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晩夏の気だるい蒸し暑さが立ち込める午後。
陽射しも熱くジリジリと肌を焦がしているのが身に感じられる。 こんな暑い日に喜び勇んで出ていく者なんて、海や川に遊びに出かける子供くらいだろう。 出雲の夏は長い。 西日本特有の一定したあの暑さが二か月以上も続き、雨も差ほど降らない。 太陽も申し分なく降り注ぎ、今年も作物の実りがいいだろうことが期待される。 しかし他に比べると日本海側にあるこの土地は、 海からの湿り気を帯びた風が涼しさをもたらしてくれるためまだマシと言えるのだろう。 そんな炎天下の中を一人の少年が歩いていた。 赤みがかった黒髪を頭の上で縛って、その手には買い物袋を持っている。 "茎子"のお使いで隣町にあるスーパーマーケットという所まで買い物に行っていたのだ。 茎子というのはこの少年の母親のことであるが、彼自身は彼女のことを"現世の生みの親"としか思っていない。 彼の魂は千年の時を超え現代に蘇りし存在であり、その意思は六歳の少年が持つそれではないからだ。 遥か昔、己という存在が生まれてから二度の転生をしている彼にとって寧ろ"母親"と思えというのが難しいというものだ。 そんな彼ではあるが精神的には幾分も長けているとはいえ、一人で外を出歩くなど滅多にない。 本来ならば"弟"と二人で出かけるのが常なのだが、 生憎彼は大好きなお昼寝の真っ最中でとてもじゃないが起きそうに無かったため置いてきたのだ。 それをすると必ず彼が"怒る"ことは分かっていたが、 気持ち良さそうに眠っている彼を無理やり起こしてまでする必要はないだろうと思い、そのまま出てきたのだ。 そこに少なからず不安がなかったとは言えないが、どこかで"それくらい"でと思っていたのだろう。 しかし不安というものは必ずと言っていいほど現実になってしまうものだ。 視界の端にチラついた影が声を上げた。 「あっ、あれオニの子兄弟のアニキだぜ!」 「ほんとだ、オニのアニキだ!」 「ちかよるな!とって食われちまうぞぉ!!」 「にげろー!!」 河原の土手を歩いていたら、そこに居たのは"自分"とあまり変わらない年端の子供たちだった。 彼の姿を見とめた少年たちは、やれ鬼の子だ鬼兄貴だのと言いながら次々にその場を去って行った。 "麻倉家"に生まれたものは生まれながらにして霊を見、そして鬼を操る血を持っている。 それゆえ、この土地に住む者は麻倉の者を恐れ、子供たちは麻倉の子供を鬼の子だとはやし立てるのだ。 彼らの逃げていく後姿を見送っていた少年はその炎燃えたぎる瞳を細めて口を開いた。 人間という生き物は、世界から見れば本当にちっちぇえ存在だ。 だが、塵も積もれば山となるという諺のように、 そんなちっちぇえ奴らが寄って集って行動をなすことで大きな力を発生させる。 そしてそれが、世界を着実に壊している。 奴らがこの世界を駄目にしている癖に。 人間なんてこの世から居なくなって当然な存在だのに。 そう呟いた瞬間、額に激痛が走り、胸が苦しくなった。 まただ。 少年は唐突にそう思った。 自分の中に潜む"悪魔"の心、その昔大陰陽師であった麻倉葉王が鬼に心を食われ見出した世界滅亡の意思。 それが自分の心に巣くっているのだ。 ずっとその意思に心を食いつくされ、現代にいたるまで多くの犠牲を出してきたその驚異的な力。 このどす黒い意思を常に"封じていてくれた存在"は今隣にいない。 駄目だ、飲まれてはいけない。 こんなことで揺らいではいけない。 掌に宿った灼熱の炎を握りつぶし、必死に歯を食いしばる。 視界が霞んでいく中、その脚を前へと進めていく。 幾分も行かないうちに、己が放つ霊気に吸い寄せられるかのように鬼が集まってきた。 