4.謎めいた地図

町の中央にある、古代建築を思わせる大きな木造の建物。
此処は言わずと知れた、この辺の子供達が日々通っている『学校』である。
週に四度か五度程、朝から昼過ぎまで六歳から十三歳頃までの子供たちが通っている。
生活に必要最低限の知識――語学や社会の仕組みなど――は全て此処で学ぶのだ。
――十三歳になり卒業すれば、一応大人として認められる。 勿論、専門分野に関する勉学や知識、経験を得る場合は、その後に別所で再び学生生活、 または研修生として日々を送るのである。――

その木造の建物と対峙している、外装を石塀と石壁で覆っている二階建ての四角い灰白色の建物。
此処はこの町に唯一存在する蔵書庫――図書館の役割を果たしている――である。
調べ物をするには打ってつけなのだが、公共の施設ではないので貸出しがされていないのが残念である。
だがこの町の人々で学生の者以外はそれぞれ必要な資料などを探す為に此処を訪れ、 気に入ったものがあれば隣にある本屋でそれを取り寄せてもらうという、 いわば試し読みや必要なものを探し漁る程度の事しか成さないので、差ほど不便だとは感じていなかった。
町の蔵書庫なので規模は何処よりも大きいが、実際その土地面積の大きさは学校の教室二つ分程で、 建物自体は一般家庭よりは大きいものの学校に比べると遥かに小さい。
――こう考えると、この町の文化は書物というモノをあまり必要としていないことが伺える。――
その施設の二階の奥にある一室、この建物の中で唯一机に本を広げて座ることが出来る所に一人の少女がいた。
分厚い表紙と紙面で作られた数冊の本――それらは皆同じ外観である――と先程から睨み合いをしている。
その傍らには一枚の古い藁半紙が周りに埋め尽くされないように注意して置かれている。
三十年は優に経っているそれには、少し掠れた黒線で描かれた絵柄がある。

幼い顔には少々疲れの色が見える。
実はもうかれこれ三時間程、彼女は二つの紙面を見比べている。
そろそろ気が滅入ってきて顔に掛かる黒髪がかなりうっとおしい。
落ちてはそれを掻き揚げ、耳の後ろへと流し、また落ちては掻き揚げ…ずっとこの調子だ。

「駄目、これも違う。」

本日五冊目の分厚い本に目を通し終え、溜息をつく。
ちなみに溜息とは「心配・失望・感動などの時に思わずもらす大きな息」の事だ。 ……引用infoseekマルチ辞書『大辞林 国語辞典』より
この場合、失望に少し心配も含まれていたのではないだろうか。

「十五年前じゃないとすると…次は十八年前ぐらいかしら。」

肩を少し回して、今しがたまで使っていた本を右の山へと重ねる。
重ねた瞬間に、それがぐらりと傾きかけた。
見た目だけでなく、大きさも全く均一な本――同種の本なのだから当然である――で出来ているので 比較的安定感はあるはずだが、それが傾くということは、それだけの量が積み上げられているという事だ。

「…そろそろ、この山を片付けないといけないわね。」

小さくそう呟くと、少女は重い腰を上げ立ち上がる。
何処だったかなぁ、と零しながら積みあがっているそれから四五冊を抱え、元あった場所へと運んでいく。

この黒髪の少女、セナがずっと調べ続けているのは、歴史――と区切られている――の棚に置かれている、 ニ三年毎に改訂されてきている(イーストリア)大陸の地図全集である。
(イーストリア)大陸内陸部は、海岸部に比べると遥かに土地の標高が高い。
勿論そのお陰で、本来なら砂漠と化しているはずの回帰線付近の内陸部に緑が広がっているのである。
だがやはり元砂漠地帯であり、標高が高いこともあるので、 いくら温度が適度であっても乾燥が激しいので雨が少ない。
その為に、その年に降った雨量によって湖の形や位置、個数、川の長さや幅、本数までもが目まぐるしく変化する。
だから、この(イーストリア)――特に内陸部――では 約三年ごとに更新される地域別の地図を集め、それらを一まとめにし全集として今まで記録に残してきた。
セナは昨日自分の小屋に匿った少年の持っていた地図が一体何時のモノなのかを調べる為に、 こうして(イーストリア)大陸地形図全集を片っ端から漁っているのだ。

