白藍に魅せられて…

「好きだよ」

たったその一言を言われたのは、ほんの3ヵ月程前の事だった。
内側から込み上げてくる熱をどうしたらいいのか分からず、沸き起こる感情が何なのかも理解出来ず、 ただ最初は逃げてばかりだった。
決して嫌な訳ではなかった。
ただどうしようもなく、この戸惑いに耐えられなかったのだ。
まるで得体の知れないものを胸に押さえ付けられたかのように感じ、何度も何度も逃げ出そうとしただけ。
それが何でなのか自分でも訳が分からない。
ただ踏み込むことで、今まで築いてきた何かが壊れてしまうような気がした。
それを恐れていたのかもしれない。

だが、あの人は決して何かを強要しようとはしなかった。
ただ切実に、思い人の心の内を知りたかっただけ。
ただひたむきに、この思いに気付いて欲しかっただけ。
ただ純粋に、僕のことを愛してくれていただけ。
本当にそれだけだった。
僕が当惑していることを察知してくれていたのだろう。
ゆっくりでいいからと、焦らずにしっかり気持ちを育てていってねと。
そうやって何度もなだめてくれた。
あれだけ謙虚に接してくれるあの人に、ただ分からなくて苦しいから、もどかしくて逃げたいからと、 いつまでも逃げ惑ってちゃいけないんだと思った。
ちゃんと、答えをあげなくては、いけないのだと。

そう思った時に、世界が変わった。
今まで逃げることしか考えられなかった頭からは違った思考が生まれてきた。
あの人がどういう人で。
何が好きなのか。
何が嫌いなのか。
僕に何を求めているのか、どうして欲しいのか。
今何を考えているんだろう、何をしているんだろう。
気がつけばいつもあの人の事ばかり考えていた。
スラッとした背丈、凛とした青年独特の容貌。
器用で何でも出来て、僕と比べたらとっても大人で。
なのに僕の前ではとても無邪気な様を見せる。
勿論仕草や振る舞いは大人だけど、 堅苦しいあの世界から抜け出して羽を延ばして喜んでいることがまじまじと分かるのだ。
僕がその目を見つめると、綺麗なほど輝かしい笑顔で見つめ返してくれた。

それだけで何故か嬉しかった。
込み上げて来る淡い感情は日だまりのように暖かく。
思い出す記憶は色鮮やかに蘇る。
それで何となくだけれど漠然とこう思ったのだ。
あぁ、これが“好き”っていうことなのかなって。
勿論今までこんな感情なんて知らなかったから、正しいのかさえ分からないのだけれど。
だけど、あの人が僕に対して思う事を口にしてくれた時、 僕も同じことをしてあげられたらなぁと思った事は決して嘘ではなかった。
恥ずかしくて、そんなこと死んでも出来るかって、思った事もあったけれど。
でも、いつかもっと自分が大人になっていけば、そんなことを出来る日が来るかもしれない。
淡い期待ではあったが、少年は漠然とだがそう感じていた。
しかし、事は思いの他に早く進む結果になってしまった。


それは少年が男の家に行った時の事だった。
お互い忙しい身の上――特に男の方はかの有名なデボンコーポレーションの副社長という肩書きだった――の為、 なかなか会えるものではなかった。
――少年は未だ自覚というものを持っていなかったが――会えない月日の長さに募りゆく思いに耐え兼ね、 居ても立ってもいられないという衝動に駆られてしまった。
そして募らせた思いに駆られるがまま、半ば勢いである日扉の前まで来てしまったのである。
黒塗りの、金のラインがしっかりした門構え。
その前に立った時に少年ははたと気付いた。

『何で…こんな所まで来ちゃったんだろう…』

今は丁度春先の忙しい時期の真っ直中。
新作商品の開発や宣伝やらを日夜試行錯誤しながら、目まぐるしい生活を送っているに違いない。
当然相手にしてくれる程向こうに余裕がないことも、 お手伝いとして身の回りの世話を買って出た所で結局仕事の手助けにはなるはずもない事も。

『全部、分かってた…はずなのにな。』

何で自分がこんなことをしてしまったのか分からず、少年は人気のない門前でただ立ち尽くしていた。
この扉の向こうにあの人がいる、そう思うだけで鼓動が速さを増していく。
けれど、その一歩を踏み出す事はなかった。
否、踏み出すという選択をすることが出来なかったのだ。
相手を嫌なほど気遣う少年は、 それで彼の人を困らせたくないという思考(かんがえ)がそれを妨げた。
そしてそれを打ち砕けるほどまでに、彼の相手に恋い焦がれているという事実に気付いていなかったのだから。
しばしの間あれこれ思考を巡らしながらその場に止どまり、ふと思い直して首を左右に振りかぶった。
こんな所にずっと立っていても仕方がない、家に戻ろう。
そう思って踵を返したその時だった。

