3.揺れる水面

一瞬、その声が風になったように聞こえた。
普通なら耳障りとなる異国の旋律。
だが彼の名『レイン・クロゼラス』は少女には何処か柔らかみがあるように感じられた。
何故かは彼女にも分からないのだが、一般的に言われる違和感は感じられなかったのだ。

「レイン…か。いい名前だね。あっ…あたしは」
「セナ…だろ?確か町でそう呼ばれてた。」
「知ってるんだったら、最初からそう呼んでくれたら良かったのに。」
「えっ…あっ…いや、その…」

少し頬を膨らませてふてくされる彼女の姿に、少年は焦りを覚える。
先程まで大人びた物腰で笑っていた彼女が、まるで幼い子供のように――いや、 自分と大して変わらないのだろうから、子供には違いないのだが―― 正に不機嫌全開モードと言わんばかりの顔で自分を見つめているのだから。
彼は必死に動揺を抑えて弁解しようとするのだが、 何分同世代の者との付き合いが非常に乏しい彼はどう対処すれば良いか分からず上手く言葉に出来ずにうろたえるしかない。
彼の慌てふためくその様子を見ていた彼女はあまりのもどかしさに突然吹き出してしまった。

「っ…ふっ…ウソよ。気にしないで。ちょっと言ってみたかっただけ。」

彼の反応が余程面白かったのか、セナは仕舞いに笑い出してしまった。
それも次第に強まり、『大』がつくほどにまで達していく。
初めはその言葉で怒りに似た感情を覚えた――というよりむしろバカにされた事に対してムッと きたといった所だろう――が、彼も次第に彼女につられて笑っていた。
こうしてこの二人の間に『緊張』というものはなくなったのだ。

しばらくして二人は小屋の中へと戻って行った。
他愛無い話が弾み、次第に打ち解けていくセナとレイン。
始めは何も聞かなかったセナも彼に対して心底興味が沸いてきて、 先程まではあんなに躊躇っていたのにいつの間にか色々な事を尋ねていた。

「そうそう、レインって私と同じぐらいの年だと思うんだけど…」
「うん、今年十二になったばかりだよ。」
「やっぱり。」

この質問には、相手のことをもっと知りたいという意味ともう一つ、 心の奥で抱えていた彼の謎について迫る為の物でもあった。

「…じゃあ、何でレインは…あの人達に追われていたの…?」
「えっ…」

そう、自分と同じ年頃の少年が何故追われる身となっているのか。
異国の習慣なぞ授業で学ぶ範囲程度位しか予備知識としては具えていないのだから、 彼に何が起こっているのか見当も付かないので余計に気になってしまう。
彼も最初は驚き躊躇いもしたが、自分の事を心から心配し尚且つ彼のことを思って匿ってくれている彼女に、 これ以上の隠し事は無用である事を意識の中で再確認した。
そして意を決して、閉ざしかけた口をゆっくりと開く。

「俺も…実の所は良く分からないんだ。」
「えっ?良く分からない…って?どういう…」

つまり彼は当てもなくただ追われていたのか。
勿論他の者と比べるとかなり不思議な印象を受ける少年だが、 それは民族系統の違いから感じられる違和感と大して変わりは無いだろう。
はっきり言うのも何だが、彼が何の変哲も無いただの少年である事は間違いは無いのだ。
では、彼を追っていたあの二人組みは一体何者なのか…
そんな彼女の思考もレインの次の言葉によって遮断される。

「いや、心当たりが全く無いわけじゃないんだ。」

確信の意が含まれているにしろ、未だ疑問の念を抱いているのが分かる。
セナはそれがますます気になって仕方が無い。
異国の少年は少女の暗く透き通った瞳を見つめ、意を決したのか懐から何かを取り出した。
それは首に掛けられていた、手のひらの掌の半分ほどもある石の付いた首飾り。

「…それは…?」

揺れるたびに少し違った光を放つ薄水色の石。
整った正八面体のそれはまるで宝石のようだったがそれにしては随分大きすぎるし、 普通宝石という物は金や銀などで飾りとする為にある程度を覆い、身につけるものだ。
それは首飾りだろうが何であろうが同じ事。
それにこれほど薄い青を帯びた物が果たしてこの世に存在しただろうか。
彼女の知る限りではなかった。
一瞬アクアマリンであろうか、とも思ったが光を反射する光沢具合からして恐らく違うし、 それよりもさらに薄い色をしているように思う。
――ちなみに余談だが、アクアマリンの晶系は六方晶系なので正八面体には程遠い――
加えて、その輝きの中にはその水の色とは異なるものが混じっているように見える。
それはアクアマリンでも、ましてやそれに類似している宝石と比べても、やはり相違しているのだ。

