夢見たあとで

例えば、美味しいものを食べたり。
例えば、大好きな歌を歌ったり。
例えば、ふと寄り道した先に素敵な場所があったり。

幸せは何処にも転がっているものだ。
そう、些細な幸福(しあわせ)というものは。

じゃあ、永遠(とわ)に続く幸せは、一体何処に転がっているのだろうか。

万人がそれを見つけられるのだろうか。

否、それは本人どころか誰にも分からない。

例えば、石に躓いて転んでしまったり。
例えば、目指していたモノが無くなってしまったり。
例えば、大切な人を失ってしまったり。

果たしてそんな絶望(ふこう)に、人は耐えうる事ができるのだろうか。

闇の底に落ちてしまった心を、立ち直らせる事ができるのだろうか。

否、それは神のみぞ知る領域である。

この世に散らばった幸福と不幸は、複雑に入り乱れている。
どちらを拾い上げてしまうかは、皮肉にも運命という名の糸の思惑に委ねられてしまうのだ。

「私は今、どちらを手繰り寄せてしまったのでしょう?」



夢見たあとで


「どうしたのさ、そんな難しい顔して。」

尋ねた紅目の少年の名はルビー。
母親に頼まれ、隣に住む親子におすそ分けとしてビーフシチューとマカロニサラダを持ってきたのだ。
生憎父親は留守で、家にいたのは娘のサファイアだけ。
しかし、呼び鈴を鳴らしても返事が返ってこない。
どうしようかと思案しつつ、いつものように扉に手を掛けてみれば軽がるとその扉は開く。
無用心だなと思うが、とりあえずはお使いを済ませておこうとそのまま進んでいくことにする。
そうやってさも当たり前のように家に上がりこんでいったその先に、この家の住人である少女が座っていた。
机の前に座り込んでいる少女の顔は何処か険しい。
また何か妙な事を考えてるのだろうか。

「サファイア、居るんだったら返事くらいしてくれても…ん?何だいそれ…絵本?」
「…そうとよ。」
「一体どういう風の吹き回し?君が絵本とはいえ書物を手に取るなんて。」
「…余計なお世話ったい。」

思ったような反論は返してくるものの、やはり常の勢いは何処にも見当たらない。
やっぱり何かおかしい。
様子からすると、絵本の文字が読めないとか分からないという感じではなさそうだ。
となれば、考えられる事とすれば十中八九絵本にある。

「何、その絵本がどうかしたの?」
「…分からんち。」

ただじっと目の前にある絵本を見つめている藍色の瞳には、悲しい陰りしか写っていない。
その感情を押し殺したような表情を、少年は横目で見つめる。
彼女がこんな顔をするなんて滅多にある事ではない。
常日頃表情の変化が豊富すぎる、この少女が。
幾許かの時間の後、少年は問題であろうその絵本に視線を向けた。

淡い色使いと、色鉛筆では表しきれない美しい色の乱れ。
原画は恐らくパステルで彩色されたのだろう。
まるでピントが少しズレたかのようなぼかしの中に、デフォルメチックに描かれた小さなぬいぐるみのようなキャラクターが描かれていた。
大きく円らな黒い瞳が、こちらを見ている。
物語は闇の中に佇むこのキャラクターの一人語りから始まる。


アタシはだあれ?
アタシはアタシ
あなたじゃないの
アタシはアタシ

アナタはだあれ?
アナタはアナタ
アタシじゃないの
アナタはアナタ


アタシがしってる
アナタのことは
きっときっと
ほんのちょっと

アナタがしってる
アタシのことは
きっときっと
ほんのちょっと


アタシがわらうと
アナタもわらう
アナタがわらうと
アタシもわらう

アタシがおこると
アナタもおこる
アナタがおこると
アタシもおこる

アタシがなくと
アナタもなくの
アナタがなくと
アタシもなくの


アタシはサビシイ
アナタもサビシイ?

アタシはクルシイ
アナタもクルシイ?

