3.希薄な記憶

陽が燦々(さんさん)と照りつける初夏の午後、一人の少年が窓辺で腰を落ち着けていた。
この地方では珍しい黒髪と白い肌を持つ少年、レイン。
今彼が居る所は、ある(やから)に追われている彼を匿っている少女、セナが 普段から生活の場としている、丘の上の巨木アートレスィーズに建てられた小屋である。

だが今、その主は訳あってここには居ない。
一人取り残された少年は、昼食にと渡された干し肉を挟んだサンドをほお張っていた。
少し硬いが香ばしい味がしてなかなか美味である食べ物で、 この当たりで良く食べられている物の一つらしい。
遅い朝食の後、小腹が空いた昼下がりに特に何もすることが無く、 彼は先程からこうして窓辺に身をおいているのだ。

一体、どうしたんだろう…セナ。

レインはふと少女の顔を思い出した。
ダウジングの後、彼女は調べたいことがあると言って急に身支度をして外に出て行こうとした。
理由を尋ねてもはっきりした返答は無く、更に買い出しもするというので一緒に行こうと進み出ても、 まだ奴らがこの村に居るかもしれないから、とあっさり断られてしまった。
そして、彼が今口にしている食事を残してすっと出て行ってしまったのだ。
自分の身を案じてくれるのは有り難いが、何も言わずに出て行かれるのもはっきり言って困る。
余計な心配事が増えるばかりだ。

だが、今から思えば出て行かなくて正解だったかもしれない、と彼は感じ始めていた。
少年の身体からはまだ疲れの色が見える。
実際手足は萎えていて、全身に疲労が伸し掛かっている。
とてもじゃないがあの活発な少女について行くだけの体力は残っていなかった。
そしてそんな状態で奴らに見つかってしまうのは避けねばならなかったのだから、 少女の判断は正しかったと言える。

だからって……何も言わずに出て行かなくても良いじゃないか。

先程からそんな愚痴ばかりこぼしている。
もう心の声なのか独り言なのか自分では判断がつかない。

本当にどうしたのだろうか…
あの地図を見せてから…いや、自分がクロゼラスというダウジング一族の末裔だと話した辺りから、 彼女の様子はおかしかった。
やはり自分の事を気にしているのか…
それとも何か別の事で迷っているのか…
いずれにしても己に隠し事をしているのは明確なのだ。
別段それ以上気にしている訳ではないが、何となく納得がいかないのも事実である。
才覚のある彼女の事だ、何か策があるのだろう。
そしていずれ己にもそれを明かしてくれるであろう。
だから本当は今はそっとしておいてやりたいのだ。
自分もまだ自身の全てを明かしたわけではないのだから。

幼い記憶には、妹の存在は薄い。
母が亡くなったのはまだ年を三程取った頃。
妹が自分と引き離されたのはそのすぐ後だ。
母の記憶も薄いのだから、恐らく妹もその時の事は憶えてはいないだろう。
否、兄である自分の存在すら恐らく残っていない。

妹は母親であるリル・クロゼラスが死去して一族唯一の女性となった。
いずれ一族が滅びてしまうと悟った父親であるハイラ・クロゼラスは、 不逞(ふてい)な輩から守る為に、 娘である少女を地区の境界を越えた先にある隣町『ライコス』にある孤児院に事情を話し、 それ以後の彼女の人生までも含め、全てを預けたのだ。
妹とはそれっきり縁を切り、彼女を一族から遠ざけた。

もしクロゼラスの血を悪用しようと企てるような奴に見つかってしまえば、 恐らく妹の一生は台無しにされてしまうはずだ。
だから父親の判断は正しかったのであろう。
今ではそう納得している。
だが母も、そして祖父までもこの世を去り、父親も倒れてしまったその時。
自分が一人になってしまう、そう感じた瞬間から逢いたいと思ってしまったのだ。
己と血を分けた、たった一人の少女に。
結局、父親の最期を迎えた後も自分はその想いを止められなかったのだ。
そういう所はまだまだ子供だなと苦笑を漏らす反面、それは正当性があると信じきっている自分がいた。

調べを尽くして妹が引き取られた孤児院に足を運んだのが、今から二年程前だった。
母が死に、妹を預けた後、家族で別所に移住した事実を突き止めるのに時間がかかってしまい、 一年程掛かってそこに辿り着いたのだ。
だが、そこに妹の姿は無かった。
既にとある女に引き取られた後だったのだ。
勿論その少女に事情を話した上での同意だったそうだ。

足跡を残さぬようにと父に言いつけられていたこともあり、女の消息は分からなかった。
しかも父から妹を引き取ってから(わず)か一年余りのことだったので、 当時のことを詳しく憶えている者が殆どいなかった。
だからそこに辿り着いても手がかりと言える物が掴めなかった。
分かった事は、その女が妹を連れてこのセントリア大陸から去った、という事だけだった。
勿論俊才であった父親が色々と手を回していて、マオアにある家も、生家があるリオラスにも 何の手掛かりも残されていなかった。

そこで最後の頼みの綱である『ダウジング』に手を染めたのだ。
己は測量術や錬金術など知識や技術分野に富んではいたが、 ダウジングなどの天性的分野にはあまり向いていなかった。
だが捜索手段を全て絶たれた今、もうこれに縋るしか術が無かった。
知識しかない、専門外の分野に足を踏み入れたのが一年程前。
様々な訓練をし、それで得た技術を駆使して、 やっと『(イーストリア)大陸』と言う語句を導き出したのが半年ほど前の事だったか。

そして、今はもうこんなに近くまできたのだ。
己の望んだ瞬間まで、もう今にも手が届きそうなのだ。
焦ってはいけない。
ここが踏ん張り所なのだ。
そう自分に何度も言い聞かせた。
今までの苦労を、多くの支えを、自分を助けてくれた少女の期待を裏切るわけにはいかない。
たとえ、父親の望みを、期待を、願いを断ち切ることになってしまっても。
幼い己にはそうすることしか出来ないのだから。

窓の外では日が少しずつ西の空へと傾いていった。
太陽はこの世で何が起ころうとも、その姿を、その時を、その輝きを変えることは決して無い。
そう…この先にどんな結末が待ち受けていようとも。

ドウカ彼女ニ逢ワセテ下サイ

キットソレハ、僕ノ我ガママダケレド…

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話が全然進みませんね(笑)なんだってこんなとこに過去と説明を一気にぶっ込んだのか…
えっ…それはノートに書いてた時の自分に言ってください(おい)
先日ノートにて三章が書き終わりました。
おかげで先行きが見えたんですが、どうやら四章で『転』になり、五章+終章になりそうです…まだ予定ですけど。
やっと半分過ぎたかぁ…(^^;)