1.賭け

「気をつけろー!!その辺りはまだ地盤が緩いんだ!!」
「ロープは向こうの木にくくり付けるんだ!!その木は不安定になってる!!」
「よし!皆で引き上げるんだ!!サファイア、頼むぞ!!」
「分かってるったい、先生!!ふぁどど!!」

鋼鉄のように丈夫な皮膚を持つポケモンは、その長い鼻を振り上げてけたたましく雄叫びを上げる。
主の指示通りに倒れた巨木と地面の僅かな隙間に、自身の灰白色の牙をねじ込む。
そして四肢を思いっきり踏ん張って持ち上げようとする。
それと同時に、周りの別の木に引っ掛けている、巨木にくくり付けた複数のロープを大勢の人間が一斉に引く。
僅かではあるが、地に伏していたその姿が持ち上がった。
だが、それ以上はなかなか動いてくれなかった。


彼らが懸命に復旧作業をしていた場所は、四方に道を伸ばしたキンセツシティと 森の中にツリーハウスを設けて生活していたヒワマキシティの間の道である119番道路である。
先日の作業でキンセツの周りの大まかな整備は終了し、何とか車両も通れるようになったばかりであった。
しかし、そこを通れるようにしたからといって地下都市であるニュー・キンセツに集まった人々が各々の町へと戻れるわけではなかった。
先の古代ポケモンによる破壊は甚大なもので、どの道もまともに通れる状態ではなく、 カイナシティのように海に沈んでしまった町もあれば、 ヒワマキシティのように森の木々が一斉に死に絶えたような町もあった。
全てがこれ以上にない状態にまで破壊されつくしていたため、そのままでは誰も行き場がない状態であった。

それを回避するためにはまず、 町へと続く道々を元通りにまでとはいかないが人や車両が通れるような状態にまで戻すことであった。
道が開ければ、被害のあった町々にへと人員を送ることが出来る。
それが結果的にホウエンの早い復旧に繋がる為、ポケモン協会はまずジムリーダーを筆頭とした小さな組織を作り上げ、 それぞれに担当場を取り決め、作業に当たらせた。

キンセツの北側、つまり111番道路から先をアスナ率いるフエンとハジツゲの住民から構成された赤の軍団に。
キンセツの西側、つまり117番道路から先をツツジ率いるシダケとカナヅミの住民から構成された黒の軍団に。
キンセツの南側、つまり110番道路から先をトウキとセンリが率いるカイナ、ムロ、コトキ、 トウカの住民から構成された白の軍団に。
この軍団は110番道路の途中で二手に分かれ、カイナからムロにかけてをトウキが、 103番道路を経由してコトキからトウカにかけてをセンリが担当することになった。
キンセツの東側、つまり118番道路から先をナギ、ミクリ、アダン、フウ、ラン率いるヒワマキ、ミナモ、ルネ、トクサネ、 キナギの住民から構成された青の軍団に。
この軍団は戦いの中心地になったため酷く荒廃した広大な土地を任されたため、 予めヒワマキ周辺の整備に当たる大陸側と、 もっとも損傷の激しいルネを中心としてその修復に当たる海側に軍団を分割してから作業に取り掛かった。
ちなみにその分割は大陸側がナギとミクリ、海側がアダンとフウ、ランになっていた。
ミクリはこの時既にジムリーダーを退任しリーグチャンピオンとなっていた為、師であるアダンにルネの事を任せ、 無数の木々が枯れ果てて潤いを失った森へとその任を置くことにしたのだ。
もっとも、それだけが理由なのかは定かではないが。

ちなみに余談だが、キンセツのジムリーダーであるテッセンは、年のせいか自身の身体に受けた損傷も激しく遠出が出来る状態ではなかったので、 キンセツに残り、全体の作業の中枢として指示や伝達の任に付いていた。


