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「ハァ…ハァ…ハァ…」
町の外れから息を切らしながら走ってきた一人の少年。 日が傾き、次第に長くなっていく影を左手に見ながらやってきた少年。 明らかにこの土地の者と比べると随分と印象の違う少年。 その姿を一目見れば一目で異国の者だという事が分かる。 この土地の者は基本的に、その民族の系統から色素が薄いものが多く、 町民の七割ほどは茶髪であった。 その癖、肌の色は日に良く当たっているせいか黄色であり、そして瞳の色はとても暗く、 しかしただ単に暗いだけではなく光の加減で茶にも見える漆黒の色をしていた。 ただ先程七割と言ったのは、経済の発展に伴って異国の人々がこの土地に移り住み、 その中で混血族が増えていることによるのだ。 だが、この少年は明らかに違った。 この地では珍しい漆黒の黒髪とそれに映える白雪を思わせるような色白の肌。 この町にはこれほど綺麗な髪と白肌を持ち合わせている者はいない。 そして極めつけはその透き通った灰色の瞳。 暗くもなく明るくもなく、常に一定の光を放つ不思議な瞳。 多くの小枝や建造物の隙間を通って差し込んでくる西日に照らされ、淡い光を放つその宝石のような瞳に、 セナは心を奪われてしまったのだ。 町の外れの工場に向かおうと歩き始め、店から五六十m離れた本屋のある区角の側の角を曲がろうとした、 まさにその時だった。 向こうの筋から慌てて走ってきた彼とぶつかったのは。 ドシャッっと砂の上で擦れるときに発する鈍い音と共に少女は地面に尻餅をついた。 それとほぼ同時に、それより少し大きな音が目の前の別の場所から聞こえた。 思わず上ずった声で悲鳴を上げてしまったが、驚きで喉が窄んでいたので殆ど声にはならなかった。 しかし地面からの音と少女の小さな悲鳴以外、これといって音といえるモノが何もしなかった。 その理由は分からないがしばしの沈黙が周りを包む。 怪我でもしたのか…いや、互いにこけただけでさほど重症ではないはずだ。 それに、もしそうだとしても声がしないのは不自然だ。 心配して顔を上げてみるが、相手は一向に伏せている顔を上げる気配は無い。 その間に大らかと称される少女でさえ、心配を通り越して怒りを覚えた。 そう、始めは「危ないじゃないの!!」と文句を付けようとしていた。 人にぶつかっといて、謝罪の一言も返してこない目の前の人物に腹を立て、 立ち上がりもせず相手の腕に手を掛けこちらに向かせようと手を引いた時だった。 その整った容姿に、今まで見た事が無いくらい不思議な光を放つ瞳に心を打ち抜かれてしまっていたのだ。 目の前のその少年はかなり息が上がっていた。 既に肺の機能が疲労により極度に低下していて、肩で呼吸をしている。 吐く息が普段より異様に大きく聞こえ、かなり荒々しかった。 それは誰が見ても、長い距離を走ってきた事が分かるほどで。 一体、何があったのかは知らないが、 どうやら言葉を発する状態ではなかったようだという事は彼を見て感じられた。 少女は昇ってきた怒りのボルテージを下げ、落ち着きを取り戻して掴んでいた手を離す。 そして大丈夫?と声をかけ、彼に手を差し伸べた。 だが手を差し伸べた次の瞬間、彼が纏う衣服やその容姿を確認し不可解な違和感を覚えた。 彼の纏っている衣服は、この土地の簡素なデザインの服と違いその模様にはちゃんとした規則性があり、 彼の民族の知性の高さが伺えるものである事。 この土地に珍しい黒髪、白色の肌を持っている彼はおそらく異国の土地からの訪問者である事。 しかもそれなりに大きな荷を背中に背負っているところから見ると、どうやら旅人のようだ。 そして、今まで見た事がないくらいに透き通った灰の瞳をしていた事も彼女を驚かせた。 今までにもこの町に旅人たちはやって来たが、それは金髪だったり黒髪だったり、 彼のように白い肌をしている者もいたし黒い髪を持っている者も居た。 だが、その中に黒髪で白い肌をし、しかも灰の瞳をした者など一人も居なかった。 ――対外、金髪をした者が白い肌に蒼、もしくは碧の瞳を持ち、黒髪の者は黒、 もしくは黄褐色や黄色の肌に茶、または漆黒の瞳をしていたものだ。―― 他のどの民とも違う彼の姿。 これを新鮮だと感じるか、異形だと感じたのかは定かではない。 セナが感じたのは前者のようだった。 その時、彼が通ってきた通りの向こうで何やら騒がしくなった。 時折、誰かの叫び声も聞こえる。 彼はそれにすぐさま反応し、慌てて後ろを振り返る。 後方からでも分かるくらいその顔は歪みを帯びている。 その焦り方を見て、彼に見惚れていたセナはハッと意識を取り戻した。 はっきり言えばその慌て様は尋常ではない。 セナと大して変わらないの年の少年が何故これほど怯えているのか…一体何に… 少女はしばし頭の中で思考を巡らせて、ある一つの結論に至る。 確信が無いので信じたくは無いが、今の状況ではこの可能性が一番かもしれない。 そう感じながらもそれをすぐに口にしようとは思わなかった自分が不思議だった。 「あなた、この町の人じゃないわよね。」 そう言ってしっかりと相手を見つめる。 彼はふと振り返り、再び彼女をその視野にとらえる。 驚きを含んだ表情だが、そこから焦りの色は消えていなかった。 後方から来る何かに怯えて、彼はそれから逃げようとしている。 得体の知れないそこから来る、どうしようもない『恐怖』と『焦り』。 彼女から言われたことを気にしつつも、やはり後方からの気配を気にするその仕草。 何かが迫ってくる事を恐れて彼の体は少し震えていた。 一刻も早くこの場から立ち去りたいのだろうが、 体が言う事を利かないらしく苦い顔をしていたのを少女はその二つの瞳で見つめていた。 この様子をまじまじと見て、その答えはセナの中ではっきりとしたものになった。 その場にいればなお更の事だが、彼が今どういう状況に立たされているのか、 彼女には手に取るように分かった気がした。 そして自分の考えを確信させるため、再び重くなった口を開く。 「…誰かに追われているのね、あなた。」 次の瞬間口にされたその言葉に、少年は目を見開いた。 彼はよほど驚いたようだったがこの様子を見ればある程度の察しはつく。 かなり動揺しているらしく、その辺の思考能力が衰え、冷静さを失っていた。 それと相俟って呼吸がなかなか整えられない彼は、言葉を発する事が出来ないようだ。 次第に先程のざわめきが此方に近づいてきている。 奴らが此処に…一刻も早く此処を立ち去らねば… そんな彼の思考がひしひしと自分の中に伝わってくるように感じた。 セナは一つの決心をし、目つきを変えて勢いよく立ち上がった。 そして、おどおどしている彼の腕をガシッと掴む。 「ここにいちゃ見つかっちゃうわ。ついて来て!!」 そう言うとセナは少年をぐいっと引っ張ってそのまま駆け出していく。 その行動に、彼は驚きを通り越して混乱状態となる。 彼が何者で今まで何をしてきたかはともかく、 どんな者でも見ず知らずの少女に引っ張られるというのは、 ましてや奴らの仲間ではないとして一体彼女は何を考え、 自分を何処へ連れて行こうとしているのか、 判断力を失った彼にはただ新たな混乱を招く道具に過ぎない。 「っおい!!一体何処へ行くつもりだ!?」 いきなり引き寄せられてぐらついた体を必死に建て直し、 少年は喉で詰まっていた声を一気に吐き出した。 だが、彼女は何も言わずにただ力強く腕を掴み引っ張っていくだけだった。 一体彼女の何処にこんな力があるのか…いや、単に少年が疲労から力を失っていただけかもしれないが。 そうこうしているうちに彼は彼女に引かれ、町の中心の方へと姿を消していった。 出会ッタコトガ始マリダッタノカ… 別レタ事ガ始マリダッタノカ… back close next
はい、これで話の主役の二人が揃いました。
ていっても彼は一言しか言葉を発していませんが(苦笑) 一章は長いように感じつつも、結構あっという間に読み終わってしまいます。ていうか〇章の中で一番短いです(笑) それだけ、重要部分しか触れていないんだって事ですけどね(笑) あとがきらしくない事ばかり書いてスイマセン… |