7.デート

「…よくもまぁ相変わらず、こんな獣道をずんずんと進んで行くねキミ。」
「つべこべ言っとらんで、さっさと歩くったい!そげにゆっくり歩いとったら、今日中に調査ば終わらんち。」
「ハイハイ、分かってますよ。行けばいいんでしょ?行けば。」

ホウエンの火山名所であるフエンタウン、えんとつ山の麓に広がる密林地帯。
緑生い茂るシラス大地は驚くほど湿気と熱気に満ちていた。
時は晩夏であったが、南に位置するこの地方では殊更に暑さが顕著に現れている為、額が乾く事は殆どない。
まだ森の中ゆえ、日差しが遮られる分空中にそれほど熱は漂っていないが、 湿り気を帯びた空気が僅かな熱を抱え込むことによってじわじわと体力を奪っていく。
そんな場所だ、彼女のいう調査を早々に終わらせて帰路に付かなければ疲れ果てて休息を欲することになり、 日中に帰宅出来ないという事態になりかねない。
夜の森が危険であることを知っている少女は、連れの少年を急かしながら先へと進んでいく。
まぁ彼女の手持ちにトロピウスがいるので、野宿なんて選択はしなくてもいいのだが。

蒼い眼をした少女――名をサファイアという、かの有名なオダマキ博士の一人娘―― は父親の頼みあって、このフエンの大地にやってきた。
先の伝説ポケモンが引き起こした大災害の引き金となった、えんとつ山の火山活動の停止。
事件の後再び本来の姿を取り戻したが、長くに亘って停止していたせいで独特の環境や生態系が崩れ始めていた。
今現在それらはどのような状況下にあり、どのような影響を周囲に及ぼしているのか。
その調査に乗り出した父親の手助けとしてやってきたのである。
隣りにいる少年――名をルビーという、トウカジムリーダーのセンリの一人息子――は、 オダマキの頼みもあって少女の手伝いをするために付き添ってきた。
常の彼ならば決してこんな山奥に足など運ばないだろう。
今では少し昔の自分を取り戻し活発に動くようになったとはいえ、 コンテストを極める綺麗好きな性格は早々変えられるものではない。
先ほどからその様子を見ていれば、汚れないように細心の注意を払いながら進んでいることがよく伺える。
勿論彼がそうやっていることなど、少女が今更気に留めるわけもなかったのだが。

調査を進めて行く二人の前に、森林の門構(アーチ)の果てが見えた。
標高が上がり、背丈の高い木々が生い茂らなくなった為に出来た平野である。
以前も訪れた事のある彼の土地に再びやってきた二人は、その目に見える変貌に驚きを見せた。
本来なら表層は降り積もった火山灰によって灰色になっているはずの大地。
火山活動が再び始まってからもう一ヶ月経とうかという頃だが、 一度風化作用によって灰が一掃された大地には緑が根付いてしまった。
その為、足下には灰色と緑の斑模様の絨毯が広がっている。
原因は降り積もらなくなった火山灰によって本来の地面が大気中に晒され、 灰被りになっていた低木達が光を十分に浴びるようになったからである。
成長した草木の背丈は以前の倍以上のため、全てが灰で覆われないのだ。

「これやとパッチール達が増えて、生態系が崩れてしまうとよ。
 外から餌を求めて別のポケモンがやってくる可能性もあるったい、よくなかね…」
「自然界の食物連鎖があるからね、仕方ないけど…」

過剰の食料が増えれば、それを接種する動物が増える。
その動物を接種する動物が、それに伴い増える。
すると今度は最下層の植物が減って、それを食す動物が減る。
その動物を食す動物も餌を失って減る。
たった一つの崩れが全体に大きな波紋を生み出してしまうのが自然界の掟だ。
早々にそれを回避出切るものではないだろう。

「まぁこれくらいの変動なら、きっと時が経てば元に戻るとは思うけどね。」
「…やと、いいんやけど。」

すっかり変わり果てた景色を見ながら、少女は悲しそうに呟く。
少年はその横顔を横目で覗きながら、目を僅かに細めた。
忘れていた訳ではないけれど、忘れたいと何度も思った事がある。
身に覚えのある感覚がその答えを導いてくれる。

一度過ぎてしまった過去は、二度とは戻らない、ということを。

それから草むらを歩き回りながら、そこに住まうポケモン達の調査を始めた。
この地を生息地としていたパッチールは、あの大災害から逃れる手段を持っておらず、 以前来たときより数が減っているように思えた。
逆に空を駆けられたエアームド達は何とか難を乗り越えて生き延びていたようで、 差ほど個体群に変化がないようだった。
再び別の標を付けたパッチールを、少女が自ら野生へと返す。
砂煙を上げながら彼方へと消えて行くのを見送り、一息ついた。

