|
「……うっ…っ!…くっ……っ、あっ………っ!!」
額に走る激痛が齎す熱が全身を支配し、もはや自らの意思ではどうにも出来ないところにまできていた。 喘ぐ吐息は次第にその荒々しさを増し、 駆け巡る痛みが齎す苦痛から必死で逃れようと、幼い少年はベッドの上でのたうちまわる。 口許には飲み下せなかった唾液が泡のようになって張り付き、頬は林檎のように紅潮しきっていて、 全身は既に汗で覆われ、それを大量に吸い込んだ衣服はもはやその役目を果たしていなかった。 少年は悪夢にうなされていた。 額の傷は確かに深い、だかそれ以上に少年を苦しめていたのは心に負わされた"あの出来事"だった。 あの一言、少女のたったその一言が何度も何度も蘇り、彼自身に"深く鋭いモノ"が食い込んでいく。 「……っ!!くっ………いっ、…っぁあああっ!!!!」 それは幼い少年には、あまりに過酷な運命だった。 tragedy 〜嘆きのアリア〜「うっ…ひっく、こわいよぉ……」 少女は、恐怖が去った安心と垣間見た彼の怒りの姿への怯えから、泣き崩れてしまった。 ただただ込み上げてくる感情を制する事が出来ず、必死に涙を拭うばかりで、沸き起こった恐怖の念から、 差し出された手を取ることが出来なかったのだ。 否、既に自分が護られた事よりも出くわした悲劇に耐えられなかったと言うべきか。 そんな少女の様子を、少年はただ傍観するのみだった。 自分は彼女の為に命を削るような思いでボーマンダに立ち向かっていったのに。 彼女を護れるのは自分だけだ、ただその思いだけで自身を猛らせたというのに。 結果は、ただ少女を悲しみの海へと追いやり、自身は大怪我を負っただけだった。 そこからは結局、何も生まれなかった。 やがて二人を探しに来た親たちが、この光景を目の当たりにした。 怯え泣いている少女と、呆然と立ち尽くしている少年。 その頭からはとめどなく紅が滴り落ち、足元に血溜まりを形作っていた。 「ルビー!!!!」 「サファイア!!!どうした!!!?」 突如響いた第三者の声に、二人は我に帰った。 泣き崩れた顔からは安堵が、放心した顔からは驚きが現れる。 「とっ……父ちゃぁ〜ん!」 少女は見知った父親の顔を認めると、一目散に駆け出して行った。 必死にその身体にしがみつき、唇をきつく引き結ぶ。 一体何があったのか。 男はただ縋り付いてくる娘をあやそうと必死に宥める。 その光景は更に少年の脳裏に強く映し出された。 決して受け取って貰えなかった手。 拒絶の現れであった涙。 心の奥底に深く亀裂が走る。 その時だ。 少年の身に突如異変が起こった。 胸の辺りが急に苦しくなり、今まで痛みを感じなかった額の傷に激痛が走る。 喘いだ呼吸を必死に紡ごうとするが、すぐにその努力は徒労へと終わる。 次第に意識が遠退き、少年は駆け付けた母親の腕の中へと堕ちた。 「ルビー!!!ルビー!!!!しっかりして!!!!」 必死に呼び掛けるものの、幼い少年はピクリとも動かない。 男はそんな息子の様子を気にしつつも、周囲に残された無残な惨劇から状況を読み取ろうとする。 地面に残された大きな爪痕と足跡。 少年の手持ちであった彼らが負った傷痕とダメージ。 男は咄嗟にある姿を思い浮かべる。 この惨劇の有様からすれば、相手もそれなりに深手を負っているだろう、まだそんな遠くには行っていないはずだ。 「…ルビーを頼む。」 短くそう告げると、男は一目散に駆け出していった。 その足取りは軽やかで、あっという間にその姿は視界から消える。 「ちょっ……貴方!!!」 「センリの奴、一体何を……っと、それよりママさん、早くルビー君を病院へ!!!」 「そうだったわ!!!オダマキさん、サファイアちゃんの怪我は?」 「ないようですな…泣いてばっかりで何も言わないから困り者ですが…」 「じゃあ、私はこれで…っ!直ぐに町に降りてルビーの手当てをしてもらいにいきます!!」 また後日ご連絡しますね。 女はそう言い放つと、息子を抱えて走り出した。 男は慌てて声を張り上げる。 「人間の足じゃ間に合いませんよママさん!!下にトロピウスを待たせてありますから、乗って行って下さい!!!」 「ありがとうございます!!!お借りしますね!!!」 