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「全く…なんだってまたこんな森の中なんだよ…」
悪態を吐きながら鬱蒼と茂った森の中を一人の少年が歩いていた。 否、茂みを掻き分けて進んでいたというのが正しいだろうか。 機能性よりも多少美徳性を優遇した衣服が、茂みの枝に何度も引っ掛かっていかにも歩き難そうである。 彼の名はルビー。 各地で開催されるポケモンコンテストを制覇すべく日々美しさを探求している、という一風変わった少年である。 しかしその実力は本物で、幾つものコンテスト部門で輝かしい成績を納めている。 そんな美しさに命を掛けるような彼が何故そんな所を彷徨っているのか。 その答えは前日に溯る。 『…へっ?見せたいもの?』 『そうとね。やから明日の夕方6時に此所に来てほしか。』 そう言って地図を片手に彼女がその場所を示した。 『ってなんだってこんな森の中なのさ。』 『それは来てみてからのお楽しみったい。』 『……なんでボクがそんな所にわざわざ行かなきゃいけないのs』 『よか!?6時とよ!絶対忘れるんじゃなかよ!!』 何やら企んでいるような笑顔に嫌な予感がするものの、しかし断ろうとさせないあの気迫には流石にどうしようもなく。 渋々首を縦に振らざるを得なかったのだ。 そんでもって今に至る訳だが…。 「…人を呼ぶんだったら、もっと足場の良い所にしてくれないかな…全く。」 歩きづらくて何処か息苦しくて、オマケに服が汚れるとなると正直な所行きたいと思うか、いや思う筈がない。 彼女の強い押しがなければ、絶対にこんな所に来る訳がないのだから。 日が段々傾いてきて、あと1時間もしないうちに日没になる。 目的地まであと十数分という所だろうが、約束の時間に間に合うかどうかは微妙な所だ。 というより、自分が果たして正しい方向に向かっているのだろうかがそもそも怪しい。 道標のない、似たような景色に彩られた迷いの森。 都会生活の長い自分にとって、こういう所は至極恐ろしい場所でもある。 最も都会は都会で似たような景色の続くジャングルのようなモノでもあるが、そちらに比べれば危険度はこちらが優に勝っているだろう。 しかも時は夏も盛りになる季節。 外に比べれば幾分気温は低いが、森中故の特有な湿気が体力を奪っていくのがじわじわと感じられる。 勿論この荒れた畔道にも脚を絡めとられそうになり、常日頃のある程度踏み慣らされた道より体力を使う事この上ない。 額に滲む汗を手の甲で拭いながら、少年は今日何度目か分からない溜め息を零したのだった。 自身の進路を疑いつつも思いのままに突き進んでいく。 すると大きな茂りを掻き分けた先が広く開けた。 鬱蒼と沸き立つ森林を背後に立つと、そこがこの森のある一端である事が分かった。 空を透かした木々が目の前に広がっているのだ。 その木々を背景に巨木が我が物顔で立っていた。 樹齢は恐らく何百年と経つ程の太い幹に濃色の碧の葉が輝いている。 と、その巨木の前に見知った姿がある事に気付く。 それは、自身の目指した行き先と進路が間違って居なかった事を証明していた。 その事に安堵し、肩の力が自然と抜ける。 しかし何故この時間にこのような場所へ呼び出されたのか、謎はまだ残っている。 疑問は浮かび上がる一方だが、言い出した張本人に直接聞くのが一番手っ取り早いに決まっている。 迷いを捨て去った少年は一歩足を踏み進めた。 彼の少年と半ば無理矢理に約束をさせ、何とか今日という日に至った。 本来ならばもう数日後にしたかった所だ。 しかし父からの頼みで間もなく此の地を離れる事になってしまい、"ソレ"は叶わなくなってしまった。 それを知ってしまった時は、諦めようかとも思ったものだ。 それでも自分の心に嘘もつけるはずもなく、結果誤算は生じたが実行せざるを得なくなった。 今しなければ、きっと何処かで後悔するに違いないのだから。 背後で枯れ草が踏み締められた軽い音が聞こえた。 振り返ってみると予感通り”彼”がそこにいた。 予定通り彼が現れた事に歓喜し、思わず顔が綻んだ。 しかしそれと同時に乱れた少年の服装から、此処までの道程が険しく苦労してたどり着いたのだろう事が伺え、胸が甘く軋む感覚を覚えた。 