4.隠れ蓑

店の奥はとても薄暗く、目が慣れるのに幾分か時間が掛かった。
闇になかなか慣れない目を凝らしてよく見ると、 そこは店に必要な用具や材料の入った箱が雑然と置かれていた。
左手には物置らしき棚が、右手にはいかにも小さそうな部屋へと続く扉と、 その奥には上へと登る階段があるように見える。

次第に目が慣れて周りの物が見えるようになると、少年はあちこちを見回していた。
手前の箱には食材が置かれているのだろう、多分入っているのは野菜などの植物類だ。
その隣には肉や魚がある様だが、どうやら氷が敷き詰められているようでその周りだけが湿っぽかった。
――ちなみに余談だが、この地方では機械製品は未だ出回っておらず、先程の電話同様冷蔵庫も殆どといっていいほどない――

思ったより生臭くなかったのは、仕入れと管理が良かったからなのだろう。
ここは海こそは近くにはないが、隣町との間に大きな湖がある。
そこの川魚は発達した流通ルートを通じて、この町の人々の口に入るようになっている。
そしてその反対側の地域では農業や畜産といったものが盛んであり、 その傍にも農業が発達した村がある。
勿論、互いの交流も盛んであるから色々な野菜が絶えず手に入る。
つまり、食べ物に関して言えば地元の新鮮な物を仕入れることが出来るのだ。
そうやって辺りの物をまじまじと見つめていたその時、突然何かに顔を覆われた。

「うぐっ…なっ…」
「早くこれ被って!」

小声だが、その声は先程の少女のものだった。
周りのものに見とれていたため、後ろから近づいてきた彼女に気がつかなかったのだ。
まぁ彼が疲労により、注意力が散漫になっていることも考えられるのだが。
布からひょこっと顔を出すと、目の前には古ぼけた布を被ったセナが立っていて、 気がつくと自分も同じような妙にダボダボなマントを羽織わされていた。

「これさえ着てれば、さっきみたいに目立たないわ。」

セナは一人納得して少年の姿をまじまじと見ている。
確かに彼の格好はその模様といい色といい、この町では目立ちすぎるものであった。
薄色系――自然のもので染めているので――の衣服ばかりのこの町で、 原色に近いほど濃い衣服――恐らく人工染料――、しかも紫地に黄色の模様はかなり目立つ。
この地味で古ぼけた薄茶褐色(ベージュ)外套(マント)は、 その目立つ姿をすっぽりと隠してくれている。

「…確かにそうだけど、何でキミまで着てるんだ?」
「一人だけそんな格好してたら、逆に変でしょ?  それに、あたしも着てたほうが子供の遊びにも見えるしね。
 さ、早く町の外に出るわよ。」

最後の言葉が気にかかった事もつかの間。
彼女はそういって彼の手を取り、裏口の戸を勢いよく開け放つ。
そりゃもう効果音にドーンとつきそうな位な豪快さだ。
しかしいくら裏口といえど、何の躊躇いもなくその戸を開け放った彼女の大胆な行動に彼は驚くしかなかった。
少し落ち着いたとはいえまだ混乱した思考が隅に残っていたのと、 先程まで店に立っていた彼女が自分の為に店を飛び出そうとしている事に、少年は少なからず焦りを覚えた。
確かに、知らない町の中では彼女のように町に詳しい者が傍にいてくれたほうが安心できるのだが… それはあくまで自分の我がままに過ぎない。

「ちょ…店はどうするんだ?」
「平気よ!!今日は平日だからお客さん少ないし。
 それに、マスターの気が変わらないうちに甘えとかなきゃ。」

何でもないと言うかのようにその言葉をさらりとかわし、彼の手を引いて駆け出した。
少年は疑問に思いながらも少女に言われるがまま後に続いていく。
店を出て家々の隙間を抜け、少し小さい住宅に面している通りに出る。
店が面している通りを『表』とするならば、ここは『裏』という事になる。
その裏通りを中心に通り、出来るだけ人に会わないようにしながら薄暗くなった町の中を二人は駆け抜けて行く。
静かな通りに、微かな会話が響く…

「…なぁ…?」
「…っ何?」
「……本当に良かったのか?」
「何が?」
「…店だよ……働いてたんだろ?あそこで」
「うん、そうだよ」
「……良いのか?俺のために抜けたりして……」
「だから何が問題なの?」
「…っだからっ!!」

彼は大きな振りをして彼女の前に立ち、見据える。
彼女は驚いて走る動きを止めた。
それは当然だろう。
彼の表情が先程の疲労を見せた顔から、真剣な強い意志を秘めた表情になっていたからだ。