やがて女がトロピウスの背に跨がり飛び立った後、辺りに再び静寂が立ち込めた。 背中に抱えた娘からの泣き声もピタリと止んでいたからだ。 「…しかしサファイア、一体何が………何だ、寝てしまったのか。」 少女は、まるで小さく縮こまってその場をやり過ごそうとする小動物のように、 父親の大きな背中に身体を埋めるようにして眠っていた。 瞳には大粒の涙を溜めて。 医者が下した判断は、極厳しいものだった。 鋭い爪で削られた傷は頭蓋骨の側まで達し、大きくえぐれた皮膚は既に彼の肉体から離れていた。 幸い脳に損傷は見受けられなかったが、まず間違いなく額に大きな痕が残るだろうということ。 そして、心身に与えられたダメージが酷く、また傷口が炎症を起こし始めたので、 恐らく数日は熱や疲労で動けなくなるだろうとの事だった。 更に医者が一番危惧していたことは、少年の意識が未だ戻らないという事であった。 既に幼い身体には有り余る程の熱が溢れ、懸命に処置を施すがなかなか下がらない状態になっていた。 高温が続くと、肉体に大きな負担が掛かる。 最悪の場合には脳に障害を残す可能性だって充分に有り得ることなのだ。 しかし既に医者達には為す術が残されていなかった。 後は解熱剤が効くのを信じ、全てを少年の体力に任せるしかなかった。 「…残念ながら、我々にはもう彼を救う術は持ち合わせておりません。後は…」 彼の生命力次第です。 その言葉は母親である女の心情 まだ六歳になったばかりの幼い息子に降りかかってきた過酷な状況。 バトルが大好きで、毎日のように外で走り回っていた、 まるで金魚の糞みたいに父親の後ばかりついて行っていたあの姿は、もう見られないのだろうか。 まだ、彼はこの世に生まれてきたばかりだというのに。 こんな残酷な仕打ちがあって良いものなのだろうか。 しかし、何度問いかけても帰ってくる答えなどなかった。 ただ言えることは、息子の回復を信じ、 ひたすら祈りを捧げることしか自分には残されていないのだという事実だけ。 寝台に横たわった息子の姿を凝視し、夜通し付きっ切りで看病しようという決心を固める。 悲しげな瞳に移る姿は、ただ苦しげな表情をした少年。 彼を救えるのは、もはや彼自身に他ならない。 その手助けを、私はするのだ。 女の白い手が少年の額を包み込んだ。 悪夢に魘された闇夜の中、低い呻きが空間に響き渡る。 必死に歯を食いしばり、ただ襲い掛かってくる悪夢から逃れようと必死に頭 ありもしない激痛が全身を満たし、見えない何かに肺を締め付けられて呼吸が上手くできない。 何故だ、何故あの日のような"痛み"が… その時、額に何かが触れた。 柔らかく、そしてひんやり冷たい感触。 優しく添えられたその手を、喘ぐ呼吸の中開かれた視界で捕らえる。 まるであの時のようだという思考 一体誰が… 「……ルビー、大丈夫とね?」 耳に届いた声音 何故、どうして彼女が此処に…? 次第に現実に帰っていく思考の中、焦点の合わない視界の中にその姿を捕らえようとする。 まだおぼろげな視線を認めた少女は、更に両手で少年の顔を包み込んだ。 その白い素肌に触れ、感覚も次第に蘇ってくる。 少年はそこで、自分が過去に囚われて思考が現実から切り離されていたのだという事実を悟った。 開かれた瞳に移ったのは、日頃 そこで、失われていた五感が働き、少年は一気に現実に引き戻された。 全身を襲う疲労感。 寝汗では説明がつかない位に、纏った衣服は滴り落ちるのではないかという具合に湿り気を帯びている。 正常に戻った呼吸により、一気に肺の中に新鮮な空気が流れ込む感覚を覚え、 定まらなかった視点がはっきりと少女の姿を捕らえた。 また、"あの日"に遡ってしまったのか。 既に痕でしかなかった傷に、痛みが走る。 「凄く魘されとったとよ。…傷ば痛むとね?」 細く白い指先が、黒髪の間を潜り抜ける。 柔らかい掌が、"あの日"に受けた"惨劇の証"を撫でる。 不思議とその温かさが心地よく、無意識に頬を寄せてしまった。 そうか、"また"魘されてたのか。 あの日を境に、自分の心境は大きく変わってしまった。 それを打開する為にバトルを止め、コンテストの道に走った事も今じゃ懐かしい過去の出来事だ。 