しかしナギとミクリ率いる大陸整備軍団は思いのほか手こずっていた。
何しろ118番道路から119番道路にかけての一帯は二つの災害の丁度境目を通っていたため、 枯れた木々があちこちに転がっている土壌はこれでもかというくらいにぬかるんでいたりしていた。
もともとこの辺りは雨が多かったこともあり、土自体がやわらかいものであったことにも原因があった。
更に海水が乗り上げたところで日照りがあったところなんかは塩が大量に噴出していて、周囲に塩害を引き起こしていた。
今彼らが引き上げようとしている巨木は二つの道路の境目にその腰を下ろしていたため、 これを取り除かなければ何の作業も進まなかったのだ。
だが地盤が緩く足元が安定しないこの場所ではなかなか思うように作業も進まない。
ある程度周りの状態を良くするだけに既に3日は費やしてしまっていた為急がなければならないのだが、 やはり元の気候に戻りつつあったこの場所はなかなかいい天気に恵まれず、地がなかなか固まらなかった。

「ふぬぬぬぬっ……!!うっ…動かん…ったい……!」

自身も必死にそれを持ち上げようとするが、やはり足元がずるずると滑っていくのでちゃんと力をかける事が出来ない。
引き上げようとしている住民達もそれは同じ事であり、皆巨木の重さに負けてしまい、なす術がなかった。



「…やはり引き上げるのは無理なようだな。」
「困ったね…これじゃあ予定通りに一週間でヒワマキまで辿り着けないかもしれないな。」

菫色の長髪を持つ女と空色の髪を持つ男が、その状況を見て苦渋の決断を迫られていた。
女の名前はナギ――ヒワマキのジムリーダーである――、男の名前はミクリ――ルネの前ジムリーダー、 現在はリーグチャンピオンである――といった。
彼らは司令塔として、双方に散らばった民間人によって構成された小集団を束ねて指示を与えていたのだが、 早くも解放の手立てを失いつつあった。
これをどかさない限りは復旧作業を進めることが出来ない。

「やはりこの木を燃やすしか方法はないのか…」
「でもそれは危険だと言って、真っ先に却下したじゃないか。」
「それはそうだが…」

この巨木を運べるまでの大きさにまで燃やすにしても、かなりの火力が必要だった。
しかし、その選択肢を選ぶことは出来なかった。
いくら周りの地盤が水気を含んでぬかるんでいたとしても、 今周囲にある木々は水分を失って地に突き刺さっているだけの枯れ木ばかりであった。
つまり、この辺り一帯に膨大な薪がばら撒かれているのと同じ。
それもかなり密集した状態でである。
もし飛び火でもしてしまえばあっというまに大火事になってしまい、そこにいた住民達を危機に晒すだけではなく、 まだ辛うじて生きていた木々をも殺してしまい、恐らく森の自然回復度を大幅に遅らせてしまうことになりかねない。
一刻も早い復旧と回復が望まれている今の現状において、それは避けなければならないことである。
そこに変声期前の声高な少年の声が分け入った。

「師匠、この木を退かせればいいんですよね?」
「…あぁ、そうだ。だがそれが一番肝心なことだ。引き上げるのはまず無理なようだしね。」
「引いてダメなら押してみたら良いんじゃないですか?」
「…?押す…だと?」
「ですから、地面がぬかるんで足場が滑ってしまうのなら、逆にそれを利用してみてはと言ってるんですよ。」
「どういうことだ?」

師弟の会話に、今度は女が分け入る。
この少年の意味することが何なのか、二人には全く見当がつかない。
少年は何か悪い事を企んだ子供がするような笑みを浮かべて、そして微笑む。

「そのままの意味ですよ。ぬかるんでしまってどうしようもないのでしたら、もっと徹底的にぬかるませればいい。
 そうすれば地面との摩擦力が軽減されて、もっと小さな力でもアレを動かすことが可能になるはずです。」
「それはそうだが、それでは私達の足場まで更に状態を悪くしてしまう。
 それに、それでは根本的にあの巨木を取り除く解決策にはならな…」
「だったら邪魔にならないところに落っことしちゃえばいいじゃないですか。」

幸い、森の反対側には断崖絶壁の海があるんですしね。
少年は自分の後方に広がる大海原に視線を向けた。
平和を取り戻した海は静かに波を立たせている。
大陸の方にばかり目が行ってしまっていた二人は、ようやく少年が言わんとしていた事を理解した。

