少女の言葉を聞いている。 「教えてよ!!母さん!!」 狭い空間に少女の声が響いた。 木製の柱や壁に反響する訳はないのだが、少女の祈るような叫びは何度も頭の中を巡った。 「…やっぱり、似てるわね。」 「えっ…」 女は顔を上げた。 何故かその顔には微かに笑みが零れている。 力のない微笑が。 「確かに、あの子は此処に来たわ。私に聞きたい事があるって。」 「…聞きたい事?」 ルホから聞いたレインのこととこの母の様子からすると、 どうやらそれはお世話になったお礼をしに来たという事ではないようだ。 「…どうして?レインが母さんに用があるわけないじゃない!」 「…そうね。」 母親である女は、何だかよそよそしい素振りで明後日の方向を見つめる。 「正確には、あなたに用があったんだもの。」 「…私に?」 「そう。あなたにもう会わす顔がないから、よろしく頼むって。」 「えっ?」 会わす顔がない? それは一体どう言うことなのだろうか。 彼が自分に負い目があるわけなどないはずなのに… 「母さん、それはどういう…」 「本当、キョウダイそろってお人よしよねぇ、アンタたちは。」 「…キョウダイ?」 キョウダイ? それは一体どう言う意味なのか。 「…本当に知らされてなかったのね。 あなたの事だから薄々感づいてたんじゃないかと思ってたんだけど。」 どうやらそうじゃなかったみたいね。 どこか悲しげに見える顔で女がこちらを見ている。 それが一瞬他人であるかのように見えた。 何故?どうして今更そんな顔をするのだろか。 「…やめてよ、母さん。私はセナ、セナ・リトラムよ… 血は繋がってなくても、私は母さんの子よ!」 誰にもそれは否定させはしない。 身寄りのなかった私を大切に育ててくれたこの人をこれほど慕っているのに… 「確かに、レインも私も家族がいない。親を失って悲しいと思うのは必然よ。 だから私とレインは似ているのかもしれない。両親を失ってから一人で此処まで来た彼に、惹かれたところだってあるわ。」 両親なんて知らない。 私の中には彼らと過ごした日々なんて一つも残ってないもの。 あるのはあなたに引き取られた、あの日からの記憶と出来事だけ… あなたが居てくれたから、私は一人じゃなくなったの。 だからお願い…そんな顔しないで。 私を…見捨てないで。 置いてかないで… 「けど…私には母さんがいるもの!!」 その言葉を聞いた女は内側から溢れるものを堪えるかのように身体を振るわせる。 その口から発された言葉は弱々しいものだったが、その空間に凛と響いた。 「そうね。」 母のその様子を心配に思った少女は、先程の剣幕とは打って変わって寂しげな表情で駆けてきた。 抱きつきたい衝動に駆られたのだが、まるでその後の結果を予想していたかのように、 何故かその手前で踏みとどまってしまった。 「確かに、あなたの両親は死んだと聞いたわ。だからこそ私はあなたを引き取ろうとしたんだもの。」 年の割に荒れて固くなった手で、少女の頭を撫でる。 別れが名残惜しそうな感じがしたのは気のせいではない、そんな気がした。 「だから本当に驚いたの。封印したはずのあの瞳 急に開いた扉、誰か入ってくるはずのない時間帯。 そこに立っていたのは、日に照らされ煌びやかに輝く黒髪。 逆光でも分かる白い肌の間に、もう二度と見ることのないと思っていた灰の瞳が光っていた。 「兄がいるなんて…私は聞いていなかったわ。だから、本当に驚いたの。」 兄…?誰が…誰の…兄? まさか… 「あなたの本当の名前はクレア・クロゼラス。正真正銘のクロゼラス家の末裔よ。レイン・クロゼラスは、あなたの兄なの。」 レインが…私の兄? 私が…クロゼラスの者? じゃあ、レインが探してた妹って、私のこと? 「嘘っ…」 そんな訳がない。 自分にはそんな記憶だって、ましてや彼らの持つ技術だってないのだ。 「今更嘘ついてどうするのよ。確かにあなたはクロゼラスの者よ。」 