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風が吹き抜け、木葉が舞い落ちる翠の海原。
トウカの郊外にある広い草原は、いつもと同じように光に満ちていた。 葉が舞うのはその近くに森林があるため。 にもかかわらず風が靡いているのは、ここが小高い所にあるからだ。 その場所に一人の少年が立っていた。 大きな黒いローブを羽織っているため体格 頭には黒い帯が付いた白い不思議な形をした帽子を被り、それが頭部全面を覆っているので髪の様子も分からないが、 その裾から見えている色は鮮やかな漆黒。 そして何より彼自身を表していたのは、鮮血を思わせるような紅い瞳であった。 暗がりでもその色を失わない艶やかに光り輝く宝珠は、彼が異形のものの力を有する証でもあった。 しかしその整った容 その瞳の色さえなければ、何処にでもいるようなごくごく普通の少年に見えるのだった。 ただ他の者と明らかに違うのは、その傍らに魔物と呼ばれるものを従えていることだ。 蒼色の身体をしていてその頭部に大きなひれを持つ生き物で、 まだ見た目は小柄だが強い力を有していることはその姿を見ればすぐに分かる。 なぜなら、一般人が知りうる魔物は人里近くに住む小柄で力の弱いものたちであり、 この森の側に暮らす人々は皆それらを知っていた。 しかし彼の傍らにいるその獣はそれらとは姿形が異なっている。 というより、普通の人間はその魔物ミズゴロウを知らない者が多い。 すなわち、それは人が近寄らない奥地に生息している強い力を持つ魔物であるということだ。 ミズゴロウはそのきょとんとした目で主の手元を見ていた。 そこには彼よりも少し小さい鳥が抱えられていたからだ。 その視線に気づいた少年は、ふっと表情を"優"のものにして言葉に乗せた。 「大丈夫だよ、ZUZU。ちょっと怪我をしているだけみたいだから。」 ZUZUと呼ばれた蒼い獣は主のその言葉を聞くと、尾びれをパタパタと振ってその肩に飛び乗った。 少年はその姿を見届け、自分の肩に彼が着地したのを確認すると、視線を手元に戻す。 目の前にいるその鳥は、紺と白の身体をした『スバメ』という魔物。 頭部に朱い模様があるのが特徴である獣で、 その右翼の所には薄赤に染まった汚れがあった。 翼自体も少し外側に反り返っている。 身体も普通のより一回り小さい事から、おそらく巣立ち前の小鳥が過って墜落してしまい、 骨を折ってしまったのだろう。 痛みに耐え切れないというようにその表情を歪ませ、か細い声を上げている。 その苦しそうな様を見て、可哀相だと思わない者はまずいないだろう。 それは彼とて同じであった。 と、少年は急に己の右手をその患部に翳 すると、触れるか触れないかというその微妙な距離に持って行かれたその掌から淡い光が発された。 光は掌から徐々に波打つように強弱をつけながら発され、傷口へと消えていく。 その光の威力が弱まっていくと同時に朱い染みが消えていき、光が止んだ時にはその傷はすっかり癒えていた。 そのほんの一瞬に起こった出来事に、スバメは初め大きく戸惑いはしたものの、 それが"彼"の所業であると分かると、嬉しそうにキキキっと鳴いて羽根をバタバタと羽ばたかせた。 そしてふわりと舞うように空を翔け、彼の目の前でまるでお礼をいうかのようにチチチと囁きながら空に留まる。 少年は元気になったその姿に安堵し、そして意外にも人懐っこい"彼"の性格に驚きつつ、 溢れ出てくる感情に苦笑する。 「ははっ、いいよ。そんなにお礼を言わなくても。元気になって何よりだよ。」 少年は軽く微笑みながら手を差し出した。 小鳥 少年は目を細めて目の前の小鳥を愛しそうに見つめ、その背を指先で撫でる。 傍らにいるミズゴロウもニッコリと微笑んでパタパタと尻尾を振る。 その時だ。 遠くの方から声が聞こえた。 「ルビー、父さんが呼んでるわよ〜?」 女のその声を聞き、少年はふっと振り返る。 その瞬間、少年の瞳は紅く輝きを放ち、視界にその姿を捕らえる。 女はこの少年の母親だった。 栗色の短い髪の毛はサラサラとした軽いモノで、その容姿からしてもかなり若く見える人である。 駆け足で近寄ってきた彼女を迎えながらも、少年はその表情を崩すことなく、自らを呼び出す"その理由"を思う。 「何?そんなに慌てるほどの事なの?」 「そういう訳じゃないけど…何でも、用事を頼みたいんですって。」 「用事?また何かさせる気じゃないのかなぁ…」 「ほら、早く行きなさい。」 「分かってるよ。じゃあね、小鳥さん。」 彼はそう言って差し出していた指を軽く振って別れの合図をし、小鳥を促した。 小鳥は再度ピピピと鳴いた後、大きく羽ばたきながらふわふわと飛んでいった。 まだ危なっかしい飛び方だが、もう大丈夫だろう。 