5.バトル

「そういえば、ルチルはパパにはバトル教えてって全然言わないよね。」

額を覆う汗を手の甲で一気に拭い去って、青年は一息ついた。
少し伸ばした黒髪を後部で一括りにして纏めている、紅い瞳を持つ彼の名は、ルビー。
父の後を継ぎ、若くしてこのトウカのジムリーダーに就任してからもう十年にもなる。
言わばベテランと呼ばれる域に達した彼からは、年相応でない貫禄が滲み出ている。
そんな彼の隣りでユキワラシを抱えてじっと見上げている幼い少女がいた。
飴色の髪をポニーテールにしている彼女の紅い眼は、ルビーへと向けられている。
父親の言葉を鵜呑みにし、少しばかりその意味を汲み取り思案して少女はこう口にする。

「…だって、バトルはもうママに教えてもらったもん。」

ジム運営で父親は多忙な為、 優勝者(チャンピオン)の称号を持つ母親から常に講義(レクチャー)を受けている。
だからわざわざまたバトルについて教えて貰う必要はない。要はそう言いたいようだ。
口数の少ないこの少女の言動から心境を読み解くのは、自分や彼女のような身内でなければ困難だろう。
この無口さは一体誰に似たのだか。

「…まぁ、確かにね。でもそれじゃあいきなりパパにコンテストを教えて貰うっていう理由にはならないんじゃないの?」
「………。」

そうなのだ。
先日まで母親にベッタリしてバトルを教えて貰っていたと思ったら、 今度は自分にコンテストを教えてくれと言い出したのだ。
勿論、ジムリーダー職を主要(メイン)に据えてからもコンテストの第一人者として幾度か出場したし、 最近は審査員として呼ばれることも少なくない。
頻度は極度に減ったとはいえ現役であることは変わりないのは紛れもない事実だ。
そんな父親に子供が教えてくれっていうのはそう不思議ではない事だ。
しかしこの娘の場合、 バトルを教え始めたキッカケもどちらかといえば親の側からやらせた方である。
この娘が自分から何かをしたいだなんて、生まれてこの方言い出した事なんてある意味皆無に等しい。
――別に自己主張をしないように強制していた訳でもない、 何故かそういう風に育ってしまっただけだ。――
それがいきなりコンテストを教えろというのだ、親の側からしてみれば驚いて当然である。
どちらかといえばバトルに興味があると思っていたのに。

「……ママから聞いたの。パパは昔バトルを辞めてコンテストをやるようになったって。」
「……。」

一体何処から何処までを聞いたのだろうか。
彼女のことだから、経緯の全てをまだ幼い娘に語るとは思えないが。
いずれにせよ、自分の暗い過去の一部をこの少女が知ってしまったということには変わりがない。
それを聞いたこの幼い少女はどのような心境になったのだろうか。

「……それで?」
「……コンテストの写真に写ってる昔のパパ、凄く楽しそう。今でも、すっごく楽しそう。だけど、結局パパはバトルに戻ってきた。
 だから……アタシもパパと同じこと、やってみたいって思ったの。」

癒えない辛い傷を覆い隠す為に、全く別の道を選んだ父親。
時を経てまた元の道に戻って歩み始めても、完全に断ち切ることなく両方の道を行き来している。
それはどちらも心から好きだと思えるからこそ。
どちらも自分にとってかけがえのない存在だと感じるからこそ、どちらかを捨てるという選択を取らなかったのだ。
今の自分と同じ年の時に人生を左右する選択をした父親の、そんな思いを少しでも知りたいと思ったのだ。
幼すぎて、まだ右も左も分からない自分には、無いものを学んで得ることが必要だから。
言葉にしない――否、出来ない――思いを知ってか知らずか、 男は自分の目によく似たその紅い眼差しを見つめかえしてうっすら微笑んだ。

「……そっか。まっ、ルチルが自分で選んだんならいいよ。」

さて何から教えようかな。
先ほどの真剣味を帯びた顔とは打って変わって、ルビーは異様に楽しげな雰囲気を醸し出し始めた。
その様を何処か不思議そうに見つめながら、ルチルは自分が抱えている黄色い笠を被った動物に目を向ける。
見つめられたユキワラシはきょとんとした目で少女を見上げて首を傾げるだけだった。

「ポケモンの選び方……バトルの子はバトル用のままにしたいから。」
「…そっか、だからソレ抱えてたんだね。」
「この子に、何を教えたらいい?」
「ユキワラシなら、そうだね…氷タイプの技がいっぱい使えるし、 美しさ部門とかいいんじゃない?」
「でも…見た目も大事なんでしょ?この子、"可愛い"とは思うけど…」
「それを覆してこそ、コンテストの覇者っていうものだよルチル。大丈夫、パパが付いてるでしょ?」

頭を撫でながら笑顔で語りかけるその様は、何処か楽しそうで何処か切なそうだった。
少女は本能的にそう悟った。
言葉を使う事が苦手な分、感受性が非常に優れている彼女にとって、 いつも背中を見続けた父親の姿の違いを見分けるのは造作もない事のように思えた。
父親のそれと酷似した紅い眼を伏せ気味にしておもむろに口を開く。

「……パパ、後ででいいからバトルしない?」
「…えっ?」

コンテストを教えろと言った矢先にまたバトルに戻るなんて、この娘は一体何を考えてるのか。
戸惑っているその姿を見つめ、少女は微かにだが不敵そうに笑った。

「…アタシが何でママにバトル教えて貰ってたか、知ってる?」

最初にパパに勝ってジムバッヂ貰う為なんだよ?

何処か得意げな口振りで、少女は僅かに微笑んだ。
そんな誇らしげな娘の様子を見て、父親ながら参ったなという風に青年は呆れ混じりな溜め息をついた。
いつからこんな顔をするようになったんだろうな。
知らないうちに成長していた我が子の姿に、嬉しさとも切なさとも言えない溜め息が漏れた。
今自分は確実に、この少女に駆け引きという名の戦闘(バトル)で負けてしまったのだな。
見守る立場とはこういう物なのだなと、改めて思いを馳せた瞬間を青年は全身で感じていた。




fin.



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拙宅ルサ子設定ルチルちゃんを登場させた時点で、ルサファンにはこの話の評判五分五分なんだろうな(苦笑)
何かバトルなのにいきなりコンテストかよって突っ込まれそうですが、要は最後の所が一応キーワードのつもりです;;
ていうかそもそも次の「6.コンテスト」と対にして制作した為、話はごっちゃ混ぜなんです(言い訳かYO)
思ったよりも長くなってしまったのは今でも悔やむ所です…(のーん)