「俺は確かにあいつ等から逃げていた。
 こうやって匿ってくれたことや、逃がしてくれたことは本当に感謝するよ。」
「……。」
「でも、これは俺自身の問題だ。君にこれ以上迷惑はかけられない。
 だから…君は店に戻って…今ならまだ間に合うからさ……」

彼の言うことは最もだった。
逃げ切れるかどうかはは彼の問題だ。
親切なのは有り難いが、こんなに重要な事で他人に迷惑を掛けられるわけが無い。
だが彼女にはそれで納得することはできなかった。

「……いや。」
「…えっ?」
「だからイヤだって言ってるの。」
「どうしてっ…」
「放っておけないからに決まってるでしょ?」

頭では分かっていても自分の心が納得してくれない。
何故か分からないが、彼をこの町で一人にしておけないのだ。

「どうして……見ず知らずの俺にどうしてそこまで出来るんだよっ!!」

ふわっ

「今のあなたを一人にしておけるわけ、ないじゃない。」

気が付くと彼女の顔が目の前にあって、その柔らかい優しい手が彼の頬を包んでいた。
暖かい…人の温もり…
もう何年この感触を味わってなかっただろう。
そんな場合ではなかったはずなのに、何故かそれに浸ってしまった。

「今のあなたには寝床と休息が必要だわ。だから私の家に行きましょ?」
「でもっ……俺は追われてるんだぞっ!!」
「知ってるわ。」
「俺が何者かも、分かんないんだぞっ…」
「そうね……」
「じゃあ何でっ…自分を犠牲にしてまで俺を助けるんだよっ…!!」
「……じゃあ、あなたは目の前で困ってる人を見て放っておけるの?」

彼はその言葉に息を呑んだ。
セナは彼の瞳を見据える。

「残念だけど、私はそんなこと出来ないわ。」
「…でもっ……俺は追われてるんだぞ?怖いとか思わないのか?
 俺が……本当のことを言ってるのかどうかなんて、君には分からないだろう!?
 なのにどうしてっ…!」

そっ

彼女の白い指が彼の口をふさぐ。

「あなたが悪い人だなんて思えないからよ。」

一体何が起こったのだろう。
一瞬で頭の中がぼうっとしてしまった。
先程まで、自分は何にこだわっていたのか…
助けなど要らない…誰にも迷惑などかけられない…
だがその根底にあったのは…

誰モ信ジラレナイ…

という思いだった。
身を守れるのは自分だけだ。だから誰かを頼ってはいけない。
ずっとそう考えてきて、ずっとそうしてきたのだ。
簡単に人を信用していては子供である自分が旅など出来はしない。
そう自分に言い聞かせてきた。
だが、そんな彼の意気地は彼女の言葉で緩和されてしまった。
今の自分には確かに助けが必要だ。
だが大人は信用し難い。
同じ年端の少女だからというわけではないが、少なくとも彼女を頼っても良いのだと、
彼の本能が叫んでいた。

「…やっぱり休む必要があるわ。
 もう少し頑張ってくれる?この路地を抜けて橋を渡ったらすぐだから。」
「……あぁ。」
「さっ行きましょ。」

そうして又手を引いて駆けていく。
その背中を見ながらその後について行く。
だがもう、彼には恐れや不安などはなかった。
その手はしっかりと彼女の手を掴んでいた。

気がつけば辺りは更に暗くなっていて、日も西へと完全に沈みかけていた。
空の高い所には粗塩のような白い星も出始め、ただ西の果てのみが明るさを残していた。
その淡い光を背に受け、ざわめいているその木、 アートレスィーズへと二つの影が近づいていくのが微かに分かるくらい、 辺りは光を放っていなかった。
次第に濃さを増していく闇が、景色も、音も、人の気配をも飲み込んでいって、 後に残るのは無と言う空間だけのように静まり返っていた。

こうして時の流れに、また誰の意思にも逆らうことなく流れて行き、誰の気配もなくなった町の夜は深々とふけていった。
誰も知る事のない真実の理は、只々その時を迎えようとしている。

彼女ノコトヲ信ジテミヨウト思ッタ

希望ノ光ハマダ消エナイ…

back     close     next


前サイトで載せたとき、あまりに短かったので再アップの際に書き足してみました。
でも今度は少々多すぎないか?まぁ少ないよりは良いですよねww
その代わりこのシーンがかなり重くなってしまいましたが(汗)
しかも上手く書けない…どう表現すりゃ良いんだ?と一人悩んでしまいました。
会話が急に多くなったのはこのせいです。
だって……上手く区切れなかったんだもん!!ぅわあぁぁぁん!!(逃亡)