アタシはアタシが
ワカラナイの
アタシはだあれ?
ワカラナイよ


此処で、サファイアの手が止まっているようだ。
唇を引き結んで、じっと心に浮かんできた言葉を押し込めるように噛み締めている。
彼女の考えてることなんて、ある意味では分かりきっている。
だが、それは決して自分の思考(かんがえ)とは相容れないものでもある。
そういう意味では全く分からない、としか言いようがない。
思案を巡らした少年は、少女の顔を更に覗き込むように隣にしゃがみ込んだ。

「…どうして、続きを読まないんだい?」
「…だって……怖いとよ。」

悲しげに目を伏せて、少女は言葉を紡ぐ。
視線はずっと絵本の主人公に向けられたまま。
弱々しげにその唇が開いた。

「これは、鏡を見てる自分ったい。だから、"アタシがわらうと アナタもわらう"とよ。この"アタシ"は今、悲しくて苦しくて…とても辛かと。」

だから、続きを見るのが怖かよ。
閉じられた瞳からは、綺麗な雫が一筋流れ落ちる。
単純な内容だからこそ、鋭敏な感受性を持つ彼女には一つ一つの言葉が重く響くのだろう。
耳に届いた音が、妙に痛々しく感じた。
少年は真剣に絵本を見つめる少女の心中を思う。
ただひた向きで純粋な心を。

「…分かってるとよ。子供向けの絵本ち、必ず最後ばハッピーエンドになっとるってことくらい。けど、やっぱり怖か。先をめくれんち。」

未来というモノは、決して見ることは出来ない。
己が歩んでいった先に何が待ち受けているのか。
それは、誰も知る事が出来ない未知の世界。
広がる闇の中に一体何が潜んでいるのか。
言い知れない恐怖が待ち受けている事は、何にも変えがたい事実だ。
あくまで可能性だということを知っていたとしても、 心弱き人間には恐怖に進んで向かって行く事など出来はしない。
少女が恐れているのは、特定の出来事ではない。
"恐怖そのもの"なのだ。
そしてそれは、何も少女に限った話でもない。
皆ある意味では同じなのだから。

しかし、少年はそんなことは認めたくなかった。
否、認める訳にはいかなかったのだ。
温度の冷めた低い音が、おもむろに開かれた口許から発される。

「…じゃあ、サファイアは何で怖いの?」
「何でって、それは…」
「目を覆いたくなるような惨事、生命(いのち)を脅かすような危機、 それらから目を背けて、本当に望んだ幸せが手に入ると思う?」
「それは…」
幸福(しあわせ)を手に入れたいなら、立ち向かわなきゃ。どんなに辛くても、乗り越えようとしなきゃ。
 欲しい物なんて手に入らない、大切なモノだって守れないよ。」

まるでそれは少年が"自分"に言い聞かせているかのように、少女には聞こえた。
そうだ、そうやって彼は立ち向かっていった人なのだから。
勿論、それで失いかけた物だって山ほどある。
けれど結果的に彼は全てをその手中に納めてきたのだ。
そのある意味強靭とも言える、その意志で。

強く厳しい言葉を発した後、少年はその瞳を閉じて安らいだ。
再び開かれたそこには、紅い柔らかな光があった。

「…それでも、前に進めないんだったら。こうやって、手を握ってあげる。」

少し大きい少年の手が、少女の手を優しく包み込む。
そこにはほのかな温もりが生まれた。
慈しみという名の、暖かな光が。

「一人では出来ないかもしれない。だけど、二人なら乗り越えられるかもしれない。」

だから、辛くなったら思いっきり頼ったっていいんだよ?
微笑む少年の顔を見つめ、少女は我に返ったように目を見開く。
そして、困ったようにはにかみ、音の無い言葉を紡いだ。
少女の白い額に、紅い唇が落ちる。
まるで、時が止まったかのように、ゆっくりとした時間だった。


物語は、こう続いている。


アナタはいった
アタシにいった
なかなくていいよ
ダイジョウブだから

アナタのそばには
アタシがいるよ
どんなときでも
アタシがいるよ

ツラサはハンブン
タノシサはニバイ

クルシサもハンブン
ウレシサ二バイ

アタシはアナタ
アナタはアタシ
だからぜったい
ヒトリじゃないよ




fin.



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イメージソングは、ガーネットク○ウの「夢見たあとで」(まんまやん)
絵本は僕の勝手なイメージ(笑)パステル調の画風は僕の趣味です(どーん)
そしてメインキャラはちょ○っツに出てくる絵本のキャラっぽい感じだと勝手に決め込んでます(おい!)
やっぱ基本はサファイアを支えるルビーみたいですね、僕の作品って(^^;)
ちなみに余談ですが、絵本の内容をもう一度読み返してみるとルサに見えますww
(勝手な個人的見解)