10.隠しごと

「…ねぇ、さっきから何なのさ?僕の顔に何かついてるの?」

先ほどからじっと自分のことを見つめている少女を見やって尋ねてみたが、一向に答えが返ってくる気配がない。
一体どうしたものかと思うが、一度決めたことは頑としてそれを貫き通す性分である彼女には、 今更何を言っても聞く耳を持つはずもない。
見られることには些か慣れはあるものの、こうも監視されたように見られては気も落ち着かない。
そのいつになく真剣な面持ちである少女を尻目に、自分が何か変なことでもしたのかと首をかしげた。
そんな少年の後ろ姿を見ながら、少女は訝しくその背中を見遣る。

『…今日のルビー、絶対何か変とね。』

父から託けを頼まれ、故郷を離れたのはつい先ほどの事だ。
勇んで出かけた矢先に少年とばったり出会った。
此処までは別段何も問題はなかったのだが、あろうことか彼の方から同行すると言い出したのだ。
場所はカナズミだ、別段遠出というわけでもない為一人で行ってもよかったのだが、 あの博士の頼み事だからどうせ一人じゃ大変だろうと難癖をつけて――という風に彼女には見えた―― 今に至るというわけだ。
始終面倒な事からは逃げ、決して足を突っ込もうとはしない彼が自ら進んで臨むなど滅多にあるもんじゃない。
――正直言えばそんなことなぞあのホウエン大災害以来というものだ――
もしかして天変地異がまた起こるのではないかと、正直冷や冷やしているくらいである。
一体どういう風の吹き回しだろうか。
疑問が頭を駆け巡るばかりだ。

そうこうしている間に目的地にたどり着く。
もともとカナズミシティは飛行ポケモンを使えば一瞬のうちに移動できるほど近しい距離にある。
また今回の用事は届け物を渡し、向こうから別のものを受け取って持ち帰るだけの単純なお使いだった為、 到着してからものの十数分で全て終了した。
しっかり押印も貰い、また受け取ったものに間違いがないかを確認してその場を後にする。
さほど大きいものでもなかったので、腰につけている鞄の中に間違いなく入れた。
口をしっかり締め、満足げに腕を鳴らす。

「さて、これで終わりとね。後は帰るだけったい。」
「今回は意外と早かったね、あの博士の用事にしちゃあ珍しいね。」
「だから最初からすぐに済むち言うたとね、なして信用がなかと?」
「いやぁ〜今までの経験からしてすんなり信用しろと言われてもなぁ〜」

まぁ確かに、何あの場所を調査しろだの此処でこの人を手伝ってくれだのと、 毎度毎度のことながら骨を折るような仕事を頼まれているのは事実であるが、 それはあくまで大仕事になった場合だ。
これくらいの雑用だって沢山ある。
ただこういうのは直ぐに事足りる為に自分が始末してしまうのが殆どだ。
彼にまで回ってくるような物は大概大仕事ばかりでるから、警戒するのも分らないわけではない。
だが、それを差し引いてみてもやはり今日の彼はどこか変だった。

「さて、用は済んだち。とっとと帰るとね。」
「何もそんなに急がなくてもいいじゃないか、あんまりせかせか気を張ってると身体に良くないよ。」

ね〜POPO?
そうやって傍らにいる相棒(パートナー)に同意を求めて頷く。
やっぱり変だ。

「…ねぇアンタ、さっきからアタシに何か隠しとるんじゃなか?」
「はっ?隠すって何がさ。」
「とぼけても無駄ったい。」

常日頃ならば必ずと言っていいほど「早く帰ろう」だの「服が汚れる」だのと五月蠅い彼が、 急いで帰る必要がないからゆっくりしようと言い出すなんて絶対何かあるに違いない。
いつもいつもそうとぼけた風に全部はぐらかしてしまうが、今日という今日はそうはさせまい。

「大体面倒臭がり屋のアンタがのこのこアタシに自分から付いてくるっていうこと事態がおかしかね。言うったい、何ば隠しとるとね!」
「だっだから何をだよ!別に何も隠してないさ。今日だって久々に外に出てのんびりしたいと思ったからだよ、何も特別なことは…」
「じゃあ何ね!やったらアタシを騙してるとでも言うとか!!?」
「だから何でそうなるんだよ!別に何もないって言ってるじゃないか!!」
「せからしか!アンタがその気ならもうよか、何も聞かんち!」
「ちょっ、君どこに行くのさ!」
「どこでもよかとやろ!?そんなもんばアタシの好き勝手ったい!」

そういって怒りを投げつけるように一喝した後、少女は後方で叫ぶ少年の言葉も聞かずに歩みだす。
そこで少年は焦りを覚える。
まずい、彼女が一旦怒り出したら制御も何も聞かなくなってしまう。
更に彼女の右手が腰のボールに触れた瞬間、焦燥の念に駆られる。
彼女が手にしているのは、緑色のあのポケモンが入ったものだ。
このままでは(トロピウス)に乗ってどっかに行ってしまうに違いない。
そんなことになれば、今までのことが全て無駄になってしまう。

