6.惜しまれる現実

母親であるロエルと二人組(タッグ)を組み、地図の解析を始める事約一時間 ――勿論あの後直ぐに夕食を作って彼の元に届けてあるので時間は気にならなかった―― 幾つかの事に気が付いた。
湖の大きさと川の数、ながれている場所などで、その前の年にどのくらい雨が降ったのか、 洪水、日照りが何処で起こったのかおおよその見当がつく。
二人が出した見解では、少なくとも三十年以上前で、何年か前に大きな洪水があった事、 その後日照りが多く続いたということぐらいだ。
だがそれがどのような時期に起こったのか、またその規模などは知識の無い二人には分かるはずもなく、 これだけではなかなか判断が付かない。

「流石に私たちだけじゃ限界があるね…」

そう言ってセナは溜息をついた。
彼女が帰ってきてからかれこれ三時間ほど経っているが、昼前から地図とにらめっこしている彼女にとっては かなり辛いだろう。
もうこれ以上自分が協力できる事は無い、ロエルはそう漠然感じ始めていた。
これ以上の分析を求めるならばそれ相応の専門家の知識が必要だ。
だが偏狭の地であるこのルークラトに気象研究に長けている者などいない。
――もともとこの(イーストリア)は雨の降りにくい土地柄で 天気の変化が乏しい事もあり、 空の様子や空気の感じで古代から明日の天気を予知する生活の知恵程度で済まされてきたのだ――
そう、気象研究に長けているものは…

「…ねぇ、セナ。」

ロエルはふと思いついたように問い掛ける。

「何?母さん。」

少々呆けた声で返答する少女。
一日の習慣(サイクル)が早いこの町ではもう随分と遅い時刻。
更に彼女は朝から蔵書庫に篭っていたのだから疲労が溜まっているのだろう。
睡魔が襲ってきていて反応が鈍い。
だが母はそれに構わず言葉を続ける。

「シュウ君に聞いてみたらいいんじゃないかい?」
「…シュウ君?」

シュウ・ハイロ。
西土ウェストリア出身の少年で、学者である父の調査に付き合って ここルークラトに数年前から住むようになった青年で、黒髪をもつ黄色系の人種である。

「…確かにシュウ君の家は学者だけど、気象や地形の専門じゃないし…どっちかって言うと歴史に詳しいでしょ?」
「えぇ、だからよ。」
「…?」

少女は首をかしげる。
彼に地図を見せたって専門外なのだから何かが分かる訳がない。
もし分かるとしても、自分たちが今まで調べて分かった地形の成り立ちぐらいなもので…

「…あっそっか。」
「気付いたようね。」

そうだ。
乾燥地帯であるイーストリアでは日照りなんて数年毎ににやってくるが、洪水はそれに比べると極めて少ない。
恐らく十数年、ヘタをすれば何十年も起こらない。
どちらもイーストリアでの農業やら水産業やら何やらに大きく関わるので、歴史に事細かく残っている。
つまり三十年以上前でこれら二つが相継いで起こった時期を割り出せれば、 この地図が何時のものであるのかがはっきりするのだ。
歴史に詳しいシュウならその辺りの事も詳しい。
もし知らなかったとしても、それを調べる手段を持っている筈。
いずれにしても、このことに決着がつく筈だ。

「ありがと母さん!早速明日シュウ君の所に行ってみる。」

目の前に広げられていた地図や紙片やらを片付けて手に取り、セナは立ち上がった。

「…でも明日は仕事じゃなかったの?」
「…あっ。」

学校は明後日からだったのですっかり忘れていたが、明日はお客さんが多いので 夕方からマスターの店で仕事であった。
今は気候がいいので絶好のかき入れ時。
ちょっとやそっとの理由で休むわけにはいかない。

「…その返事はすっかり忘れてたのね。」

苦笑しながらロエルは少女を見る。

「あははっ…ごめんなさい。」

右手で頭を掻きながら笑う少女。
何かに集中すると直ぐに周りが見えなくなってしまう彼女の性格は、やはり育てた者にはよく分かっていた。

「大丈夫、お昼ぐらいに全部済ませてくるから。店だって帰りに寄っていけばいいんだし。」
「…まぁ、それもそうね。」

そういうとセナは再び荷を抱えなおす。

「ありがとね、母さん。」

少女は微笑みかけた。

「どういたしまして。」

女もそれに答える。
この二人の間では、これだけで充分なのだ。
少女は再度母親に微笑みかけると、足早に家を出て自分の小屋に向かっていった。
その背中を見送るロエルは娘の成長を喜ぶ反面、 いつか自分の手の届かない所へ行ってしまうのではないかという不安の情を覚えていた。

「セントリア…か。」

あの子はまだ憶えているのかしら…


暗闇で満たされた視界に突如光が飛び込んでくる。
セナが光の中の様子を確認出来た時、少年は机に向かって何やら作業をしていた。
その手元に視線を向けようとしたがそれは叶わぬ事になる。