「ボクと師匠の水ポケモンを合わせれば、すぐにこの地面を泥沼にすることは可能でしょう。
 後は大木にくくり付けた紐を海の方向に引っ張れば、そのままドボンです。
 これならナギさんとサファイアの飛行ポケモンだけでも出来るはずです。」
「なるほど、考えたな。」
「引いてダメなら押してみろ…か。流石だな。Youの洞察力は大したものだね。」
「そうと決まったら早速作業に取り掛かりましょう。
 町の人には今のうちに休んでもらっておいて次の作業の準備に入ってもらいましょう。」
「そうだな。よし、皆!!作戦を変更する!!引く力をゆっくり緩めて、一旦木を地面に置くんだ!!」
「次の作戦の話をします!!一度こちらに集まってください!!」

二人の響き渡る声が辺りに木霊した。
その声を聞いた人々は手を休め、そちらに耳を傾け始めた。
少女もひとまず息をつき、疲れたであろう相棒をひとまずボールの中にしまった。
額を流れる汗を一気に振り払うと、手の甲にべっとりと絡みついた。
久しぶりに大汗をかいてしまったようだ。
それもそのはず。
並みの人間以上の力を持つ彼女を持ってしても、いや、 彼女を含んだこれだけの人数でやってもビクともしなかった大木の重量は相当なものだ。
一度枯れてカピカピになってしまったところに海水を含んだ大嵐が押し寄せたことで、通常よりも重量を増していた。
短時間とはいえ、普段はあまり出さない全力を出し切っていたのだから致し方ない。
肩を上下に大きく動かして呼吸を整えていた彼女の元にやってきた少年は、 水筒に入れて持ってきていた水をコップに注ぎ、差し出した。

「大丈夫?」
「あっ…うん。大丈夫ったい。ちょっと息が切れてしまっただけとよ。」

彼からコップを受け取り、それを一気に飲み干す。
そのひんやりとした喉ごしは彼女に至福をもたらした。

「っか〜うまかと〜!働いた後の一杯は格別ったいね!!」
「まだ仕事は終わってないよ。次の作戦の準備に入っておいてね。」
「…準備?何ばしよっと?」
「まぁ、今は休んどいてよ。詳しくはナギさんにでも聞いといて。ボクは先に準備に入っておくから。」

汚れるのが嫌だからと直接手を下すことをしようとしていなかった少年が、 ひょいひょいっと軽い足取りで巨木の方へと駆けていった。
その後姿が何だか凛々しいなぁと感動していたことに気づいた少女が、慌てて赤くなった顔を抑えたのはまた別の話。



ルビーの手持ちであるポワルン(POPO)の雨乞いから事は始まった。

「今です師匠!!」
「よし、フィリップ!水遊びだ!エリザベス!リチャードは水鉄砲!」

ナマズン(フィリップ)は雨乞いで高まった水技を更に高めるために水遊びを。
ラブカス(エリザベス)トドグラー(リチャード)がその後押しを受けて、巨木と地面の境目に大量の水を叩き込む。

「MIMI!キミも手伝うんだ!!ハイドロポンプ!!」

巨木の山側に立って状況を見据えていた少年は高らかにボールを投げ上げる。
そこから飛び出したミロカロス(MIMI)は大きく息を吸い込むと、 その口から更に大量の水を吐き出した。
既に頃合で、水の勢いにグラグラとその巨体を揺るがし始めていた。

「よし、そろそろだ。皆さん、木の側から離れてください!!」

少年の言葉を合図に、ミクリを初めとしてその場にいた人もポケモンもその場を離れる。
起伏の(いただき)に立って眼下に横たわっている大木と海を見下ろしていた少年は、 傍らに控えていた相棒と目線で会話を交わす。
戦闘体制に入る。