「わっ分ったよ!分かったから!頼むから早まるのだけは止めてくれ。」
「……何ね、ようやく言う気になったと?」
「…ったく、君って人は本当に世話が焼けるよ。大人しくしててくれればいいのに…」
「やっぱり何か隠してたとね、そっちが素直に言わんのがいかんち。」
「別に隠してた訳じゃないよ、騙してるつもりもなかった。」
「じゃあ何ね、言うてみいよ。」
「…その様子だと今日が何の日か全くもって気づいてないみたいだね。」
「…へっ?今日がどうかしたとか?」

少女は唐突にそんなことを言われ、何かあっただろうかと記憶を巡らす。
――既に彼女の中から怒りという感情は鳴りを潜めてしまった――
季節は初秋、夏の暑い日々に終わりを告げ、木々が順々にその色を変え始めた頃だ。
ミシロの秋祭りはまだ先の話だし、故人を厭う盆は当の昔に過ぎ去っている。
秋というのは特に珍しい行事ごとがあるわけでもない。
あったとすればそれは自分の…

「……あっ。」
「ようやく思い出したみたいだね。」

そうだ、九月に入って最初に迎えるのは、紛れもなく己に関する事それしかなかったはずではないか。
その日は色んな意味で特別な日だった。
自分が一つの夢を叶えるために旅立ち、そしてその終焉を迎えた日。
元よりその日は自分がこの世に生を受けた、云わば自分の為の祝福日ではなかったか。
この夏は色々あり、すっかり頭の中からその事実が転げ落ちていた。

「全く呆れるよ、もうバトルフロンティアの事件は終わったんだよ?やっと落ち着いたと思ったらコロっと忘れてるんだから。」
「たははは…しょうがなかとやろ?それどころじゃなかったんやから。」

彼の地から帰ってきてもう数週間だというのに、 此処のところこの少女はこの広いホウエン中を西へ東へと飛び回っていた。
それはあの父親の頼みもあり、また自分から進んで各地を渡り歩いて人助けや手伝いをしたり、 時には己の力を奮って自らの戦闘能力(バトルスキル)を磨いたりなど、 目的は実に様々だった。
元来一つどころに留まって何かをするというのは性分に合わない彼女であることは知っていたつもりだが、 こうも意識が別のところに行ってしまったら他のことなどすっかり忘れてしまうという癖は未だ顕在というわけだ。
こんな自分が満足に言えたものではないが、他人の事ならいざ知らず自分のこととなると途端に放任してしまう節がある。
すっかり忘れていたと苦笑いを浮かべるその顔を見つめて溜息を落とす他ない。

「じゃあアンタが隠しとったのはそれとね?」
「母さん達がね、サプライズパーティーを開こうって躍起になっててね。僕はその時間稼ぎを頼まれたって訳さ。」
「ママさんが?何や、そやったとか〜。」
「頼むから僕が言ったっていうのは内緒にしてくれよ、ママもオダマキさんもがっかりするだろうから。」
「分かったち、何も知らんかった風にしとけばいいとやろ?大丈夫ったい。」
「どうだか、君って嘘つけない性格(タイプ)だし。」
「そんなことなかよ、やることが分かってても驚くことくらい出来るち。」

アンタは妙なとこ心配しすぎとね。
自分のために開いてくれる誕生日パーティーを嬉し待ち遠しくはなるが、 その温かい思いを無碍にするほど気が利かない訳ではない。
最初だけそのフリをすることくらいいくら自分でもなんてことはない。
勿論そんなことを自論したところで彼が納得の意を示す訳もないが。

「そういうことじゃしょうがなかね、どっかで時間を潰すったい。」
「まぁそうしてくれるなら有難いことだけど。どっか行きたいとこある?」
「行きたいとこ?」
「一応君の誕生日だしね、付き合うよ。」
「そげなこと言われても…別に何もなかよ。ホウエンなんて行き飽きたくらいと。」
「欲しいものとかないの?そんな高いものじゃなきゃプレゼントくらいするよ?」
「そんな"いらないからあげるよ"っていうノリで何か貰っても別に嬉しくなかよ。欲しいものも特にないったい。」

お金で手に入るようなものには特に困ってなどいない。
普通の女の子ならおしゃれに勤しむ年頃だから、やれネックレスだのやれイヤリングだの何でも欲しがるものだろうが、 生憎自分には興味がないものばかりだ。
それに自分が欲しいと思ったなら自分で手に入れる。
彼の手を煩わせるほどのものでもないだろう。
自分のそういう所が(ひと)から言わせれば"可愛くない"のだろうが。

「…そう?別に何もないならいいけど。僕に出来ることだったら遠慮はしなくていいよ。」
「別に遠慮なんてしてなかよ。物なんて欲しくなか、それだけったい。」
「……ふぅん、"物"は欲しくないんだ。」

問われた瞬間にあ゛っと思わず声を漏らした。
知らず知らずのうちに内に秘めていた本音が出てしまったらしい。
物欲など微塵もありはしない。
自分の野望も叶い、残すはあのチャンピオンの座(たかみ)だけだ。
それ以外に己が望むものとすれば…