「思っとったよりは被害が少なそうやね、よかったったい。」
「そうだね。これだったらもっと東のヒワマキの方が酷かったね。やっぱり直接的な災害の方が影響が大きかったみたいだ。」
「そうとね。でも全部すぐに元通りになるとよ。さっ、調査ば終わったと。帰るったい。」
「うん、荷物纏めようか。」

調査で使った道具や書類を片付け、忘れ物がないかチェックする。
元入っていた通り、きっちりと中身を整理しながら並べていく少年の背中を見ながら、 ふと少女は疑問に思った。

「…ねぇ、ルビー?」
「ん?何?」
「父ちゃんの頼みとはいえ、なしてそこまで協力してくれると?そりゃあ手伝ってくれるのは凄く助かるち、嬉しかとやけど…」
「えっ……ん〜まぁ、コンテストやってない間は暇だしね。」

急にふられてどう答えていいか分からず、適当に答える。
彼女に付いて行くことに意味を見出だした事などなかった。
それが当たり前だというか、そうすることが適当だというか。
一緒にいる理由など考えた事がなかったのだということに、少年はこの時初めて気付いた。
言葉を濁したような返答を聞き、少女は蒼い瞳をパチパチと瞬かせる。

「……ふぅん、そうとね。まぁ理由はどうあれよかとやけど。」

結局理由がどうあれ、今この場所に自分と彼が一緒にいられるという事実に変わりはない。
生態系の調査などという色恋沙汰の欠片もない理由だが、それでも構わないと思えた。
隣りにいることを自然と許して貰えているのだから。
自然と頬が緩んでいく少女の顔を見て、少年は一体何ごとだと言わんばかりに驚く。

「なっ何?ボクの顔に何かついてるの?」
「あっいや、そういう訳じゃなかとよ!気にせんで!」
「何だよもう、人の顔見てニヤけるなんて気持ち悪いなぁ〜」
「なっ!失礼ね!誰がアンタに見惚れたり…しとる…と…。」

反論しようとしたが、思い直してみれば実際己がそうしていたことに気付き、少女は急に声を萎ませた。
しまった、自ら墓穴を掘ってしまった。
俯いて顔を赤くしているその姿を見て、少年は勢いに任せてしまったとはいえちょっと言い過ぎてしまったかなと後悔した。
彼女の気持ちを知っていれば尚更だ。
いけないのは己の返答(こたえ)を明確に示していない自分の方なのだから。
顔を伏せたまま一向にこちらを見ようとしない彼女を見遣って、少年の顔はもどかしさから歪みを帯びていく。

「……でもし…といっ……ないだろ。」
「…えっ、今何て言ったと?」

急に発された言葉は小さく、少女の耳をもってしてもはっきりと聞き取る事ができなかった。
振り絞るように出した(こたえ)を再度問われ、半ばヤケクソのように言葉を放つ。

「だから、こうでもしないと一緒に出かけられないだろって言ったんだよ!」

お願いだから何度も言わせないでくれよ。
そう言って少年はくるりと被りを振って少女に背を向けた。
その叫びに驚き言葉を失っている彼女を余所に、自らが背負ってきた持ち物を再び手に取り、さっさと歩き出す。
隠しているであろうその顔は、薄赤に染まっている。

「ほら、もう帰るんでしょ!行くよ!」
「あっ、ちょっ、待つったい!!ルビー!!」

元来た山道を戻って行く姿を必死に追いかける。
まるでじゃれ合う子猫のように、他愛も無い言葉が飛び交い続ける。
そして、互いの表情(かお)は、赤みを帯びた笑みに自然と変わっていった。
まだ幼過ぎてデートという響きには程遠いけれど、今はこの距離が適度であるということは暗黙の了解。
流れる時に身を任せるかのように、今日もまた少年達は歩みだしていく。
吹き惑う風は次第に夜へと向かう夕凪の道を下っていったのだった。




fin.



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ルサお題7番目、デートをお送りいたしました
普通にデートじゃ何かあっけないなぁと思ったので、紛い物にしてみたのですがどうなんだろう(苦笑)
どうでもいいけど、本当に僕の小説って理屈的ですよね…別に生態系とかどうでもいいだろ(爆)
要は互いのこの微妙な距離の中揺れてる二人が書きたかっただけです(−ω−)