こんな自分の我が儘に応えてくれる彼が、何だかんだと言いながらも優しい人なのだと感じられるから。 そこに淡い"期待"を持ってしまう自分が、何とも愚かしい事も感じているのだけれど。 勿論今日は自身の揺れ動く感情は表に出さぬよう、平静を取り繕う事に徹する事にする。 「時間通りとね。」 「来なかったら物凄い険相で怒るクセに、よく言うよ。」 「何ね、約束ばきちんと守るち姿勢ば褒めとうとに、そげな嫌味ばなかとでしょ?」 「別に嫌味を言ってる訳じゃ…」 そこまで言いかけて、これじゃいつもの喧嘩と一緒ではないかと気付き、ルビーはその先を飲み込んだ。 此処には彼女と喧嘩をしに来た訳ではないのだから。 「…で?いきなりこんな所に呼び出して、用件は何だい?」 「ふぇっ?あっ……えっと…その………」 いつものようにまた口喧嘩になってしまうと思い、内心まただと気を落とし始めていた矢先だ。 彼からそれに終止符を打たれ彼女は口篭ってしまった。 人間"想定内"の思惑を外されると、思いの他調子が狂ってしまう。 既に"想定外"の事態が起こっているから尚更だ。 「えっと…その……もっもう少し待ってくれんと?」 「はっ?どういう事だい??此処に来るまでにかれこれ小一時間程掛かってるんだけど。」 「わっ、分かっとるったい!せやけど、時間までまだ早かね。ていうか天気が思ったより思わしくなくて…」 「早いって何さ、ていうか"時間"って一体どういう……」 最後の方は小声になってしまい、少年の耳に届かずに空に消えていった為、彼女が何を言ったのかは分からない。 だが少なくとも待たされ損をしているのではないかという疑念が、胸の内から湧き上がるのは事実である。 だから正直怒りたい気持ちはやまやまだけれど、罰の悪い顔をして耳や尻尾までが低く垂れ下がるような表情をされてしまうと、 流石にそれ以上強く言えるわけもない。 "何か"があるにしろ、それを強く問い詰めたところで彼女は何も言わないだろう。 ただ『待って欲しい』と口にするに違いない。 流石に一年も彼女と一緒にいれば、次に取るだろう行動は何となく察してしまう。 彼女は常に何事にも熱心で、決して手を抜く性分ではないのだから。 「……で、何時まで?」 「えっ?」 「だから、何時まで待てば良いんだい?って聞いてるんだよ。」 「待っててくれると…?」 「流石に此処まで来ておいて、何もありませんでした、じゃ気落ちどころじゃないからね。」 肩を竦める様な素振りをし、吹っ切れたかのように一伸びすると、少年は草むらにごろんと寝転んだ。 森の端である此処は、夕暮れになると潮風が舞い、木々が靡いていく。 そよそよと吹いてくるそれを身に受けながら、少し盛り上がった草むらを背に空を見上げる。 亜麻色の髪が彼に向かって靡いて揺れる。 何だかんだと文句を言いつつも、彼女に合わせて待とうとしてくれるその優しさに、呼吸が苦しくなる感覚を覚える。 「……夕焼け。」 「…えっ?」 「こっから見える夕焼け、凄く綺麗か。せやから、ルビーに見せたくて呼んだとよ。」 背後の大木を振り返り、少女は寂しげに呟く。 その後姿が余りに儚げで、出しかけた言葉が喉の奥で動きを止めてしまった。 「朝からあんまり天気が良くなかったと、やから心配してずっと此処で祈ってたんやけど…」 やっぱり駄目やったとね。 はにかんだその顔は何処か苦しげで、その眩しさに眼が眩んだ。 彼女がどんな思いで待ち続けたのかと思うと、先ほどの怒りの声が非常に申し訳なく感じた。 謝罪の言葉しかもはや見当たらない。 徐にそう口に仕掛けたその時だった。 目の前の光景に思わず息を呑んだ。 一筋の光が雲の隙間から差し込む。 それが段々と太く力のある光線へと変わっていく。 そして遂にその"光景"が目の前に姿を表した。 夕日色に染まった光に照らされた大樹。 まるで宝石のように光り輝く木漏れ日が、眼前で鮮やかに虹色に瞬く。 そして少年は更に眼を見開く事になる。 何故ならその眼前の輝きが、微かだがうっすらと文字を象っているのだから。 言葉が成している意味を全身で感じ、瞳の奥がじりじりと燃え上がるように熱い。 「ちょっと早かけど…誕生日おめでとうったい、ルビー。」 「…サファイア……」 光が通り抜ける台紙を作るのは勿論だが、それを飾る周りの木の葉や枝を型に合わせて弄るなど、かなり途方も無い作業である。 