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気が付けば朝だった。
一日中…いや、ここ数日奴らから逃げる為に緊張しっぱなしだった為か、 それが解れた後すぐに眠りについてしまったらしい。 確か昨日は山道を抜けて広い草原を走って、身を隠すために町を抜けようとして… そうだ…女の子だ……町で偶然会った黒髪の女の子。 彼女が俺を匿ってくれると言って、それから此処まで連れられて………此処は……何処だ? よほど疲れていたのか記憶が曖昧でその先がなかなか思い出せない。 その極めて曖昧な記憶を出来る限り搾り出して昨日の事を並べていく。 大きな木のある丘の麓の小屋まで彼女に連れられてきて、それから……そうだ。 丘を登って木の傍まで来て、木の上にあるこの小屋まで登ってきたんだ。 そう、巨木の太い枝の間にあるここまで… じゃあその前は一体何をしていたのか。 そこまで来て動き出していた思考が静止する。 憶えていないというより記憶としてそれ以前のことを特に頭に留めていなかった、 といった方が正しいように今は思う。 つまり昨日までの事は只逃げようとする本能だけの行動だったということになる。 ふと光の差し込む窓へと目をやり、昨晩の事を、それ以前の事を思い出していく少年。 だがその思考も外を眺めているうちに自然に消え失せていた。 窓の外で太い枝の間にある細い枝や葉がさぁぁ…と音を立てているであろうことが内側から分かる。 壁の向こうに一面に広がっているであろうその美しい景色を見ようと、彼は無意識に手を伸ばす。 気が付けば手をかけられたその取っ手は、風が吹き込んでくるその向こうに開け放たれていた。 小鳥の囀り、木の葉の囁き、そよ風の心地よさ、そして暖かで柔らかな日差し。 これらの自然の恵みをその身に受け、改めて自分に宿っている生命を感じた。 ここ数ヶ月、このような安らぎを忘れていたように思う。 それ程彼にとってこんな心底落ち着いて眠ったのは久しぶりだった。 丁度日が昇って光を浴びた生き物たちが活動をし始める朝の時間。 空気か瑞々しく、何ともいえない朝の爽やかさに彼は酔いしれた。 勿論自分の町にもこのような自然はあるにはあったが、 明らかにこの土地に比べるとそれは失われていた。 発達した都市や港町。 見慣れていた風景が、今では何かの造り物のようだ。 とその時、この小屋の扉がゆっくり開き、お盆を手にした一人の少女が姿を現した。 「あっ、起きたんだ。おはよ。」 にっこりと笑って話しかける少女、セナの姿を少年の灰の瞳が捕らえる。 「おはよ。昨日は色々ありがとう。」 少年も昨日とは比べ物にならないくらい優しい表情で答えた。 「良く眠れた?」 「あぁ、おかげ様でね。」 何気ない会話を交わしながら、部屋の中央に二人は腰掛ける。 「良かった。最初少しうなされてたから…」 哀しみの色を帯びた少女の暗色の瞳が目の前の少年の姿を映し出す。 勿論彼には昨日の事などはっきり覚えていないのだから、 彼女の目に自分がどう映っていたかなどは分からない。 だが自分がそれ程心配をかけてしまった事は確かなようだ。 「そっか…ごめんね、迷惑かけて…」 「ううん、気にしないで。困った時はお互い様なんだから。」 明るく微笑んだその顔は悲愴な気持ちであった彼を安堵させた。 その身に抱えている不安の荷をいとも簡単に降ろしてしまう彼女の笑顔。 何故そんな力があるのかは定かではないが、 恐らくセナの中にある優しさの心の現われなのだろう。 だが果たしてそれだけなのだろうか。 彼女の中の何かが更に作用しているようにも感じてしまうのだ。 「あっそうそう。はいこれ、朝ご飯。」 そういって差し出されたのは、両手を合わせたほどの大きさのパンと この辺で良く食べられているミルク入りのポタージュスープ。 勿論パンは食べやすいように適度な薄さにスライスされていて、ポタージュスープにも、 ニンジン、ジャガイモなど十種類近くの野菜や肉が入っている、 朝食としては栄養たっぷりの物だった。 スープから薫る野菜や肉の旨みが溶け出したあの何ともいえない匂いと、 味付けに使われた調味料(コショウやハーブなどだと思われる)のあの 芳香のある薫りが混ざった美味しそうな匂いは、 空腹だった彼の胃を刺激する。 パンも焼き立てでとても香ばしい匂いがし、表面のパリパリ感もさらに彼の食欲をそそる。 そういえば、昨日は一日中走りづめだったので何も食べていなかった。 この町に来る前もろくに食事をしていなかったように思う。 思えばここに来るまでは、本当に長い旅路だった。 自分の町を出て、海や山を越えてこの町へ辿りつくまで… だが今思えば昨日彼女に会ってここに連れてこられた後の時間も、 気のせいかそれと同じように長く感じてしまう。 それほど自分の中に余裕が無かったのだろうか… 「どうしたの?…食べないの?」 妙に空いた間を不思議に思ったセナは心配そうに彼を見つめていた。 「あっ…ごめん。ちょっと考え事をしてて…」 「考え事?」 一体何のことだろうという面持ちで聞き返す黒髪で幼顔の少女、セナ。 聞き返す時に小首を傾げて、小さな唇を無意識に開く癖が何とも愛らしい。 そんな彼女に彼は初々しさを感じながら答えた。 今までよりもずっと光を感じさせる顔を見せて。 「こんなに美味しそうなご飯は久しぶりだなって思って…」 その言葉に目を見開いて驚いている彼女をよそに、 少年は軽く微笑むと用意された朝食を口に運ぶ。 その表情はまだ幼い少女の心を揺さぶらせた。 初めて見せたその顔は信頼と御礼が込められていて、心なしか何だか恥ずかしい気持ちにさせる。 店でいつも手伝っているとはいえ初めて一人で作ったモノを美味しそうに頬張る彼を見て、 セナは幸せといえるモノを感じ、ヒカリに満ちたような何ともいえないあの気持ちになった。 日は徐々に高く上り始め、初夏の陽気が当たり一面に漂い始めたその景色が 東の空から地を這ってその先にある西の果てへとゆっくり広がっている。 次第に影がその色を増して短くなっていく。 彼女たちがそれを確認するのは、それから少し後のことである。 コレハ夢ナノカ…ソレトモ現実ナノカ… 幸セハキット儚イモノナノダ back close next
第二章スタートです、しかし場面は足踏み中…
この物語は一応別世界モノなので、世間で言うファンタジーとやらだと思われます。 しかし、私はファンタジーを侮っておりました。 設定とかを自由に考えられるからとは言うものの、別世界であれば当然この世界にある物と無い物がありまして… それについて全くといって良いほど考えてませんでした(汗) 再アップに当たって、その辺の修正がかなりあります。カタカナ語を極力言い換えているのが、その証です(はっ?) |