「地区地図じゃなくて大陸地図だったら、何時のモノかも直ぐに分かるのになぁ…」

藁半紙に描かれているのは、現時点では恐らくルークラトを含むこの辺の地区、 ドウナ地区だろうということしか分からない。
だが、地勢が――多少なりとも――毎年変化を見せている(イーストリア) 内陸部の事を考えると、これがドウナ地区であるとは限らないのだ。
現にこの藁半紙の状態から考えると、描かれている地形は今とは全く別物だと考えた方が当然である。
だから彼女はこうして苦労をしながら一枚一枚丁寧に調べているのだ。
しかし彼女の苦労とは裏腹に一向に答えが見つかる気配は無く、時間だけが刻々と過ぎていくだけであった。

「さっ、気を取り直して次は十八年前から……っと」

少し伸びをして肩を回し、再び机に向かい始めた。
疲れる身体に鞭打って黙々と紙面を見つめる。
時は夕刻。
町の者は既にそれぞれの持ち場で仕事をしている。
この蔵書庫からも人影が消え、恐らく今は一人の少女が机に向かっているだけだろう。
だが少女は一向にその場を去ろうとしなかった。
真剣に調べ物に目を通している為今の時刻にも気が付いていないのだ。
数十分後、蔵書庫の管理人が彼女の元に現れ、やむ終えなく其処を後にしたときには 日が大きく西へ傾いていて、東の空は日光(ひかり)を失っていた。
少女は名残惜しそうに夕日で紅く染まった灰白の姿を眺め、始めは重そうに、 そして自分の小屋まで一本道になる所に着くと急に足早に駆けて行った。


「お帰り。遅かったね。」

心配そうな声で尋ねてきたのは、彼女の小屋で匿われている少年、レインだった。
昼間出て行ったきり今の今まで帰ってこなかったのだ、心配して当然だ。

「ごめんごめん。今晩御飯にするから。」

笑みを顔に貼り付けた少女はそう言って、直ぐに母親のいる母屋へと向かってまた出て行こうとする。
まるで彼から逃げようとしているかのように…

「ちょっと、セナ!?」
「大丈夫!直ぐに戻るから!!」

そう強く言って、少女は勢い良く扉をバタンッと閉めてしまった。
その場の空間から音が消え、一瞬間の後にその外から音が蘇った。

「…何してたのか聞こうと思ったのに。」

ポツリと口にして寂しそうな表情をする。
外階段を下る音が消えてしまったので彼女は既に地を駆けているのだろう。
追いかけても良かったのだが何故かそうしなかった。
きっと彼女はその内戻って来るのだろうし、それに…
先程の背中からは追いかけてこないで、と言われているような気がしたのだ。
勿論確信は無い。
しかし一度躊躇(ためら)ってしまった自分には、帰りを待つしか術は無かった。

太陽は西の空に消えようとしていた。
それは昨日彼が少女と出会った時刻とほぼ同じだ。
だが今日の空はまるで何かが起こる前触れを示しているかのように、 西は血のように赤々と、東は影のように黒々と色が滲んでいた。

彼女ノ想イト彼ノ思イハ

何度モ絡ミ合ッテ、何度モスレ違ウ…

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凄いよリオ、あんた頑張れば一週間ちょいで小説一つ書けんじゃん!!
本人ビックリですよ、実は今までめっさサボってただけだったんだな(苦笑)
最近表現方法に限界を感じる節が多くなりました、あんまりムズイ本読んでないですからねぇ…
今は演劇の台本覚えるので精一杯です(汗)