ましてや日本語にすら疎い彼女が態々英語の綴りでそれを作るとなると尚更だ。 「明日バトルフロンティアへの出発ったい。せやから、アンタの誕生日の日ば船の上とやろ? 行ってしもうたらきっと言える機会もないやろし、今日しかないば思って準備してたとよ。」 最後にお天道様ば微笑んでくれて良かったと。 安堵し緩やかにはにかんだその笑顔はとても綺麗で、尚更言葉を紡げなくなった。 目の前の少女の"音にならない想い"に打ちのめされている。 彼女が全身で叫んでいるその言葉に、体中がビリビリと痺れて動けなかった。 「サファイア……」 「誕生日っていう日は、その人が生まれてきた事に感謝し祝う日とね。 アタシは…ルビーが生まれてきてくれたこと。神様に凄く感謝しとうよ。」 全身に鳥肌が立つような感動というのは、正にこの事ではないだろうか。 彼女が一生懸命に木に登り、ああだこうだと木の葉や枝の手入れをしている様を思い浮かべ、 自然とその頬が緩んでいくのを感じた。 言葉で表せないくらいの歓喜が、まるで自身という器に清らかな水が満ちていくようだった。 「That's what I am about to say to you...」 『それはこっちのセリフだよ。』 「ふぇっ?るっルビー??」 突然英語で喋りだしたものだから、サファイアは一体何事だと彼の少年を見つめ返す。 勿論語学に関しては疎い彼女には、彼が何を言ったのかさっぱり分かるはずもない。 そして、差し込む陽光から視線を外し、こちらを向いた彼に視線を奪われることになる。 「It is the most wonderful day in my life today. 『今日はボクの人生で一番素晴らしい日だよ。 Thank you Sapphire, My dear...」 ありがとうサファイア。』 「えっ?なっ何ね?英語じゃ何言っとるか分からんち!」 「…もう少し英語勉強した方が良いんじゃない?」 「なっ…!!」 そういってクスクスと楽しげに笑う少年の瞳が何処か優しくて、思わず顔に赤みが差してしまう。 こんなちょっとした仕草で照れてしまう所は、既にもう彼という媚薬に色や匂いで心を奪われてしまっているのだろう。 告げたかった言葉が一瞬で喉の奥に引っ込んでしまった。 こんな調子では到底彼から本音を搾り出す事も出来はしないと分かってはいるが、現状でもどこか満足している自分も居るのだから中々踏ん切りも付かないのだろう。 言い返せなくなったのは勉強不足という"事実"を突かれてしまったからだと思い込んだ。 「そげなこと……分かっとうとよ!!」 更に上気する頬を押さえようと、必死にその視線から逃れる。 夕日に向かって強気に叫ぶ少女の横顔を見ながら、つかの間の休息と幸せを噛み締めた。 彼女の"手作り"の誕生日のお祝いを優しく見つめながら。 やがて落ちるである夜の帳を思いながら、二つの影がまるで寄り添うように自然に伸びていった。 群青色に染まり始めた空の隙間から、一番星がキラリと輝いていた。 「だってさ、アレ、綴り間違ってるよ。」 「ふぇ?!」 「誕生日は"barthday"じゃなくて"birthday"だからね。」 「っ!!!////////////」 「まっ、君が一生懸命に作ってくれたところには感動したから気にしなくていいよ。(♪)」 「じゅっ、十分気にするとね!!!!」 まぁまぁ、痴話喧嘩も程ほどにね。お二人さんww fin. close
ひっさびさの更新…のせいで危うくミスる所でした。
飛び飛びで書いてたせいで、いざ最後を纏め上げようとすると肝心の"手作り"がどこかに飛んでましたからねwww^q^ あれ、夕日のシーンにするのは予定通りだけど、これの何処が手作りなんだっていうwww なので勢いで大樹に「happy birthday」の文字が浮かび上がる設定に変えて、それをサファイアが台紙作って吊って、 吊ってる周りの木の葉とか切ったりしたという形にしました。 この後書き読まないと分からない設定ばっかりだ\(^o^)/ あまり難しい英語は使ってないつもりですが、意味が知りたい方は要反転で。 肝心のところは恥ずかしくて訳してないけどね!!ww けどルビーも多分無意識に英語で付け足しちゃったと思うんだwww |