5.母親の存在

闇の中を駆け抜け、光のともる母屋へと滑り込んだ。
彼の為に何か出来る事がある、そう思って勇みよく行動に出たものの、 結局何一つ手掛かりを掴む事が出来なかったのだ。
恐らく無意識の内に彼と顔を合わすことを避けたに違いない。
扉を閉めた時には必死に肩で大きく息をしていた。
娘のその様子を見た母はそれを少し疑問に思いながらもこう尋ねた。

「遅かったね、セナ。もうとっくに日は沈んでるよ。」
「あっ…うん。ちょっと町で調べ事してたの。台所借りるね。」

少し慌てたせいか、口調がやけに早くなっていた。
勿論その様子を見て何かがあった事に母親であるロエルが気付かなかった訳ではないが、 娘がそれを明かそうとしていない事を悟り、 敢えてそれ以上は触れまいと先程からしていた裁縫へとまた意識を戻した。

「ご飯くらい、こっちに食べに来ればいいのに…」
「えっ…あっ……だっだってここ三人も座れないし。」

上ずった声が更に震えを帯びて不可思議な感じをロエルに与える。
何があったかは分からないが随分慌てているようだ。
そう感じた彼女は少しそっとしておいた方が良いだろうと思案し、それ以上は何も聞かなかった。
その行動も娘の事を信頼しきっている母親の顕れからである。

だが当の本人はそれどころではなかった。
ご飯を作るのは良い、それを届けるのも構わないが、その為にはまた彼と会わなければいけないのが問題だった。
何処かでもう一人の自分が理由なく彼に会うわけにはいかない、とでも言うように自らの行動を妨げている。
そんな困惑が彼女を取り巻いてた。

「今日はいい魚が手に入ったから持っていってあげな。生憎家では生肉を出せないからね。」

苦笑交じりの顔で女が少女に言葉を投げかけた。
相変わらず目線は手元の裁縫へと向いていたが、その意識は娘の方にあった。

「あっ…うん。ありがと。母さん…」

何て返事をしたら良いのか一瞬分からなくなった。
相当動揺しているのだろう。
これを察しのいい母が気付かぬ訳がない。
思い切って母に相談した方が良いだろうか…
彼女なら自分の話を笑ったりせずにちゃんと聞いてくれるであろう。
だが言い出そうにもなかなか踏ん切りが掴めず、背を向けてしまった。
恥ずかしいのかもしれない。
あるいは後ろめたいのかもしれない。
とにかく、どうしてもセナには切り出せなかった。

「セナ…」

突然背後から声がかけられた。
それは時に厳しく、そして優しい母のもの。

「あんまり…無理しちゃ駄目だからね。」

トクンッ…

「あなたはいつも何かあるとすぐ溜め込んじゃう典型的な人(タイプ)だからね。
 気持ちは分かるけど、もう少し肩の力を抜いた方が良いわよ。」

トクンッ…

「……母さんはあなたの事信頼してるからね。」

トクンッ

母は全てを悟っていた。
そのたった一言で全てが分かり、先程まで抱いていた不安がいとも簡単に消えていた。
そう、私が頼れる人はこの人しかいないのだ。
息詰まった私を、きっと助けてくれる。

「母さん!!」

セナは彼女に縋りついた。

ロエルは娘の言うことを黙って聞いていた。
少女は今朝の出来事をありのままに話した。
だけど、彼女はレインという名も、彼がクロゼラス家のダウザーだということも、 ましてやダウジングで妹の居場所を突き止めた、などという事には触れなかった。
流石にこの事は話しても信じてもらえないだろうし、何より今の彼の事を考えると むやみやたらに諸事情を外部に洩らす訳にはいかないだろうと判断したからだ。

「…それで、今日蔵書庫に行っていたのね。で、肝心の地図は見つかったの?」
「ううん、全然ダメ。ありえないとは思ったんだけど、三年前から順に見てみたんだ。でも似た奴すらなくて…」
「その紙の地図って結構古いんでしょ?」
「うん、でも何時のものか全然分かんなくって、少しでも似た地形のがあれば史書と照らし合わせて早く見つけられるかもって思って…」

こんなことなら、もっと地理を勉強しておくべきだったと今更ながら後悔した訳だ。

「そだ、母さん見てみてよ。」
「でも、私は長い間この村にいなかったのに…」

母は幼い頃、父親(セナの祖父)の都合により十数年この(イーストリア)の地を離れていた、 そんなことは知っている。
しかし、三人寄れば文殊の知恵、亀の甲より年の功という。
一人よりも二人の方が、それも自分より長く生きてきた者であるなら新しい何かを発見出来るかもしれない。
幼い自分よりも長く生きている母の方が、やはり何かと知識が豊富だ。
厚みのない自分のそれよりはよっぽど心強い。
少女は懐にしまってあったあの古ぼけた紙切れを取り出した。
破れないよう、慎重に、注意深く。
広げると自分の顔より一回り大きなそれを母に手渡した。
ロエルはそっと受取り、それにじっくり目を通す。
変な力を入れればすぐにでも破けてしまいそうなそれは、年季を感じさせる所の物ではなかった。

「これまた随分古い紙ね。すでにこの時点で三四十年は経ってることぐらい分かってたでしょうに…」

それなのに、娘は三年前の物から順に目を通しただなんて、もうマメで少しの可能性も逃せません とでもいうかのような真っ直ぐな彼女の性格を表しているに他ならない。
自分ははっきり言ってこういうのは苦手だ。
昔からぶっきらぼうで、何でもそれなりにやっていただけだった。
私がこんな風だからこの子がこのように育ったのかもしれないが。
その子が私の様子を伺うかのように、上目使いでこちらを見ている。

「だって…少しでも似たものがあったらって…
 それに、紙が古いだけで地図自体はそれより新しいものかもしれないと思ったから…」

後者は声が小さくなってよく聞こえなかったが、その表情からして相当きているようだ。
疲れていることもあるだろうけど、それよりずっと見つけられなかった事や 自分の力量不足を悔いているに違いない。
この子はそういう子だ。
何処まで力になれるか分からないけれど、出来るだけの事をしてあげたい。
ロエルはそう思い慈悲の眼を彼女に向けると、さっと目つきを変えて紙面へと視線を落とした。
手掛かりはこの黒い線たちのみ。
いつしか彼女まで真剣になっていた。

私ガ一番頼リニ出来ル人

ココマデ育テテクレタアナタダケ…

back     close     next


長々と放ったらかしにしていた「宝石の導き」、やっとこさ続きupです。
ホント、ここまで来るのに忙しかったなぁ…何やってたかもう全部分かんないんですけど(苦笑)
そんな文句たれててももう夏休み、文化祭の為に、急ピッチで進めます。
目標は七月中にもう一本!…無理かもだけど頑張ります(苦笑)