「…ルビー君?」

突如頭上から降ってきたその声に、身体が跳ね上がる。
一瞬どうしたらいいか戸惑った少年は、紅潮する顔を恐る恐るそちらの方へと向けた。

翠を添えられて程よく調和された、木の質感が漂うベランダ。
そこから手摺に持たれかかってこちらを見ている青年がいた。
空に溶けてしまいそうな白藍の短髪が、爽やかに風に靡いている。
普段はあまり見ることのない、ラフなシャツ姿。
若干着崩しているがそれが逆に自然と様になっている。
その手には白磁色のマグカップが握られていた。
庭代わりのベランダで休息を取っていたのだろう、 その(ひょうじょう)には少し疲れの色が見える。
男は二階の高さからじっと眼下にいる少年を見つめていた。
此所にいるはずのない人物か自分の家の前にいたことに、驚きを隠せない様子であった。
当然だろう、約束など交わしていないし、連絡だってしていなかったのだから。

「ダッ…イゴ、さ……ん……。」

どうすれば良いのか分からず、たどたどしい声しか返せない。
取り繕って挨拶も交わせず、素直に思いを打ち明ける事も出来ない自分に嫌気がさすものの、 今それをどうこう言ってる場合でもない。
この不自然さを何とか自然な流れ(もの)としなければならないのに。

「どうしたんだい?こんな時間に。」
「いや…あの……その……」

丁度昼下がりの涼しくなってきた頃、もうすぐ夕方になろうという頃だ。
男の方は、この時間に来客があるとは露ほども考えておらず、驚きばかりが先行してしまう。
一方少年の方はどう切り返していいものか分からず、焦りばかりが先走ってあたふたとしてしまう。
そして冷静さを取り戻した男は少年のうろたえる様を見てふと思い直した。

『…なるほど、そういう事か。』

ここ二ヵ月程会っておらず、更に一ヵ月前くらいから音信も不通になりがちだった。
好きでそうしていた訳では無かったが、ここ二週間程は一日が目まぐるしく、悠長に連絡を取る暇すらなかった。
最初の頃は度々――というよりもしつこいくらいに――連絡をし、 言葉を交わしてはデートの約束を取り付けたりしていたものだ。
それから比べると、かなり接触(スキンシップ)も減ってしまっている。
まだ恋愛感情の自覚のない彼にとって、この空白の時間は辛く淋しいものであったに違いない。
本人がそれをきちんと自覚していたかは定かではないが。

「とにかくちょっと待ってて、今そっちへ行くから。」

さっと踵を返して、男はすぐにベランダから姿を消した。
あまりの俊敏さに声を発する隙さえ失ってしまった少年は、挙げ損ねた自身の手をゆっくりと下ろした。
降ろした手が僅かに震えている。

『どっ…どうしよう……』

ベランダで風に当たり、尚且つ珈琲一杯を嗜むくらいだ、恐らく此処しばらく休むことが出来ず、 やっとの事で一息つける状態になっていたのだ。
唯一の一人きりで心落ち着ける時間の到来。
そんな時に押し掛けてしまい、貴重な時間を削いでしまったに違いない。
後悔の念にばかり駆られて、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
少年は男が次に現れるであろう黒塗りの門前を力ない瞳で見据える。
じきに目の前の扉は開かれるのだろう。
今此処でこの場を立ち去ることが出来れば、此処にあったはずの自分の存在を無いものにしてしまえる。
この身一つを消せば、夢幻として終わらせることが出来るのだ。
この一歩を、踏み出してしまえば。
今ならまだ間に合う。
しかし、少年がそれを実行に移す事はなかった。
否、出来なかったのだ。
長くに亘り胸の内に積もった、強い寂寥の思い。
孤独に絶えかねて苦し紛れにのた打ち回る飼い兎にも似た、あのどうしようもない衝動。
少年は自分がこの"瞬間"を自身の奥深くで求めていた事を悟った。
愛しき人をこの瞳に映し出せる、この瞬間を。
目の前の扉と胸中の扉が、光を放ちながら同時に開け放たれた。

「久しぶりだね、ルビー君。」

柔らかな笑顔で、男は少年を一心に見つめた。
男にとって自分を尋ねて此所までやって来てくれた事が、とてつもなく嬉しかったからだ。
そんな感情から生まれる鮮やかに映し出される輝かしい笑みを見せられ、少年はまた自身に大きな衝撃を走らせた。
何故だろう、身体が言う事を聞かない。
もはや先走る感情に思考や感覚が全く付いていかない状況であった。
気がつけば雫が頬を伝って流れ落ちていた。

