3.母

"ボク"はただ立ち尽くすことしか出来なかった。
後悔の念に苛まれ、強く拳を握り締めることしか出来なかった。
突然現れたあの大きな"存在"にも。
そして、必死になって助けようとした"彼女"にも。
全てのモノに拒絶されたような感覚に捕らわれてしまった。
涙を流すことも、許されないように感じたんだ。

後から考えてみれば、あれはボクのやり方が不味かったのだろうと思う。
ボクは自分の力を過信していた。
自分はとても"強い"。
父さんとの厳しい修行にずっと耐えてきた為か、 必死になると周りが見えなくなるような状態になっていたことに、あの日まで気づかなかったのだ。
自分の戦う姿が、か弱い彼女に毒牙を向けるような事になるなんて…


あの事件の後、ママに手を引かれてジョウトに帰ってきた事を憶えている。
でも、ボクの心はジョウトの綺麗な街並のようには輝かなかった。
心にとてつもなく重いモノが圧し掛かっているような、そんな感じだったんだ。
ボクはじっと、手を膝の上で握り締めながら頭上に広がる空を見上げる事しか出来なかった。
ママはそんなボクを凄く心配していた。
…当たり前だろうね。
愛する人との間に出来た、大事な一人息子なんだから。
そんなボクがそんな状態だったら、どんな親だってそう思うに違いない。
そう、ボクにとって"母さん"という存在は、父さんとはまた違った意味で特別だった。
今ならそんな気持ちも分かる気がする。

それから数日後、滅多に帰ってこなくなった父親の帰りを待つこともなくただぼーっと座っているボクに、 ママが声をかけてきたんだ。

「ルビー、"コンテスト"に行かない?」

バトル一筋だったボクは、今まで決して目も向けようとしなかった"遊び"の場――父さんはいつもそう言っていたのだ――に行かないか、急にそんなことを言いだしたんだ。
ボクは目をパチパチとさせて、も一度それはホント?と尋ねた。
返事は同じだった。

「えぇ、どう?一緒に行かない?」

素直に嬉しかった。
今まで"男の子だから"とそういうモノを見せてくれなかった母さんが――実際は父さんに止められていたのだろう――、ボクを誘ってくれた。
それも"一緒に"、一緒になのだ。
何日か振りの笑顔で、ボクはうんと答えた。
ママもそんなボクの顔を見て、嬉しそうに微笑んでいた。


"コンテスト"の会場に行ってみると、それはとても綺麗な光景が広がっていた。
今までテレビや雑誌か何かで見てきた"場面"とは随分印象が違っていたんだ。
柔らかい赤色の絨毯。
天井から振ってくる照明(ひかり)
遠くの方で主の言うままに技を繰り広げる小さな生き物(ポケモン)達。
どれもこれもが新鮮で楽しい気持ちになった。

ママは昔からボクを一度でいいから此処に連れてきたかったのだと言った。
その姿がいつものママと同じようにも、違うようにも見えた。
優しくボクに微笑みかけてくれる所は"いつもと一緒"。
目を輝かせて何度も立ち上がってショーに見入る所は"いつもと違う"。
ふとその光景を見とったら、"彼女"の事を思い出した。
自分と同じ"子供"なのに、とても優しい顔をしていた"彼女"。
二人で並んで座って交わした、あの約束を思い出した。

ボクは今でもあの約束を求めているのだろうか。

瞬時に起こった大喝采に飲み込まれ、そんな思考はすぐに吹き飛んでしまった。


ボクはあの事件で一つ大事なことを知った。
強い力は"守る力"を持つと同時に、誰かを"傷つける力"を持つのだと。
そしてボクはただ"強い力"ばかり求めるあまりに、その見境が付かなくなってしまったのだ。
だから"強くなる"だけじゃ駄目なんだ。
今の自分には何かを"包み込む"為の、強さとは別の"力"が必要だった。
それはかつての憧れの存在やった"彼女"そのもののように感じた。
"彼女"と同じ舞台に立つためには、もっと優しさを手に入れなければいけない。
ボクはその事を教えてもらった気がした。

ポケモンへの愛が溢れるコンテスト(このばしょ)に。

そして、ボクを今までずっと見守ってきてくれた"母さん"に。



「…どうしたと?ルビー?」

藍目の少女が、こちらを見つめていた。
どうやらいつの間にか放心状態になっていたらしい。

『あの時の事を、今更思い出すなんて…』

何と滑稽なことだろう。本当に"今更"になって…
少年は思わず苦笑を漏らしてしまった。
その様子を不思議に思った少女は、小首を傾げて問い掛ける。

「どうしたとよアンタ。急に笑いだしたりしよって。」
「別に?何もないよ。」
「ホントと?」
「……ホントだよ。」

そういって少年は少女から目線を外し、話をはぐらかしてしまった

「何か引っかかるったい。…あっまた何か変な事ば考えとるったいね。」
「別に何もないって言ってるじゃないか。」
「…信用出来んとね。」

疑いの眼差しで少女は相手をねめつけた。
その妙に子供っぽいところに、ふっと温かみを感じた。



あれはもう"過去"の出来事。
物語はこれから始まっていくんだ。

"母さん"じゃない、"彼女"の温もりと共に…




fin.



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センリさんが家を空けることが多くなってからは、多分ルビの面倒は主にママさんがみるようになって
んでもってその経緯でルビさんは"コンテスト"を知ったのではないか…
そんな妄想でこの話を書いてみました(笑)
果てさて、ちゃんと「2.父」と対になっているでしょかね…
一応後にこっちを書いたので少々文章が歪なんですが(汗)