「これ、何だと思う?」

レインはセナにその宝石(いし)見せながら尋ねる。

「宝…石…だよね…?」
「うん、そうだよ。」
「でも、こんなの見たこと無い。図鑑でも、こんなのは無かった…」

セナもそれなりのお年頃、宝石などにも興味があり図鑑にもかなり目を通していたが、 やはりこんなものは見たことが無かった。
これだけの大きさの結晶というのにこれほど無色に近い薄青をしているのだとすれば、 一体その成分は何なのか。

「見たことが無いのは仕方ないよ。」
「えっ…」

彼がふと口にした言葉を聞き、少女が彼の顔へと視線をやる。

「これは僕の一族が水晶(クリスタル)を素に五種類の成分を調合して作った『センス−ジェム』なんだから。」
「えっ…これが水晶(クリスタル)?…しかも五種類の…成分?それに…『センス−ジェム』って?」

水晶とは無色透明な石としてとても有名な物。
そして彼の話によると、これはその水晶に五種類の鉱石成分を組み込んであるのだという。
だが水晶という一物質であるものに他の成分を調合するなんて、果たして可能な事なのか。

「そう、僕らクロゼラス一族の秘術、 宝石加工技術(ジュエルプロセススキル)によって生み出された人工物だよ。
 まぁ正確には水晶に五種の鉱石成分を組み込んであるんだけどね。」

そういって一本の紐で吊り下げられ入る宝石を見つめる。
鉱石という一物質を自由に組み込む技術、宝石加工技術(ジュエルプロセススキル)
誰がどう見ても、それは他には真似できないとても高度な技術。
その技術を駆使して創られた人工宝石。
原石には少々劣るかもしれないが、その技術を高く買えばそれはとても高価なものに違いない。
もっと言えば成分を組替えることも出来るのだから、 当然原石より不純物の少ない純石を創ることも可能だし、 その技術で新しい宝石を創ることも恐らく可能なのだ。
もしや、彼の狙われている原因はこれであろう…かに思われた。

「…じゃあ、あの人たちがレインを追っていたのはそれを…」
「いや、それもあるかもしれないけど…多分それだけじゃない。」

 今度はセナの言葉までもが遮断される。

「・・・じゃあ、一体あの人達は何が目的なの?!」

一度に難しい話を振りかけられて困惑するセナだが、それでも少年の、 レインの言葉をじっと待っていた。
彼女の瞳に気圧されるも彼はなかなか口を開かない。
レイン自身にも確信が無いのであろうから口にし難いに違いないないのだ。
彼は口を必死に噤もうとしたが、彼女の迫るような瞳に耐え切れなくなり、 何か伝えるのに適切な言葉を必死に探し始めた。
そしてしばしの沈黙の後こう口にした。

「奴らは…恐らく一族の末裔である俺自身も狙っているみたいなんだ。」
「えっ…」

一瞬言葉を失った少女は、顔でしかその感情を表現できなかった。
彼を助けると誓った時から何かしらこう言う厄介ごとはあるとは覚悟していたのだが、 事態は自分が考えていたほど甘くは進んでくれなかった。
自分が世間に対して知らなさ過ぎること多いことを、こんな事で改めて思い知らされるなんて思わなかった。
自分は何の変哲もないこの町で安穏と暮らしてきた。
だがその一方で彼のように何かに怯えながら必死に生きている人が居るなんて考えてもみなかった。
彼らの一族が独自に創り上げた秘術。
その名誉と行く末が自分の肩にも背負わされるなんて…

素晴らしい知識と技術を誇る『クロゼラス』とは何なのか、これから彼女達は一体どうなってしまうのか。
もう見当が全く付かなくなってしまい、ただ静寂な沈黙が流れていた。

アナタノ事ヲ助ケタカッタ、タダソレダケダッタノニ…

アナタノ事ヲ知リタカッタ、タダソレダケダッタノニ…

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ここで話が一気に進みましたねぇ…でもこれから足踏みするんですよ(笑)
『センス−ジェム』って何やねん!!って突っ込んでくださった方、ありがとうございます。
これから追々説明していきます。てか自分で訳してもらっても良いんですけどね。
リオは外国語にあまり精通していないので…授業で扱う「英語」ぐらいしか…必死に和英辞書と英和辞書を駆使してきました。
ただ、僕個人の『独断』と『偏見』による『訳』なので保障できませんが…続き読んだ方が早いですね(苦笑)