序章

カーン…カーン…カーン…

響いてくる鐘の音は、教会が学校の終礼を鳴らして町中にその始まりを告げているのだ。
これを境に辺りがだんだん騒がしくなってきたのは、 この音を聞いて町の者が一斉に動き始めた為である。

何故かって?
それはこの町の者全てが、この町の経済に何らかの形で関わっているからだ。
具体的に言うと、子供、老人を問わず、町の殆どの者が何らかの仕事を担っているということである。
それは時代に関わらず、この町の在り方であると共にごく当たり前となっている。

そして、町民の三分の一をも占める子供たち(ここでは六歳から二十歳までの者) が学校へ行っている昼間は、町の経済が半ば止まってしまい殆ど商売にも成らない時間と化していて、 普段からこの時間は生産時間や準備時間となっている。
だから、この終礼の鐘こそがいわば町の始まりという訳で、 このざわめきは町中が活発になり始めた証拠なのだ。

町といっても、ここは山間…いや、どちらかといえばなだらかな丘陵の間にある都市だが、 決して狭くはない。
分かりやすく言えば、少し小さめの町が二・三合わさった位の広さがある。
さらに言えば、この町では機械事業とかいうものはさほど発達していなく、 どちらかというとまだ農業や畜産、商業関係の方が盛んである。 (今で言う、産業革命を迎えていなかったヨーロッパのようだと思ってもらえば良いだろう)

しかし、市場や露店、工場や個人店舗などの営利事業が発達しているため、 決して田舎町でもない。
この場合、発展途上国ならぬ発展途上都市と言った方が適切だと思う。
緑も多く自然と共にある環境であるこの町は、 もしかしたら人間にとって一番暮らしやすい環境なのかも知れない、 とこの町を訪れればきっと誰もがそう思うだろう。

前置きが長くなったので、そろそろ本題に入ろう。
この町の歴史はおよそ七百年にも及ぶ。

一つの町に七百年と言う歴史が残っているというのは、この地域では決して珍しくは無い。
このルークラトがある『イーストリア』大陸では、戦争などの争いが殆ど無かったため、 その土地の歴史が失われる事が無かった為だ。
勿論、その他の大陸、特に『セントリア』大陸では争いが絶えなかったというが。

驚くべき事は、この七百年間、この町の風景は当時の姿がいくらか近代的になっただけで、 さほど変わってはいないことだ。
緑が多いのは、その所為であろう。

では何故長い間この姿が保たれたのであろうか。
嫌が応にも、ひたすら流れる時代(とき)に逆らってまで、 町の人がこの様に手を加えてきたのだろうか…
そうでもなければ、この町は今の姿であろう筈がないのだからだ。
その答えは、町を取り囲んでいる起伏の土地に在る二本の大木にある。

兄弟樹といわれたその二本の大木は町を取り囲んでいる丘の頂にあり、 その町『ルークラト』を挟んで対峙している。

二つの丘に二つの大木。

東西に立っているため、昼間はその影が町を覆う事はない。
そのためか朝、夕は妙に涼しく、 昼間もその木々の間を風が通り抜けるせいか夏場でもさほど暑くはならない。
さらに、この二本の大木のおかげで、 この町は少々の日照りにあっても潤いのある生活を送ることが出来るのだ。

その二本の木のうち、町の者皆に知られていてなおかつ、 この町の守り神ともいわれている東の丘に聳え立っている木、その名は『ヴァイタリーズ』。

三百年前、この町を近年に類を見ない乾期が訪れ町と共に枯れかけたこの木は、 ある旅の者の所為でその息を吹き返す事が出来たのだ。
それは奇跡とも言うべきものだったらしい。
蘇るはずがないと言われた大木が再び息を吹き返した瞬間、 ルークラトも再び潤いを取り戻すことが出来た。
その伝説が今日まで語り継がれて、今のヴァイタリーズがあるのだ。

そして、その兄弟樹であるもう一つの大木は西の丘の上にある。
ヴァイタリーズに比べるといくらか名声は劣るものの、しっかりと根付いたその姿はさすが 兄弟樹といわれるだけのものであった。
その名は、『アートレスィーズ』。
その木が在る丘の麓にある、少し古びた木造の家。
この話は、そこに住む一人の少女の運命を辿った物語である。


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少しはこの世界観を分かって頂けたでしょうか?
後々ですが、此処の内容が絡んできますので(予定) 頭の隅っこに入れていただければ幸いです
ちなみに前サイトの内容と多少違っているかもしれません
書き直し、付け足し等がされていますので…