「ナギさん!!サファイア!!準備はいいですか!!」
「いつでもいいぞ!!」
「任せるったい!!」
「よし。ZUZU、いくよ。濁流!!」

少年の合図を受けて、ラグラージ(ZUZU)はその口から大量の泥水を吐き出した。
泥を含むことによって普通の水よりも重量を増した勢い強い流れは、斜面の上から強く押し出される。
摩擦力がゼロに近づいていた地面から、巨体が動いた。

「今だサファイア!!一気に引くぞ!!」
「はい!先生!!とろろ、行くったい!!」

更にそこへくくり付けたロープで海の方へと引く力を与え、動きを促す。
後は至極簡単だった。
転がり始めた巨木は自重でそのまま加速していき、 すかさず切られたロープもろとも奈落の海へと大きな音を立てて沈んでいった。
その姿が完全に蒼の水面の下へと消えたことを確認した瞬間、周囲から歓声が沸きあがった。

「成功したようだな。よし、次の作業にとりかかろう!!」

チルタリスの背に乗った女は長髪を(なび)かせながら、くるりと旋回して地に降り立った。
手持ちをボールの中に戻していた男の所まで駆けて行き、次の作戦の打ち合わせをする。
トロピウス(とろろ)の背に(またが)っていた少女もまた、軽い跳躍で地に降り立つ。
同じく手持ちをボールの中に戻していた少年の下へと駆け寄る。

「やったったいよ!…あれ?それ、もしかして"ぽろっく"ったいか?」
「そうだよ。頑張ってくれたご褒美はあげないとね。キミも使うかい?」

何時の間にやら彼女の手持ち用に作っていたそれが入ったケースを少女に手渡した少年の顔は、どことなく晴れ晴れしい。
あの事件以来バトルを嫌っていたという彼がコンテストに手を染めたのは、 単に別の道を選ぼうとしただけでなく心からそれを楽しいと思ったから続けていたに違いない。
そんな思考が巡った。

「ふぇ〜あんたも好きやねぇ…あっ、それよりあのぬかるんだ土はどうするったい?
 あのままやったら足場悪ぅて皆が困るんじゃなかとか?」
「心配には及ばないよ。ほら。」

指差された先には強い日差しが差し込んでいた。
POPOの姿が太陽のような赤い姿に変わっていたのだ。

「しばらくPOPOに日本晴れをしててもらえば、あらかた地面は固まるよ。ちょっと負担をかけちゃうけどね。」
「…やっぱあんたは抜かりがなかとね。流石ったい。」

安心からきた自然な笑みで少女は答える。
その顔に釣られてか、少年も僅かに綻んだ。

「サファイア!ボズゴドラの力を借りたいんだ!!手伝ってくれ!!」
「分かったったい、先生!!…ちょっと行ってくるったいね。」

女の言葉を聞いた少女は足早に駆けて行った。
そのか細くも力強い背中を見送った少年を、寂寥感が襲う。



先の大戦の最中に、彼らは約束の八十日を迎えてしまった。
しかし少女はバッチを一つ残して、少年はマスターランクのリボン一式を残してである。
互いに夢を叶えることなく、ただ崩壊によって機能を失った町の復興作業に力を注いでいる毎日を過ごしていた。
再びホウエンが以前のような状態を取り戻すのには、多くの時間を費やさねばならないだろう。
彼らが再び夢に向かって躍進するであろう時は、遠いものとなってしまった。

『ボクらの"賭け"は、一体どうなってしまうんだろうね…』

既に答えてくれる存在はそこにはいなかった。
ZUZUが暗い影を落とした主の顔を心配そうに覗き込む。
その視線に気づいた少年は、僅かに微笑んで口を開いた。

「…大丈夫だよ、ZUZU。ちょっと思い出しちゃっただけ。」

少年は再び視線を外し、中天を仰ぎ見た。
夏の太陽は燦々と大地を照らしていた。




fin.



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この話を書く上で一番苦労したこと、それはミクリさんでございます
だってこの人、しゃべり方からポケモンの名前に至るまで調べまくらないと書けないんですもん;;
お陰でコミックと攻略本を開いて必死に調べまくってました…
MIMIが好きで勝手に進化させて使っちゃいましたが(笑)そこはスルーでお願いします…っ!