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「へっ?コンテストについて教えて欲しい?何ねいきなり。」
頬を伝う汗を首筋に掛けたタオルで拭き取り、女は一息ついた。 伸びた茶髪を後頭部で一括りにして纏めている、藍い瞳を持つ彼女の名は、サファイア。 念願の夢を叶え、若くしてホウエンのチャンピオンになってからもう十年にもなる。 言わば極みと呼ばれる域に達した彼女からは、年相応でない貫禄が溢れ出ている。 そんな彼女の隣りでサボネアを横に従えて座ったままじっとしている少年がいた。 漆黒の髪に赤いバンダナをしている彼の蒼い眼は、サファイアへと向けられている。 母親の言葉を受け、どう答えていいものかと少し思案して少年はこう口にする。 「だって、何か父さんには聞きにくいし…母さんも昔は好きだったんでしょ?コンテスト。」 確かに息子が父親――それもジムリーダーである彼―― にコンテストのことについて些か聞き辛いというのは分からないでもない。 しかしだからといってその道の専門家である彼ではなく自分にそれを問うとは、 一体どうなのだろうか。 この遠慮がちな所は一体誰に似たのだか。 「…まぁ、そりゃあママも昔は女の子だったと。可愛かものは今でも好きったいよ。 やけどそれじゃあママにコンテストば教えてって言う理由にならんのじゃなか?」 「………。」 そうなのだ。 先日までバトル一筋だっていう様で教えを乞っていたと思ったら、今度はコンテストとは何かと言い出したのだ。 勿論、父親の影響で一般家庭よりはコンテストに近しい世界にいたことは確かだろう。 しかし彼の日常は多忙を極めるもので、結局子供にバトルを教えるのは自分の役目と言わんばかりの状況だった。 元々チャンピオンは年に一度のリーグ戦以外は案外暇なものだ。 だから何もしないよりは自分の子供達に教え込んでいる方が腕が鈍らない。 事実そのお陰でこの家庭は上手く回っていることは疑いない事実である。 特にこの子の場合、父親に似たのかバトルには小さい頃から興味を示して教えてくれと言っていたものだ。 最近は成長したのか自分から言い出すことは減ったものの、引っ込み事案という訳でもないし面倒見もよい。 ――恐らく妹が生まれたことにより、自分の自我を無理に通そうとしない、 自然と兄らしい成長を遂げてきたのだろう―― それがいきなりバトル以外の事を教えろというのだ、親の側からしてみれば驚いて当然である。 どちらかといえばコンテストに興味がないと思っていたのに。 「……父さんから聞いたんだ。ポケモンの事を極めるにはバトルだけじゃ駄目なんだって。」 「……。」 恐らく彼の生い立ちに何らかの形で触れたのだろう。 あの人のことだ、全て遠回しで変化球な言葉しか使わなかっただろうが。 いずれにせよ、自分達の暗い過去の一部をこの少年が知ってしまったということには変わりがない。 それを聞いたこの幼い少年はどのような心境になったのだろうか。 「……それで?」 「…ママは昔可愛いものが大好きだったって。それで父さんはバトルだけじゃなくコンテストも好きになったんだって言ってた。 ママのお陰で、ポケモンに対する自分の視野が広がったって。だからボク…ママに聞こうって思ったんだ。」 一つのことに夢中になって駆け出していた幼い日々。 選んだことにより辛い事もあったけれど、決してあの経験は無駄じゃなかった。 時を経てその大切さと尊さを実感することが出来た。 それは人生楽あれば苦あり、山あれば谷あり。 どちらも自分にとって不可欠な存在だと感じるからこそ、どちらかを手放すという考えに至らなかったのだ。 今の自分と同じ年の時に己が運命を決める選択をした両親の、そんな軌跡に少しでも触れてみたいと思ったのだ。 幼すぎてまだ知らないことが沢山ある自分には無いものを学んで得ることが必要だから。 言葉にしない――否、出来ない――思いを知ってか知らずか、 女は自分の目によく似たその蒼い眼差しを見つめかえしてうっすら微笑んだ。 「……そうと。まっ、アーちゃんがそう言うんならよかよ。」 しかし何ば教えたら良かとね。 先ほどの楽しげな顔とは打って変わって、サファイアは異様に難しげな雰囲気を漂わせ始めた。 その様を何処か申し訳なさげに見つめながら、アナタスは自分の側にいる緑色の動物に目を向ける。 見つめられたサボネアはきょとんとした目で少年を見上げて首を傾げるだけだった。 「別にそんな専門的なことはいいよ、気になれば自分で調べるなり父さんに聞くなりで何とかするから。」 「…じゃあアタシは何教えたらいいと?ちょこっとくらいならルールとか知っとうけど、パパみたく熱く語れる程詳しくはなかよ。」 「…いやだから、その…魅せ方っていうか技の効果っていうか…」 「魅せ方?効果?アーちゃんは一体何が知りたいとね?」 「だって、同じ技でもバトルとコンテストじゃ使い方とか効果とか違うでしょ? だからそこにもっとポケモンの真意を突き詰められるんじゃないかって思って…」 「…だからいきなりコンテスト言い始めたとね。分かったと、ポケモンとか技の事なら色々教えられるったいよ。」 肩を軽く叩きながら笑顔で語りかけるその様は、何処か嬉しそうで何処か複雑そうだった。 少年は本能的にそう悟った。 言葉をあまり使わない妹の面倒をみていた為か相手の気持ちに敏感な彼にとって、 いつも背中を見続けた母親の姿の違いを見分けるのは造作もない事のように思えた。 母親のそれと酷似した蒼い眼を伏せ気味にしておもむろに口を開く。 「……ボクね、なりたいものがあるんだ」 「…えっ?」 コンテストを教えろと言った矢先にいきなり将来の話をし出すなんて、この子は一体何を考えてるのか。 困惑しているその姿を見つめ、少年は嬉しそうに笑った。 「ブリーダーになりたいんだ。バトルでもコンテストでも通用する世界一のブリーダーにね。」 そうすればママの研究にも役立つでしょ? 何処か満足げな口振りで、少年は笑顔で答えた。 そんな誇らしげな息子の様子を見て、母親ながら参ったなという風に女は呆れ混じりな溜め息をついた。 いつからこんな顔ばするようになったとね。 知らないうちに成長していた我が子の姿に、嬉しさとも愛しさとも言えない溜め息が漏れた。 今自分は確実に、この少年に演出という名競技会 育てる立場とはこういう物なのだなと改めて思いを馳せた瞬間を女は全身で感じていた。 fin. close
拙宅ルサ子設定アナタス君を登場させた時点で、ルサファンにはこの話の評価五分五分なんだろうな(苦笑)
コンテストで始まっておきながら最後ブリーダーで終ってますが、要は最後の所がキーワードなんですよ;; 前にも言ったようにこれは「5.バトル」と対の形で制作をしたので、話の構成がそもそも微妙なんです(言い訳するな) 5よりも長くなってしまった為、バランス整えるのが面倒でした(^^;) |