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町を抜けるとそこはもうだだっ広い草原でしかなかった。
初夏を迎えたばかりのその土地は淡い緑であふれていて、その所々に小さな白い白詰草が咲いている。 事に依ると昼間にはきれいな緑の原として広がっている事に気付いただろうが、今は夕刻。 しかも、二人がアートレスィーズがある丘の麓の小屋に辿り着いた時には既に空の殆どが闇と化していたため、 その美しい姿を拝む事は出来なかった。 ただその代りに、空も原も境目が分からないほど一体となっていて、空には星が、 原には白詰草が咲き誇っていて、まるで身の回り全てが星空のような幻想的な空間となっていたためか、 そのまま飲み込まれてしまいそうな錯覚に捕らわれてしまいそうだった。 勿論、逃げ切る事に必死になっている二人がそれに気付きはしなかったが、 今宵は月が出ていないせいか花と星の白い光が闇の中に浮かび上がっているように見えて、 追われてさえいなかったらその世界の中に引きずり込まれていた事であろう。 どのくらい走ったのだろうか。 それさえも分からなくなるくらい夢中で走っていて、彼女に会って、気がつくと小さな小屋の前。 暗くて良く分からないが、かなり古いという事は確かであろう。 町の中で見かけた石造りの家々と比べると、聊か疑問の念を抱いてしまう。 この丘に木造の家があるのはあまり不自然なことではないと思われるが、しかし何故このような古い家なのか。 いや、その前に何故自分がこんな所に連れてこられたのか… 状況を飲み込めずに少年が立ち尽くしていると、 彼を連れてきた少女はその古びた木でできた戸を開けて中にあの人がいるかを確認する。 「ごめん、ちょっと待ってて。」 「ちょっと…っておい!!」 そう言うと彼の言葉も耳にせず小屋の中へと消えていく彼女を見送り、彼は複雑な気持ちになった。 自分は彼女に連れられてここにやってきた。 ここが彼女の家ならば、自分を置いておく事にいささか問題があるのだろうから分からないわけでもない。 しかし初めて来た町で、しかも下調べも何もしていないので右も左も分からない。 そんな中で、いきなり置いてきぼりを食らってどうしろと言うのか… まぁ、此処までくれば外にいたって奴らに気付かれはしないだろうが、 見知らぬ土地で何もない草原に取り残されてはいささか不安になる。 何はともあれ、彼女が再び姿を現すのを待つしか、彼に術は残されていなかった。 「…今なんて?」 「だから、旅してる男の子をうちに泊めて欲しいの。」 狭い家ながらも、キッチンと奥の部屋に分かれている。 その端と端から二人の女の会話が響いている。 一つは肩ほどまでの黒髪を持つ少女の幼い声、もう一つは茶の長髪を持つ若い女の声。 「そんな事いっても、うちにはそんな場所はないし…」 見たとおり、この家は狭い。 自分たちの生活スペースを確保するだけで精一杯な事は、 此処で暮らしているものは良く知っている事である。 そんな事はいうまでも無いと、女は思い込んでいたのだがそれは思い違いだったのか。 それとも、少女はそのことを知っていて敢えてそのような行動に出たのか。 おそらくは後者であろう。――いや、女としてはその方がまだ納得がいく―― 「彼、追われてるの。 町の宿じゃ絶対に見つかっちゃう…私の小屋でもいいから!!」 「そんな急に言われても…」 「放っておけないの!!母さんには迷惑かけないから!!お願い!!」 セナは目の前の人物に懇願した。 その姿を見て、その人、セナの母親は少々戸惑った。 ――先程の事もそうだが――いつもより早く帰ってきたと思ったら見知らぬ男を泊めて欲しいというのだから、 どんな親でも驚くのは当然のことである。 しかし、セナの瞳は真剣だった。 嘘とか、そういう類の事を母親には絶対つかない彼女の事は、母親である『ロエル』が一番知っていた。 あれこれ考えを巡らすにも、少女のその眼差しには母親である女にも避けられるものではなかった。 母親とはいえ娘はもうすぐ成人を迎える年頃、彼女が成人を迎えてすぐに自立をしようとしている事を知っていたので、 ここ二年ほどは彼女の好きなようにさせてきたのだ。 自分が彼女を束縛する必要は当の昔に無くしている。 いきなりとは言え、セナのしようとしている行動は一般的に言う助け舟といった所。 しかしその大抵の場合、助けを出した方にも何らかの被害が生じるのは覆しがたい道理である。 無論、その事は彼女も承知であろう。 承知の上での決意と行動。 ついに彼女はこの事を認めざるを得ない事を悟ったのである。 全く、相変わらず正義感が強い子なんだから。 これは何を言っても聞きそうにないわね。 軽くため息をついて彼女は口を開いた。 そこから漏れた声は、相手に届くかどうか分からない程の小さな…吐息。 「ったく、あなたには敵わないわね。」 「…母さん?」 やはり、彼女には良く聞こえなかったらしい。 その先を待っている無意識な言葉を放つ彼女。 その姿をじっくりと見て、ロエルは思った。 ――― 知らない間に随分成長したのね ――― それが吉と出るか凶と出るかは彼女次第である。 「そのかわり、うちでは十分におもてなし出来ませんからね。」 ぷいっと顔を背けて奥の方へと姿を消していく彼女。 まぁ、広くはないので完全に姿を消す事は出来ないが。 「母さん…」 その見慣れた猫背気味の背中を暖かく見守る。 茶色い長髪に意味も無く触れながらついそっぽを向いて言ってしまうのは、ぶっきらぼうな母の癖。 そしてそんな仕草を見せるのは自分の前だけである事をセナはちゃんと知っていた。 にっこりと笑い、それを御礼として返す。 それから数分後、少女が小屋から出てきた。 手には――今夜の夕食が入っているのか――籠があり、その表情は綻んでいる。 どうやら今夜の宿は大丈夫らしい。 彼の顔からも自然と笑みがこぼれた。 「ごめんね、待たせちゃって…」 「良いよ、こっちが無理させちゃってるし… 休めれば全然良いよ。」 「そうね、少し顔色が悪いもの…とりあえず丘の上まで頑張って。 私の小屋があるから。」 「あっ…うん。」 日が完全に沈み、明かりがない草原が次第に闇に包まれていく中を、二つの影が丘を登り始めたのはそれから間もなくのことである。 夜はそんな二人をよそに、深々と更けてゆく。 この先に待ち受けている運命も知らずに彼らは進み続けて、ただ時間だけが過ぎていってしまうばかりであった。 二ツノ歯車ガ重ナリ 新タナ物語ノ扉ガ開ク… back close next
はい、これにて第一章終了です、皆さんお疲れ様でした(^^)でもまだまだ続きますよ(笑)
色々変更があって四章+終章あたりの予定です。 だが既に二章が一章の二倍以上であることは確定済みです(汗) すいません、無駄に長くて…てか章の量がバラバラで… でも、この話はしっかり完成させたいので、どうか温かい目で見守ってやってください。 |