『……けど、それじゃ何か無理やり言わせとるだけな気がするったい。』

元より自分が今望んでいるとすれば"あの日の答え"だけだ。
肯定だろうが否定だろうが、結果は二の次だ。
勿論否の答えが返ってくれば、自分のこのどうしようもない想いが彷徨うこととなるのは重々分かっている。
だが、このまま何も進展せず何も変わらない関係が続くのも、それは耐えがたいことだった。
しかし、この機会を利用して無理やり吐かせるのもどこか違う気がする。
自分は待つと決めた。
彼が忘れているとして何度も惚けている、その事実が辛い。
あの日から色々あったが、彼が自分を嫌って避けているとは到底思えない。
だが、自分のことをどう思っているのかイマイチはっきりとした物が掴めないのもまた事実だ。

「……サファイア?」

自分は決めたはずだ。
忘れているのなら、思い出せないというのなら、何度でも、この気持ちを伝えると。
いざそう意気込もうとすると恥ずかしさゆえに結局成行きに任せてあやふやにしてしまうことしばし。
かといってこの場の勢いに任せて問い詰めるのは、 彼の言葉でいえば公平(フェア)ではないというものだ。
ならばカマをかけてみるのも一つの選択肢だろう。

「……そうと。アタシが今欲しいものっていえば、"あの日の答え"ぐらいったい。」
「………あの日…?」
「分らんのやったら別によかよ、急ぎっていうわけでもなかとやし。」

ほら、秘密基地に行くったい。乗るとよか。
そうやってボールから出したトロピウスの背に跨ると、その後ろへと席を促す。
しかし、下を向いてすぐにその足を踏み出さなかった彼を見止めると何事かと首をかしげる。
それから彼が行動を起こすまで幾許もしなかった。

「……はっ、全く…そうくるとは思わなかったよ。でもまぁ…今日は特別な日だしね。」

こういうのはあまり好きじゃないんだけど、君が望むのなら別にいいよ。
そういってほんのり笑みを称えながら一歩を踏み出す。

「何ねいきなり、あんたどげんかし…」

その続きは続けられることはなかった。
続けようとしたら、塞がれたのだ。
それはまるで羽根がふわりと舞い降りて止まったかのように軽く、 だが少女の意識を奪うのには十分であった。
吐息が掛る位置に彼がいて、その紅い双眸が開いた時、口唇から何かが離れた。
何が…?

「……えっ………はっ?」
「…君、もう少しマシな言葉は出てこないわけ?」

これじゃ雰囲気(ムード)も何もないじゃないか。
毒づいた彼の言葉など少女の耳には入らない。

「何……あっアンタ、一体何ばしよっと…?」
「えっ…何って……キスだけど?」

君が望んだんだろ?
そういって悪びれもせずに獣の背に跨ってさも当たり前のように彼女の後ろに座る。
さり気に腰に手なんか回していつもより密着している。

「……っ、えっ!?なっ…なん、で…っ!!////」
「何でも何も、君が答えを聞きたいなんて言うからじゃないか。本当はこんなふうじゃなくちゃんとした場所でしたかったんだけどね。」

そう言って頭を掻きながら照れたように目線を明後日の方向に向ける。
サファイアの方はやっとその真意を理解し、思わず言葉にならない呻きをあげながら赤面する他ない。
口をパクパクさせて挙動不審になっている少女を見遣ると、 ルビーは仕方がないという風に溜息を付き、腰に回した腕に力をこめてその身体を引き寄せた。

「…これが"あの日の答え"だよ、サファイア。これでいい?」

ちょっと照れたような顔で、肩口にある頭部に自らのそれを寄せる。
一瞬驚きはしたものの、それが少年の照れ隠しなのだと分るとふっと笑いがこぼれた。
いつも堂々としている彼でも、こんな表情を見せるのだという事を知り、嬉しくなったのだ。
少女は瞳を閉じ、その首筋に額を寄せて顔を埋める。
そして徐に口を開く。

「………これで、アンタとアタシの間に"隠しごと"ばもうなかとね。」

何故今まで忘れたフリをしていたのかとか、どうして何も言わなかったのかとか。
そんなのはどうでも良かった。
今彼が自分の目の前に居る、それが真実だから。

しばらくして背中に二人の子供を乗せた一匹の獣が、空に飛び立っていった。
巻き起こる風に秋色に染まる木の葉がさわさわと揺れていた。



fin.



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誰か僕に短編の書き方を教えt(蹴)←この計画性のない奴め!
よっ予想以上に長くなってしまった…お題1とか4とかに比べれば多少マシなんだろうが…;;
ラストもまさかまさかの大展開、最後こんな風に終わるなんて最初微塵も思ってなかったです(^^;)
まぁ時系列の構成を考えて、別に此処でもいっかと思ってしまったのが運のつきでしたね、後悔はしてないけど(笑)
ちなみにどうでもいいけど背景の彼岸花はサファイアの誕生花だったりします(笑)