「お帰り。」

椅子を引き、こちらに顔を向けられたので急いで目を反らす。

「あっ…うん。ただいま。」
「丁度よかった。今これからの予定を立てていたんだけどさ。」
「あっその事なんだけど!!」

声を張り上げて、いきなり少女が目の前に飛び込んできた。
少年は不意を突かれ、思わずグッと椅子ごと後ずさってしまった。

顔が近い…

咄嗟にそんな事しか浮かばなかった。
だが少女はそんな事なぞ気にも止めず、そのまま話題を進める。

「分かるかもしれないの!妹さんの居場所が!!」
「はっ?」

かくして、セナによる今朝からの事の流れの説明が始まった。
この土地の事、地図の謎、そして新たな手掛かりを見つけるための糸口が見つかった事などを 次々に順を追って語った。
少年はそれに驚きつつも、淡々と頷きながら聞いていた。

「…すると、明日そのシュウって人に会いに行くって事だよね。」
「そうよ。シュウ君ならきっと何か分かるはずよ。」
「でも…セナ、仕事はどうするんだ?」
「えっ?」
「だって、今日休んだんだろ?」

あの店にはセナ以外の従業員がいるようには思えなかった。
ということは、明日彼に会いに行けば彼女は二日も店を開ける、ということになる。

「昨日色々あったし、今日は休むだろうってマスターは分かっていたはずだから良いのよ。
 それに今日は仕込みの日でもともと店は休みだったしね。
 一応明日からまた仕事だけど、夕方からだし。
 お昼過ぎまでに用事を済ませれば、帰りにお店に寄れる。だから大丈夫よ。」

そうか。自分は彼女に負担をかけていたのだな。
レインは漠然とそう思い、だがそれだけで思考は止まってしまった。
まるで自分の事情に彼女が付き合うのが当然だとでも言うかのように…

「…どうしたの?レイン。…やだなぁ、本当に大丈夫だって。」

いざという時はカトやルホに手伝ってもらうからさぁ。――恐らくセナの友達なのだろう――
少女はあくまで明るく、そして和やかに微笑む。
しかし彼女の優しい笑みに見惚れていた時だ、視界の中に見慣れない色が飛び込んできた。

「レイ…っ!!」

その色は自然の物ではない、人の手によって出された色…
クロゼラスの家で育った自分だからこそ直ぐに判断出来たのだ。
その色は金、少しくすんでいるが間違いなく加工された物であった。
その在り処は目の前にいる少女の右腕…

「イタッ…」
「あっごっ…ゴメン」

思わず強く自分の方に引き寄せてしまい、少女に無理な体勢を強いてしまった。
一瞬相手の事を気にする余裕が失せてしまった。
それはその腕に付けられている金の腕輪に何処かしら見覚えがあった気がしたからだ。

「どうしたの?レイン……あっ…これの事?」

少女は袖をまくり、隠れていたその姿を露にした。
それは思ったより幅があって、右の手首が自由に動かせないのではないかと疑ってしまう程だった。
少女の細い腕にしっかりと張り付くように付いているそれを、改めてじっくり眺める。
一瞬何処かで見たような気がしたのだが、何処だったのかが全然分からなかった。
表面に軽く凹凸を付けてある、簡素(シンプル)なデザイン。
よく見えないけれど細い溝も刻まれているようなのだが、既に表面がくすんでいてよく分からない。
そして何より不思議だったのは、腕の内側に飾りであるはずの宝石のような大きな石がはめ込まれていた事だった。
それ以外に装飾は見当たらない。
このようなデザインを扱っていた流派の検討すら付かなかった。
やはりただの思い過ごしだったんだろうか。

「不思議でしょ?私もずっと思ってたんだけど。」
「…もしかして…いつからしていたのか憶えてないの?」

少女は寂しそうに頷き、自分の右腕を見つめる。

「物心ついた頃からずっと付けてたんだ。一度母さんに聞いた事があったけど…」
「…けど?」
「あなたが憶えてない事、母さんが憶えてる訳ないでしょ?って言われた。」

私の母さん、忘れっぽいの。
その様子が何とも微笑ましく見えた。
見えたのだがそれと同時に寂しさを感じた。

「あっレインってこういうの興味あるんだよね。クロゼラスの人間だもの。」

セナが笑っている。
だが一瞬、悲しげに見えたのは目の錯覚なのだろうか。

「……妹さんに、早く…会えるといいね。」

あぁ、そうだ。
俺は妹に…クレアに会いに行くのだ。
その為にここまで来たはずだ。
奴らに追われて、必死に逃げてきた。

「あぁ…」

だがこの感情は何だ。
彼女に会う為には、目の前の少女と別れなければならない。
何故だかそれは…とても心苦しいように思えた。
彼女が自分の為に色々してくれているからか。
その腕に光る腕輪に何か感じるものがあるからか。
それとも他に何か自分を思い留める何かが存在しているのか…

その想いとは裏腹に、月は明るい光を放ち、風は涼やかに流れていた。

コンナ小サナ想イデハ

アナタヲ繋ギ止メテオク事ハ出来ナイ…

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気づいた事が一つ。
多分うちの学校だけじゃないと思いますが、8月の23日から新学期なんです。
それまでに四章が終わる為には一週間に一本はあげないと無理です。
そしてこの話、四章では終わりません(´Д`;)五章+α(αが長ければ六章出現)の予定なんです。
ヤバヤバです(泣笑)