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町のシンボルツリーである二本の大木の一つ、西の巨木、
アートレスィーズがある丘の麓の木造小屋に住んでいる二人の親子。
その一人娘である彼女の名前は『セナ』、セナ・リトラム。 今年12歳の誕生日を迎えたのだが、まだその容姿に幼さを残している少女である。 さらさらとはしているが、肩に掛かるほどの長さのしっかりとした黒髪。 そして透き通るような茶を帯びた暗い瞳を持つ。 細身の体にはこの地方独特の民族衣装と称される衣服を身に纏い、 その長い袖口からはいくら少女が細い腕をしているにしろ、明らかに手首からは抜けそうにない、 金の光を放つ深い紫色の石がはめ込まれている腕輪が覗いている。 顔立ちは美少女といった部類に入るくらい容姿端麗だが、その容姿は落ち着いた雰囲気をかもし出していて、 なおかつ普段みせる表情は瞳のせいかどことなく暗い印象をうける。 しかしその性格は明るく活発であり、その見た目の瞳の暗さをも凌駕している。 それもなかなかのしっかり者で面倒見も良い、いわゆる誰にでも好かれる典型的な少女の様。 無邪気ではあるけれども、その優しさと満面の笑みは周りの者を幸せにしていた。 彼女は昼間通っている学校が終わると、仕事先である町の居酒屋へと足を運んだ。 勿論彼女はまだ世間で言う『子供』である。 遊び、学ぶ事が仕事である彼らにとって、 町の酒屋など本来ははっきり言って疎遠の場所であることは疑いない。 では何故彼女がそこが彼女の仕事場で、どうしてそこへ向かうのか… それは誰からも愛され、また優しく気前良く接する質を買われ、幼いながらもここで働く事を許されているからだ。 いや、許すというよりも、頼み込まれているといった方が正しいのかもしれない。 どんな人にも好かれる子というのはそう居るはずもなく、 さらに商売に関しても手際がよく笑顔を絶やさず接待をしたり、 子供ながら大人顔負けの仕事を見せるなかなかの商売上手であった。 それが意図的であるのか無意識の範囲であるのかは定かではないが、 店としても彼女の存在を必要とするようになっていた。 まぁ、そんな経緯があってここで働くようになり、清々しい青空の広がる今日もいつものように正装を纏い店に立ったのである。 正装といっても大したものではない。 普段から慣習に習い、この辺りの民族衣装を纏っている彼らは、 こういった商売や何かの儀式の時には少し綺麗な布と糸で繕ったそれを身に纏う。 彼女が着ているのは商人らしく意匠を凝らされた、商売衣装としてはこの町でよく見かける代物である。 勿論、布の色や身に纏う装飾物はその職業、または店ごとで違っている。 具体的に言えば、医療関係は白、食料関係は象牙色 (染料が自然成分由来のものなので、強く染まらないのである) まぁ簡単に言えばいわゆる制服やメイド服みたいなものだ。 だが何故か彼女が着ているそれは、彼女の為に作られたかのようにとても良く似合っていた。 薄茶褐色 その上腕には袖を捲り上げた時に止めておくための、伸び縮みのする輪がしてあり、 胸元にはこの店独特のリボンつきの花飾りがつけられていた。 そしてその鮮やかな衣服とは対照的な彼女の漆黒の黒髪が凄く印象的で良く映えている。 しかし良く考えてみれば、今この居酒屋で働いている従業員は彼女と店長だけなので、 もしかしたらその少女用にこさえられたという事も否定は出来ないのだが。 「ありがとうございました〜!!」 甲高い声だが柔らかみがあり、至福の一時を後押しする魅力のある声。 その声の主、それは正しくセナその人であった。 髪の上部を後ろで束ねていて、重力に逆らわない下方の髪が挨拶で伏せた体を起こした時に 首もとをさらりと流れる。 「ふぅ、やっと一段落ね。」 日が傾き始めて町中が夕刻の色に染まる頃、昼間働き詰めで疲れた体にエネルギーを入れる ためにやってくる人々のラッシュ時間が過ぎ、残りは旅の者か隣町の商人の者が残っている 位である。 それ以外では、常連の客たちがゆっくりと酒を飲み、雑談する時間となっているため、 先程と比べるとさほど忙しくはない。 この町のサイクルは早く、この時間には町の半分以上の者が既に夕飯を済ましているため、 後の仕事といえば客の接待のみというべきである。 「セナ、店は一段落したし、休憩にしよう。外の空気でも吸っておいで。」 少し疲れを見せた顔を察したこの店の亭主と思われる、色素を失いつつある茶髪と黄褐色の肌を持つ、 体つきがしっかりしている四十半ばを過ぎた男が少女に声をかける。 