2.望みの果て

「えっと…あった。これだ!!」

紙面に向かっていた少年は、とある(ページ)で手を止めた。

「ここがルークラトっていうことは……そうか、この町は『ハイクラト』っていうのか!!」

歓声をあげて笑む少年、レイン。
彼の探していた村がようやく名として現れたのだ。
だがその少年の傍でじっとその様子を伺っていた少女の表情は暗い。
――ハイクラトは町じゃないのに…――
本当ならどうでもいい事だが、どうしてもそんな些細なところに対して気を咎めてしまう。
こんなことは初めてだった。
勿論他人に対して不満や不平を今まで感じなかった、という事はない。
セナも一人の人間なのだからそれは当たり前だ。
短い人生ではあるが、人並みに辛い思いもしたし悲しい思いもした。

だがこれは、それらとは明らかに違う。
違うのだけれど、それが何なのかどうしても分からない。
その意味も言葉も少女には分からなかったが、もしそれを言い表すとしたら、それは…
――苦しい――
心が何物かに締め付けられるようで、もどかしくて仕方なかった。
しかしそれから逃れる為に自分が一体どうすれば良いのかはっきりとした答えが見つけられず、 それに耐えながらただじっと押し黙っていた。

「セナ…」

ふと呼ばれたその声に、何処かに飛ばされていた意識が一瞬で現実に引き戻された。
鼓動が高鳴る。
その音が目の前の少年に聞こえないように胸を押さえたいのだが、 それすらも自らの紅潮を促してしまいそうですることが出来なかった。
瞳だけが二人を繋ぐ。
身動きが出来ないほど身体は硬直していたからだ。
このままいくと何時心臓が爆発するか分からない。
それほど鼓動が高まっているにも関わらず、もう先にも後にも引けない所まできていた。
正にその時だ。

「ありがとな、セナ。」

先に沈黙を破ったのはレインだった。
優しい瞳、優しい笑顔で自分を見つめてくれている。

「セナのおかげだ。俺がこうして行先にたどり着けたのは。本当にありがとう。」

柔らかな声音が、幼い少女の身体も、心も満たしていく。
恐らく彼からしか得ることが出来ない癒しの術。

「う、ううん。あ、あたしは別に何もっ…レインが頑張ったから…」

表情を決して崩さない異国の少年。
その瞳には今目の前の少女しか映っていない。

「確かに、ここまで俺は頑張ってきた。自分でいうのもなんだけどな。
 でも、昨日セナが助けてくれなかったら、目的地も探せずに散ってしまったか、あるいは奴らにつかまっていたよ。
 俺の身体はそれだけ弱っていたんだ。」

瞳がゆっくり伏せられていき、きっちり閉じられる。
そしてまた少女の姿を映し、光りだす。

「本当にありがとう。」

彼の姿は希望に満ちていた。
今、己の道に向かって歩みだそうとしているのだ。
翼を広げた鳥を引き止める術などない。
それを(ひし)と感じたとき、彼女の中で何かがふっと紐解かれた。
――別に…良いじゃない――
そう、その先に彼の幸せがあるのなら、そこに辿り着かせてあげよう。
自分の我が侭で飛べないように繋げておくなんて、出来ない。
彼の幸せを奪ってまで己の幸せを確立させるなんて事は、少女には出来なかった。
相手を思っていればなお更そんな事など出来はしないのだ。
彼の幸せがきっと私の幸せ…

「ううん…本当にあたしは何もしてないよ。」

瞼を閉じ、顔を伏せて視界から少年の姿を外す。
その様子が妙に悲しそうに見えるのはレインの気のせいなのか。

「セナ……?」

先程から口数が減っていることが気になってはいたが、 やはり自分だけが浮かれていることが気に触ったのだろうか。
心配そうに少女の様子をうかがう少年。
その手が肩に触れようとした正にその時だった。

パチンッ

部屋に響いたその鈍く軽快な音で、今まで立ち込めていた沈黙が全て破られた。

「いっ……」

出しかけた手を慌てて額に持っていく。
一瞬何が起こったのかさっぱり分からなかった。
気がついた時には、見事相手にデコピンを食らわせて満足げに微笑んでいる少女が、 その深く透き通る暗色の瞳で自分を見つめていた。
その幼い大きな瞳の色に、何故か今までにないほどに魅せられて呆然としてしまった。

「スキあり。」
「お前なぁ…」

明らかに食い違った会話。
だが別段どちらも気にすることはなかった。
大体そんなことを気にしてる余裕など存在しなかったのだ。

「何辛気臭い顔してんのよ。」
「心配させといてそれはないだろ?」
「気を取られる方が悪いのよ。」
「おいおい…」

このやり取りにはただ呆れるしかなかった。
先程の彼女の様子からは少しも安堵することが出来なかったからこれほど心配したにも関わらず、 結果はこの有様だ。
仕草はどこまでいっても子供だが、恐らく身の内を悟られないよう わざとこう振舞ったのだろうと彼は何となく感じていた。
だからあえて深入りはしなかった。
彼女の精一杯の強がりを静かに受け入れることが今は必要なのだと思ったからだ。

「折角妹さんの所在が分かったんだから、もっと喜びなさいよ。」

彼女が何を思っていたのかは分からない。
しかしその声音はいつもの通り、その表情はいつもの優しい笑みが戻っていたので、 ようやく心から安堵し頷くことが出来た。
だがそれもつかの間の出来事になる。

「でも、出発は少し待った方がいいわ。」

唐突にセナはそんなことを吐いた。

「……どうして?」

先程の不意打ちと同じく驚くことばかりしでかす当の本人は至って気にしていない。
拳を顎に当て、何やら考え事をしている仕草を見せる。

「レインを追っかけてきたあの人達、きっとまだこの辺うろついてると思うし。
 あと旅の準備もちゃんとしないと駄目でしょ?それに……」
「……それに?」

自分の身を案じているのだろうことは薄々感じていた。
出会ってまだ一日も経ってはいないが、彼女の人柄は充分把握できた。
それだけ単純なのだと割り切ってしまうのは簡単だが、実際そうかもしれない。
慈悲の心を持ち、喜怒哀楽から『怒』という字が抜け落ちたような、 優婉(ゆうえん)ではあるが活発な少女。
ただそれだけと言っても過言ではない。
その少女が他に何を思っているのか…

「さっきからずっと気になってることがあってね。
 ちょっと調べておきたいの。」

一目見たときから何となくだが違和感があった。
己が彼に教えたことに今一つ納得がいかなかった。
気になる。
どうしてもこれには決着をつけなければ自分の気が済まない。
古い藁半紙に書かれた故土、(イーストリア)のその姿を。
何度見てもこれがルークラトだとは思えないその姿の正体を。

コノ思イハ一体何ト言ウノデショウ

アァ…誰カ私ニソノ名ヲ教エテクダサイ

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物語が進むにつれて、そろそろ作者と読者との間に食い違いが出てきたかもしれません。
セナが何でこんなに立ち直りが早いんだ、とか、レインが何でこんなにセナの行動に対して物分り早いんだとか(笑)
いや×2セナはそんだけ切り替えが早い少女なんですって(現実にゃ居ないかもですが)
ここで言っていいのか分かりませんが、これでもかなり今後の展開に向けての複線はりまくってるつもりなんです。