紅目の少年はそれを見送ると軽く微笑み、そして少し悲しそうな顔をした。 「さっ父さんが呼んでる。いこうか、ZUZU。」 気持ちを切り替えた少年は、傍らのパートナーにまた軽く微笑みかける。 蒼獣はにっこりと笑って尾を振ってそれに答える。 そして彼は歩き出した。 己を呼んでいる魔術師 通い慣れた木造の小さな建物。 庭には薬草と称される様々な草木がところ狭しと植えられている。 これらは皆、父親であるセンリが町人の為の薬を作る為に栽培しているものだ。 いつ何時どの薬草がどれだけ必要になるか分からない。 だから、栽培出来るものは出来るだけここで作っているのだ。 勿論定期的に森や草原へと野性のものを取りに行くことも怠らない。 流石律義な男 今日もそんなことで呼び出されたに違いない。 されど己も魔術師の端くれなのだ、肩を落としている場合ではない。 少年は改めて気を引き締めて口を固く結ぶ。 あの男の前では、気を緩める訳にはいかないからだ。 厳しいからといえばそうなのだが、それ以前にあの人は父親である前に自分の魔術の師。 どんな理由があろうとも敬意を欠く訳にはいかない。 意を決した彼はその取っ手に手を掛けて、ゆっくりと手前に引いた。 鼻先を掠めた微香は調合された薬が煮詰まっているものだ。 これは恐らく胃腸に効く薬だな… なんて、もうこの年で臭い一つで成分が解るようになってきている辺りは父の努力の賜物なのかもしれないな、 と毒づいてみたりするのも、既にもう日常茶飯事の事。 その時感じた魔力 おっと、早速お出ましのようだ。 「来たかルビー。」 明かりの少ない空間に短く響いた低い声。 何度聞いてもその重苦しい雰囲気を醸し出している"これ"には慣れない気がする。 だが今日のは随分穏やかだ。 いつもと違うその感じからすると、用とは私情なのだろうか。 「何ですか?父さん。わざわざボクを呼び出したということは…」 何か重要なことなのですか? そう尋ねると、意外な言葉が返ってきた。 「この手紙を届けてきてほしい。」 そう言って渡されたのは、一通の白い封筒。 父の名前が書かれているだけで宛先がない、特に何の変哲もないものだ。 「…手紙だったらボクじゃなくてもいいんじゃないですか?」 ペリッパー郵便だったら海の向こうでも届けてくれる。 徒歩しか行く術を持たないボクにわざわざ頼むようなことではない気がするのだが。 少年は疑問に思いながらも、そう尋ねた。 父はそれは分かっている、という風に返し、その先の言葉を続ける。 「届ける相手はミシロのオダマキ。私の親友だ。」 親友?……あぁ、そういえば修業時代に近所に住んでいた人と友達になったとか言ってたな。 息子の立場から言うのもなんだがあの性格だ、友などそう沢山はいないだろう。 その父に親友と呼ばせる男なのだから、すごい人なんだろうな… 「あいつは学者でな、年中色んな所でフィールドワークをしている。だから家に届けてもやつの手元にはすぐに届かないんだ。」 「…そんなこと言いますけど、何処にいるか分からないんじゃボクだって同…」 「いや、居る場所は分かっている。先日連絡が来てな、今はトウカの森にいるそうだ。」 「トウカの森…ですか。」 あぁ、なるほど。 確かにそんな所にいるんじゃ普通の人に頼む訳にはいかないよな。 あんな"魔物の宝庫"には頼んだって誰も届けてくれる訳がない。 成る程、ボクに行かせるのはその為か。 「…分かりました。それを届ければいいんですよね?」 あの森には普通の人間は近づかない。 行けばすぐにオダマキさんが誰なのかは自 一応いつ頃森に入ったのかとか、その風貌の特徴を聞いて、その知識を頭に叩き込む。 「頼んだぞ、ルビー。」 男から手紙を受け取った少年はすっと踵を返し、扉を開け放った。 その姿を見送った男は、細めた瞳で少年の姿を一瞥すると、また再び小屋の内へと戻って行った。 心の内にある一つの"思い"を、胸に抱えながら。 再び外に出てみると、感じるのは春の暖かい陽気。 少年は朝の陽射しを浴びながら大きく一つ伸びをして、 傍らにいた相棒 「行こうか、ZUZU。」 その声に蒼い魔獣は尾を振って答える。 少年は黒衣 「…その前に着替えなきゃね。」 このままじゃ汚れるし。 その主の言葉に相棒 コノ時ハタダ目ノ前ニ迫ッテイタ"重圧"ノ事バカリ考エテイタ ダカラ、コノ運命ニ気ヅカナカッタンダ… back next close
既に日記の連載を読んでくださった方にはお分かりだと思いますが、
連載時の1話と2話がくっ付いて"第一話"になっております
具体的にどの辺を修正&微調整したのかはご自分で読んでご確認くださいませ ルビの魔術師姿を綺麗に描いてあげられないダメな管理人(汗) …誰かイメージ画描いてくれないかなぁ…(遠い目) |