勿論、その事が間違っていたとも愚かな事だとも思った事は一度もない。 寧ろ、これが自分の辿る運命だったのだろうと、今では納得している。 しかし、その思いとは裏腹に、 まるで決して消えることの無い"過去"が放つこの"痛み"が時々深く現れてくるようになった。 重症を負い、苦痛に耐えながら過ごしたあの日の夜と全く同じような痛みが、全身を襲うのだ。 額の傷のせいではない、心の奥深くに刻まれた衝撃 まだそれに完全に打ち勝つ術を得ていないのは、自分が本当は臆病でどうしようもないくらいちっぽけだから。 "あの娘"を守りきることが出来なかった"ボク"への、自らが放った戒め。 決して忘れるなと。 決して"あの日"を二度と繰り返すなという、ココロの叫びだ。 「顔色ば悪かとね。水持ってくると、ちょっと待っとって。」 寝台から腰を下ろした少女は、その足で台所へと向かう。 ふと身体から離れた温もりが残していった残り香に寂寥感を覚えた。 確かに気分はすこぶる悪いが、それよりも側にいてくれていた方が良かったと思ってしまったのだ。 常ならば寂しがる彼女を前にいつも側にいるじゃないかと悪戯に微笑む事が出来るのに、 一度この切り替え その姿は第三者から見れば滑稽な様に見えるのだろうと思う。 それほど、今のボクは儚げに小さな存在になってしまっている。 しかし、もはや今の彼には己を蔑んで見つめ返す余裕などなかった。 自分の置かれた状況を素直に飲み込む事が出来ないのだ。 それほどまでに、その心は衰弱しきっていた。 数分と経たないうちに少女はコップとガラス製の湯桶を持って現れた。 少年の直ぐ側にまた腰を下ろし、適度に冷やされた水を注ぐ。 「水ったい、飲むとね。気分が良くなるとよ。」 ほんのりと微笑んだ少女は空いた左手で少年の身体をゆっくりと起こし、コップを口元に近づけた。 はっきり言えば水を飲み干す気分ではなかったのだが、彼女の優しさを無碍にする訳にはいかないと思い、 ルビーは徐に口を開く。 喉を通り抜ける冷たい感触が、食道を伝い、胃に落ちる。 気分がそれで晴れた訳ではなかったが、少なくともそれで呼吸を落ち着かせることが出来た。 虚ろ気な瞳で少女を見上げる。 外はまだ暗く、窓から月の光が差し込んでいた。 逆光のせいで彼女の藍い瞳を認めることは出来なかったが、少年の事を思うその物寂しげな視線だけは感じられる。 彼がもう飲む気はないのだと悟った少女は、グラスをトレイの上に置き、改めて少年を見遣った。 急激に下がった体温の為に、また、月の真白い光を浴びた為に、少年の顔からは血の気が失せていた。 何故だろう。 まるで彼と自分が全く違う世界に属しているかのような、そんな感覚を覚えてしまう。 放心した表情 しかし、その意識は何処か別の所に置いていかれてしまっているように見えた。 肌で感じる"見えない距離"に、言い切れないような不安がこみ上げる。 嫌だ、遠くにいかないで… 「ルビー……あたしは…、此処におるとよ?」 頬に両手を沿え、彼の注意を確実に自分に向ける。 その意思のこもった力強い瞳で、少女は見つめた。 少年の目に、変化が訪れる。 「サファイア………ボク、は…」 「もう、何も言わんで…………ずっと……」 ずっと側にばいるとやから。 両手を胸元にまで滑らせ、空いた頬に自らのそれを寄せる。 そして、顔を少年の首元に埋め、両手でしっかりと少年の身体を抱きしめた。 力強く。 けれど優しく、大きく。 その温もりを全身で感じ、また少年も己の両腕を少女の背に回す。 まるで縋り付くかのように、しっかりと、少女の身体を包み込んだ。 触れた肌に滴り落ちる雫 止め処ない流れを必死に押さえようと震える肩を、更にその白い腕は優しく包み込む。 時には不安になる日もあるけれど 私達はきっとダイジョウブ "あの日"は繰り返す為にあるのではない 私と貴方を繋ぐキズナなのだから fin. close
"ルサで過去話"をテーマに書いてみたんですけど、結局現実に戻ってきてるし!(苦笑)
おっかしいなぁ…最初は過去シーンのみで構成されていたはずなのに…;; まぁ…何はともあれ、完結はしましたので良しとしておきます!(えぇぇぇ) …ただし思いっきりシリアスですけどね!コレ!! |