「ちょっ、ルビー君!どっどうしたんだい?!!」

あまりに突然の事で、男は戸惑いと焦りを覚えた。
勿論彼が此処に来たのは、己と会うことが出来ず寂しさを覚えたからであろう。
嬉し涙を流すということならば理解出来る。
しかし今自分は彼に何かをしたつもりはなかった。
何が彼の琴線に触れてしまったのか、分からない。
とにかく必死にあやすようにその両手を両頬に添えた。
少し屈んで目線を合わせて、心配そうに覗き混む。
焦点の定まらない紅い瞳に、必死に訴えかける。

「大丈夫かい?何処か痛い?」

しっかりとその顔を見据えて、真剣な面持ちで尋ねる。
渦巻く感情に囚われ自由を失った己を急かすように、放心した少年は瞳を潤ませたまま見つめ返した。
今自分に触れてくれているのは、見つめ返してくれているのは、声を掛けてくれているのは。
待ち焦がれていたあの人だ。
会いたいと思っていた。
会えなくなってから、ずっと。
でもそれがどうしてこんなにも強く思われるのか、全く分からなかった。
今までずっとそうしてきた事がそうならなくなったから?
急に孤独感を覚えてどうしたらいいか分からなくなったから?
それもあるだろう。
だが、根本的にもっと別の物があった事を、思い人を目の当たりにした瞬間に実感した。
頬に添えられた手に己が手を絡ませるようにしがみつく。
そうだ、この手が生み出す温もりを、一体どれだけ欲していたのだろう。
この腕に抱かれた時、恥ずかしさと同時に嬉しさがこみ上げていた事実に、どうして今まで気が付かなかったのだろうか。
ただただその感情の起伏が起こるたびに、涙が次から次へと溢れてきた。

「……ぼっ、ボク……っ、………っ。」

嗚咽で言葉を上手く発する事が出来ない。
それでも、必死に言葉を紡ごうとする。
口にしなければ、ちゃんと言葉にしなければ、いけない。
やっと、この想いに気付くことが出来たのだから。

「…っ、ダッ…ダイゴさ……に………」

会いたかった、ん…です…。
最後の言葉は音になることはなかった。
しかし、男にはその無い声がはっきりと聞こえた。
愛しさに衝動が駆られ、強くその身体を引き寄せて腕の中に閉じ込めた。

「ごめんね、ルビー君。一人にさせてしまって…寂しかったよね?ごめんね…?」

涙で震える身体を抱き締めて、その背中をそっと撫でる。
自らの頬を少年の頭に擦り寄せるように首元に埋め、弱い声を放つ。
抱き締められた少年は必死に被りを振り、それを否定する。
男の大きな背に、しっかりとその腕を伸ばして抱き返した。
まるで母親にしがみつく子供のように。
まるで愛する人に全てを求めるかのように。

少年は男の腕の中で涙し続けた。
やっと自分の気持ちに気づくことが出来たことに喜び。
まだ相手に甘えることしか出来ない自分に情けなさを感じ。
どうしたらいいのか分からない不安に戸惑い。
こんなにもこの人に愛しさを感じることが出来たことに気付いた事。
今この瞬間に触れ合って感じることが出来る温もりに全てを委ね、少年はその手に力を込めた。



貴方が嘆くことはありません。
悪いのはボクなのです。
貴方への気持ちに気付くのが、遅すぎたのです。
貴方への気持ちがこんなにも大きくなっていた事に、今まで気付こうともしなかったからなのです。
同じくらい辛く寂しい思いをしているはずなのに、 その衝撃に耐えられる耐性がボクにはなかったからなのです。
まだ己が欲望に駆られるがままにしか生きられない、幼さがあるからなのです。

あぁどうか、ボクの涙で貴方の心に闇を降らせないで。
貴方を束縛するような言葉なんて要りません。
貴方を苦しめるような気持(おもい)なんて要りません。
しかし、一つだけ信じたいことがあります。
願わくは貴方の中にボクがいることを。
願わくは貴方に幸せを与えられることを。




………………fin?


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知る人は知る、明らかに某様とのダイルビのやり取りの色が見えていますね(笑)
わざとといえばわざとですが、偶然といえば偶然なのですが(どっちだよ)
一応自分の中でダイルビの再構築を行い、ストーリーも若干拙宅チックにしました
一番の問題点はやっぱヒヨコは乙女すぎるという事だ(大笑)
そしてこの続きを書くべきか未だ悩んでいたり(のーん)確実にHになりそうですけどww

…今更ながらコレを表に持ってきても良かったのだろうかww
いや、別に彼ら何にもやってないんだけどさ!ないんだけどもこの罪悪感は何だろう^q^