その存在は肌で感じることができる。 前に一匹、左に二匹、右に一匹、後ろに三匹。 そして離れたところからまだ数匹こちらに向かっている気配を感じた。 「ざっと十匹、ってところか。忌々しい…」 スピリットオブファイアの炎で薙ぎ払ってしまおうか。 そういう考えが頭を過ぎる一方でそれをしてはいけないと制する声が自分の中から聞こえてくる。 鬼を一匹闇に葬るごとに、己の中に闇が溜まる。 それを繰り返せば己の意思は闇に支配され、再びあの悪魔を現世に蘇らせることになる。 もはや自分の力で制御しきれなくなったこの闇を一度解放してしまえば、今度こそこの世界は終わってしまう。 それだけの力をすでに自分は得ているのだから。 だんだんとその瞳を曇らせていく少年は、次第にその掌の炎の光を強めていく。 口元に嫌な笑みを浮かべ、炎の威力が強くなったまさにその時だった。 「ハオッ!!」 突如聞こえてきた幼い少年の声。 その声を聞いた彼はハッと我に帰った。 瞳から闇の色は消え、炎はボフッと鈍い音を立てて消え去った。 視界の先にこちらに駆け寄ってくる姿が見える。 そこで彼はいつの間にか我が家の敷地まで戻ってきていることに気づいた。 百メートルほどの距離を全速力で走ってきた少年は、ハオの目の前で止まり両手を両膝についてゼィゼィと息を切らせる。 "彼"が近づいたことで少年がまとっていた闇の気は静まり、辺りの物の怪も気配もいつの間にか消え失せていた。 「……よっ…葉……。」 「…っ、ハァ…ッ、ハァ…ッ、良かった…間に合ったみてぇだな。」 荒い息をこぼしながら、笑みを返す弟の姿が目の前にあった。 彼はハオがいなくなっていることに気づき、そして近くで兄の気配を感じたのだろう。 安心感からか少し脱力気味で頭を擡げ、兄の"無事"を確認する。 「ったく、無暗にオイラから離れちゃいけねぇって言ったのおめぇの方だろ?」 そう言って炎を宿していた兄の手を掴み、自分の元へと引き寄せる。 まだ微かに熱を帯びているその掌を大事そうに己の胸へと押し当てる。 「……たく、また手をこんなにしやがって。もっと自分の身体を大事にしろよな。」 けど、大きな怪我がなくて何よりだ。 そう言って少年は満面の笑みを湛えてニコッと微笑んだ。 その笑顔を認め、少年は己にまだ自分を抑えきれない弱さを自覚した。 常にこの暖かさに、自分は支えられているのだと。 「さっ、早いトコ帰ろうぜ。母ちゃんと爺ちゃんが待ってるぞ。」 現世で弟として生まれてきた彼は、自分に何があってもまるで何事もなかったかのように振舞ってくれる。 己のありのままを受け入れ、そして何も言わずに支えてくれる。 今一度自分に与えてくれた最後の好機 否、その清らかなる魂は、何があっても自分を決して見捨てはしないと誓いを立ててくれた。 この笑顔がある限り、自分は諦めるわけには行かない。 たとえどんな手段を使ってでも、あの悪夢を二度と繰り返さぬように。 「…そうだね、帰ろう。僕らの帰るべき場所へ。」 小さな二つの影が歩み出したのはそのすぐ後だった。 幾分もしない内に、その影たちは身の丈の何倍もあろう大扉の中へと姿を消していった。 玄関の扉を開けた時、彼らの耳に暖かな旋律が届いた。 おかえり。 ただいま。 fin. close
二人の帰る場所が同じであってほしいなと思って書いた小説でした
ちなみにこの設定は密かに考えていた自己設定マンキンストーリーです きっと連載というかたちで日の目を見ることはないだろうとほぼ諦めた為、お題でその一部を公開してみました(笑) お題の中で使えそうなのがあったらこれからも小出しでやっていこうと思います 一応最後の結末辺りまでストーリー軸は考えていたりするんですが、ほぼ原作と平行線なのでまぁ小出しでも十分かなと(^^;) |