2.吐息は風に

一息ついてそよ風が吹き込んでくるのを肌で感じながら、二人は日に陰ったベランダ ――といっても玄関(ドア)の前の一角――で涼んでいた
だんだんと気温が高くなっているはずだが、 どういうわけかこの大木の上ではそれを感じさせなかったのは気のせいなのだろうか。
いや、そうではないだろう。
丘の上というこの上ない立地条件にあり、風通しが良い。
更にその丘にある大木(アートレスィーズ)太い枝の所に建てられたこの小屋は、 その高度ゆえ風通しは最高。
当然涼しく感じるわけだ。

「ここ、結構良いでしょ?私のお気に入りなの。」

その長い黒髪が風になびいて、まるで何かの主人公といわんばかりに その存在は背景に溶け込んでいた。
それは隣にいる彼も同じこと。

「この町も結構広くてきれいなんだね。内側から見た時、結構発展した町だと思ったんだけど…
 こうしてみると、本当に普通の町…いや、何処にでもあるような土地なんだって。」
「そだね。よそには工業が発展した都市や農業の盛んな村とか  その場所それぞれに主業の物があるけど、ここはそういえるものが無いように私も思うわ。」

少女の暗く透き通った瞳には普段と何ら変わらないルークラトの風景が映されている。
少年はただその様子を眺めているだけだった。
町の工業だの何だのを話題にしたからではないだろう、 だのに何故彼女がそのような表情(かお)をするのか彼には分からなかった。
喜びとも哀しみとも取れない、切ない横顔。
その顔を見る限りではとても十二歳の幼女とは思いがたい。
少年はそれを見てセナには身の内にいつも何かを抱えて生きてきたように感じた。

「でもね、この町には良いとこが沢山あるわ。町の人は皆仲良しだし、隣町まで遠いから作物とか道具とかを分け合ったり共有したり…
 伝統産業を今も失わずにいるのもこの辺じゃこの町くらい。皆が全ての物を大切にしている。すごく素敵な事だって私思うの。」

影ったその顔に再び光を取り戻して微笑みかけるセナ。
彼女は強い。
それは力とか権力とは全く違う、一種の人間性というものだ。
人を思いやり、慈しみ、愛することが出来る力。
それ故に人から愛され、守られる存在となりえている。
だから彼女はこうしていつも笑いを絶やさずにいられるのだと。

だが彼には一つ気がかりな事があった。
いくら彼女が優しくお人よしで純な心の持ち主といえど、見ず知らずの自分にここまでしてくれていて…
しかしそれでも自分が誰なのか、 どうして逃げていたのか、一体何をしようとしているのかとか、まず疑問に思う事を彼女は一切口にしないのだ。
確かに昨日は彼自身床につくと直ぐに眠ってしまい、夜と言う時間を睡眠で費やしたとはいえ、 その事を訪ねる機会はいくらでもあったはずだ。
これも彼女の『強さ』ゆえなのか。

「君は本当に何も聞かないんだね。」

ふと口から漏れてしまったその言葉に、少女はさほど驚いた様子を見せなかった。
少しきょとんとした顔をして、そのあと少し目を細めて笑みを作り彼を見つめる。

自分と差ほど変わらぬ旅人の少年。
昨日の様子と今朝の言葉から察して、いささか不安なのだろう。
それは至極当然な事だ。
彼女は冴えない顔をした異国の旅人を見つめ、吐息に言をのせる。
その口から囁かれたその言葉に逆に驚かされてしまった。

「だって、聞かれたら困る事もあるでしょ。だから余計な事は聞かないことにしようかなって。
 それより休んで体力を良くするほうが先だし…ね。それに……」

そこまで口に出すと、ふと続きを止めた。
遠くを見つめていたが、何かを思い直したかのように再び彼の瞳をそこに映す。
繋げられた言葉は優しい旋律で奏でられた。

「先にあなたの笑顔が見たかったの。」

異国の少年には、少女の何気ない一言がその心に重く響いた。
今までにない何かに触れた、そんな感じだ。
彼にはとても計りきれない――いや、彼女自身もきっと知らない――寛大な器を持つ魂。

あぁ、そうか。だから彼女はこんなにも輝いているんだな。
これが彼女の強さなんだ。

少年は潤み始めていた目尻に力を込めて、溢れそうになったモノを押し込めた。
しばらく触れていなかった暖かい人の温もり。
それと同時に懐かしい感覚に捕らわれていた。
幼き頃にその身を置いていた家族という、そして愛情を注いでくれた母の…あの優しさに似た物であったからこそ、 今まで強がっていた彼の身に浸みたのである。
乱れかけていた息を整え震えていた肩を制御し、彼はその透き通った灰の瞳に光を灯した。
彼女を見つめ、喉の奥に沈んでいた声を振り絞る。

「助けてくれて…ありがとぅ…」

揺れた声を整えようと言葉を切った彼の姿をじっと見守る少女。
彼女が再び彼の瞳を捕らえた時、先程とはまるで別人のように威厳な面持ちをしていたのに驚いた。
しっかりと相手を見据えているその様は彼女の心を大きく跳ね上がらせた。
そして、一つの言の葉が少女の耳に届く。

「俺はレイン。レイン・クロゼラスだ。」

彼ノ名前ガ頭カラ離レナイ…

何ダカ懐カシイ響キ…

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はい、遂に少年の名前が登場です。結構粘ってますよね(笑)
この二章は彼の説明がやたら多いです。結構面倒だな…(お前が言うな)
この話の発端は確か夢、そこから色々な影響を受けながら骨組みを作りました。
構成するに当たっては恐らく製作当時読み始めた「十二国記」が影響しているように思います。
前回の「カタカナ語言い換え」なんかが正にそうです(笑)
ちなみに自分の話って夢から始まるのが結構多いですよ。