その言葉を特に驚いた様子もなく受け取った彼女は首だけを男に向ける。 その深みのある、透き通った漆黒の瞳には男の姿がくっきりと映っている。 瞳の像が男の微笑んだ表情が分かるほど、彼女の瞳は暗かった。 ――しかし一度外に出て日の光に透かしてみると、それが茶を帯びている宝玉であることが分かる。 光の加減でこれほど色が変化するような瞳は、この町に住む者には居ないといっても良い。 だから彼女を一目見れば、誰でもその姿を覚えてしまう。 商売をするものにとって『印象』というものはとても大事なので、 この店では重宝されているのも又確か。―― そして、その首に合わせて少し体をひねり、まるでいつものやり取りのように振舞う。 「ありがとう、マスター。」 いつものようにその笑顔を見せると、手に持っていた布巾をカウンターの隅に置き、 手持ちを確認するとセナは外へと飛び出していった。 外を出歩くのに服を着替えないのはまだ仕事が残っているのと、 いつもながらやっている予約の受付がやりやすいようにである。 ――上着を着ないのはこの土地の気候もあるが、今は初夏… 暖かな風が春の花の香りと夏の爽やかさを運んでくるからだ。―― 先程、この町のサイクルは早いと言ったが、それはあくまで一般的なこと。 当然『例外』と称される仕事も多くある。 彼らの場合は、夜でなければ出来ない仕事――所謂日光にさらすと変色などを起こす類の物を扱う仕事―― や炭鉱や製鉄所などの所謂全日肉体労働といわれる者は、他に比べて労働時間が長く、 しかも食事等は何処かに食べに行く、 もしくは出前を取るなど誰かに作ってもらわなければやっていけないのだ。 それも仕事柄大人数。 食事所はこの町でも必須であることは容易に窺える。 当然、セナが働く店『ディア-レスト』も予約や出前もしているが、 店長は店を離れる事が出来ないため、セナがこうして代わりに出向いているのである。 ちなみにこの町には『電話』と称するものはない。 というより作業用のもの以外に『機械』というものが存在しないのだ。 「んん〜っ…はぁ、やっぱりこの時間は風が気持ちいいや。」 その声を聞き届けたのか否か、風はその瞬間に強く吹き、彼女の黒髪を無造作に散らせた。 しかし、その髪は色の濃い所為なのか、全くといって良いほど背景に溶け込む事はない。 表面だけで光を反射しているので、その長い髪には白と黒とが対照的に輝いていた。 「あ〜あ。13歳まで後一年もあるのか…長いなぁ…まぁ、も少し稼がないと自立なんて無理だけど。 じゃないと暮らしていけないし…」 セナはそう言ってそっと足を止める。 視線は遠くでもなく近くでもない所に向いている。 その表情は思い悩んでいるのか、思い詰めているのか、なんだか寂しそうである。 その理由はセナが心に誓って決めたある決意のため。 しかし本当にそれだけなのだろうか。 そう思いがたいほど、彼女の表情は次第に険しくなっていく。 「…13歳になって学校を卒業したら、一人前の大人として世間から認められる。 そうしたら、その証として『リスペクト』を付けられる。 一日も早く一人前になって自立をする。それが、母さんへの恩返しなんだもんね。」 低く放たれた声音が次第にいつもの音に戻っていく。 その音と共に、暗がりを見せた顔までもが光に満ちていくように感じられた。 セナは気持ちの切り替えがとても早く、前向きな性格。 ちょっとおせっかいな所もあるけれど、とても優しく、何よりもその器が大きい。 やはり皆に好かれているだけのことはあるようだ。 だが、これらは彼女の『強さ』を表す一品 その小さな一品が集まって人は成り立つ。 「さぁ、早いとこ稼ぎに行って帰んなきゃね。」 そういうと、またいつものように町の外れにある工場へ出前の注文を受けるために、風のよう に駆け出していった。 その背中を見送る者は居なかったが、その姿は今から何処かへ旅立っていく者のようであった。 だが、その一方で運命の歯車がゆっくりと回り始めていたことを、セナはまだ知るよしもない。 ナンダロウ…コノ胸騒ぎ… 何カガ起ル、ソンナ予感ガスル… back close next
私がまともに手掛けた最初の作品である『宝石の導き』(宝石は『ほし』と読む)
その始まりと言える重要な第一話。 未熟ながらもそれなりに分かりやすい文章かつ小説っぽい言葉を綴ったつもりです。 懐かしいなぁ…と思いつつ、改装のついでに再度部分部分を編集し直してました。 少しはマシにはなったかな…?(苦笑) |