本人には決して言わないようにと、施設から引き取る時どれだけ釘を刺されたことか。 溜息が出る。 考えてみればあの時点でこういう日が来る事を予測しておくべきだったのだ。 「私はクロゼラスに関する証拠 あるのは記憶に残る真実の話と体験だけ。」 でも、あなたなら何か持ってるんじゃない? 母を捨て、一人の女になったロエルと言う女性が、私に向かってそんなことを言った。 私なら持ってる? だって私はクロゼラスにいた記憶なんてなく、ましてやレインという兄がいたことも知らないのだ。 あるのはこの町で暮らした日々の事だけなのだ。 だから過去を示すものなど、何も… 「…あっ。」 一つだけあった。 物心ついた頃から、いや、何時からしていたのかも分からない、金の光を放つ帯のような小さな輪。 それが今も自分の腕にしっかりとしがみ付いている。 確かあの時、レインはこれに興味を示していた。 もしかして、彼は既にあの時これを見て自分が妹だと悟っていたのだろうか。 いや、その後の彼の行動からはその様子は見られなかった。 それに自分が答えたこと以上の事は追求してこなかった。 では何故彼は何も言わずに行ってしまったのだろうか。 自分を置いて… 一体この腕輪に何が隠されているのだろうか。 少女は震える手で紫石をそっと撫でる。 緊張で強張った指が石を強く内側に押した、その時だった。 カチンッ あっ…石が窪んでしまった。 腕輪の内側へ落ちてしまったのだ。――つまり、こんなにぴったりとした中に空洞があった、ということなのだが―― 少女は慌ててそれを取り出そうと穴を下に向けた。 カチッ、ジャーーッ、カシャーン 下に向けたとたん、石があったところの縁の盛り上がった部分が蓋のように開いて外れた。 穴から出てきたのは、セナのしっかりとした髪のように細い糸 その垂れ下がった先には、先程までしっかりとその穴にはめ込まれていた宝石 角が随分丸く加工されていたが、それが放つ光は正しく少年の宝石と酷似していた。 その色は先程まで見ていた暗いものではなく、向こう側が透けて見えるほど薄い紫のもの。 ダウジングを高めるという、あの宝石だ。 それが、これほど複雑で高度な技術が組み込まれた装置 少年の簡素な造りだった物とは比べ物にならない。 少女がそれを認識した時、一つの確信を得てしまった。 あの少年は、兄は、自分には才能がないと言っていた。 だから最後まで一族の証しであるそれを使わなかったのだと。 もし私にも才能がないのなら、こんな高度な装置をまだ物事が分からない幼女につけるはずはない。 そうでなくても、一度つけてしまえば二度と外れることはないこのようなものをわざわざ付けるのだろうか。 そう、全ての答 その場に座り込み、目じりに溢れる物すら拭い去る事が出来なかった。 「レイン…っ…」 少年のあの言葉が蘇る。 彼は自分を守る為に…自らを犠牲にしたのだ。 自分が二度とこの町を訪れなければ、少女は安心して暮らせるからだ。 そう思って、少年は奴らの元へ自ら赴いたのだ。 自分はまた、守られてしまった。 「…どうするんだい?セナ…」 その返事が部屋に響く事はなかった。 既にこの後どうするのかは、女にも、そして少女にも分かっていたからだ。 涙を拭ったその顔には強い意思が込められていた。 諦めを知らない漆黒の仮面をかぶった瞳が、輝く。 私ハ心ニ誓ッタノ 守ラレテルダケジャイヤダカラ back close next
今から考えたら、この辺りは物凄く時間をすっ飛ばしてますね(笑)
考えてみれば、レインとロエルさんは一体どんな話をしたんだか、またレインが奴らと何処で会ったのかとかがないね(おいおい)とりあえず次は普通に続きです。 いつか時間が出来たらその辺りの話も書こうと思いますが、そうなると四章と五章の切れ目を変えないといけません。 …若干面倒だな(汗)誰か見たい人いるだろうか… |